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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第八話 肝試し
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8-4 助っ人の召喚

 本来なら宿題を描かれるべきノートのページにギッシリと隙間なく並ぶ名前を見つめて、雲海と薫は眉をしかめて冷や汗を垂らした。

 クラスメイト十数名、そしてそれらの先輩や他クラスの友人が数十名。それだけならまだ分かる。

 だが、そこから更に噂は広まっていったようで、他校の生徒まで参加を表明しているらしい。挙げ句、それらの弟妹と言った中学小学生連中までやってくるのだからたまらない。

 その数、およそ六十に至る。

 精々、友人同士の寄り集まりでやる他愛ない肝試し。そりゃぁ多少気合いは入れるつもりであったが、それでも集まっても十人程度だろうと高を括っていたのにこの結果。二人は若干途方に暮れた。

 これではまるで町内行事だ。或いは高校文化祭級。二人で準備出来る範疇を遥かに超えている。しかも大規模となるとそれ相応にクオリティも上げなければ、恐らく相当な文句が出るだろう。こんだけ人集めといてこんなもんかよ、と貶される未来が目に見えるようだった。

 このままでは、折角の夏休みの思い出が苦いものになりかねない。

 精々コンニャクを瞬間移動させたり、発火能力で人魂に見える火球を漂わせたりする程度にしか考えていなかった薫は頭を抱えた。


「どうしてこうなった……」


 驚愕の人数が集まったから対策を考えたい、と雲海から知らされてやってきた妖山市市街地の目抜き通り沿いにある喫茶店『ドブローイ』のボックス席の一角でオレンジシャーベットを突つきながら、薫は向かいで渋い顔をしている雲海に問いかけた。雲海は窓の外を見ながら、貧乏揺すりをしながらアイスコーヒーを飲んでいる。

 大きい氷を一つ口に服んで豪快に噛み砕くと、携帯電話に目を落とし、また窓の外を見る。先程からずっとそんな調子だった。


「ねぇ、クーちゃん」

「だ、大丈夫だ。一応、対策は考えてある……」


 その割には言葉に余裕がない。緊張感が薫にまで伝播してきて、思わず身が震えた。


「助っ人を頼んだんだ」

「……助っ人って?」

「『お姉ちゃん』だよ、『お姉ちゃん』」


 苦々しげにそう言う雲海。彼に姉なんて居たのだろうか、そんな話は聞いていないけど。薫がきょとんと目を丸くして考えていると、喫茶店のドアベルが鳴った。

 そちらを一見した薫は、ドアの正面に立っている黒い髪の塊を目撃して身を竦めた。物凄く引き攣った微笑みで迎えるウエイトレスの脇をスルリと抜けて、その人物はたどたどしい足取りで喫茶店へと来店……いや、侵入してきた。夏だと言うのに黒い長袖のシャツにデニムのロングスカートを履いている。恐らく、背格好から考えて女。だが性別の壁を超越した新生物のような不気味な瘴気を、薫は敏感に嗅ぎ取った。

 薫が見極めようとまじまじと凝視していると、その女の髪の隙間から覗いた目が一瞬だけ合ってしまう。

 それだけで息が詰まる程苦しくなり、薫は慌てて顔を前に戻す。汗が止まらない。きっと妖怪に違いない。まさかこんな昼間から町中に現れるなんて。


「く、クーちゃん、なんかヤバげな人が……」

「あ! 夜恵さん、こっちだ!」


 あろう事か雲海は顰めていた顔を少しだけ緩めて、先程の女を手招きしているではないか。女も手招きに応じて二人にどんどん近付いてくる。薫は思わず窓側に身をよせると、その女は小さく一礼してから薫の隣に腰掛けた。


