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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第八話 肝試し
98/123

8−7 雲海の混乱

 手提げ提灯の緑色の二対の炎を揺らしながら、神部と相川の二人は薫に言った通りのデコボコの道を慎重に足を進めていく。

 雲海曰く、この道も大昔は修験道を修めんとする山伏達が時たま通る事があったそうだが、明治時代の神仏分離令以降、長らく使われていなかったのだそうで、今日この日のためにわざわざ整備『させた』のだそうだ。一体誰にと返せば雲海は渋い顔をして「木の妖精さんとそのシモベ達」などとふざけた答えを返すので、相川はそれきり興味を失ってしまったのだが。


「涼しい夜だねー」


 穏やかな風は、森の木々をざわつかせる事無く、しかし熱帯夜を緩和させるには丁度良い。まるで誰かが図っているのかと思う程の、絶妙な冷風である。また不思議な事に、薫が灯した緑の炎には虫除けの効能でもあるのだろうか、夏の夜中の薮だと言うのに、蚊や蝿の不快な羽音を耳にする事はなかった。

 空から降り注ぐ月光のおかげで、光源の提灯の頼りない灯りの元でも、問題なく前が見える。天然とは思えない程、過ごしやすい環境だった。


「小森美紀には困ったものだ」


 全然困った風には聞こえぬ淡々とした態度で、神部は前触れも無くそう呟いた。出し抜けではあるが、全くその通りだと相川は心底同意する。小森はどうしても雲海と回るのだとごねるので、相川は何故か神部と二人で肝試しのコースに足を踏み入れねばならなかった訳だ。主催者の立場である雲海は、何かあった時の為に会場本部である寺に詰めておかなければならないと主張して小森をあしらおうとしていたが、それで引き下がるような小森ではない。

 周囲の参加者達の冷めた視線に、雲海は本当に困り果てた表情をしていた。


「なんでクーちゃんはあんな頑なに断るのかしらね。ミキティ可愛いと思うよ、私は」

「その意見には賛同できるな。外見の魅力に関しては、彼女はクラスでも一位二位を争うと、私も思う」


 恋が女を綺麗にすると言う俗説は案外根拠があって、それは化粧が上手くなるだとか服や髪型により気を遣うようになるだとか、着飾り方が上達する事による。小森は将来メイクアップアーティストになるつもりなのかと思う程雑誌で知識を貪っているので、外見を彩る事に関しては今や恐らくクラス一どころか学年一の腕前を誇る。そんな彼女が自らを装飾すればそれはそれは魅力ある少女となるのだが、雲海にはそれでは満足出来ないのだろうか。


「……香田薫が好きなのだろう、彼は」

「ま、そーなんだろうね」


 クラスで席が近いだけであれ程仲良くなれる訳がないし、肝試しを共同開催しようなんて思わないし、薫が雲海の家に遊びに行く事もない。つまり、そう言う事。

 本当に小森は不憫である。


「キッパリ言わない空峰雲海に原因がある。断るにしろ、受け入れるにしろ」

「そうだよね。肝試しから戻ったら、ちょっと発破かけてみよっか」


 肝試しの最中とは思えない程、二人は穏やかに言葉を交わす。段々と今が肝試し中であると言う事も忘れてしまいそうだ。


「あの石頭がそれで動くのか?」

「あー、アイツ精神的にも物理的にも頭固ぇしなぁ」

「物理的って、それアンタ実際触った訳じゃないでしょ?」

「いやいや触ったよ、俺様。ジョリジョリして気持ち悪いって言ったら、ぬめぬめして気持ち悪いって言い返されちまった、ははは」

「ははは、そりゃ空峰雲海も災難だったな」

「ぬめぬめって、それアンタどんな手をして……る……?」


 相川と神部は凍り付く。

 今、私達は三人組だっただろうか。一人称が俺様の知り合いなんていただろうか。一斉に広がる毛穴。心臓が一瞬縮こまる。知らぬうちに手は固く握りしめられていた。間髪入れずに、神部と相川の間に、割って入るように背後から何かが突き出てくる。


