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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第一話 口裂け女
15/123

1−終 屋上で語らう男女

 翌日の昼休み。杵柄高校屋上。二人の男女……雲海と薫が、その他の生徒に紛れて、六月終わりの、夏の臭いが芳しい乾いた風を浴びていた。


「結局昨日の車内では、お互い全く事情を話さなかった訳だけど……」

「ほんの二、三分で家に着いちゃったしね」


 雲海は何となく屋上に居る自分たち以外の生徒に目をやる。イチャ付く事に精一杯なカップルと、読書に勤しむ学生と、携帯ゲーム機で対戦する男子学生の一団がいる。誰も周りの事を気にかけている様子はない。恐らく周りからは、自分たちは遠くの景色を眺めて黄昏れている生徒にしか見えないだろう。

 要するにここは一見開けているように見えて、内緒話をするには打ってつけの場所なのである。二人とも屋上の柵に肘を乗せて、遠くの山を眺めながら言葉を交わした。


「さて、まずは……僕の事から話そうか」

「そうだね。あの変な格好の事とか」

「あれは単なる袈裟だよ……仏門の。

 昨日言った通り、僕の家は寺だ。据膳寺っていう、ね。

 表向きは単なる寺なんだけど、他の家業もあってさ。それが昨日のあれ」

「昨日の、妖怪退治みたいなの?」


 薄く微笑む薫に、雲海は続ける。


「昨日の様子だと……妖怪の存在は詳しく知らないみたいだね」

「……うん。ゲームとかに出てくる印象しかないかな。

 人とも動物とも違う、神様みたいな感じ……で良いのかな?」

「ま、そんなところさ」


 雲海は少し安堵する。話のタネが潰える事態は回避出来たようだ。


「妖怪は人々の疑心や嫌悪と言った感情、或いは自然を怖れる信仰心によって生じた意志を持った自然的存在だ。

 人間の心身を食い物にする一方で、人間から生まれ、人間の心に生かされる存在。

 それらを総称して妖怪、化生、魑魅魍魎とか呼んでいる。

 さっき言ったように、彼らの起源である人間の居ない所には、妖怪も住む事は出来ない。

 その存在を維持する為には、人間達の妖怪を畏れる心が必要だからね。

 ところで……谷潟県の市町村が今、減少している事は知っているだろう?」

「うん。私の故郷も、もう直き谷潟市に吸収合併される」


 谷潟市は政令指定都市となる為に人口を増やすべく、周りの市町村を積極的に合併していた。既に二つ程、小さな市の名前が消滅してしまっている。


「住まう地名が変わって困惑するのは人間だけじゃない。

 ……言霊(ことだま)って、知っているかい?」

「全然分かんない」

「簡単に言えば言葉に宿る力、だ。

 昨日僕がやってたのも言霊を利用しているんだけど……まぁ、覚えてないか」

「……うん。ごめんね」


 雲海の実例というものは確かに目撃していたのだが、薫にはさっぱり理解が出来なかったし、何より気が動転していた。中々上手い例が示せずに唸る雲海は、軽く視線を泳がせた。


「分かりやすく言えば……そうだな。例えば」


 雲海は薫の方に向き直り、彼女の顔を正面から真っ直ぐ見据えて、背筋を正す。薫は急に改まった雲海の顔を眺めた。細面な輪郭に乗っかる、くっきりとした目鼻立ちと薄い唇が目を引く。少し間を開けて、雲海は口を開いた。


「好きだ」

「ふぇ?」


 薫は目を剥いて雲海を見つめる。頬が桃色に染まり、心臓がのたうち回る。突然過ぎる愛の告白に、薫は頭が真っ白になった。彼とは昨日あったばかりで、別にそんな関係になるとは思っていた訳でもないし、かと言って彼がそれ程悪い人間ではないのも事実で……。頭の中の思考を掻き回し、香田は裏返った声で返事をする。


