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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第四話 ドッペルゲンガー
44/123

4−2 冷房のない部屋

 八月一日。

 夏の暑さの加減は増す一方で、列島の日本海側に位置する谷潟県、そして谷潟県の中でも海から遠い妖山市はフェーン現象によって、記録的な猛暑日となっていた。

 鳴く蝉も黙るような灼熱地獄の中、ランニングシャツに短パン一丁と言う山下清画伯のような格好の空峰雲海は、自宅の居間で扇風機の風を浴びながら必死に暑さに耐え忍んでいた。フェーン現象は、山肌に当たった風が熱風に変わって山を超え、その下降気流が山を下りて吹き抜ける事で気温が上昇する現象である。故に山の裾野に位置している空峰家は、市内でも最も気温の高いスポットである事にほぼ間違いは無い。


「……暑い」


 呟いてみてもその猛暑が収まる訳では無いと知りつつも、口にせずにはいられなかった。

 彼の家である据膳寺裏の住居スペースは、平屋の一戸建てで築三十年は経過しているが、幸い五年前にリフォームしており、マメに掃除をする彼の弟の家事の賜物か、部屋の至る所には掃除が行き届いている。

 だから首を僅かばかり左右に振る扇風機から溢れ出る風を傍受する為に畳の上にその身を投げ出す彼が、ハウスダストに蝕まれることも無い。しかし、あまりに高い気温が既に彼の体力の大半を奪っており、やがてどうして自宅にエアコンが無いのかを腹立ち紛れに考察するに至る。低下した思考能力では、大体全部機械嫌いな父さんのせい、と言う曖昧な結論しか出ない。

 雲海は畳から上半身を起こして、隣でうつ伏せに寝転ぶ、自分同様ランニングに短パン姿で涼しい顔をして携帯ゲーム機を弄り回している少年を茫洋と見やる。


「……………………」

「あ、ヤバ、またこの攻撃か……」


 顔色は新雪のように白く、手足と胴は細長く、処理してるのかと疑いたくなるくらいに体毛も薄い。長い睫毛の向こうにある目はビードロのように美しく澄んでおり、鼻は高め、薄い桜色の唇は瑞々しい。とどめは、短いながらもキューティクル輝く、艶やかな黒髪。

 少年は、もう少し髪を伸ばして女装をさせて町を歩かせれば恐らく十分も立たないうちにどこぞの軟派男が声をかけてくるような、つまりどう見ても女のような、それも大層美少女な容貌をしていた。

 性別を司る八百万の神が、彼が生まれる時に性別を取り違えたに違いない。

 雲海が、隣の男……自分の弟が生まれてきてから十四年もの間、常々思っていた事である。

 雲海の視線に気づいたその少年は、ゲーム機のスタートボタンを押して一時停止させた後、雲海に視線を返す。額には一滴も汗が浮かんでいない。既にランニングが汗で透け始めた雲海とは完全に対照的であった。


「どうしたの? お兄ちゃん」

天心(てんしん)は暑くないのかな、と思ってさ」

「暑いよ。ホント、暑くて死にそうだよ」


 天心と呼ばれた少年は、台詞の割には機嫌良く、雲海の気怠そうな声とはこれまた対照的な、声変わり前のような高い少年の声で答えた。

 薄く微笑む天心を見ても涼やかな気分には到底なれず、雲海は再び身体を横たえる。仰向けに倒れ込んで天井の木目を眺めている雲海は、そのままじっとしているのも癪で、隣でゲームを再開した天心になおも声をかける。


