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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第九話 クローン
122/123

9−13 秋の足音

 翌日、土曜日。

 雲海に呼び出され、磯村は朝から雲海の家である据膳寺に向かっていた。「事情聴取」とやらが行なわれるそうだ。詳しくは知らないが……随分と物々しい。

 雲海の家までは、わざわざバスで行かねば辿り着けない僻地だ。せめてもう少し足回りの良い場所を選べと言いたくもなったのだが、どうやら文句を言える立場ではなさそうだと気づいたのは雲海の家に着いてからだった。

 連れて来られた本堂では、威圧的な大仏がまるで磯村を裁く閻魔大王のようにこちらを見下ろしていた。そして磯村の周囲を囲むようにして、どう見ても「素人」ではない集団が磯村に視線を注いでいる。


「それで、コイツが磯村って男ですか? これはまた、随分冴えねぇ男ですねぇ?」


 狩衣姿の細面の青年が、タバコを吹かしながら冷たい瞳でこちらを睨んでいる。


「確かに、どっからどう見ても一般Peopleですねぇ。ウンカーイ? ちょいと軽率だったんちゃう?」


 真っ赤なライダースーツに身を包んだ金髪の大柄の男が苦笑いを浮かべている。


「まったく……こっちは回収で忙しいのに……なんだってまたこんな面倒な……」


 黒い付け下げを身に付けた、まだ幼稚園児くらいの幼女が、爪を噛みながらぶつくさと何かを呟いている。


「まぁま、皆の衆。落ち着きなさいな。こちらさん、随分と怯えてしまっとるようじゃしのぉ」


 えらく恰幅と歯並びの良いダブルスーツ姿の巨漢の老人が、金歯を光らせて周囲を諌めている。


「これは、一体なんなんだ」


 輪を構成する一員になっている雲海に問いかける。彼は縹色の袈裟姿だ。雲海は首の骨を鳴らせてから、大きく溜め息を吐いてから答えた。


「昨日僕達が遭遇した案件は、まぁ今更言わなくても分かるだろうが、随分とデカい山でな。ここに居るのは、この周辺の地域に住む、僕の同業者達。雪町、土玉、木鉤、金竜丸……彼らも交えて、情報の共有を行なうのが目的だ」

「こっちも忙しいんですが……事情が事情だから善しとしよう。そんでまず聞いておきたいのは岩武さんの安否でしょうな。雲海君、彼は無事なのか?」


 タバコの煙を吐き出しながら、狩衣姿の男、雪町雹裡が尋ねた。雲海は渋い顔で小さく首を振る。


「意識はハッキリしていますし、順調に回復に向かっていますが、しばらくは身動き一つ取れない、と」

「……ワシんトコの薬を売ろうか? 医者のよりゃぁ格別に効くぞい。安くしとくぞ、空峰の」

「金竜丸さんのとこに払える金なんて、もうウチにはありませんよ。ただでさえ今だって……」

「おうおう、そうだったな。すっかり忘れとったわい」


 金竜丸、と呼ばれた恰幅の良い老人が本堂を震わせるような大声で笑った。隣に座っていた爪噛み幼女が、今にも立ち上がって金竜丸老を蹴り飛ばさんばかりに睨みつけている。


「……それで結局昨日貴方達を襲った連中は何者なの?」

「聞き及んだ話では、どうも例の口裂け女の時と同じ連中だったとか? 件の香田はどうしました?」

「間もなく来るようですぞ」


 沈黙していた金髪の男、土玉百合安が厳かに口を開く。


「今、『白線』が跨がれた。敵意ある者を拒む境界を超えてきたなら、彼女でしょう。……あ、でも宅配のあんちゃんかもねぇ」

「おいおい……わざわざ寺回りに結界まで張ってるのか?」

「招かれざる者が現れるかもしれぬぜ、ヒョーリ。壁に耳有り、障子にMaryって言うやん」

「頼んだのは僕です、雪町さん。今のこの町では警戒のし過ぎなんて言葉は有り得ない。貴方だって、決して楽観視出来る立ち位置ではないんですよ?」


 雲海に諭されるようにそう言われ、雹裡は大人しく口を噤んだ。雲海達が何を言っているのか、磯村には勿論分からないが……彼らに深刻な事情があるらしい事だけは察した。


「……あのヘドロ怪獣はまだ見つからないのか」

「見つけたんならこんな所で呑気に座談会なんてやってないでしょ」


 付け下げの幼女、木鉤夜恵が辛辣に吐き捨てた。何故コイツらはこんなに険悪な雰囲気なんだろう。磯村はますます置いてけぼりである。沈黙ただよう中、本堂の戸が重苦しく開き、薫がのそっと顔を覗かせた。


