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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第三話 遠隔透視
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3−10 一対の頭脳

 意識を集中する薫の眼前に広がるのは、真っ暗な瞼の裏側の世界だけである。そしてその当然を打ち破る為に、薫は頭の中で強く自分に言い聞かせるように叫ぶ。


 ……美紀ちゃん。私の友達、美紀ちゃん。今、どうしているの。


 直後、スポットライトでも当てているかのように、小森の顔だけが現れる。彼女の目と唇はキツく閉じられている。頬の辺りに、打ち付けられた後のような赤い大きな痣が見て取れた。殴られたのだろうか。

 薫がその考えに行き当たり、そこではじめて小森の全身が露となった。

 彼女は正座していた。肩をすぼめ、顔を俯け、身体を出来るだけ小さくしようとしているように見えた。その彼女の身体は遠目で見ても分かる程に震えている。


 ……美紀ちゃんの周りには、何がある?


 彼女を恐怖させている何かしらを探る為に、薫は遠隔透視を続ける。ぼんやりと美紀の足元の床の辺りが見え始め、それを皮切りにジワジワと視界が広がっていく。六畳程のフローリングの床に、少しシミの目立つ白いカーペットが敷いてある。壁紙は白で、昼間なのにカーテンは締め切られており、暖色系の蛍光灯だけが部屋を照らしている。どこかの家の部屋のようだった。


 ……美紀ちゃんの周りには、誰がいる?


「っ……」


 頭に電流でも走ったような痛みが生じたが、薫はおかまいなしに、己の能力を振り絞る。ぼんやりとした白い輪郭が小森一人しか居なかった部屋に浮かび上がり、徐々に人の形へと変わっていく。

 男が三人居た。一人は先日、彼女と二人でファミレスを訪れていた男で、谷屋という。あとの二人……コーンロウの男は矢追、ロン毛の男は田口というらしい。その三人と小森の、合わせて四人が部屋の中心に置かれた正方形の炬燵机を囲んでいる。机の上には飲みかけのビール缶数本、火の残るタバコの乗った灰皿、そして……。


「いっ……!」


 先程よりも強く、長い鈍痛。薫は一旦頭を振り鈍痛を忘れて、更に意識を部屋にのめり込ませていく

白い粉が、机に乗ったアルミホイルの上に小山を作っていた。小麦粉にしては粒が大き過ぎる。塩や砂糖にも見えるが実態は分からない。


この粉はなんだ……?


 訝しむ薫は、遠隔透視能力と併用して、谷屋の意識をテレパシーで読み取りはじめる。


 ……ったく、このくそアマ暴れやがって。

 ……俺も結構面倒な女ひっかけたもんだよなぁ。

 ……まぁ、これでコイツも大人しくなるわな。なんせこれは。


「……う、あぁあぁ」


 突如頭骨が何かに締め上げられているような軋みを上げ、脳が捩れた。遠くの人間の頭を覗くテレパシーの労力は、遠隔透視の比ではなかった。


「香田さん!」


 軽く意識が吹き飛びかけるが、遠くから聞こえてきた叫び声が彼女の意識をかろうじて繋ぎ止めた。雲海の方に向けていた意識が失せたせいだろうか。雲海が薫のサイコキネシスによる拘束から抜け出して、薫の両肩に手をかけた。だが彼はそれ以上動かない。今すぐにでも薫を八卦図から引き剥がしたい筈なのに。薫は頭の片隅で疑問に思うが、雲海は即座に答えた。


「……もう、止めたりはしない。

 でも、ただ黙って見ているのは耐えられない。

 僕にも何か手伝えることは無いか? 何でも良いんだ、力を貸したい」


 薫の顔が青ざめている。雲海は己の無力を悔いるが、薫を無理に引き止めるつもりは既になかった。どうせ止める事なんて出来ない。止めてもまた始めるに決まっている。そう悟っていた事もあるのだろうか、雲海は薫の意志を尊重した。雲海が理解を示してくれた事に少しだけ安堵した薫は、雲海が居るであろう方に微笑んだ。


「……ありがとう。じゃぁ、頭、貸して」

「貸すって……?」

「私の頭にクーちゃんの頭をくっつけてくれれば良い。

 それで、出来るだけ頭をまっさらにして……」

「……分かった」


 雲海は神妙な声で言う。数秒後、薫は額に熱を感じた。恐らくは雲海の坊主頭である。薫はそれに左手を添えて、自分の頭に強く押し付ける。


「……頭、痛むかもしれないけど、ごめんね」

「あぁ、分かっ……」


 薫はテレパシーを利用して、雲海の頭に自分の意識を送り込む。黙り込んだ雲海は、自分の頭の中に流れ込んできた小森達の居る部屋の情報と僅かな痛みに、声を詰まらせた。


「これは、なんだ……?」


 雲海が薫に吐息をかけながら、小さく呟く。薫の応えは、しかし言葉では返ってこない。代わりに雲海の頭の中に、薫の声が直接響き渡ってきた。


「私の脳とクーちゃんの脳をテレパシーで繋げたのよ。

 今は、二人の意識を二人の脳で共有している状態。

 二つの意識が混在する、一つの大きな脳になった……って言った方が良いかな」

「…………全然分からない」


 いつもは解説役な雲海がお手上げ状態なのが、薫には少しおかしかった。当然そんな感情も雲海の脳内に流れ、雲海としてはつまらない。そして、そのつまらないと言う考えも、薫の脳内に流れ込んでくる。


「要するに、今の私らは一心同体……いや、二心同体なのよ」

「それはいいけど……僕はどうすればいい?」

「ボーッとしてて」


 あまりといえばあまりな言われように、意気込んだのにそれかよ、と雲海は愚痴る。


「この能力を使うには、私の頭脳だけだと足りないわ。

 自分以外の誰か数人分の考えを処理出来る程、私の脳味噌は大きくないからね。

 でも、二人分の脳があれば少しは補う事が出来るかもしれない。

 だから今は黙って脳味噌だけ私に貸してちょうだいな」

「随分ストレートな物言いだね」

「考えがそのまま伝わるから、どうせ本心は隠せないし。

 出来る限り頭を働かせないでね。でも、寝ちゃダメだよ?

 眠気が私の脳にも反映されるから」

「安心してくれ。心を無にする禅には慣れてる」


 二人の頭を駆け巡っていた雲海の意識が徐々に動きを鈍らせる。雲海の思考がほぼ完全に停止した事を確認した薫は、先程と同じく、小森の居場所に意識を集中する。先程と同じく、男達とテレパシーを繋ぎ、彼らの考えを察知する。

 男達の下衆な声はすぐに薫と雲海の頭に響いてきた。声が反響して頭が痛むが、先程に比べれば蚊に喰われた程度の可愛い痛みだ。静まっていた雲海の意識も僅かに乱れるが、彼は意識を落ち着ける。薫は拡張された脳をフルに活用して、男の考えを細かく声として読み取り始めた。

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