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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第六話 半妖
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6−8 黒猫の真実

「天気は良いけど寒々しい、そんな春の日だった」


 まるで罪を告白するかのような殊勝さで、化け猫は静かに語りだした。


「私はまだ若い妖怪でな。今だってせいぜい化け猫になってから三十年位だ。八年前も当然まだまだ、猫としての生が抜け切らない、青い妖怪だったよ」


 昔を思い出しているらしい化け猫は、少しだけ苦笑した。


「普通の猫に化けて町を歩いていた時に、まだ幼子だった彼と出会った。妙に落ち着かない様子で、恐らく母親であろう人間と横断歩道で信号待ちをしてた時だったな」


 冬と春の間の日。ランドセルを待ち切れない様子ではしゃぐ天心と、それを見下ろして優しく微笑む彼の母親。


「……別段私は彼らに興味がなかったんだが、この子は違ったようでな。私を発見した時、天心が爛漫な大声を出すから、思わずビックリして、逃げ出してしまった」


 化け猫は天心に驚かされてその場から逃げ出したのを、遠い目で思い出していた。


「人間の子供如きに驚かされたのが、癪だったんだ。だから、軽く仕返しをしてやろう。そう考えた。今思えば、なんとも短絡的で子供な発想だが」

「あまり人間の子供を甘く見ない方がいい。セカイ系フィクションで世界の命運を託されるのは、まだ幼さの抜け切らないショタっ気が残った少年だと相場が」

「すまん。そこの太っちょ。この半妖女の口を塞いでおいてくれ」


 少し怒り気味の化け猫の声に従って、横井は恐る恐る夜恵の口元を軽く手で押さえた。意外にも夜恵は抵抗を示す事なく、されるがままになっている。呆れたように嘆息した後、化け猫はまた口を開いた。


「話せって言ったのはお前なのに、なんだって口を挟みたがるんだか。……まぁ、私は天心に仕返しをしたくなった。一応私にもそれなりの妖力と言うものがあるから、少しだけ悪戯するつもりで天心に幻覚を見せてやったんだ。横断歩道の信号が変わった、と誤認させるように」

「ちょ、それはちょっと洒落にならんと思うんだが」


 横井が絶妙な間の手を入れる。調子づいた化け猫は一旦唾で舌の根を濡らした。


「母親が手を繋いでいたので問題無いと思っていた。もし歩き出しても母親が止めて、彼を叱りつける。そして彼は自分が悪い事をした訳でもないのに理不尽に怒られて泣き出し、不思議な現象に首を傾げる。……そんな拙い筋書きで終わる、ちょっとした悪戯の筈だったんだ」


 しかし現実は非情であった。化け猫は、当時自分の目の前で起きた惨劇を後悔しているかの様に首をもたげた。


「天心は、母親の腕を振り切って駆け出してしまった。運の悪い事にそこに自動車がやってきて……」

「天心氏を撥ねた……?」

「違う。天心君だけではない」


 口を塞がれている筈の夜恵の言葉が、クリアに聞こえた。訝しむ横井。

 夜恵は彼に掌を広げて見せつける。そこには人間の口が生えていた。横井が口を押さえている手を離してみると、夜恵は鼻の下がのっぺらぼう状態になっていた。口が、掌に移動していたのだ。

 薄気味悪さに身を引いた横井を気にかけた様子なく、夜恵は手に生えた口でそのまま言葉を続けていく。


「彼を庇う為に道路に飛び出した母の光輝が、一緒に撥ねられた」


 化け猫は黙って首肯した。


「光輝が衝撃のクッションになったのか、天心君は一命を取り留めた。しかし光輝はほぼ即死状態であったと聞く」

「……実際は違う。本当は、二人ともほとんど即死の状態だった」


 化け猫の言葉が意外だったのか、夜恵は口を噤んだ。


「私が駆け寄った時、既に母親の方は事切れてたよ。天心も、死にかけの身体を必死に動かして母親を揺すっていた。……ほんの悪戯のつもりが、二人の命を奪い取ってしまった。妖怪である私が気にかける事でもない、と分かっていたんだが……元飼い猫だからかね。自責の念に駆られた私は」