「そ、その……まだ、私達出会ったばかりだし、友達から始めた方が……」


 慌てふためく香田を見て、雲海は破顔して、再び柵に寄りかかった。


「本気にしないでくれ。今のは単なる例だよ、例。

 「好きだ」と言う「音」そのものは、何の特異性も無い。単なる音だ。

 人の足音とか雀の鳴き声とさして変わらない、空気の振動だよ。

 でも君はそんな空気の振動を聞いただけで、顔を真っ赤にして大慌てでテンテコ舞い。

 これは一体どうしてだ?」


 雲海は極めて冷静に、事務的に説明を終える。ようやく事情を察した薫は、何となく馬鹿にされている気がして、羞恥に顔を赤く染めて、憤りを覚えた。しかしいくら恨めしげに雲海を睨んでみても、雲海は微笑むばかりだった。


「……どうしても何も、そんな事言われたら誰でもビックリするに決まってんじゃん」


 頬を膨らませて不機嫌をアピールする薫は、そっぽを向いて雲海から顔を背けた。元々子供っぽい薫の横顔は膨らんだ頬のせいで更に幼く見え、雲海は何だか微笑ましかった。


「だから、そう怒らないでくれよ。ただの例えだったんだ。

 要するにこの場合では「好きだ」と言う言葉の「意味」は「香田薫を驚かせる」力を持っていたんだ。

 ちょっと抽象的な結果論だが、そう言うことになるだろ?」

「……それで、何が言いたいのさ」


 機嫌を直すつもりがないらしい薫。実際雲海自身もこの例えをしたことに羞恥を覚えていたのだが、今更引き返す訳にもいかない。最後まで説明を貫くことにした。


「言葉にも個性ってのがあって、それぞれが独自の力を持っているって事だよ。勿論、地名にもね」

「……地名?」

「そうさ。で、妖怪等の霊的な者達は、地名に宿る言霊の影響を強く受ける。

 その地域に長らく住んでいた妖怪達となれば、尚更ね。

 さて、その地名が変わってしまうと、妖怪達はどうなると思う?」


 雲海から新たな質問を提起されて、薫は不機嫌になるのを忘れて思案した。隣で密かに胸を撫で下ろしている雲海に、薫は首を傾げながら自信なさげに答えた。


「力が弱くなる……とか?」

「半分正解。その場に留まっていれば、徐々に力を失っていき、しまいには消滅してしまう妖怪も居る。

 でも、回避する方法はあるんだ。別の何かで失った力を取り戻せばいい」

「その別の何かって……?」

「人間を襲うのさ」


 雲海は躊躇い無く、当たり前のことの様に言い放った。


「恐怖に脅える人間の心は、妖怪の力となるからね。

 昨日の口裂け女も恐らくそのために街に姿を現したんだろう。

 だが元は人間のせいで住処を追われたとは言え、人間が襲われるのを黙認する訳にはいかない。

 だから、僕たちのような者が必要なんだ」


 雲海は、再び空峰一族の使命を思い出す。流石にそのまま口にするには言葉が堅過ぎると考え、簡単に噛み砕いた。


「悪さをする妖怪を説得したり、懲らしめたり追い払ったりする事が、僕の家の家業なのさ」

「……なるほどね。それであんなへんてこな魔法を」


 自分の修行の成果をへんてこな魔法呼ばわりされた雲海は顔を強張らす。


「陰陽道の呪法だよ。

 千年以上も発展を続けてきた理論的体系もある、対妖怪用の伝統技術の一つなんだよ?

 漫画やアニメの魔法なんかと一緒にされるのは困るぜ」

「妖怪相手にもあんまり効いてなかったような……」

「それは……うぅ。……僕が未熟だからだよ」


 雲海は唸り声を上げて反論する。薫の言葉に利があった。昨日、雲海の呪法が口裂け女の足止め程度にしか働かなかったのは事実である。薫が発揮した意味不明な力の方がよっぽど強烈だった。


「……取りあえず、僕の方の事情はこんなとこかな。

 それで、君の方の話を聞いてもいいかい?」

「わかった」


 そう言うと薫は雲海の方を向き直り、少し首を俯けて彼の足腰を見つめる。一体何をしてるんだろうか、彼女は。雲海が首を捻る。薫の瞳が昨日の夜と同じように緑色に輝きだした。雲海は、少しだけ空気が乾燥したような気がした。唾を飲んでその様子を見ていると、数秒程雲海を眺めた後、薫はゆっくりと口を開く。