「……お前、何やってんの?」

「ええとね…………何て言ったかな。

 モン……モン、スーン…………ハン、ハン……あ、モンスーンハングリーだっけ?」

「僕に訊くな」


 画面を注視したままの天心の頭に、雲海は撫で付けるような力無い平手を打つ。いて、と口では言うが、実際にはちっとも痛くない天心はゲームの操作に意識を戻す。


「……やってるゲームの名前も知らないのかよ」

「昨日、友達に借りたんだ。今度新しいの出るからお前も一緒にやろうぜって言われてさ。

 それだけなら良かったけど、今からこれで練習しとけ、って押し付けられたんだ。

 モンハン、とか言ってたよ。略称らしいけど」

「あぁ、あれか」


 テレビを見ていれば嫌でも目にするCMの類いで、雲海もそのゲームの存在は知っていた。

 発売当時はクラスの友人達も大多数がやっていたが、生憎彼は対応するゲーム機を持っていなかった。そもそもあまりゲームが得意でなく、父が購入してくれないのでゲームハードを殆ど持っていない雲海は、ことゲームの話となると殆ど話す事がないのだ。

 ちなみに天心のように小遣いを溜めて購入する分には父も何も言わないらしく、雲海はその事でかつて酷く後悔した記憶もある。その時に一緒にゲームへの執着に諦めが着き、同時に興味を失った雲海は、故にその話題はそれ以上続ける事が出来ず、再び黙り込む。


「あっちゃ、また死んだ……ダメだ。難しいよ、これ。やーめた」


 嘆く天心は、溜め息をついてゲーム機の電源を落とし、机の上に置いた。そのまま身を起こして立ち上がり、台所の方に向かって行く。


「……お兄ちゃん、スイカ切ってくるけど、食べる?」

「いや、食欲無いから要らないよ」

「夏バテ?」

「逆。朝飯のそうめん食べ過ぎた」

「貰い物で早く食べ切りたいから、お腹いっぱいでも手伝って」

「選択の余地ないじゃん……仕方ねぇなぁ。分かったよ、僕も食べる」

「そういえば、利休さんはスイカって食べるのかな?」

「同じウリ科だからな。多分、好物だろう」


 利休とはとある事件を切っ掛けに空峰家の池に住むようになった妖怪、河童の事である。

 兄貴肌を気取るマゾ気質の変態だが、天心は何だかんだとその緑色の居候の事を普段から気にかけていた。雲海は自分の弟が河童に妙な知識を植え付けられないか内心では苦心している。しかし天心は妙に利休の事を気に入っているらしく、それを止めるのもどうかと思う雲海は、今の所利休と天心の交流を黙認している状態であった。


「じゃ、利休さん呼んでき」

「もう来てるぜ、天心ちゃん」


 いつの間に来ていたのか、庭からやってきた河童が既に縁側を乗り越えて鴨居に手をかけ、室内を覗き込んでいた。全身から滴る池の水と、水草が腐ったような生臭い河童の匂いを辟易した雲海は、身を起こして河童から遠ざかる。


「おい、利休。家の中に入るときは身体を拭けとあれ程言っただろうが」


 雲海は利休を睨みつける。一方の利休は全く関知しない、と言いたげに雲海を無視し、天心に微笑みを向ける。


「スイカ、俺様の好物だぜ。キュウリの次の次に好きだ。

 ちなみにキュウリの次に好きなのはズッキーニな」

「日本の妖怪の癖に、どこでズッキーニなんて食べたんだよ」

「日本でもズッキーニって栽培してるんだよ。お兄ちゃん、知らないの?」


 思わぬ方向からの攻撃によって、雲海は口を噤む。

 何故か利休は得意げな顔を雲海に向け、扇風機の首振りを停止、自分の方に向ける。扇風機を独り占めし、その回転翼に向けて、あー、などと楽しげに声を上げている。

 天心は既に台所に引っ込んでおり、利休の相手は自分しか居ない事に気づいた雲海は、渋々立ち上がって利休の隣に陣取り、扇風機の首振りスイッチを押す。利休は無言でもう一度扇風機の首振りを止めるが、それをまた雲海が押して……と言う不毛な争いを何度も繰り返した後、折れたのは雲海だった。


