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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第二話 河童
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2−4 夜に集う三人

 一旦家に帰宅した雲海は、今夜の肝試しの事について父に許しを乞うていた。

 父である岩武は渋い顔で雲海の説明に耳を傾け、居間で入れた茶を一口啜り、小さく頷く。


「……好きにせい」

「え? 良いんですか?」


 てっきり止められると思っていた雲海は、下げていた頭を上げて意外そうに聞き返す。

 無害な妖怪を調伏してはならない。兼ねてからそう言っている筈の岩武は溜め息を吐いた。


「行くのがお前だけであれば儂も止めるが……他が居るなら仕方あるまいよ。

 ただし、条件がある」

「……なんでしょうか」

「妖怪を刺激するな。ましてやプールから追い出す等、考えるでないぞ。

 同行者の二人が粗相を犯しそうになったら、止めるのはお前の役目だ」

「分かりました」


 雲海は取りあえず説得に成功した事に安堵する。

 岩武は茶を飲み干して、二杯目を急須から注ぎながら、険しいままの声色で続ける。


「水辺で消える人影か……はて」

「……どうしました、父さん」


 目を瞑って首を傾げている岩武に、雲海は尋ねるが、岩武は低い唸りを上げるばかりだ。


「どこかで聞いた事のある話だが……思い出せぬ」

「……聞いた事がある……と言う事は、もしや」

「その人影とやらは十中八九、妖怪であろう」


 岩武は捻っていた首を元に戻す。瞑っていた目を開き、岩武は雲海の分の湯呑みを取りに、台所に立ち上がった。


「話に聞く限りは、意外と引っ込み思案な妖怪のようだ。

 刺激してはならんが、友好的に接する分にはさして問題もあるまい。

 お前にも良い経験になるだろう。精々、気をつける事だな」

「はい。ありがとうございます」


 雲海は岩武の背中に再び頭を下げた。岩武は未だに思い出せないその妖怪について、しばらく頭を悩ませる事になる。




  *




 七月にしては薄ら寒い夜の訪れに、雲海は七部丈のTシャツから覗く腕を撫でた。

 背の高い街灯に群がる蛾と蚊とその他羽虫の群を眺めながら、雲海は腕を組んで他の二名を待つ。

 校舎の反対側に田園を広げる目の前の細い市道を通る人間は皆無であった。

 対妖怪用の装備(数枚の呪符と勾玉と藁人形)を腰の巾着に忍ばせている彼は、かれこれ十五分程も孤独に佇んでいる。

 元々杵柄高校の北口の門は利用者が少ない上に、門前の整備も行き届いているとは言い難い。一際人の気配がしない場所であり、雲海はいい加減耳が痛くなる程の静寂に飽き始めていた。

 長年風雨に晒され続けて色あせた北門の石垣に背を預け、腕時計を見やる。八時三十分。既に集合時間を十分過ぎている。

 前島の言う所の警備員の交代がそろそろ行なわれる頃だ。監視の目が緩んでいるのは今の時間だ。

 ……まさか二人とも遅刻するとは。

 雲海は薫と前島のだらしなさに頭が痛くなった。


「ご、ごめん! 待った!?」


 バタバタと慌ただしい足音を立て、後ろに結った長い髪を揺らしながら薫が遅れて現れる。

 白い無地のTシャツに薄いカーディガンを羽織っており、下は膝丈ほどの短パンとスニーカー。洒落っ気のしの字も感じられない適当な取り合わせの薫は、到着するや否や膝に手をついて俯き、息を整え始めた。