「……今、空峰君は4632円のお小遣いを持っている」

「は?」


 突然何を言い出すんだこの子は、と眉を顰める雲海に、薫はまたしても口を開く。


「ほら、財布の中見てみなよ」

「あ、あぁ」


 言われるがままポケットから財布を取り出して、札と硬貨を数える。千円札が三枚、五百円玉が三枚、百円一枚、十円玉三枚、一円玉二枚。しめて4632円である。

 雲海は少しだけ身が震えた。自分の小遣いだとしても、こんなに細かい金額は把握していない。偶然言い当てたとしても、あまりに無茶な話だ。薫は得意げに鼻を鳴らし、開きっぱなしの雲海の合成革の財布に手をかざす。すると、合計九枚の硬貨が宙に浮かびあがった。


「わ、わ!」

「へへへ……」


 悪戯っぽく微笑む薫の右の掌に硬貨が吸い込まれていき、薫はそれを握り込む。そしてもう一度手を開くと、九枚の硬貨は跡形もなく消え去っていた。


「え、ど、何処に?」

「フッ。胸ポケットを触ってみな、坊や……」


 何故かニヒルに声を低くしている薫に言われるがまま、Yシャツの胸ポケットの中を探ると、ジャラジャラと音がする。八枚の硬貨が入っていた。一枚の一円玉が見当たらないが。雲海が驚いたような目を薫に向けると、薫は雲海の顔に右手をかざす。


「んー……残りの一枚は、口の中だ!」

「は、わ!」


 雲海は突然口の中に違和感を感じた。慌てて違和感の元を舌で探ると、一枚の円形の板がいつの間にか口の中にあった。手の上に吐き出してみると、その板は一円玉。雲海が呆気にとられていると、薫は雲海の掌に転がる一円玉を指差す。デコピンで弾いたような軽快な音と共に一円玉が飛び上がり、雲海の開いていた財布の小銭入れに吸い込まれた。これで終わり、と言いたげに軽く頭を下げる薫。再び顔を上げた時、彼女の瞳に宿っていた緑色の妖しい光は消えていた。


「昨日の口裂け女を吹き飛ばした力といい……この、不思議な術は一体なんなんだ。

 手品じゃないよな?」

「空峰君まで手品扱いするし……手品と違って、本当にタネも仕掛けもないからね?」


 薫は雲海を呆れたような表情で見た後、口角を高々と上げて言ってのける。


「簡単な念動力(サイコキネシス)瞬間移動能力(テレポーテーション)ね。

 後は透視(クレヤボヤンス)も財布の中身見るのに使ったよ」

「テレポーテーション……?」

「どこでもドアー……とか、そう言う感じ」


 新旧どちらにも全く似ていない物真似を惜しげもなく披露した薫。げんなりとした表情の雲海に、薫は尚も説明を続ける。


「結構便利よ。テレポーテーションは特に。重いもの運ぶのも一瞬だし。

 ただ、自分は瞬間移動出来ないのがちょっと残念だけど」

「ごめん。まだ良く状況が分からないんだけど……」

「自分だってへんてこな魔法使うくせに……」


 だからあれは魔法じゃない、と心中で憤る雲海は、その言葉を喉元で留め、変わりに薫を睨む。薫は雲海の態度を気にした風もなく話を続ける。


「他にも発火能力(パイロキネシス)とか遠隔精神感応(テレパシー)とか……。

 まぁ、ある意味私も空峰君の魔法みたいな事が出来るのよ」

「……それって、つまり」


 雲海とてテレビは見るし、漫画は読む。フィクションの世界の中で、しばしばそんな名前の超自然的力が登場した。今自分の目に映っている光景が、彼女が言っている事が事実であるとするなら、彼女はまさか。


「香田さんは、超能力者……って事?」

「そう言うことさ!」


 腰に手を当てて胸を張る薫。大声を出して少しだけ恥ずかしいのか、少しはにかんでいるのが妙に雲海の目に残った。


「いつの頃からか分からないけど、いつの間にか身に付いていたわ。

 結構危ない力だし、世間に知られたら解剖とかされちゃうかも知れないから、あんまり人前では使わないようにしてるんだけどね。

 ……昨日のアレは正当防衛だから、仕方ないけど」


 昨日、口裂け女にとどめを刺した緑色の光弾の爆散を思い出して、雲海は納得して頷く。妖怪ですら弾き飛ばされてしまったのだから、あれを人間が喰らったら文字通り消し飛んでしまう。