「罪滅ぼしのつもりで、天心と同化、半妖と化す事で彼の命を救った。……まさか、そう言うつもり?」


 すでに夜恵の口は顔の元の位置に戻っている。

 ようやくまともに見れたものになった夜恵の顔を見て、化け猫は首肯する。途端に夜恵の顔色が曇った。左の腕がゴムのように長く伸び化け猫に襲いかかり、十本に以上に増えた鞭のようにしなる指が化け猫に絡み付いた。


「要するに、全て貴方が元凶」

「……それは認める。でも、もう後には引けなかったんだよ。だから、やるしかなかったんだよ!」


 楽しそうに吠え哮た化け猫の身体が、突然肥大化した。化け猫を捕らえていた夜恵の左手が吹き飛ばされるが、夜恵は顔色一つ変えずに手首から先がなくなった左腕を眺めた。黒豹のような化け猫は、前足から鋭い爪を覗かせて姿勢を低くした。


「言っただろ、半分はコイツの命を助けるため。もう半分は私が自分の力を増すためにコイツの中に住んでいた。人間の言葉で言えば、WinWinの関係って奴だぜ?」

「得をするのは貴方だけ。元々貴方は取り憑く為に彼に幻覚を見せた。そうでないと言い切る根拠はどこにもない」

「私がコイツの命の恩人って事に変わりねぇだろ?」

「貴方が何もしなければ、空峰光輝は存命で、天心君も普通の中学生として生きてきた筈。結局の所、貴方がやっている事は、空峰光輝を殺し、天心君の命を弄んでいるだけ」

「おいおい、勘弁してくれ。他にも得した所はあるはずだ。お袋が死んだお陰でコイツは家事もこなせる立派な少年に成長したじゃねぇか。それに、誰のお陰で天心がこんな可愛い外見に育ったと思ってんだ?」


 一瞬だけ意味を掴みかねた夜恵と横井だったが、あどけない天心の寝顔を見て、もう一度化け猫を睨む。


「まさか……」

「私は天心の体内に住んでたんだぞ? ホルモンバランスやら栄養循環やらを弄るのくらい訳ないのさ」


 化け猫は本当に楽しそうに笑う。まるで、完成まで数年かかった作品を誇る芸術家のような態度であった。


「お陰でこんなに私好みの可愛い男の子に育ってるじゃないか。むしろ感謝してほしいくらいだね」


 化け猫は、欠片も悪びれる様子を見せない。夜恵は憮然とした顔を崩そうとはしないが、横井は拳を握りしめて今にも飛びかからんばかりの気迫を放っていた。

 いつも側で天心を見てきた横井は、散々見てきたのだ。女の子と勘違いされる事に悩む天心。男にナンパされて顔を暗くする天心。家族と顔が似ていない事を本気で気にかけていた天心を。

 だから横井には良く分かった。この化け猫を、このままのさばらせておくわけにはいかないと。今ここで完膚なきまでにやっつけて、二度と天心に関わらせてはいけない、と。


「お前……天ちゃんが、この外見でどれだけ苦労したと思ってんだ……!」

「え? いいじゃないか。コイツの兄貴や親父みたいなむさい顔に成長するより遥かにマシでしょ?」

「ふざけんのもいい加減に……!」


 拳を構えて突撃しかけた横井の肩を、夜恵が掴んで制した。


「貴方の怒りも分かるが、ここは私にやらせてほしい」

「夜恵氏……」

「確かに、彼は可愛らしい。短パンを履かせたいし、シスター服を着せたいし、お姉ちゃんと呼ばせたいくらいに、可愛い。貴方とは気が合いそうな気さえする。だが……」


 無事な右手の指を突きつける夜恵の声は、先程よりも少し大きかった。


「貴方が彼の人生を不快に捩じ曲げた事に変わりはない。その所業を、私は許せない」


 夜恵の声が僅かに感情に揺らぐ。


「貴方を殺しはしない。だが、生かしておく事も出来ない」

「ほぅ、それじゃ私をどうするつもりだい?」

「既に言った筈」


 化け猫は挑発する。横井は、夜恵の表情を盗み見て、戦慄した。


「つぅかまぁえ、たっ……って」


 夜恵は怒っている訳でも嘆いている訳でもない。ただ、笑っていた。歯を剥いて威嚇するようにも見える邪悪な微笑に、化け猫もまた不敵な笑みを返していた。

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