「……お邪魔します」

「あぁ、待っていたよ」


 雲海の挨拶は事務的だった。薫は促されるまま、磯村の隣の座布団に腰掛ける。


「昨日僕らを襲った連中と直接出くわしているのは君だけだ。幾つか聞きたい事があるんだが……」

「……私は、何も知らないわ」


 薫は複雑な表情で解答すると、雲海は渋い顔で薫を睨んだ。思わず磯村が口を挟もうとすると、不意に強い風が磯村の髪をなぜる。先程までタバコを吹かしていた男が、冷たい目をこちらに向けている。無闇に口を出すな、と言う事だろうか。


「まぁまぁ、お二人は今冷静ではない。雲海君はお父さんが怪我をして焦るのも無理はないし、香田さんも自分の生き写しがのさばっていると知って気が気じゃないでしょう。落ち着いて、冷静に、事実だけを確認をしましょう。ね?」


 雹裡が薄っぺらい微笑みを浮かべながら、場違いに明るい声を上げた。雲海は悔しそうに唇を噛んで小さく頷き、薫は口を尖らせて俯いた。


「まずは一つ。香田さんと宇宙人の関係ですが……」

「そんなの」

「分からない、と。存じておりますとも。ちっと黙ってろ。……えぇ、失礼。ですが無論、全くの無関係ではない。そもそも香田さんは幼少期、宇宙人に連れ去られたのを切っ掛けに超能力に目覚めたのですからね」

「まさか、改造手術……!?」


 磯村がこっそり呟いた一言に、薫は磯村の脚を念動力で軽く抓って諌めた。


「その超能力のルーツが宇宙人にあるのに間違いはない。口裂け女を攫った連中の顔の特徴から考えて、この一連の事件は全て宇宙からの招かれざる客の仕業です。これに異論はないでしょう」

「問題は、その目的だが……」

「地球の生態調査、とかじゃないの」


 夜恵が呟く。


「口裂け女、社の狐、そして彼女……連れ去って数ヶ月で地球に返す。命を奪われる訳ではなくとも、少なくともそこで大人しくしている彼女は、既に人間の領域から外れている。改造手術と言うのもあながち間違っていないわよ、磯村君?」

「え、あ、あぁ……」


 どもる磯村。五歳くらいの幼女がえらく貫禄タップリに物を言うので引いている。そしてそれを誰も疑問に思っていない事に、更に引いている。


「でも口裂け女に関して言えば、特に大きな変化は見られませんでしたよ?」

「それは本当なの? 私はそうは思っていない」

「……と、仰ると?」

「肝試しの時に現れた件の怪物……あれの正体は、誰にも分からなかった。過去の文献をどれだけ紐解いても、その存在が何処にも記されていない。文献にも存在していない程の太古の怪物か、とも思ったけれども、私はアレは、つい最近誕生した妖怪だと考えている」

「huh? 続けて、どうぞ?」

「口裂け女が地球に帰って来たのは八月半ば。件の怪物が現れたのは八月の下旬。時期も辻褄も合う」

「待ってよ!」


 たまらず声を上げる薫。


「そんな……あの怪物の正体が口裂け女、だって言いたいの?」

「宇宙人が薫ちゃんに何かをした。貴方は超能力に目覚めた。そして口裂け女にも何かをした。口裂け女は強力な怪物に変化する力を得た。単なる憶測かもしれないけれど違うって言い切れる? 根拠は?」

「だってその……彼女は私の友達で……」

「その考え方、私は嫌い」


 夜恵は厳しい声で言いつけた。薫の肩が縮こまる。


「人間の友達になれるのは人間だけ。妖怪は所詮妖怪。起源も生態も考え方も、何もかも違う。ちょっと文化圏の違う海外の友達、みたいな感覚で付き合えば痛い目を見る。そうやって喰われた人間が、過去に何人居ると思っているの?」

