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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第三話 遠隔透視
27/123

3−1 怒れる少女

 七月二週目の、暑い日曜日。雲一つない、晴天。絶好の行楽日和であった。

 本格的な夏の始まりに、浮き足立った人々が町に繰り出す。海、山、川……夏の行楽は多種多様だ。薄着の人々は、それぞれが目的を持って道を歩いていく。

 そして、町の街路樹に隠れる蝉が喧しく鳴き声を蒔き散らすその中で。


「はぁ……はぁ……!」


 立っているだけで汗が噴き出す陽光の中を。陽炎揺らめく灼熱の町を。

 香田薫は、熱気を吐きながら、町の人の間を割って入りながら。


「はぁ、はぁ……はぁ……!」


 道に迷っていた。


「ここは……どこなのよぉ!?」


 空に向かって叫んでみても、天の神が道を示す訳でもない。

 虚しく夏の空に吸い込まれていく彼女の雄叫びに答えを返す者など、居る筈も無かった。




  *



 

 携帯電話の液晶画面には10:56と表示されている。

 それを眺める相川真見は、バッグの中に携帯電話を仕舞い込んで、駅ビルの二階のファミレスの窓の外から妖山駅前通りを見下ろした。

 駅前となればそれなりに人通りは多い。日曜だからだろうか、家族連れが特に目につく。恐らくはこれから海水浴なのであろう親子連れを見つめながら、相川は眉間に皺を寄せる。


「遅い……」


 ドリンクバー用のコップからコーラを一口飲み込んで、再び携帯電話を取り出す。秒まで表示する彼女の携帯電話の時計は刻一刻と時を刻んでいき、今まさに10:57と表示した。

 相川の設定した集合時刻は10:30。彼女らが本来乗る筈だった妖山駅発の柏湯市行きの電車は、10:55。

 どうせ薫が遅れるだろうと二十五分の猶予をもってファミレスを待ち合わせ場所にしたのは正解だと思っていた。しかし、電車に乗り遅れる程に薫が遅刻する事態は想定していなかった。

 流石に電車には猶予を持たせておらず、予定していた電車に乗り遅れたため、柏湯駅発の柏湯海水浴場行きのバスにも遅れてしまい、予定はどんどん繰り下がる事になる。

 溜まる一方の鬱憤をコーラで流し込んだ相川は自分の対面に座る二人を眺めた。


「ちょっと遅過ぎるねぇ、カオリン」


 相川の対面に座する、背もたれに全体重を預けた、ツインテールの色黒の少女が天井を見つめながら気の抜けた声を上げる。

 その隣では礼儀正しく背筋を伸ばしたセミロングの少女が、小さな文庫本を読みながら眼鏡を押し上げ、澄んだ声でそれに返す。


「私は別にいいがな……このまま海なんて行かなくても」

「良くなーい」


 ツインテールの少女が、隣の眼鏡少女の文庫本を取り上げながら、口を尖らせる。


神部(かんべ)さんは良いかも知れないよ?

 アンタはそもそも、あんまり乗り気じゃなかったしね。

 でも私は、今日の海水浴をどれだけ楽しみにしてきた事やら」

小森 美紀(こもり みき)……君が楽しみにしているのは、海じゃなくて男の方だろう」


 神部と呼ばれた少女は、眼鏡の奥の切れ長の眼を更に細くして、隣を睨み、文庫本を取り返した。小森美紀とフルネームを呼ばれた少女は神部の非難の言葉を浴びても、やれやれと呆れた様に首を振り、二房の髪を揺らす。


「これだから生徒会役員は……固過ぎだよ、固過ぎ。

 この年でどうして海行ってまでクソ真面目に水泳に励まなきゃ行けない訳?

 学校のプールの授業で十分だっつの。

 だから、出会い目的とか全然普通だし。ナンパ待ちの何が悪いのよ。

 エアコンガンガン効かせた図書館で本読んでるよりもよっぽど健康的だわ」

「私は健康管理には十分気を遣っているつもりだ。要らぬ心配だな」

「へいへい。流石、二鳥(にちょう)中学の元生徒会長は人間が出来てますね、っと」

「お褒めに預かり、光栄に思うよ」


 小森の皮肉を全く受け付けない神部は、眼を文庫本に戻す。

 互いにソッポを向く二人のやり取りを見ていた相川は、人選間違えただろこれ、と頭を掻いた。二人ともそれぞれ、相川はそれなり程度間柄であり、小森と神部と相川の三人が一纏まりとなったのに至っては今日が初めてである。そんなさして仲良しでもない三人が集まった理由は、薫にあった。


「ねーえぇ、カオリンまだー?」

「いくらなんでも、これは度が過ぎる。

 気乗りしないがこれは少し、香田薫を叱ってやるのが彼女の為だろう」


 この場に居ない渦中の人、薫はこの場に居る三人全員と仲が良かったのだ。

 軟派でルーズな小森は会話の波長が良く合うらしい。

 堅くて真面目で世話焼きな神部にとって、薫は庇護の対象と認識されているようだ。相川も薫とは興味本位で関わっただけであるが、なんだかんだといつも雲海とセットで世話を焼かされている。

 それぞれ薫の違う面と接しているため、三人が共有出来る話題はあまりなく、妙にギスギスしている。

 相川は対照的過ぎる二人のやり取りに苦笑いを浮かべ、三たび携帯電話の時計を見る。丁度11:00となった時、ファミレスの入り口の方から忙しない足音が響き渡る。次いでファミレスの扉を突き破らんばかりの勢いで、件の薫が飛び込んできた。