「どんな手って、こんな手だけど?」


 差し出された腕らしき何か。

 蛙の肌のような緑色の腕に、ベタベタしたたる成分不明の粘液が、月明かりに照らされて妖しく輝いている。指は四本しかなくて、しかし人間がするかのように、指の関節を曲げて、あまつさえピースサインまで形作る。


「…………」

「…………」

「……あーっと、なんだっけ……そうそう」


 混乱と恐怖で動けない神部と相川の肩を、緑色の両手は優しく叩いた。不快な水音がした。叩かれた肩が不自然なまでに冷たい。おそらく今日着てきたこの半袖パーカーは二度と着られないだろうと、相川はどこか冷静な思考でそう思った。二人が振り返った先には、真緑色の肌をした、嘴の生えたまるで人間のような奇妙な生物が立っている。生き物は何かを口の中でブツブツ呟いた後、悠然と二人にこう言った。


「早く行かねえと食っちまうぞー……だったな、うん」


 森の中に、女二人の悲鳴が響き渡る。また、カラスが宙を舞っていった。




  *




「おっほっほっほ、良い感じに哭いていらっしゃるようですわねぇ! でも河童の先にはもぉっと恐い口裂け女が待っているのよぉ!? 一体どんな声で『ポマードポマード』と叫ぶのかしら!」


 手の甲を口に添えるお嬢様スタイルで高笑いする薫。

 わざわざ遠隔透視能力を駆使してまで相川が泣き叫ぶ姿を覗き見る薫は、お調子者と言えばそうなのだが、なんだか人としてどうなのかと電話をかけながら雲海は思ってしまった。と言うか、能力の無駄遣いにも程がある。今からそんなに飛ばして、肝心な時にグロッキーになっていなければ良いのだが。

 雲海が通話している相手と言うのは、他ならぬオバケ役を一手に担った夜恵だ。

 彼女はどの組がどの地点にいるのか逐一把握しているらしいので、滞り無く次の組を送り出す為に常に連絡を繋いでいる状態である。

 だが。


「六組目、『風伯の祠(セト・テンプル)』到着、今『鎮魂曲(レクイエム)()呪礼符(ホーリーノート)』を入手。七組目、『悪霊花火煉獄スパーク・ヴォルテックス』通過。八組目、『リアル鬼ごっこ(オーガ・チェイス)』なう、九組目、『利休のお茶会フェティッシュ・インプ』通過、あ、六組目……」


 どこがどの地点なのかさっぱり分からない上に、耳慣れない単語の波が、まるで延々と呪詛でも垂れ流しているのかと思う程抑揚無い平坦な言葉で吐き出され続けている。雲海は電話を切りたくなる衝動を必死で堪えつつ、夜恵の意味不明な言葉を必死で紐解かねばならなかった。

 どうやら『セト・テンプル』は折り返し地点らしいことは何となく把握できたのだが、スパーク何とかが何を意味するのか、そもそも『なう』ってなんじゃと、立っているだけに見えて雲海の脳はフル回転中である。

 すぐ隣で高笑いする薫が本気で恨めしい。


「ええっと……はい、次の方どうぞ!」


 雲海より少し年上らしきカップルが、手を恋人繋ぎにして笑い合いながらコースに入っていく。

 出て来る時も笑っていられれば良いけど、と心の中で皮肉る雲海の肩を叩く手があった。振り返ると、つまらなそうな表情の小森。一緒に肝試しは無理だと何度も言っているのだから、雲海としてもそろそろ諦めてもらいたい。


「……見ての通り、僕はちょっと忙しい」

「でももう真見ちゃんたち行っちゃったし」

「香田さんと行ってきなさい。この子今、相当暇だから」

「つれねー……」


 ブー垂れる小森とこのやりとりを既に三度程こなしている。いい加減雲海も痺れを切らしてしまった。限界だろうか。小森も薄々と感じ始めている。暖簾に腕押しとはこのことだと。