「夜恵さん、ちょっと落ち着いて……」

「貴方も人の事を言えるの、雲海? 家の敷地内に居るあの利休って河童、どうやら岩武と随分懇意のようだけど。あの河童が本当に、完膚なきまでに、無害だって言い切れるの? あんな呑気な老いぼれ河童でも本気を出せば、貴方程度の未熟者なら三秒で跡形も無く葬れるのよ?」


 雲海は夜恵に反論出来なかった。

 雲海だって、始めは利休を家に入れる事は反対だったのだ。しかし彼の境遇に同情し、父と旧知であった事もあって、結局は家に上げた。その後は事件の度に彼にアドバイスを貰い、時には励まされた事もあった。

 雲海は、利休に対して友情を感じ始めていた。

 だが利休はかつて、岩武にその所業を諌められた事があった、と聞いている。利休が何をした妖怪なのかは分からない。精々畑泥棒程度だろう、とは思うのだが。

 完全に無害な善良な妖怪では、有り得ない。そんな人間が存在し得ないのと同じように。


「そう言えば、あの河童は今日はここにはいないんですね? 今は何処に?」

「僕も……分かりません。口裂け女と一緒に出掛けて行くのを見ましたが」

「放し飼い状態じゃない。少し平和ボケし過ぎなんじゃない?」

「どうどう、ヤケー? イライラすんのも分かりますが、話が脱線しとるぞ」


 ユリアンが諌める。夜恵はまだまだ言い足りないようで頬を膨らませたが、渋々口を噤んだ。雹裡が力無く笑っている。呆れたと言わんばかりだった。


「この連帯感のなさと言ったら……本当に話の進まない連中ですねぇ」

「話はどこまで戻せばええんかの?」

「仮に、例の宇宙人達の目的を地球の生態調査としましょう。奴らは神社のお稲荷様に目をつけて、隣町の神社を襲撃。狐様はかろうじて逃げ出し、この町に落延びた。あの超能力者達の話し振りから察するに、これは間違いないでしょう」

「……そう言えば、件の狐は?」

「昨日の夜、傷だらけの状態でこの寺に駆け込んだ所を天心が保護しました。今は手当をして安静にしています。一週間もすれば家に帰るくらいの体力は回復できるでしょう」

「探さずとも飛び込んでくるとは……岩武も不憫だこと」


 夜恵はさして興味がないのか、長い髪の毛先を弄りながら、溜め息混じりに呟いた。


「お稲荷様は後を付けられぬように必死に自分の痕跡を消していたようです。我々の捜索が難航したのも、そのせいでしょう。……それで、昨日。狐を追う過程で、僕ら親子と奴らは接触。奴らにとってどうも僕らは邪魔な存在らしい。危うく消し炭になる所だった」

「と、言う事は……どうやら奴さん共は、ワシらが如何なる商売をしとるのかを知っとるようじゃの」


 金竜丸爺が額をしかめて唸った。


「奴らの会話の中に、『陰陽師』と『空峰』と言う単語が出てきました。間違いないでしょう。……存在を知られぬうちは始末しないと言っていましたが」

「……要するに、手遅れ、と。非戦闘員を巻き込むのは止めて欲しいのですがねぇ?」

「ヒョーリはSuper Wind Masterジャマイカ?」

「うちの妹はクラスで腕相撲が一番強いそうだが……超能力ってのは腕力でどうにかできるもんか、香田?」

「それは……ちょっと、無理だと思います」


 急に雹裡に話を振られて、薫はしどろもどろに語った。鉄骨程度なら難なく折り曲げられるし、人一人ならば見えなくなるまで遠い空に吹き飛ばす程度造作も無い。超能力の強さに個人差なるものがあるのかどうかは分からないが、強弱あれど腕力で敵うレベルではないだろう。


