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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第七話 くだん
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7−2 縁側の少女

 八月十日。

 薫がユリアンと出会い、口裂け女が薫の恩師を傷つけ、薫が和解を果たした矢先に口裂け女が突如空から現れたU.F.Oに連れ去られると言う突拍子無い事件が起きてから、二週間近く経過していた。

 山田村は未だU.F.O騒ぎで興奮が冷めやらぬ様子で、今回の事件を契機に「宇宙人が降り立った村」として村興しまで企画しているらしい。

 全くもって、とんでもない話だ。

 家の石垣に囲まれた小さな庭園の片隅で、香田薫は心の奥で愚痴を零しながら、目を瞑っていた。精神統一をする修行僧のような静謐な彼女の周りには、不自然に逆巻く風が彼女を取り巻いている。吹き上げられた髪の毛が宙を舞う。両手を汲んで力を込め、薫は一際強く瞼を閉じた。


「……駄目だ」


 やがて諦めたように呟き、薫は力無く項垂れた。

 そのままふらつきながら縁側に辿り着き、這い上がり、うつ伏せに寝転ぶ。

 香田薫は超能力者である。

 念動力、瞬間移動、発火能力等の多種多様な不可思議かつ不自然な力を操る、それはそれは特殊で不思議な人間だ。

 そんな彼女が約一ヶ月前に新たな超能力に目覚めた。その名も、遠隔透視能力(リモートビューイング)。文字通り、遠く離れた地点を透視する能力である。

 この能力を使えば空の彼方に連れ去られた口裂け女の現状も掴めるのではないかと考えた薫は、つい先程の様に毎日の様に遠隔透視を試みているのだが、口裂け女の顔が脳裏に浮かび上がってくる気配は一向にない。どうやらこの超能力にも効果範囲があるらしい。


「……あっつ」


 背中が陽光に焼かれるのを忌避して、薫は四つん這いのまま台所に向かい、冷凍庫からファミリーパックのミルクアイスを取り出した。それを口にくわえて縁側に戻り、口の中に広がる甘みを堪能しながら、夏晴れの輝かしい快晴を眺める。

 八月も半ばに差し掛かり、気温はこれからが本番と言わんばかりに日々天井知らずに上昇していく。遠くの空にそびえ立つ入道雲をこれだけじっくりと眺めるのは久しぶりで、目が痛くなる。


「ホント、良い天気ね……」


 薫は妙に強がったような言葉を吐いた。

 暑さ対策として取り出した筈の風鈴は既に冷涼の風情を感じさせるどころか、熱風の到来を告げるベルと成り果てた。薫はわざわざ押し入れの奥から引っ張りだしてきた、その金魚鉢を模したガラスの飾りを眺めながら、いっそ仕舞おうかと本気で考える。

 続いて、寝返りを打って居間を見やる。薫の視線は、部屋の壁に取り付けられている黄ばんだエアコンの存在をしっかりと確認していた。手元に投げ出されているリモコンに一縷の希望を込めて電源を入れようとするが、エアコンは目を瞑ったまま、沈黙を保っている。

 何故つかないんだ。

 薫の頭の中には故障してしまったエアコンへの恨み辛みで一杯である。

 代わりとばかりに稼働中の扇風機は必死に薫の体温を下げようとしているが、エアコンとの性能の差は比べるまでもない。手に持っているミルクアイスが熱風を浴びせられてみるみるうちに溶けてしまうので、薫はあまり扇風機が好きではなかった。

 現に今だって溶けたアイスが指にかかってべたついて、不快な思いをする羽目になっている。

 アイスを一気に頬張って飲み込んだ後、薫は扇風機に顔を近づけた。緑の三枚羽が目にも留まらぬ速度で回転している。これで弱と言うのだから驚きだ。薫は更に一段階速度を上げた。


「あー」


 先にも増した強風の心地よさに、薫は思わず声を出してしまった。耳に届くのは、扇風機の回転羽を通り抜けた、震えたような自分の声。


「あーあー、われわれはーうちゅ……」


 平坦な声で今自分の言おうとした言葉を思い出して、薫は途中で口を噤んで、眩しい太陽からは目を逸らしながら空を眺めた。

 我々は宇宙人だ。今の薫にとっては存外洒落にならない言葉である。

 口裂け女を連れ去ったU.F.Oから降り立った二人の宇宙人の無表情を、薫は細部まで、克明に記憶していた。何せ、自分と同じ姿。鏡を見れば毎日そこにある姿なのだから。

 あの日以来、薫は時折言い知れぬ不安に見舞われることがある。

 気紛れに、手に残っていたアイスの棒を、ゴミ箱の中に瞬間移動させてみる。あの時宇宙人は念動力で薫やユリアンの身体を弾き飛ばした。瞬間移動は出来ないのだろうか。宇宙人が自分と同じように超能力を使えていた。それは事実。口裂け女が宇宙人に連れて行かれた。それもまた、事実。