「放っておいてくれよ、小森さん。今日は無理だ」

「アンタは乙女の一世一代の決意さえ無駄にするわけか」

「……な、何の話?」


 本当に分かっていないのか、それとも考える余裕が無いのか、雲海は携帯電話から流れっぱなしの現状報告を聞くのに必死である。急に、雲海の表情が変わる。小森とのやりとりでは、何も変わりなかった雲海の表情が。


「あ、怪我人? 小学生くらいの、女の子が? ……転んだ、どこで? オーガ? どこだそれ……まぁいい、了解、今救護班を向かわせる。香田さん、出番だぞ」

「え? あ、あぁ、そっか、私か。で、怪我人って?」


 自分の役割をすっかり忘れていたらしい。雲海は呆れる暇もなく伝えた。


「オーガ・チェイス……とか言ってたな。そこで小学校低学年くらいの女の子が転んじゃったんだと。僕は場所まで分からんが……」

「オーガ・チェイス……ねぇ、さてさて何処のことやら」


 目を瞑って両手で頭を軽く抑えた薫。今の今までお嬢様風の高笑いをしていた戯けた女の子とは思えない程に真剣な表情である。

 遠隔透視能力は、本来こういった事態の為に使うものである。その果てしなく広い視野を用いれば、人の捜索などグーグルマップで自分の家を探すよりも容易いと薫は豪語している。

 やがて、足を擦りむいて痛い痛いと泣き叫んでいる少女と、恐らく彼女を追いかけ回していたのであろう二メートルを軽く超える程の巨躯を誇る虎柄のパンツ一丁の赤い鬼があたふたと慌てふためいている様が見えた。


「……うん、大丈夫、見つけた。……誰を送るの?」

「天心しかいない。あとは父さんもいるけど……協力してくれるかなぁ? 肝試しにも反対してたし……」

「そっか……でも大丈夫? あの子、生きてる?」

「知らん。だが人手が足りんのだ。無理そうなら君が行ってくれ」

「自分の瞬間移動は無理だってば」

「その二本の足は何の為についてるんだ?」


 薫は肩を竦め、やれやれと言い残して寺の居住スペースの所に走っていく。薫の背中と、彼女の頭で跳ねる一束の髪を視線で追いかけた後、雲海は再び電話の向こうからの声に意識を戻した。


「ん、どうした夜恵さん。今度は? は、お漏ら…………男の子が? 七歳と三ヶ月くらい? 今度は妙にピンポイントに当てるな……ってぇ、夜恵さんアンタ何を鼻息荒くしてるんだ。止めろ、絶対行かせん、アンタは大人しくしてろ。……いいから大人しくしてろ色ボケ化け物女ぁ!」


 怒鳴り散らして電話を切った雲海は、そのまま薫の番号に繋ぐ。幸いにもまだ出発直前であったようだ。天心はまだ若干足元が怪しくて激しい頭痛がするそうだが、呂律も周り、質問にも答えられるまでには回復しているそうなので、彼には夜恵が変な気を起こす前に、大至急漏らした男の子と怪我をした女の子の二人を救出してもらわねばならない。

 その旨を伝えると、薫は即座に救急バッグとタオルを持った天心を、まずは女の子の元に瞬間移動させ、電話を切った。待つ事数分、今度はメールが着信。天心から送られてきたそのメールには、救出成功の四文字。

 一先ず一安心。雲海が胸を撫で下ろす暇もなく、再び夜恵から電話。中継は続いている。


「おっと……次の方、どうぞー」


 怪訝そうな顔の、天心と同い年くらいの少年達三人が早足気味にコースに入っていく。まだコースに入っていない組はあとおよそ半分といった所だろうか。

 帰ってきた先行の何組かは、本気で怯えている者もいれば、興奮冷めやらぬ笑顔の者など、様々である。忙しくなるのはこれからだ、と気合いを入れ直した雲海は、ふと背中のあたりにあった小森の気配が消えている事に気がつく。


「っと……」


 どこに行ったのだろうかと会場を見渡してみるが、彼女はどこにもいない。

 トイレにでも行ったか……もしかして怒って帰ってしまったのだろうか。それは分からないが、なにはともあれ忙しさにかまけて邪険に扱い過ぎたなと、少しだけ反省する雲海であった。

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