「もしも本格的に我々への攻撃を開始したとして……真っ先に狙われるのは雪町んとこの白水嬢かのぅ?」

「手前味噌ですが、知恵者のハクタクの飼い主ですから。だが所詮、抗う力の無いただの馬鹿なガキ。驚く程あっさり死んじまいそうだ」

「……まさか、今は向こうで留守番中?」

「家には親父が居ますが、あんな木偶の坊が側にいても丸腰同然です。怖くて置いてこれませんよ。今は天心君と遊ばせています」


 雹裡の苦笑いに、薫は胸を撫で下ろした。白水の無邪気な笑顔と、暴れるおかっぱ髪が眼に浮かぶ。大人しそうな天心はきっと今頃、彼女の我が儘に振り回されているだろう。


「一応、彼奴らの弱点はハッキリしておると聞いとったが……?」

「……奴らが操る、所謂超能力は我々で言う結界内では、その力を大幅に増幅するんです。超能力を使っている奴らが耐えられない程に膨れ上がった力は、自分を破滅に追いやる」

「結界内ならば超能力は使えない、と?」

「半端な結界ではダメですよ。……なぁ、香田さん?」


 薫は、曖昧に頷いた。自分に話が来た理由が分かっていないらしかった。雲海は補足を付け足す。


「生半可な結界を張って能力の増幅を行なうと、そのまま力を身に付けてしまう恐れがあります。現に、彼女は八卦図を使った占術を行使した際、遠隔透視能力と言う超能力に目覚めました」

「半端にやると、ただただPower Upさせてしまう、と。こいつぁ匙加減が難しいねぇ?」

「ユリアンで難しいなら、ワシらじゃ無理じゃぞい」


 金竜丸爺は、豪快に笑いながらそう言った。笑う度にぴちぴちのスーツのボタンが飛んでいきそうに激しく揺れる。


「そしてマズい事に、今回全員を始末する事は出来ませんでした。派手にやらかしたので、向こうも自分達の弱点を把握してしまったでしょう。それに……父の式神が一柱、連れて行かれました。どうやら超能力とは別の力をもった者もいるようで……」

「結界内も絶対安全とは行かないようじゃのぅ? いやこりゃ、参った参った!」


 ちっとも参ったような顔をしていない金竜丸爺は、他の陰陽師連中よりも明らかに浮いている。磯村はきっとこのジジイは特別強いとか、そう言う事なのだろうと当たりをつけた。一人だけダブルスーツ、腕時計も知らないがブランド物なのだろう。指輪の大きなダイヤの煌めきが時折日の光を反射して目を焼く。


「ところで金竜丸さん。収容は無事完了したんでしょうね?」

「無論、抜かりない。言われた通り、結界は厳重。身動き一つ取りゃしない」

「あの女達は……今、どうしてるんです?」


 磯村は、これ以上置いてけぼりにされる前にと、どうにか口を挟んだ。

 全員が磯村を見る。磯村は引くつく頬を必死に抑えて、睨むように見返した。金竜丸爺が雲海に目を向ける。雲海が小さく頷くと、金竜丸爺は歯を見せて笑った。金歯が眩しい。


「全員、今は護送中じゃよ。デカいトラックに詰め込んで、ワシの病院に向かっとる」

「金竜丸さんは柏湯市にある総合病院の院長さんでね。……僕も世話になったよ」

「正確には、世話になってる、じゃがの?」


 金竜丸爺の笑顔に、雲海が渋い顔をする。何か弱みでも握られているのだろうか。考えを巡らすのを遮るように、雲海が咳払いをした。


「霊障や憑衣みたいな怪異絡みで病んだ体と心を治療する、陰陽師付きの病院だ。表向きは単なる総合病院だけどね」

「……なんで、アイツらを病院に送るんだ? そんな酷い怪我はしていなかったと思うんだが……」

「まぁ、あれだけの人数を閉じ込めておくのに良い場所が無くての? それで……」

「……嘘は、つかなくて良い」


 厳かに口を開いたのは、夜恵だった。瞳に暗い光を宿す彼女に睨まれ、金竜丸爺の禿げた頭から一筋、汗が落ちた。


「この場で嘘を付いて、あらぬ誤解を招くくらいなら……始めから、外道と罵られる方がマシ」

「……賛成しかねる。ここには香田さんがいるんだぞ、夜恵さん」


 雲海が呟く。薫の方を見ずに。薫は目を瞬かせ、夜恵をきょとんと見つめている。


「彼女こそ、聞かねばならない。……自分の立場が分かっていないのだから。目を塞いでも、耳を塞いでも、見たくないものを見ようとしても、今後も私達と関わって行く以上、いつかは必ず知る事になる。瞼をこじ開け耳を塞ぐ手を払うのを、知らない誰かにされるくらいなら、今ここで覚悟を決めてもらいたい」

