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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第八話 肝試し
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8−8 不吉な影

 森林の間を抜けて飛来する色とりどりの人魂らしき何かに追い立てられた空峰天心は、小学生には少しこの肝試しは苛烈すぎるとしみじみ感じていた。薫の瞬間移動能力によってやってきた未だ酔い気味の天心だったが、無事転んで脚を擦りむいた少女には処置を施し、服を汚してしまった少年には、自分が幼い頃に着ていた甚平を着せてやる。

 幸いと言うか当然と言うか、二人は自分達の兄弟姉妹と肝試しにやってきていたので、後の事は彼らの連れに任せる事にして、天心は一人で重い頭を抱えながらも帰路につく。なんとか人魂を撒いてから兄に救出完了のメールを送信すると、天心はまた少し気分が悪くなってきたのを感じた。吐こうにも胃の中は空っぽなので、ある意味では安心である。


「けーっ、最悪……」


 口の中が異様に渇いている。視界が震える。こんな目に遭うのに、どうして大人は酒を飲むのだろうか。天心には不思議でならなかった。こめかみを指で揉みながら、目眩が止むまで少し休もうとどこか腰掛けられそうな場所を探そうと、薫から受け取った緑炎の提灯で辺りを照らす。

 道を少し外れた所に太い倒木があったので、それに腰掛けた。する事も無いので空を見上げると、煌々と輝く銀の月が少し眩しい。今日は本当に快晴なのか、前日下見をした時よりも星や月の光が明るく感じられた。元々この山を住処にしているカマイタチ達の快い協力のおかげで、森の中は爽やかな風が吹いていて、こうして座っているだけで心が落ち着き、活力が戻っていく。戻るのはもう少し後で良いだろうと、そのまま空の景観を楽しんでいると、ふと道の向こうから緑の灯りが近付いてきているのが目に入る。

 別に見つかっても問題はないのだが、何となくサボっている負い目から、天心はそそくさと今しがた自分が座っていた倒木の影に隠れた。自分のすぐ前を通り過ぎていくのは、一つの炎。

 一つだけである。炎が照らす人影もまた、一つ。一人で肝試しをしていると言うのか、もし誰かとはぐれたのであれば、声をかけてあげた方が良いのだろうか。顔を出して注視すると、その人影は女性だった。二つに結った髪が無闇に揺れて、良く見るとかなりの早足で肩をいからせている。


「あ、あの」


 遠慮がちに声をかけると、女性は足を止めた。声のする方、即ち顔を出した天心を睨むような目で見つめている。


「何? っつか、何?」


 実際に見た鬼よりも恐ろしい形相である。声をかけるべきではなかっただろう。思っていた以上に不機嫌な女性を前に、天心は後悔する。


「えーっと……お一人ですか? お友達とはぐれたんでしたら……」

「えぇ一人よ結局一人よ期待なんか別にしてなかったけどやっぱり一人よ!」


 矢継ぎ早に怒鳴られ、萎縮する天心。一方の女性はそのまま天心に駆け寄り、彼の両肩を掴んで思い切り前後に揺さぶった。徐々に抜けてきた酒気が舞い戻ってきたかの様な気分の悪さと荒れ狂う胃腸の異変を感じ取る天心。


「なんなのよアイツ、なんなのよもう! 嫌なら嫌ってハッキリ言やぁいいじゃん、思わせぶりな態度とってさぁ! 私がバカ見るだけじゃん、なんであんなヘタレが好きになったのよ私は! ホントバカよ! バカバカバカ!」


 バカバカと連呼されながら揺さぶられ、徐々に気分の悪さが明確な吐き気に変わり始めた、その時になってようやく女性が天心の肩を手放す。


「バカヤロー!」


 終いには泣き叫びながら、女性は天心を突き飛ばしてコースを駆け抜けていってしまった。その場に力無く倒れ伏す天心は、大きく揺れる緑の灯が段々と遠ざかり、見えなくなってから毒づく。