「……こんにちは」


 女がそう呟いたので、薫は必死に笑顔を取り繕ってこんにちは、と返す。

 それが済むと女は満足したのか、雲海の方を向き親しげに挨拶を交わす。彼と彼女は旧知の仲であるらしい。


「久しぶり……大きくなった」

「ええ、本当に久しぶりです。夜恵さんも、しばらく見ないうちに……」


 雲海はテーブルの上に垂れている夜恵の大量の髪の毛先が僅かに蠢いているのを見て、肩を竦めた。


「随分化けましたね。昔はもう少し人間っぽかった気がするんですけど」

「髪を伸ばしたから……」

「……そうしておくか。いやぁ、本当に来てくれるかどうか、心配だったんだよ。メール返ってこないし」

「忘れてた……かも……」


 夜恵の顔を覗き込む雲海が苦笑混じりにそう呟く。夜恵はそれには何もコメントせず、机の上に伏せてあったメニュー表を眺めはじめる。隣の薫は夜恵と呼ばれる女から出来るだけ距離をとるかのように、窓にべったりとくっ付いていた。


「香田さん、そう怖がらなくていいよ。この人、これでも三割がた人間だから」

「の、残りの七割は?」

「色々混ざってて、私も分からない……」


 色々って。色々ってなんですか。尋ねようと口を開くと、隣の女の顔が薫に向いた。そして前髪を上げる。そこには死人のように青白い肌の顔があり、そしてモゾモゾとまるで別の生命体のように蠢く双眸があった。


「ひっ……!」


 血走った巨大な目が不規則かつ無節操に動くその様を見て、薫はついに卒倒し、ズルズルと体を席に横たえてしまった。


「……夜恵さん」


 雲海が呆れて物も言えぬ、と言わんばかりに項垂れた。


「最近視力落ちたから……ゲームやり過ぎて……起こす?」

「ストップ」


 ゆっくりと、枯れ枝のように細い指で薫の頬を撫でる夜恵を、雲海はテーブル越しから身を乗り出して腕を掴んで止めた。


「香田さんも多少慣れてはいるけど、まだまだ妖怪と知り合って日が浅い。夜恵さんみたいなグロテスクな半妖には耐性があんまりないんだよ。だから、せめてその目ん玉だけでもどうにかしてくれ」

「乙女に……グロテスク……雲海君、失礼」


 そうは言いながら、夜恵は自分の顔を掌で擦りだす。指の隙間で顔のパーツが歪み出したのを見て、雲海は慌てて目を背けた。

 数秒後、彼女が顔を上げる。そこには既に目をギョロつかせる魔物はおらず、細い眉と切れ長の目、高い鼻と薄く桃色の唇をもつ絶世の美女が薄く微笑んでいた。更に指で髪を一撫でするとそれだけで、長くてあちこちに跳ね放題だった髪もキューティクル眩しい、先程と同じ濡れ羽色のはずなのにおぞましさの欠片もない、艶やかなものに変貌する。夜恵がその長い髪を払う仕草を眺め、相対する雲海は思わず唾を飲み込んだ。

 変貌した夜恵は一度唇を長い舌で舐めてから、自分の顔立ちを指で確認するように触れ、雲海を見つめた。


「…………どう? 綺麗でしょ?」


 口調まで変わっていた。雲海は自分でも気づかぬうちに背筋を伸ばしていた。ついでに鼻の下も。


「ええっと……まぁ、それなりに」

「ふふっ。照れちゃって可愛いわ。顔赤いぞ、雲海君?」


 そう言いながら、夜恵は俯き加減の雲海の鼻先を指で軽く突ついた。笑われているのに、雲海は嫌な気にはならなかった。この人はまさしく妖怪だと、雲海は認識を新たにする。これほどの得体の知れなさと妖艶さを持ち得るのは、人間には不可能だ。


「ん……ん、ん」


 身じろぎする薫が、ゆっくりと目を開く。現状を把握していないのか、寝惚けた眼で周囲を見回す。斜め前に座る雲海を見やり、そしてすぐ隣に居る美人のお姉さんを見やり、薫は目をパチクリさせた。


「あれ、私……寝てた、の?」


 卒倒前後の記憶が無いらしい。雲海は呆れつつも口を開こうとするが、夜恵がその口を人差し指で押さえた。年上の女性と接する機会なんて一生涯中にほぼ無かった雲海はそれだけで抑止され大人しく口を噤む。