「やめた……動くと余計に暑い」

「おうおう、諦めが早いねぇ、雲海君」

「黙ってろ、もう喋るのも面倒だ」


 雲海はうつ伏せに倒れ、間もなく来る筈のスイカを待つ。そんな雲海の背中を見て、利休は呆れたように溜め息を吐いた。


「おいおい、雲海……お前、そんなに腑抜けてて良いのか?」

「夏休み中ぐらい腑抜けさせてくれ」


 杵柄高校は夏休みになるとそこそこ大量の宿題を出されるのだが、今はまだ八月の上旬。

 期末テストも決して良い結果とは言えないが、赤点は回避出来たと彼は自負していた。補修も無ければ、帰宅部である雲海が参加する部活動も無く、彼は単純にする事がない。雲海は寝転びながら、利休を見つめ返す。


「それに……ここ数日、色々あったんだ。

 実家に帰ってる香田さんの件でな。お前は知らないだろうけど」

「へん、そうかい。知らねぇんなら、どうでも良い話ってこったろぅ?」

「まぁ、確かにもう解決したけど……」


 夏休み突入後、実家に帰った薫は事件に巻き込まれ、雲海も少しばかり関わる事になったのだが、それについては別の章で語る事となる。


「いくら疲れているっつってもよぉ。

 天心ちゃんは死んだお袋さんの代わりに立派に家事をこなしてるじゃねぇか」


 利休は襖が開きっぱなしの隣の仏間に目をやる。

 仏壇が置かれた以外には何も無いその部屋から漂う線香の香りを嗅ぎながら、利休は目を細める。そしてその目を横たわる雲海の方に移し、溜め息をつく。


「お前はこれでいいのかね?」


 利休の批難の目を浴びて、雲海は面倒臭そうに身体を起こした。


「僕だって洗濯はやってる。

 掃除も、トイレと風呂は僕の担当だ。そして利休」


 一瞬の間。雲海の真剣な顔に、利休は思わず息を呑む。


「……お前は僕の料理を食べる勇気があるか?」

「そいつはまた、随分と穏やかじゃない物言いじゃねぇか……」


 何故か偉そうに凄んでみせる雲海を見て、利休は湿った頭の皿から冷や汗を垂らす。言い負かされた利休は、雲海にソッポを向いて、水かきの生えた指で軽く頬を掻く。


「ま、別に良いけどよ。火消しは火事が起きてから、警察は事件が起きてから出動するもんだ。

 妖怪退治もまた然り」


 少し含み笑いをしている利休。何故か普通の人間よりよっぽど手入れの行き届いた白い歯を口から覗かせてニヤける利休が気に喰わず、雲海は彼にその言葉の意味を問う。


「……何が言いたいんだ?」

「妖怪の俺様が言うんだ。妖怪絡みじゃない訳がねぇだろ?」


 利休はあっさりと言ってのけた。

 嘘にしては悪質である。だからこそ雲海は、利休に顔を近づけて続きを急かす。形勢逆転と見た利休はゆっくりとした動作で甲羅に腕を伸ばして、中からキセルを取り出し、火を入れた。


「厄介な野郎の匂いがするぜ……結構前から町に降りているみてぇだぜ」

「……それは、何処に居る」


 今にも立ち上がろうと少し腰を浮かせている雲海を見て、利休はいやらしく目を細め、雲海のしかめ面に紫煙を吹きかけた。もろに煙を吸い込んで咽せる雲海。煙を手で払って、雲海は利休の呑気な顔を恨めしく睨みつける。