「だからと言って今すぐじゃなくても」

「今すぐ必要。この場で納得させなければわだかまりが残る。後々彼女を頼る事があった時に、その亀裂は致命傷になりかねない」

「でも……」

「でももだってもない。無知は罪。情報不足程危険で足手まといなものはない」

「……ど、どう言う事?」


 薫は目に見えて動揺している。声が大きく震えている。夜恵は一度雲海を見た。雲海も反論がないらしく、顎でしゃくって促した。誰も口を挟まない。夜恵の意見に賛成、と言った風だった。


「ワシから話そう」


 夜恵が口を開こうとする所で、金竜丸が制した。


「昨日雲海達を襲った超能力者達の正体を暴くには、多少の手荒が必要だと、そう言う事だ」

「……まさか、拷問でもするって事ですか?」

「何体かは、な」


 『何人』ではなく『何体』。磯村は背筋を凍らせた。


「何せ四十も居るんだ。それだけを拷問しながら維持するのも大変だろう。少々減ってもらった方が都合が良い」

「減っ……!」

「殺すって事!?」


 薫が悲鳴を上げる。金竜丸爺は広げたハンカチで汗を拭いた。誰も何も言わない。雲海が小さく溜め息をついて、「その通りだ」と呟くように返した。


「予定では、四十体のうち、三体を尋問、五体を解剖、五体を投薬実験、十体を極限環境実験に回す。残りは処刑する」

「ちょっと……待ってよ……」

「これは決定事項だ、変更の余地はない。……全て、これからのために必要な事だ。敵の正体に少しでも近付く為に」


 雲海は事務的に告げた。薄ら昏い感情が押し殺し切れないのか、歯を食いしばっている。その場にいる誰も、その結論は満足なものではないらしい。深々と溜め息を吐く一同。


「僕らは正義のヒーローじゃないし、聖人君主でもない。むしろ真逆の存在だ。妖怪と渡り合う為に人の理から外れた外道の集まりさ」

「だからと言って……そんな、殺すなんて……」


 薫は、言葉を継げなかった。殺すのはダメ、と果たして口にしてしまって良いのだろうか。ここで自分がそれを言ったとして、何か代わりになる案を用意できるのか。人殺しに躊躇いがない連中を、縛り付ける檻さえ不安定な凶悪な連中をどうこうする案なんて。殺す以外にはないんじゃないか?


「まずは、DNA検査じゃの。ホント、皆がみんなあそこまで同じ顔をしとると気味が悪いわい」

「……昨日、磯村が言っていたが、もしかしてアレは本当に香田さんのクローン人間なんじゃないか?」


 雲海の一言に、視線が一斉に磯村に向いた。突然注目を集めた磯村は思い切り肩を跳ねさせたが、皆が乞うような目をしているのを見て、少し胸を撫で下ろす。雹裡が可能な限り優しくした声で尋ねる。


「……生憎我々は科学には疎いもので。磯村さん、詳しい事情を知っているんですか?」

「クローン技術に関しては何も知りませんが……まぁ、そう言う雑誌をたまに読む程度です」

「アイツらを見たとき、君はクローン兵士、と言っただろう? 現実に同じ顔、同じ能力を持った人間、と言うのはそのクローン技術を持ってすれば、生み出す事は出来るのか?」

「それは難しい、と思う」


 磯村は唸りながら頭の中の情報を整理しながら、厳かに口を開いた。


「DNAは人体の設計図、なんて言われているけれど、現実にはそこまで細かい設定はされていない。例えば一卵性双生児っているだろ? アレは同一の遺伝子を持った人間だが、全く同じ背格好でもないし、顔つきも成長するに従って変わっていく。人の見た目に関して言えば、遺伝子よりも後天的な要因が大きい。身長や体重、顔つきだって栄養状態や睡眠時間、過ごす環境で大きく変わる。あの超能力者達は、香田……さんと全く同じ顔つきをしていた。単なるクローン技術じゃなくて……例えば、現在の香田さんの全ての身体の状況をデータ化して、生体としてアウトプットするような高度な技術が要る。成長速度の問題も難しい。クローニング技術で生体を生み出すためには胚細胞……受精卵レベルから成長させなければならない。多少成育を加速する事は現代の技術でも出来るのかもしれないが……四十人以上の培養を十数年行なうなんて、現実的じゃないぞ」