 随分走ったのだろう。顔を上げると、彼女の狭い額に汗が浮かんでいた。


「おじさんにバレないように家出るの大変でさぁ……ってあれ、前島君は?」

「まだ来てないよ。全く、もう警備員の交代終わっちゃうぞ……」


 雲海は何度目か分からない前島への苛立ちを募らせる。

 第一、あんないい加減な男を僕が気に入る訳がないんだ。責任感の欠片も無いような顔をして香田さんと肝試しなんて、彼女に何かあったらどうするつもりだ。

 雲海の苛立ちを自分のせいと勘違いした薫は、肩をすくめて雲海の隣で彼と同じように石垣に寄りかかる。


「ごめんね、怒ってる?」

「……君にじゃない。前島にだ。

 言い出しっぺなんだから時間くらい守ってくれよな」

「人が良さそうなのにね、前島君」

「どこが!?」


 雲海は疑るような視線を薫に浴びせ、吐き捨てた。薫はと言えば、顔を怒りに歪める雲海に小首を傾げた。


「だって、気さくだし明るいし。それにほら、行動力があるよね。

 こうやって面白そうな遊びに誘ってくれるし」

「あのねぇ……」


 もし本気でそう言っているのあれば、この少女には圧倒的に危機感が足りない。

 前島はああ見えても強引な事をする度胸はないが、これが他の男ならどうなる。雲海は真顔で薫に向き直った。


「香田さん。今更こんな事を言っても仕方ないけど、上辺に騙されちゃダメだ。

 いきなり夜遊びに誘う男が、良い人の訳がないだろう?

 年頃の女の子なんだから、もっと気をつけなよ。

 自分を大切にしないといつかきっと後悔する事になる」

「……クーちゃん、オヤジ臭いよ」

「何と言われようが、僕は間違った事は言ってないつもりだ。

 あと、クーちゃんってあだ名は止めないか?」

「いいじゃん、呼びやすいし。真見ちゃんもそう呼んでるじゃん」


 すっかりそのあだ名を気に入ったのか、薫はまともに取り合わずあっけらかんと笑ってばかりだ。


「まぁ、僕のあだ名はこの際どうでもいい。

 兎に角、男絡みにはもっと気をつけないといけないよ。

 香田さんはただでさえ可愛いんだから言い寄ってくる男も多いだろうけど、ちゃんとその人の人となりを把握して」

「……ク、クーちゃん」


 へらへらと笑っていた薫が突如、落ち着かない様子で視線を泳がせる。説教を途中で中断し、雲海は薫の次の言葉を待つ。


「今私の事、かわいいって……言った?」

「…………ん?」


 そんな事を言ったかな? と雲海は今しがたの自分の説教の内容を頭に浮かべようとする。しかし間の悪い事に、彼の思考を中断するように、坊主頭を後ろから叩く者が居た。


「よぅ、悪ぃね。遅れちまったぜ」


 相変わらず軽い声の前島が、灰色タンクトップに迷彩柄のハーフパンツ姿で現れた。首にドッグタグ、腕には革のバンド。ビーチサンダルに、夜なのに何故か黒のサングラス。

 君はもう海にでも行けよ。雲海はそう思った。


「ちょいと遅れちまったけど、大丈夫だろう」

「どうしてそう楽観出来るんだよ……」


 遅刻してきた事に一切の負い目を感じていないらしい前島に、雲海は呆れ果てていた。

 時計が指す時刻は八時四十分。警備員はとっくに交代を終えているだろう。今こうして高校の北側門で屯している所を見咎められる可能性さえある。見つかればそれなりに叱られ、罰せられ、内申点にケチがつくだろう。

 日を改めた方がいいんじゃないか、と雲海が口を開きかけた時。


「よっと」


 前島が門に手をかけて、ひとっ飛びで反対側に着地した。


「ほいしょ」


 薫は軽く地面を蹴って校門の上に乗っかり、そのまま反対側に飛び降りる。


「楽しみだなぁ、カオリン」

「本当に出るのかな、人影なんて……」

「ちょっと君たちぃ!?」


 雲海が声を上げて呼び止めようとすると、無邪気にはしゃぐ二人は振り返って首を傾げる。


「おい、早く来いよ」

「あんまり大声出しちゃダメだよ。警備員さん来ちゃう」

「どうして僕が咎められてるみたいな空気になるんだ。今日はもう時間が」

「でーじょぶでーじょぶ。見回りの警備員は一人だけだぜ?

 ウチの高校、馬鹿みてぇにデカいから、よっぽどの事がなけりゃ捕まったりしねぇよ」

「ちょこっとプール見に行くだけだし、時間もかかんないからさ」


 その会話の間にも、薫達と雲海の距離は開いていく。足を止めない二人が並んで歩いているのを見て、雲海は溜め息をついた。


「……どうなっても知らないぞ、僕は」


 校門に手をかけて、雲海はひとっ飛びに門を飛び越えて、先行く二人の背中に追いついた。

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