「ふざけている場合じゃないだろ! 早く追い払わないと……」

「無理だよ、雲海」


 利休は、今度は窓の外に向けて煙を吐いて、雲海に真剣な目を向ける。雲海は唾を飲んだ。利休の視線は、まるで猛禽類のように鋭く雲海を釘付ける。


「今はまだ、お前にも……岩武だって退治できねぇ」

「父さんでも……?」


 雲海は首を傾げる。岩武にも退治出来ない妖怪、と言う存在を雲海は知らない。幼い頃から見てきた父親は、相対した妖怪達を漏れなく説き伏せて追い払ってきた。そう、一片の漏れもなく。だから、そのような妖怪が想像の範疇に居ないため、雲海は恐怖するよりも、単に首を傾げただけであった。利休は雲海のいまいちな反応を見て、つまらなそうにしつつも絞っていた視線を緩める。


「まぁ、今の段階じゃ、だよ。物事には折、ってもんがあんだ。

 (やっこ)さんが尻尾出すまではこのクソ暑い町中走り回っても無駄って事よ」

「尻尾を出すまで……って、どう言う意味だ?」

「ちったぁ腰据えてみろっつってんだよ、見習い坊主」

「……お前、やっぱり何故か腹が立つな」


 雲海が苛ついているのは単に利休が嫌いなのが理由である。

 彼のつれない態度を見て楽しんでいるらしい利休の性格にも少々問題があるため、故に双方が歩み寄る兆しは一向にない。互いがそれで良いと感じている以上、共に生活する天心も岩武も手が出せないでいる。二人はまさしく犬猿の仲であった。

 口を尖らせて睨み合う雲海と利休の間に、少し耳障りなくらいに大きな音量で携帯電話の着信音……設定を変えていない、俗に言う『着信音1』が割って入る。


「地味な着信だな、雲海。

 近頃のコーコーセーにしちゃ、色気が足りなさ過ぎんじゃねぇの?」

「五月蝿いなぁ。お前の携帯電話の着信音はなんだよ。

 どうせそこらの民謡とかだろ?」

「無論、X-JAPANだ」

「………………お前なら逆に納得行った」


 立ち上がった雲海は、畳の上に転がっていた自分の携帯電話を拾い上げ、着信相手を見る。小森美紀、と表示されているそのディスプレイを見て、雲海は思わず顔を顰めた。

 先日の事件以来、妙に積極的にアピールをかけてくる彼女の押しの強さに、雲海は若干引き気味であった。一瞬だけ電話に出る事を躊躇した結果、自分の肩に乗った生臭い緑の頭が画面を覗き込みながらいやらしい声を上げた。


「およ、女か? しかも薫ちゃんじゃねぇ。

 んだよぉ、この野郎ぅ。純朴ぶってる癖して案外ヤることヤってんじゃん」

「黙ってろエロ河童」

「…………〜〜ッッ!」


 後ろから無遠慮に覗き込んできた利休の頭頂部の皿を、割と本気で殴りつける雲海。

 何かにひびが入ったような鋭い音と共に、頭頂部を抑えて無言の叫び声を発しながら畳の上に転がり悶絶する利休。それを見て満足そうに嘆息した雲海は、ようやく電話の通話ボタンを押した。


「……もしもし?」

「あ、もしもし? 美紀だけど」


 茹だるような暑さだと言うのに相変わらずテンションの高い小森の声は、夏で弱った雲海の耳に寺の鐘のように大きく響く。少し受話器から耳を離し気味の雲海は、黙って小森の話を聞く。


「雲海君、明日って暇?」

「暇だけど、どうして?」

「遊び行こうよ、海とかプールとかスーパー銭湯とか」


 何故水場限定なのだろう、と言う雲海の疑問は小森の言葉によってすぐに解決された。


「新しい水着買ったから、お披露目したいんだよね」

「……他に、誰が行くの?」

「え? 誰か呼ぶの?」

「ん?」

「え?」


 小森は二人で行くつもりらしく、雲海もそれは薄々感づいてはいた。しかし断ろうにも暇だと言ってしまった以上、今更行かないとは到底言えない。よって代替案として、せめて他に誰かを挟んで緩衝材としよう、と言う浅はかな考えであった。

 小森としては当然二人っきりで行く以外頭に無かったため、むしろ雲海の言葉に疑問を感じる。互いに黙り合ったまま数秒、小森は電話片手に指折り同伴候補を挙げてみる。


「私と雲海君の共通の友達ってあんまり居なくない?