「ごめんね、薫ちゃん。お姉さん、ちょっぴりイタズラしたくなっちゃったの。驚いた?」

「え、はぁ……驚いたって言うか……」


 目を瞬かせて雲海を見つめた薫は、困ったように苦笑いする。


「ええと、貴方は……」

「あら、さっき自己紹介したけど?」

「ごめんなさい。なんか記憶が……」

「都合の悪い事は忘れる頭なんだな、君」


 呆れる雲海をみて、薫は本当に何の事だか分からないようで、小さく首を傾げた。柔らかく笑う夜恵は、白魚のように細く長い指で、優しく薫の髪を撫でる。まるで年の近い姉妹の様だ。


「ほらほら、薫ちゃん。髪の毛が乱れてるわよ?」

「へ? あ、すみません」


 恐縮して肩を窄める薫を見て、夜恵はますます嬉しそうに微笑む。パッと見こそ乙女の触れ合いのように見えるのだが、夜恵の口が段々と人間では有り得ない程に裂け始めたのを見て、雲海は口を挟んだ。


「いい加減、本題に入っていいかね」

「えー……もうちょっと薫ちゃんで遊びたい」

「却下」


 夜恵の駄々捏ねを厳然と一刀両断した雲海は、わざとらしく大きな声でそう宣って咳払いをする。いつの間にか周りの客の目が、妙に夜恵に集中していた。彼女は今それほどの危険な美貌を備えている。

 雲海の険のある咳払いで、皆我に返ったようにそそくさとテーブルに向き直っていく様を見て、夜恵は照れたように舌先を出す。


「いやー、モテる女は辛いなー」

「……夜恵さん。ここに呼んだ理由はちゃんと分かってるかい」

「肝試しのオバケ役だっけ。全く、私はそんなのの為にこんな……」


 夜恵は自分の舌先を口から少しだけ覗かせ、それを指でつまみ、引っ張る。舌はみるみる伸びていき、三十センチ程真っ直ぐ伸ばした所で手を離すと、まるでゴムパッチンのように音を立てて夜恵の顔面に張り付いた。

 なんて奇怪な遊びをしているんだこの人は、と雲海が顔をしかめていると、隣で薫がまた目を回しているのに気がつき、本当に気が重くなってきた。


「怪物になった訳じゃぁないのよ、雲海君?」


 長い舌を口の中に指で押し戻しながら、夜恵は悪びれる様子も見せずに笑っている。


「その割には随分楽しそうだなぁ? えぇ?」

「あら、お怒りかしら? それより薫ちゃん、顔蒼いよ、大丈夫?」

「アンタのせいだろうがっ」


 雲海が諌めるとようやく反省したのか、それとも薫で遊ぶのが飽きたのか。夜恵は肩を竦めて戯けた表情をしながらも、机の上に広がっていたテーブルの方に目を向けて、リストを眺め始めた。


「……へぇ。随分集まったのね、お客さん」

「広報係をやってもらった真見ちゃんも驚いたよ。誘った何人かが別の知り合いを誘って……って具合で、ねずみ算式に膨れ上がったみたいだ」

「羨ましい。私にも友達、余った分は分けてくれないかしら……」

「友達は物じゃぁないんだぞ。配り歩けるかっての」

「でも友達は作るって言うじゃない。いっそサボテンでも買って、適当に式神でもくっ付けちゃおうかしら」

「寂しいOLみたいな事するなよ……」

「やぁねぇ。勝手に寂しい人認定するなんて。私には天心君がいるもの。あとケンちゃんも、私の大切な人間よ?」


 天心はもちろんの事、彼の友人である横井も巻き込んで、現在彼女は主に天心で遊ぶ事を趣味としている。雲海にとっては良い迷惑だが、天心にとって然程迷惑でないらしいのが、目下の雲海の悩みであった。