「見事なかめはめ波だったよ、あれは」

「……かめはめ波じゃないよ。念動力の応用。

 空気を念動力で圧縮してぶつけたの。空気砲〜……ってね」


 某猫型ロボットがそんなに好きなのだろうか。雲海は薫の朗らかな顔を見て、そんな事を考える。


「お互い、結構妙な経歴を持ってるんだね」

「私は空峰君程じゃないと思うけどなぁ」

「僕も香田さん程じゃないと思ってたよ」


 そう言って、お互い自然と笑みがこぼれた。どちらも一般とはかけ離れた能力や技術を有しているせいか、妙に親近感が湧いた。しかし、雲海の微笑みは徐々に力を失っていき、やがて肩を落として柵に寄りかかる。


「……どうしたの」


 薫の心配そうな声に、雲海は項垂れた。片手で顔を覆い、わざとらしく大きな溜め息を吐きだした。


「女の子に助けられるなんて、情けないなぁ、僕」

「そんなの気にしないでいいのに。私も怖かったんだよ、口裂け女。

 空峰君が足止めしてくれなきゃ、多分あんな事出来なかったもん」

「……そうかなぁ?」

「そうそう。口裂け女と戦う空峰君、格好良かったよ。だから、ありがとうございました!」


 薫は満面の笑みを惜しげなく雲海に見せた。頬に浮かんだえくぼと、口から覗く八重歯が、雲海の目に焼き付いた。雲海は彼女の眩しい笑顔を直視出来ず、少し照れて目を背けた。


「ど、どういたしまして……それよりさ」


 尻窄みにそう呟く雲海はその気恥ずかしさを打ち消すために、早々に話題を変化させた。


「昨日の口裂け女の事について……父さんが色々教えてくれた」

「色々って?」

「まず、女性ばかり狙われた理由は、口裂け女の起源に原因があるんだろう。

 自分の醜い顔を嘆いて、他の若い女性を見ると嫉妬に駆られてしまう、とか何とか。

 被害者が無事に生きていたのは、噂を広めて人々の恐怖心を煽り、自分の糧にするため。

 ……と、ここまでが父さんの見解だ。

 ちなみに、被害者の女性は回復に向かっているらしい。嬉しい話だね。

 それと……もう一つ」


 雲海は少し顔を俯け、眉間に皺を寄せる。若干の後悔の色が浮かんでいる事が、薫には感じ取れた。


「さっき言った通り、僕は未熟だ。

 昨日の口裂け女の調伏が僕の初仕事だったんだ。

 だから……僕はやり方を間違えてしまった」

「……でも、ぶっ飛ばしたじゃん。やったのは私だけど」

「それじゃダメなんだよ」


 両手を組んで、雲海はそれを額に当てて目を瞑る。


「妖怪は、人の心を喰らう。

 人の恐怖、怒り、嫌悪……そう言った負の感情を取り込んで、力を増す。

 父さんはいつも、妖怪に会ったらまず、静かに語りかけるんだ。

 人々を襲う理由に耳を傾け、人間の事情を説き、双方の和解を目指す。

 妖怪が話を聞かない時だけ、父さんは彼らを戒める心を以て、彼らに罰を下す。

 父さんは妖怪に無闇に敵意を向けたりしない。

 懲らしめられた妖怪達も、自分たちの行いを反省し、大人しく住処に帰っていくんだ。

 だというのに僕は……」


 雲海は己の軽率さを後悔していた。父の仕事ぶりは何度か近くで見ていた筈なのに、いざと言う時に焦って、全くその手順を踏まなかった。


「出会い頭でいきなり敵意を剥き出しにして、口裂け女の力を増幅させていたんだ。

 だから、僕の術が破られた。香田さんにも怖い思いをさせた。

 そして……口裂け女は、まだ滅んでいない」

「え……?」


 雲海の言葉に、思わず薫の表情も凍り付いた。彼女は己の全力の念動力をぶつけたていた。それでも尚、口裂け女と言う妖怪を滅するには足りなかったのだ。その証拠に、と言いながら雲海はズボンのポケットから紙で出来た薄っぺらな人形を取り出した。寿命が尽きかけている蛍光灯のように極々僅かな赤い光を発する人形を見て、雲海は溜め息を吐く。