 クラスの連中でも、私とアンタじゃ話してる奴違うじゃんか。

 アンタは大人しい男子連中+私と真見ちゃんとカオリンでしょ?

 私、アンタと遊ぶ男子と話した事全然ないんだけど」

「……そう言えば、殆ど被りがないな」

「でしょ?

 で、カオリンは夏休み入ってから、さっさと実家帰っちゃったから無理でしょ。

 神部さんは……まぁ、絶対に乗ってこないだろうね、あの性格だし。

 あ、真見ちゃんはダメね。絶対、ダメ」

「……なんでさ」


 気心知れた相川が居れば多少は落ち着くと考えていた雲海の願望は一方的に打ち砕かれる。電話の向こうで静かに悔しそうに唸る小森は、ブツブツと呪詛を呟く。


「あんなスタイル良いのと一緒に居られねぇっつの……」

「ん? なに? 聞こえないよ」

「兎に角! 絶対ダメだからね! 勝手に呼んだらぶっ飛ばすわよ!」


 小森の更に大きくなった声を回避するため、十センチ近く受話器から耳を離す雲海。会話口だけ近づけて、雲海は会話を続ける。


「……取りあえず、神部さん辺りを誘ってみてくれよ。

 海水浴には乗っかったんだろ?」

「あれはカオリンが誘ったんだよ。

 ……私がそんなに仲良いって訳でもないし」

「でも、二人で行くって言うのは、ちょっと」

「あーもー! 面倒臭いなぁ!」


 小森はますます怒鳴る。雲海の様な優柔不断な性格は、そもそも小森の竹を割ったような性格と相性が悪い。


「アンタは黙って明日の私の水着姿を楽しみにしてりゃ良いのよ!」

「……すげぇな。言い切ったぜ、この女」


 復活したらしい利休が、未だに少し目を回しつつも、耳に飛び込んできた美紀の絶叫に冷静に感想を述べる。心の中では同じ事を考えていた雲海は、利休に渋々同意を示しながら、叫ぶ美紀を宥める。


「……分かったよ。

 じゃ、いっそ君の水着姿を想像して悶々と明日まで過ごしている事にしよう。

 明日、どうなっても知らないからね。僕だってやるときはやるんだからな」

「…………別に、好きにして良いよ?」


 開き直って小森を引かせればいいと考えた雲海の目論みは、少し恥ずかしげに猫撫で声で肯定する小森に見事に玉砕される。元が肉食系女子な小森がむしろばっちこい、とばかりの体勢を整えているなど、雲海には想像できなかった。

 よって、雲海は慌てて前言を撤回する。


「ごめん、そんなんは嘘やんかぁ! と、と、兎に角、もう一人誰か呼びたまへ!

 男女が水着で二人っきりなんて空峰雲海は許可しないいぃぃぃ!」

「……全く意味不明なんだけど……」


 テンパる雲海の心中など、本人すら察せない今、小森に分かる筈も無い。しかし、間に一人誰かを呼ばなければ雲海もやってこないだろうと言う想像は彼女にも何となくついていた。