「っつーか同世代にはいないのかよ……」

「あら失礼な子。私だって貴方ら高校生くらいの頃は、男子から蝶よ花よともてはやされたものよ?」

「ケダモノバケモノと恐れられてた、の間違いだろ」

「憶測で物を言うのって、お姉さん良くないと思うなぁ?」

「天心の口をちゃんと止めておくべきだったな、夜恵さん。アンタの個人情報は駄々漏れだぜ」

「ねぇ、二人とも。会話がどんどんずれてってますよー……」


 無遠慮なやり取りに怯えた薫の控えめなツッコミに雲海と夜恵はようやく我に返る。夜恵は小さく頭を下げながら、リストを雲海に返すと、少し大仰に溜め息を吐き出した。


「……ったくぅ、仕方ないわね。キャワイイ弟さんを普段から借りてる訳だし、手伝ってあげるわよ」

「すまんな、夜恵さん。助かるよ」

「……と言うか、さぁ」


 夜恵は口端を少し裂けさせて不気味な笑顔を浮かべた後、雲海に大きく見開いた目を向けた。その笑みの裏に、何か企みをしているような気配を感じた雲海は僅かに体を緊張させる。


「全部私がやっていい? 肝試しのオバケ役」

「……全部?」

「そう、全部。徹頭徹尾。ゆりかごから墓場まで。その方が打ち合わせとかしないでいいしさ」

「一人でって、無茶にも程が……」


 例えば、遊園地のアトラクションのお化け屋敷では、キャストは十名近く用意される。そこまで大規模ではなくとも、その半分は必要だろう。元々三人でカバーし切れる範囲をとっくに超えているのに、それを一人でなんて、到底無茶な話である。

 薫が狼狽える一方で、雲海はそうは思わなかったのか、なにやら思案顔を続けている。


「夜恵さんって……本当に、飼ってるのか?」

「……」


 雲海の言葉の意味は、薫には分からなかったが、夜恵にはちゃんと理解出来ていたらしい。少し首を引いた夜恵は、ともすれば見るものに危機感を喚起させるような、妖しい笑みを浮かべた。


「百鬼夜行絵巻が見たいなら、いつでも言っていいわよ」

「危険はないんだよな?」

「保証するわ。この子らには、自由意志なんてないもの。比喩じゃなくて、私の手足になってくれる訳だしね」


 そう言って腹の辺りを擦る夜恵。薫は相変わらず訳が分からずに惚けていたが、雲海は一瞬嫌悪するように強く夜恵を睨んだ。しかし、すぐに居住まいを正した後、手元のノートを手に取った。


「……結構道のりは長めにとるつもりだぞ」


 雲海が参加者名簿が書かれたページを捲ると、肝試しのコースの概略だろうか、くねくねと曲がった大きなN字型の地図が書かれている。それを指でなぞりながら、雲海は唸るように言う。


「据膳寺前から出発して、カマイタチの祠に置いたお札を拾って、また別コースを辿って据膳寺まで。全長にして四百メートルくらいある」

「余裕だねぇ。むしろ一キロくらい欲しいかも」

「そうは言っても、香田さんの発火能力とかも結構使い道はあると思うんだけど……」

「そんなの私だって出せるわよ?」


 そう軽々しく言って夜恵が腕を振るうと、眩しい位明るく蒼く輝く炎が腕の軌道に追従して燃え上がった。雲海は慌てて夜恵の腕を取り押さえ、薫は慌てて周りを遠隔透視で確認する。店員は店の奥に引っ込んでいて、周囲の客も先程の雲海の睨みがきいたのか、こちらを注目してはいなかった。胸を撫で下ろす二人。

 夜恵が不思議そうな顔をしているのは、何も知らない無垢な振りをして恐らくこちらをからかっているのだろうと雲海は見当をつけた。

 周りの目を気にしていない訳じゃない。きっと、僕らが慌てるところまで見越してやっているんだろう。あぁ、やな性格だ。


「……香田さんは脅かし役志望なんだ」

「あ、そうだった?」


 夜恵にジッと見つめられて、薫は慌てて首を横に振った。


「い、いい! いいです、私、こんな人が集まるなんて思ってなかったし……」

「ほら、彼女もこう言ってるけど?」

「本当にいいのか、香田さん」


 遠慮しているのか、或いはプレッシャーに負けただけではないかと雲海は問うが、薫はやはり首を横に振る。実際の所、あまりにも参加人数が多いので怖じ気づいたと言うのが正しい。