「これは、口裂け女を捜す時に使った人形だ。

 口裂け女がこの人形に近付けば近付く程、人形が放つ光は強くなる」

「……本当に微妙だけど、光ってるね」

「人形がどこかしらから、口裂け女の気配を感じていると言う事はつまり……そう言う事さ」


 紙人形を再びポケットに突っ込んで、雲海は言葉を続ける。


「香田さん、あの口裂け女に相当腹を立ててたでしょう?

 方言混じりで、何言ってたのかは分からなかったけど……君のあの怒りも、妖怪にとっては力の源だ」

「……だって、仕方ないじゃん」


 薫は自責の念か、首を項垂れて落ち込んでいた。雲海は手を振って、慌てて否定する。


「いや、香田さんが悪いって言いたいんじゃないんだ。

 ただ……僕と君の恐怖心、僕の敵意、君の怒り。

 それらを喰らって、口裂け女は、昨日よりも強大な力を身につけた。

 父さんは、言っていた。口裂け女は、自分が痛めつけられた理由もきっと分かっていない。

 僕は彼女と何も話をしなかったからね。だから……戒める事は出来なかった。

 つまり、アイツは懲りてないんだ。必ず、復讐にやってくるだろうってさ」

「……そんなぁ」


 情けない声で呟く薫は、少し目を潤ませて雲海を見る。もう二度とあの女の不気味な顔を見たくない。薫も雲海も同じ事を考えていた。しかし、起きてしまった事は仕方ない。精々、次に奴が襲ってくるまでの間、修行を積んでおく事だ。岩武がそう言っていたのを雲海は思い出す。


「大丈夫さ。香田さんの一撃で、口裂け女も相当なダメージを負っている。

 回復まではしばらくかかるから、またすぐに……って事はないよ」

「……本当に?」

「うん。だから、その時までには……」


 学校のチャイムが昼休みの終了を告げる。屋上にいた他の生徒達は、無言で立ち上がって、各々の教室へ帰って行く。雲海も薫も、どこかしら妙な人間ではあるが、授業を受けねばならないのは普通の高校生と一緒だ。


「僕も、もう少しまともな陰陽師になっておくよ。

 せめて、君を守れる程度にはね」


 柵から離した手をポケットに突っ込んで、雲海は薫に背を向けた。


「そうね。じゃ、私も……」


 薫も雲海の背中を追いかけ、その隣に並ぶ。


「貴方に守られないでいい位には、鍛えておこっかなぁ」


 一瞬だけ瞳が緑色に勝ち気に輝いた薫を見て、雲海は苦笑を返した。

 見習い陰陽師、空峰雲海。

 女子高生超能力者、香田薫。

 似ているようで全く似ていない、二人の男女。

 彼らの奇妙奇天烈奇々怪々な青春は、六月最後の日に、こうして幕を開けたのだった。

 第一話は口裂け女でした。

 80年代〜2000年頃まで事あるごとに話題に上っていた、小学生を中心に広まった噂を発端に、社会現象にまでなった都市伝説です。その起源は古くは農民一揆による農民の怨念説を発端に、ケロイドで爛れた顔の女、整形外科の医療ミスの犠牲者等、様々な説がありますが、刃物で通行人を殺害する通り魔的存在と言う部分は一致しており、噂が流れた当時の小学校では集団下校させたり、口裂け女に対抗する為の手段として囁かれたべっこう飴を持たせる場合すらあったそうです。

 妖怪なのか否かが極めてあやふやな存在なのですが、そのあやふやさも含めて第一話の妖怪と超常現象の間の存在として丁度良かったのではないかと思っています。

 本作での口裂け女は刃物は持たず、人も殺さない為比較的温厚ですが、現実の口裂け女はそうは行きません。もし会ったら、『ポマード!』と叫びながら全力で逃げる事を推奨します。

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