 雲海のように初心でヘタレな男の相手は少し面倒臭いと思いつつ、小森は口を尖らせながらも惚れた自分に責任があると、諦めた。


「分かったわよ。神部さん呼んでみる。どうせ来やしないけどね。

 結果二人になっても文句言うんじゃないわよ?」

「……その時はその時だ。よろしく頼むよ」

「じゃ、詳しい時間は後で決まってからメールで送るんで」

「はい。じゃ、また明日」


 雲海は電話を切って、一つ溜め息を吐く。小森の声の大きさのせいで二人の会話を全部聞いていた利休が、雲海を呆然と見ている。


「……なんだよ」

「お前、折角のチャンスなのになんて勿体ねぇ事を……」

「チャンスって、いや、聞かなくても分かるから聞かないけど」

「お兄ちゃんって甲斐性無いよねぇ」


 いつの間にやら、スイカを切り終えて居間に帰ってきていた天心が、微笑みながらスイカを頬張っていた。三つの皿に配膳された赤々としたスイカは、既に雲海の分以外は残っていない。スイカを食べ切るまでの長時間、雲海と美紀の会話は天心にも聞かれていた。弟とは言え、自分の色恋沙汰に首を突っ込まれて、雲海は羞恥に少し顔を赤くする。


「お兄ちゃんがもっと大人しい人がタイプなのは知ってるけどさ。

 お兄ちゃんの事好いてるんなら、そういう人だって良いんじゃない?

 折角の好意なんだから、答えてあげるのが男の甲斐性ってものだよ。

 まさか、別に他に好きな人が居る訳でもあるまいし」

「……………………」

「………………あれ?」


 天心は、自分の予想に反して口を噤んだまま、更に顔を赤くした雲海を見て、目を丸くする。雲海は黙ったまま、天心には一切の反論を示さずに、自分の分のスイカを無心で喰らい始める。

 天心と利休は互いに顔を見合わせた。

 分かりやすい奴だ。彼ら二人の共通の心境を理解し合い、同時に雲海を見つめて微笑んだ。

 そして更なる追求をすべく同時に立ち上がった天心と利休は、ニヤニヤと笑ったまま雲海の両脇に、肩をくっつけるように密着して腰掛け、雲海の肩に腕を回す。真夏だと言うのにくっつかれた雲海は、左右を正気を疑う目で見るが、天心と利休の性根は図太く、その程度には動じない。


「……さてと、お兄ちゃん」

「詳しく聞かせてもらいてぇなぁ、俺様」

「……お前ら、死んじまえ」


 滅多に吐かない暴言だったが、身内に対しては雲海も遠慮がない。追及の手を逃れようとしても、両脇から肩に絡んだ白い腕と緑の腕がそれを許さない。雲海に出来る事は、生暖かい視線と、うっとおしい二人の腕を背負ったまま、ただただ黙って耐える事だけであった。




  *




「……ったく、面倒だなぁ……あ、もしもし、神部さん?」

「…………どうした、小森。妙に不機嫌なようだが」

「明日なんだけど、暇? ま、でもどうせ忙しいよね。

 神部さん生徒会だしなー。習い事とか一杯やってるしなー。

 いやぁ、私とか雲海君とかと違って、忙しいだろうけどねぇ。

 ……で、忙しい、よね?」

「特に予定は無いが」

「…………………………」

「どうしたのだ、小森。急に黙り込んで」

「べっつにぃ? ちょっとは空気読めコラァ!

 ……とか、微塵も思ってないから安心してね」

「思っているのか……それは申し訳ない事をした。

 空峰とデートにでも出掛ける予定だけど、空峰が他に誰か呼べ、と言ったと……そんな所だろう」

「そうだけど……え? 神部さん、どうしたの? 頭でも打った?」

「失礼な。君の行動原理と口調から、その程度の事は察しがつく」

「マ、マジで!? 凄い成長だよ、それ!」

「人間は日々成長する生き物だからな。私も人並みに成長しているのだよ。

 それでだが……うむ、そうだな。やはり私は、忙しい事にしておくべきか?」

「……いや、いいよ。流石にそれは神部さんに悪いもん。

 ま、私らとも親睦を深めるってことで一つ、よろしくね」

「そうか……ならば、私からもよろしく頼む。

 数少ない私の友人となってくれて、本当にありがとう、小森。

 当日のアシストは任せておけ」

「アシスト、ねぇ。そんなに期待しないで待ってるわ。

 ……じゃ、それで、明日の日程なんだけど……」

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