3−4 奇妙な能力
雲海が携帯電話を耳に当て、相川に貰ったばかりの小森の番号をかける。薫もようやく身体の力を取り戻し、今は身を起こして両手を合わせて祈る様に結果を待つ。受験でもうけてるみたいだな、と雲海は横目で彼女を見ながら茫洋に考えた。
「……もしもし、小森です」
小森はすぐに電話に出た。なぜか声を潜めている。雲海は彼女の篭った声を不審に思う。
「あぁ、突然ごめんよ。空峰だ。同じクラスの空峰雲海」
「……空峰君? 何、いきなり。今ちょっと立て込んでんだけど」
小森は苛立たしげに、訝しげに甲高い彼女の地声を上げる。何、と言われても、雲海自身、彼女に何を話せば良いのか分からない状況だ。
「ちょっと待ってて、香田さんに代わる」
耳から携帯電話を離して、薫に差し出す雲海。薫は受け取って、未だに痛むこめかみを指で揉みながら、恐る恐る電話に出る。
「もしもし、美紀ちゃん? ……香田です」
「あぁ、カオリン? また空峰君と一緒なん……ってか、なんか元気無くない?
疲れた声してるよ?」
第一声で薫の不調を見抜いた小森。それに少し驚きつつ、薫は本懐を果たす為に質問する。
「今、美紀ちゃん何処に居る?」
「あー、駅ビルだけど……どうかしたの?」
「駅ビルの、この間のファミレス? 三番テーブル? 日曜日の海水浴の人と一緒?」
「そ、そうだけど……何で分かるの? もしかして近くに居る?」
ぴたりと言い当てられて、小森は狼狽える。一方の薫は小森の言葉に目を見開いて、こちらはこちらで驚愕しているようだ。黙ったままの薫を流石に不審に思ったのか、小森が訝しげに問いかける。
「……何、どうしたの? カオリン、なんか変」
「ご、ごめん。何でも無いんだ、本当に。また明日、学校で」
それだけ返した薫は、小森の返事も聞かずに一方的に電話を切って雲海に携帯電話を手渡す。
「……それで、香田さん。結局何があったの?」
携帯電話を仕舞い込んだ雲海が説明を求める。呆然としていた薫はようやく我に返り、雲海の方を向いた。
「……八卦図を通して、見えたのよ。ファミレスの店内が」
「でもそれは想像上の話じゃ」
「私も勿論そう考えた。でも小森ちゃんが実際にファミレスに居たの。
テーブル番号、一緒に居た人まで……完全に一致してる。
しかもその場にいた人達の思考がいっぺんに私の頭に……。
うぅ、思い出すだけで頭が痛むよぅ」
「……八卦図にそんな力はないぞ」
雲海の持ってきた八卦図は、単なるハンカチに少し念を込めた墨で八卦を描いただけの物であった。ちょっと上等なだけの単なる占術道具であり、遠くを見透かす千里眼のような力や、他者の考えを読み取る力は無い。
だが、薫の言葉が嘘とは考えられなかった。実際薫は八卦図に手を触れている際に、八卦図も薫も異様な様相を呈していたし、薫に至っては意識も体力も失ってしまった。彼女が何かしらを……八卦図の持つ力を超えた何かを体験したことは事実のようであった。
「もしかして、香田さんの超能力のせいかもな。
人の考えを読み取る超能力……確か、テレパシーとか言ったっけ」
雲海は何気なく言っただけであったが、再度考え直すとそれ以外には考えつかなかった。薫も彼の言葉に頷きを返す。
「テレパシーは使えるけど……でも、面と向かってる人にしか使えない。
遠くの光景を見たりする事だって出来ないし、何よりも今はテレパシーは封印してる」
「どうして?」
「……人の考えなんて読めても、良い事なんて何も無いから」
暗い顔を俯ける薫。消え入るような呟きと、屋上の床以外の何かを見つめる遠い目。昔嫌な事でもあったのかも知れないな、と悟った雲海は、追求せずに黙って八卦図を拾い上げる。持ってきたときと全く同じ八卦図が、何だか少しおぞましい道具に見えた。
四つ折りに畳んでポケットに突っ込み、雲海は薫の隣から立ち上がる。
「兎に角、君にはこれは使えそうにない」
「……そうかも」
「多分、八卦の持つ力と君の超能力の相性が良過ぎるんだ。
八卦の力と香田さんのテレパシー能力がお互いを増幅し合い、八卦の方角を指す力は目的地を映し出す力となり、君のテレパシー能力は一度に多数の人間の思考を読む力を得た。
結果的にその二つの力がファミレスの店内の事象、人の出入りから彼らの思考まで、その全てを香田さんの頭に流し込んだ。
名付けて、遠隔透視能力withスーパーテレパシー……って所か」
「……ダサ」
「結構口悪いね、君も。
兎に角、その遠隔透視能力は君には負担が大き過ぎたんだ。
だから体力を奪われて、結果的に気絶してしまったと……こんな所じゃないかと思うけど」
雲海の語る、ネーミングセンス以外は特別非を打つ所も無い彼の意見を聞いて、薫は頷く。恐らくはそうなのだろうと言う納得を得て、雲海を見上げる。
「じゃぁ、この道具には私の道案内は無理って事?」
薫の不安げな表情に、雲海は言葉を返したかったが、生憎上手い言葉は浮かばなかった。
「……僕の力が及ぶ所じゃないのかも知れない。
超能力と陰陽道の呪力は干渉し合う可能性があるらしい。
だから君の安全を考えると……貸せそうな道具は無いよ」
「そんな殺生な……」
溜め息をついて嘆く薫。雲海は頭を抱える。
あれだけ偉そうになんとかしてやると言ったのに、この様はなんだ。
雲海としても、ここで引き下がるのは癪であった。自分の未熟さを自覚するのも、薫を助けてやる事が出来ないでいるのも嫌だった。だからと言って妙案が浮かぶ筈もなく、ただただ辛酸を舐めたような顔で唸るばかりだ。
だが、どれだけ唸った所で時間は無情に過ぎていく。キーンコーン……と言うありきたりな学校のチャイムが、完全下校時刻を告げていた。
「何とか代替案を考えてみる。申し訳ないけど、気長に待っててくれ」
「分かった……ゴメンね、無理言って」
半ば人生を諦めたような絶望を顔に貼付けた薫は、静かに立ち上がってトボトボと雲海の前を通り過ぎていく。その彼女の背中を見つめる雲海は、己の無力さに腹を立てて拳を強く握りしめていた。