 ただ理由が、意味が分からない。

 何故薫に似ている。何故超能力が使える。何故口裂け女を連れ去った。何一つとして、薫には分からない。

 形のない不安の種が、薫の心の何処かで溜まり込んでいた。それが最近の薫のストレスの原因二大巨頭の一角である。


「Hey! カオルーッ!」


 ふいに、玄関の方から暑苦しい程明るい男の声が薫の耳を打った。

 彼女のストレスを蓄えるもう一つの原因。それは他ならぬ土玉百合安(ユリアン)である。彼はこの辺りの妖怪を懲らしめる仕事、陰陽師なる職に就いているらしい。口裂け女の襲撃の際にも、薫は彼には大いに世話になった。彼が居なければ薫も、薫の恩師である三浦も命はなかっただろう。

 だから彼には感謝しているのだが、だからと言ってそれは、彼がストレスの原因にならない理由足り得ない。

 やがて玄関の戸が開く音が聞こえ、廊下を駆ける足音、襖が開く音が続く。


「今帰ったでやーっ!」

「はいはい、おかえり」


 今現在、土玉ユリアンおよびその義理の父土玉玄米は、香田家に居候中の身である。

 口裂け女騒動とは全く関係のない事なのだが、ユリアンは自分の術に無駄なアレンジを加えた結果、世にも恐ろしい化け物を現世に召喚し、自分の家である山中のあばら屋を破壊した。目の前でその光景を見せつけられた薫は、偶然その場に居たせいで彼と、彼の義理の父である土玉玄米の宿を提供する羽目になってしまった訳である。

 土玉玄米は香田家に気を遣っているらしく、日中は散歩に出掛けたり、町の老人の寄り合いに集まったりして夕過ぎに寝に帰宅すると言う、飼ってから数ヶ月経った頃の猫のような生活スタイルを取っているのだが、ユリアンは逆に大体は家に居て、たまに薫の両親の農作業を手伝ったり、気紛れにバイクに出掛けていく。

 十くらいしか年が変わらない赤の他人しかも男がいきなり自分のプライベートスペースに踏み込んできているのだから、純情女子高生香田薫にとって彼の存在はストレス以外の何者でもない。


「元気ですかーっ!」

「ちょっとだけ」


 筋肉質で肉付きの良い体型。ブロンドの短い髪に碧眼、夏場なのに目が痛くなる程赤いライダースーツ。その暑苦しい見た目は薫を大いに苛立たせた。だが、ユリアンの方はどうしても薫の顔を拝みたいらしく、わざわざ背を向けて寝転んでいる薫の正面に回り込んで来る。そして身を屈めて薫の生気のない顔を覗きこんで指で突つくのだから、薫からしてみればたまったものではない。


「だーっ! 鬱陶しいなぁ!」


 手を払いのけて身を起こした薫は、ユリアンの顔を両手で挟み込んで至近距離から絶叫してやった。流石に驚いたユリアンは尻餅をついて、惚けた顔をしている。


「What? めちゃんこ元気ですぜ」

「無理矢理絞り出した。もう空っぽ。Empty……」

「おやおや、給油口はどこかしら?」

「I AM A HUMAN!」

「ごもっともなんやな。But、ちょいとダラケ過ぎだぜ」

「何で貴方はそんなにタフなの……」


 感情を抜いたような声で呟く薫に対して、ユリアンは困ったように肩を竦めていた。

 ここまではいつも通りであった。夏の暑さに参っている薫がユリアンを冷たく突き放す光景は、ここ最近毎日香田家の軒先で繰り広げられていた。

 しかし厚顔無恥なユリアンは薫の顔色等気にする輩ではないため、互いが互いをあしらうような険のあるコミュニケーションは長く続かず、大抵薫が折れるのだ。恐らく彼は間もなく勝手に冷蔵庫を漁って母が購入して来たファミリーパックの貴重なアイスを発見し、薫に断りもなく勝手に食すだろう。薫は半ば確信していたのだが、ユリアンは微笑みながらその場を動かなかった。


「Oh、給油口発見! これでも喰らえぃ!」

「ぴゃぁ!」


 頬に冷たい感触を覚えて、薫は思わず飛び上がった。ユリアンが満面の笑顔で良く冷えたメロンソータの缶を薫の頬に押し付けていたのだ。


「いつもIce creamパクってるお詫びでーす」

「……ありがと」


 無碍に突っぱねる訳にもいかず、薫は素直に礼を言いつつユリアンから緑のアルミ缶を受け取った。微笑ましいものを見る笑顔のまま動かないユリアンから目を逸らすと、ユリアンは自分の分のコーヒーのプルタブを開けた。呆れながらも、薫もそれに倣って缶を小さく傾ける。良く冷えていて、喉元が空くような気分になった。