「……あ、でも、その……真見ちゃんの時だけは、脅かし役やりたいかも」


 元はと言えば相川に一泡吹かせたいが為に乗った話である。薫はそこだけは譲る訳にはいかない。控えめに意見を出す薫の頭を、夜恵は慈母の様に微笑みながら優しく撫で付けた。


「勿論良いわ。一緒に頑張ろうね、薫ちゃん?」

「は、はい……!」


 話がまとまった、と見た雲海はそれ以上薫と夜恵が接触するのを拒むかの様に即座に手を打って音を立てた。


「さてと……そう言うことだから夜恵さん、もう帰っていいよ」

「つれない事言うのね、雲海。もっとお姉さんと楽しくお話しようって思わないのかな?」

「天心とやってろショタコン女」

「ショ……! 全く、どこでそんな言葉を覚えたんだか……」


 今の一言は利いたのか、夜恵は僅かに眉間に皺を寄せて、目を泳がせた。それより問題なのは否定しない事なのだが、雲海は一刻も早くこの相手をしているだけで疲れる夜恵と別れたかったので、口を挟むのを止めた。

 ショタコンと言う単語の意味を理解出来ていない薫だけがその場でキョトンと目を丸くしていたが、微妙な緊張感のせいで尋ねるタイミングを見損なってしまった。

 無駄に沈黙が続き、やがて夜恵が音もなく立ち上がった。

 それと同時に、髪の毛が急激に艶を失っていき、風が吹いている訳でもないのにはためいて、見る見るうちに顔を覆い隠していく。肌の色も少し土気色になったのを見て、雲海と薫が僅かに顔をしかめると、夜恵は「美人モードは疲れる」とギリギリ聞こえる程度の音量で反論を返した。


「……それじゃ、また……」

「あぁ、よろしくね、夜恵さん。くれぐれも、頼むぞ」

「安心して……仕事は真面目にやるタイプ……だから」


 振り向かずに手を振りながら、のそのそと這うように、しかし不思議な程足音を立てずに、夜恵は去っていった。彼女が喫茶店のドアベルの音を鳴らしながら出ていったのを見送ると、雲海と薫はいつの間にか緊張で伸び切っていた背筋を弛緩させ、椅子に深く腰掛けた。

 夜恵は、相手をするのが異常に疲れる女であった。


「……一先ず、これで当面の問題は回避された訳だ」


 ノートの隅に雲海は『夜恵OK』と小さく書き記し、安堵の溜め息をついた。

 オバケ役を全てやってくれる、と言う申し出は意外では有ったが、むしろありがたい限りだ。

 体内に何百もの妖怪を飼って従えている、と言ういつだったか利休が言っていた噂は、どうやら事実であるらしい。俄には信じられないが、強く否定する材料もまた、存在しない。体内で飼い、無理矢理服従させている。その在り方を考えると、雲海の脳裏には利休と口裂け女の顔が思い浮かんだ。

 何かが間違っているような気もする。

 自分達から見れば他流であり、しかし同胞でもある夜恵。話してみれば、変ではあるが、悪い人間ではない……はずだ。だが、人間が妖怪を従えると言う構図を、夜恵は極々当たり前の事としているのだ。

 それが雲海には引っかかる。

 利休は居候だが、従えているとは到底思っていないし、口裂け女も同様だ。空峰の流派も式神と言う存在を使役して術を使用しているが、式神には式神の意志があり、実際に今雲海はその式神が言うことを訊かない状態で困り果てている訳である。

 妖怪は人とは違う倫理を持ってはいるが、思考をするし、語る口を持つ。

 夜恵の飼っている妖怪には、それらはない。或いは、夜恵によって奪われている。

 それは一歩間違えれば、とんでもなく非道な行いなのではなかろうか。


「……クーちゃん、顔、怖いよ?」


 その言葉で、雲海はハッと顔を上げた。向かい合った薫が、心配そうに覗き込んでいる。

 彼女は何も知らない。夜恵が妖怪を飼っている、なんて事実は。知ったらきっと、怒るのではないのだろうか。

 そう思うと、雲海は、


「ごめん、なんでもないんだ」


 そう言って、自分の思考ごと誤魔化すくらいしか出来なかった。

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