「ゴメン! 遅れちゃった!」


 店員や他の客を躱しながら相川達のテーブルに滑り込んできた彼女は三人に向かって手を合わせて頭を低く下げる。相川達の視界に彼女が入ってきて、ほんの五秒の出来事であった。

 これくらい迅速に来いよ。そう思う相川はしかめっ面を薫に向けた。


「……遅過ぎ。もう三十分も経ってるじゃん」

「相変わらずカオリンはのんびり屋だなー」

「のんびりと言うか……毎度道に迷うんだろう、香田薫の場合は」


 目を細める小森以外からはあまり歓迎されていない事を察知した薫は、恐る恐る六つの瞳を眺めやる。


「あ、うぅ。ゴメン。でもさ、家出たのは10:15だったんだよ。

 ただ、ちょっと道に迷っちゃって」

「じゃぁ9:45に家出なさいよ。いっつも遅れるって自覚、あるでしょ?

 つか、ここまで来るのに四十五分って、どんだけ方向感覚ぶっ壊れてんのアンタ」


 相川の鋭い指摘が、必死に言い訳をする薫の心に突き刺さる。

 相川は機嫌が悪かった。小森と神部のやりとりに入る隙間が無かったせいもあるが……。彼女の苛立ちの原因は勿論薫の遅刻である。


「あのね。今まで私も何とか我慢はしてきたつもり。

 だけどさ、何かしらの約束をする度に遅刻するってのはどうなの?」


 放課後集まり直して遊びにいく時等の出掛ける用事では、今の所薫は全て漏れなく遅刻している。しかも、殆ど迷う余地もない様な距離間における迷子である。ほんの数百メートルあれば、彼女の迷子は最早必然であった。大きく膨らんだ堪忍袋もいい加減発散させてくれと叫んでいた矢先のこの大遅刻。相川の怒りも無理はない。


「そ、それは……本当に、ごめん」

「ごめん、じゃなくてさ。直そうって思わないわけ?

 言っちゃなんだけど、ウチら超迷惑してんだからね。分かってんの?」

「う、ぅ……ご、ごめんなさいぃ」


 目に涙を浮かべて頭を下げる薫だったが、相川の憤懣たるや、それで収まる様子ではなかった。なおも追撃を加えようとする相川の肩を、二つの手が叩いて振り返らせる。


「……ま、真見ちゃん。そんくらいにしときなよ。カオリンも謝ってんじゃん」

「相川真見。君の意見は論理的ではない上に合理性を欠いている。

 少し冷静になりたまえよ」


 苛立たしげに声を荒げる相川を、小森と神部が宥めようとする。

 薫は相川の見た事の無い表情に脅え、身を竦ませていた。相川は薫の脅える表情を見て、ばつが悪そうに薫から眼をそらした。


「……でも幾ら何でも遅過ぎるとは、二人とも思うでしょ?」

「それは否定しないわ」

「香田薫には悪いが、それについては私も相川真見の意見が正しいと思う。

 事実、私達は君の為に貴重な休日を一時間近く無為にしたのだからな」


 三人はそれぞれ、言い方は違えど薫の遅刻を批難する。薫は気まずくて三人から目を逸らして、ただただ審判を待つ。


「……まぁ、だからと言ってどうする事も出来ないわよねぇ。

 アンタ、究極の方向音痴だし」


 諦めた相川が溜め息をつく。


「カオリンは天然なのも入れてカオリンだもんね。

 超絶方向音痴なのも含めて」


 小森がニコリと薫に微笑みかける。


「むしろ聡明な香田薫と言うのも、気味が悪いが。

 重度の方向音痴でない君なんて……うむ、想像もできんな」


 再び文庫本に眼を落とした神部がとどめを刺した。


「そんなに方向音痴、方向音痴って連呼しなくてもいいじゃん……」


 幾ら遅刻したとは言え、言われっぱなしにも限度というものはある。しかし、薫渾身の反撃は、誰の相手にもされなかった。

 時計は既に11:05を示している。いい加減これ以上待つのはもう懲り懲りらしい三人が、大きめの鞄を手に席を立つ。中には水着を始めとした海水浴場で遊ぶためのビーチバレーやら浮き輪が入っている。パラソルは少々かさ張るので、現地のレンタルに頼る事にしているようだった。


「さてと、そろそろ向かおっか。真夏のイケメン達があたしらを待ってるぜぇい。

 神部さん、電車の時間は?」

「今から五分後に発のものが一本あったと記憶している。

 香田薫、絶対に私達からはぐれるなよ。

 無事、海に着いたとしても、君は一人では帰れないんだからな。

 小森美紀、君も香田薫と同じ匂いがする。あまり遠くに行かないようにしろよ?」

「同じ匂いって……神部さん、それどう言う意味よ」


 小森と神部が先にドリンクバーのコップをカウンターに返して出口に向かう。相川が少し遅れて席を立ち、薫の耳元で声のトーンを落とした。


「……もし次遅刻したら、置いてっちゃうからね」


 冗談にしては声が低すぎた。

 薫が深々と頭を垂れたのを見届けて、相川も先の二人に追従して店を出ていく。薫も慌てて相川の背中を追いかけた。

 置いてっちゃうからね。

 その言葉が彼女の頭の中で反響し、しばらく消える事はなかった。

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