「今日はどうしたの? お土産買ってくるなんて珍しいね」

「珍しくなんてないぜ。我は毎日この家に笑いという名のHappyを届ける為に力の限り……あ、嘘、嘘。テレポートで鼻の中にSoda流し込むの止めて」


 鼻を押さえながら慌てふためくユリアンは、慌ててテーブルまで這っていき、箱のティッシュで鼻をかむ。その背中を眺めている薫を、ユリアンは僅かに恨めしげな顔を作って振り返った。


「ちょいと加減してくだされ。鼻水が緑色になってますえ」

「鼻水って元からそんな色じゃない?」


 連れなく言った薫は口元の笑みを缶で隠した。目で笑っているのはバレていたが、ユリアンはそれには何も言わずに薫の隣に腰掛けた。二人とも縁側から足を出すと、足先が日の光に焼かれるのが良く分かった。


「そのSodaは、ようやく賢者様にMeetする目処がついたお祝いなのだ」

「……本当!?」


 U.F.O騒動及び口裂け女の誘拐があったすぐ次の日。

 ユリアンが語った解決方法と言うが「賢者様に相談する」と言うRPGのお使いイベントのようなものだったのである。目処がついたと言う事は、いよいよイベント開始なのだろう。

 夏の陽気ですっかり頭が煮えたぎっている薫は、ユリアンの一言でようやく明瞭な意識を取り戻し、同時に俄に緊張した。折角仲良くなれたばかりの口裂け女が、U.F.Oに連れ去られた。行方は知れず、薫はどうすればいいのかも分からない。だからこそ、知恵を借りなければならない。

 目を大きく開いている薫は、缶を縁側に置いてユリアンの方に身体ごと向き直る。


「その賢者様とか言うのは、どこに行けば会えるの?」

(はやぶさ)市ですぞ」


 隼市と言うのは谷潟県北部の人口数万人程度の中規模都市である。

 内陸市である事と関係が深いかは不明だが、主に金属加工業を中心に発展してきた都市であり、現代でもそれらの企業に連なる巨大な工場が遠方からでも望むことが出来る。強力な地元産業のお陰か、市民の生活水準は近隣の都市よりも頭一つ分抜きん出ていて、最近は県庁所在地である谷潟市と肩を並べている程であるらしい。最も、観光地となるような所もないので、薫は同県民であったが一度も訪れた事はないのだが。

 薫にとってはその程度の土地。それが隼市だった。


「そう言えば聞いてなかったけど……賢者様って何者?」


 なにせ賢者様なのだから、それはそれはとても賢そうな老人なのだろう。それこそ足元まで伸びる白いあごひげを生やしているような老人をイメージしていた薫。ユリアンには、彼女の想像図が見えているのか、両手を振って鼻で笑った。


「ちゃうねん。もっとYoung。っつか、YouよりもYoungなGirlですぜ」

「……え? 私よりも?」

「まぁまぁ、見てのお楽しみってな奴じゃ。ほれほれ、楽しみになってきたろ?」


 遠足に行く訳ではないのだから、そうやって囃し立てられても薫の胸はちっとも踊らない。気がかりにはなったが、今注目すべき点はそこではないだろう。


「出発はいつ頃?」

「Today! And now!」

「あんどなうって……ここから隼市までどれくらい?」

「我がbikeで二時間くらいかの。High wayぶっ飛ばすんじゃ」

「バイクで二人乗り二時間……。ねぇ、電車は? 車とかないの? この天気でユリアンの背中に二時間もビッタリくっつくの……?」

「えぇい、つべこべ言っとる場合じゃなかとよ!」


 言うが早いかユリアンは立ち上がり、強引に薫の奥襟を掴んで持ち上げた。シャツごと引っ張り上げられた薫は、慌てて裾を伸ばして臍を隠し、ユリアンの腕を全力で振り払った。


「もう! 止めてよ!」

「我とてLady相手なら身の振りを考えますぜ。But……」


 ユリアンは薫の身体全体に視線を走らせた後、鼻で笑った。


「Hey、Little Girl。十年早いっすわ」


 ユリアンは、払われた手を擦りながらそう言った。

 悪びれた様子を欠片も見せないユリアンは、高笑いしながらポケットに手を突っ込んで振り返らずに部屋を後にした。

 まさかこのまま着いてこいと言うのではあるまいな。碌に準備もしていないのに。

 背中でCome onと語る男を気取るユリアンに薫は冷たい視線を投げ掛けたが、そんなものに気がつく程ユリアンは感覚が鋭い男ではない。

 薫は、手の中にあったソーダ缶を軽く横に振る。まだ中身は残っていた。素早い判断の元、彼女はそのソーダ缶をテレポートさせた。

 一体どこに行ったのかは兎も角として、ユリアンが呆れた表情を顔に貼付けて頭から炭酸ジュースを被った状態で再び入室してきた時、薫はこの日一番の笑顔を披露した。

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