「なんだあの人……酔っぱらってんのか?」


 折角取り戻しかけた体力が瞬く間に奪われてしまい、天心は這うようにして先程自分が腰掛けていた倒木にしがみつき、荒い呼吸を整える。短かった呼吸の間隔が徐々に長くなっていき、やがて深呼吸に変わると、天心は一瞬飛びそうになった意識を繋ぎ止めて、一つ溜め息を吐いた。

 酷い女性だったが、泣いていた。断片的に聞こえた言葉によれば、もしや振られたのだろうか。可哀想に。彼女にそんな同情の念を抱いた天心が何となく自分の腰掛けた倒木を指でなぞった時。


「痛っ……」


 指にささくれ立った木の皮が突き刺さった。

 見ると、指先から細く血が出ている。アルコールで痛覚まで麻痺しているのか、痛みは深くない。傷口を指で舐めながら、乾燥し切ったその倒木の表皮を灯で照らす。


「……え?」


 苔も生えていないような、まだ新しい倒木である。

 そう、本当に新しい、まるでつい先程切り潰したのではないかと思う程瑞々しく、天心の胴よりも太く逞しい幹。

 違和感が天心の背中を柔らかに撫でつける。粟立った肌を擦りながら、天心は勇気を振り絞って根の方を照らす。根はしっかりと地面に埋まっていた。

 木は、まるで飴細工のように、途中から捻り切られていた。異様な断面だ。到底、人間業とは思えない。


「これ……は……」


 ふと、天心は倒木の上に立ち上がり光源を高々と掲げて、周りに目を向ける。

 何故鬱蒼と茂っていた筈の寺裏の森で、ここまで開けた空が拝めたのか。何故こんなに月が良く見えるのか。

 前日までの下見では、この森の中は本当に暗かったのに。だからこそ、薫の発火能力の明るくて目立つ炎を使う事になったと言うのに。

 天心は戦慄した。

 自分の周囲には、今まで気がつかなかったが、今自分の足元の倒木のように、強い力で無理矢理捻り切られたかの様な不気味な倒木が何本も横たわっている。自然現象では有り得ぬ、しかし人間の力では到底成し遂げられない異形の光景だ。

 これは違う。

 予定にはない。誰もこんなアトラクションの準備はしていない。だとしたら、誰が。何が。こんなことをやったのだ。じわりと、足元が暗くなる……。




  *




「……どうして、こうなった」


 森の中で苦痛に喘ぐ女が一人。

 宵闇のような黒い付け下げと長い黒髪を引き摺り、その地面を夥しい量の血で濡らしながら。千切れかけた右手で、首の皮一枚だけ繋がった頭が転げ落ちないようにして、おぼつかない足取りで。そんな状態でも女は歩み続けていた。その姿は、到底人間とは思えない。


「飼い犬に手を噛まれる……って、こういう気分……か」


 自嘲に笑う。つい今しがたまでそこにあった左手は、もう無い。手首から吹き出す血の勢いは、先程よりも収まってきているようにも思える。しかしそれは血が止まり始めているのではなく、もう流れる程の血も無いと言う事。


「まだ……聞こえる」


 背後から草が擦れる音がする。

 まるで追い回されて疲れ果てた兎を嬲る狼の様に、気配だけを匂わせながら、傷ついた獲物を遠巻きに見つめているのだ。濃厚な殺気が女を圧迫して止まない。

 いつでもお前を仕留められるぞ、と。そう言っているようだった。


「緊急事態……回避手段は……」


 呟いた女は、口元に僅かな微笑みを浮かべ、膝から崩れ落ちた。

 地に伏したその肉体は、まるで腐肉のように水音を立てながら激しく飛び散った。

 絶命した女の飛散した血肉は、見る見るうちに地に吸い込まれていく。ほんの数秒程で、つい今しがた女が立っていた所には、黄ばんだ白骨死体とボロ切れのような付け下げだけが残された。

 不快な腐臭が辺りに立ちこめるも、風に吹かれてすぐにそれも四散した。女を見つめていた『何か』は、それきり興味を失ったかの様に再び森の中に消えていく……。

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