「……あの成長度合いで、かつ同じ顔の女を何十体も作り出すのは、今の地球の科学力じゃ不可能って訳か……」

「ははは、宇宙の科学力、ですか。これはまた如何ともし難いですねぇ……」


 雹裡がお手上げのポーズをとって、力無く笑っている。その一方で金竜丸は少し安心したような顔だ。


「しかし、ま……天の神が授けたもうたかけがえのない命……と言う訳でもなさそうじゃの。正直に言ってしまうと、少しホッとしてしまったわい。医者として、命の重い軽いなんて話は出来んから、くれぐれもオフレコで頼むぞ」


 金竜丸はその間、一度も薫の方を向く事はなかった。薫は顔を俯けて、困った顔で何かを思案し続けている。その心境は複雑だろう。


「さて、ワシはそろそろお暇させて頂くよ。色々と……せねばならん仕事が残っとるんでな。クローン人間……らしき何かの諸々の結果については、後ほど報告するわい。そちらでも何か分かったら、些細な事でもええから連絡をくれ」


 雲海に目配せを送った金竜丸はのんびりと立ち上がり、そのまま本堂から出ていった。


「……さてと、では我々もそろそろ帰りますか」

「こんなEmergency Stateでも、日々の仕事はありますからのう。結界の修繕、管理に妖怪退治……」

「加持祈祷に占い……日銭稼がにゃ、他人の心配も出来ない。世知辛い世の中」


 ぞろぞろと立ち上がる陰陽師達は、未練も負い目もなく帰路に向かって行く。同業の集いにしては、いや同業の集いだからこそだろうか、妙にドライだ。磯村は座ったままの雲海に目配せをすると、雲海は大きな欠伸をしていた。


「……なんつーか、結局何も分からなかったな」

「今回のは所詮、ただの報告会だよ。金竜丸先生の結果報告に期待するしかないね」


 雲海は立ち上がると、大きく伸びをした。なんと呑気なのだろう。


「来るものは来る。いつ来るかは分からないけれど、来た時に適切な対処が出来ればそれが一番良い。攻勢に打って出られる程の情報もない今、ジタバタしても仕方ねぇさ。果報は寝て待つもんだよ」

「しかし……クローン人間、って前提で今話が進んでいるんだけど、それで良いのか? 何だかポッとでのニワカ知識を採用されると俺も不安なんだけど……」

「僕はそれを信じるけどな。姿形を真似る妖怪は居るけれど、その力まで真似る事は出来ない。つまり奴らは妖怪ではない。そして僕らは妖怪の事以外に関しては全然なんにも知らない。あの場では君が一番の識者だったって事さ」


 雲海は磯村にそう言いながら、薫の肩を優しく叩く。顔を上げた薫は、まだ不安そうに眉をハの字に下げていた。

 自分のクローンが居る。そのクローンが雲海と岩武を襲った。そしてクローンは近いうちに殺される。クローンは、親兄弟ではない。しかしそれが何か狼藉を働き、挙げ句処刑される。果てしない不気味さを感じるし、果てしない怒りが沸き上がる。しかし同時に、それ以上にいたたまれない気分になる。

 親兄弟でなくても、縁もゆかりもない筈でも、自分と同じ風貌なのだ。自分と重ねて見ないなんて無理な話である。


「君には少し辛い話をした。申し訳ないと思う……けれど」

「……うん。大丈夫、ちゃんと分かってる。これしかないんでしょ?」

「……ごめんな」

「謝らないでよ。別にクーちゃんが悪い訳じゃないんだから」


 そう言って微笑みつつも、薫の目からは一筋、涙が零れていた。雲海は何も言わずにそれを袈裟の袖で軽く拭き取ると、立ち上がって微笑み返した。


「二人とも、家の方に寄っていかないか? 香田さんも、折角の機会だし白水ちゃんに挨拶してくると良い。今から行けば、雪町の二人もまだ家の方に居るだろう。磯村君もだ、ここまで来るのも大変だったろ? ゆっくり茶でも飲んで行ってくれ。昼飯もご馳走するぞ?」

「うん、ありがと。ご馳走になります」


 薫は一度軽く目を擦って息を吐くと、軽やかに立ち上がって明るく言い放った。


「……俺も、良いのか?」


 磯村は雲海と薫の二人に向けて、そう尋ねた。

 散々酷いことを言ったのに。特に薫にはまだ謝ってもいなかったのに。そんな、まるで……友達のような持てなしを受けても、良いのだろうか。磯村の疑問に、薫はキョトンとしていたが、やがて思い出したようにハッとして、磯村を睨みつけた。


「そーじゃん! 磯村君、なんか色々私に失礼な事ばっか言って……」

「まぁまぁ、香田さん落ち着けよ。実際騙してたのは僕らの方な訳だしさ」

「ごめんよ、俺が悪かった。もう勧誘もしないから……何とか許してくれないか?」

「もうとっくに許してるだろ、今の今まで怒ってた事さえ忘れてたんだから」

「クーちゃんが決める事じゃないでしょ! 磯村君、あの時私、結構傷ついたんだからね!」

「……などと今更怒ってみせても全然怒ってる風に見えない香田薫なのであった」

「変なナレーション入れないでよー!」

「いづっ! こら、右手を叩くのは止めろ! まだちょっと痛いんだから!」


 ギャーギャーと喚きながら前を歩く雲海と薫。二人はまるで兄妹のように仲が良い。本当に兄妹のように、会話の息が合致している。


「……なるほどなぁ」

「ん?」

「なにが?」

「いや、なんでもない」


 ここまで近いと恋人の距離感じゃないよなぁ、とは流石に失礼に思えたので口に出来なかった。



  *



「……ただいまー」


 薫が帰宅したのは、その日の夕方であった。

 天心に戯れつく白水に和んだり、雹裡相手に将棋でこてんぱんにされる雲海を笑ったり、磯村の長ったらしいオカルト話にうんざりしたり。そうして過ごした休日は存外楽しくて、朝叩き付けられた現実をしばしの間忘れさせてくれた。

 白水が「お土産っす! どうぞお納めくだせぇ!」と渡してくれた隼市の特産品の一つである高級スプーンを入れた懐が、何だかじんわりと温かい。そうして意気揚々と玄関を開けると、丁度姉の叶が靴を履いている所だった。


「あら、おかえり薫ちゃん」

「うん。お姉ちゃん、出掛けるの?」

「出掛けるって言うか……向こうに帰るのよ。明日から仕事だし」

「えぇ!? 家に居たのはたったの二日じゃん。もう行っちゃうの?」

「まぁね。着替えも碌に持って来なかったし、叔父さん達にも迷惑になっちゃうもの」

「…………そうなんだ」


 久しぶりに会ったのに、もうお別れ。せめて一週間くらいは居ると思っていた薫は、寂しさに口を尖らせた。拗ねた表情の薫の頭を、叶は優しく撫でた。


「お姉ちゃん、これから仕事が忙しくなると思うからお正月も実家には帰れないかもしれない」

「え!? そんなに忙しいの!?」

「うん。でも、やっと楽しそうな仕事が私の方に回ってきたの。だから……ごめんね? 連絡はちゃんと入れるから」

「そっか……でも、無理しないでね? 風邪とか引かないようにね?」

「それはこっちのセリフよ。毎年冬になると具合悪くなるでしょ、貴方。ちゃんと温かくするのよ?」

「……まだ秋にもなってないし」

「季節の移り変わりなんてあっという間よ」


 叶は腕時計を見る。そろそろ時間なのだろう。叶は名残惜しそうに薫の頭から手を離すと、ボトムスのポケットから折り畳まれた赤い紙切れを取り出した。


「あと、これ。雲海君に渡しておいてくれない? あの子の落とし物みたいだから」

「え? あ、うん」

「それじゃ……バイバイ」


 叶は一つウィンクすると小さく手を振ってそう言いながら、家を出ていった。薫はそれを見送った後、渡された紙切れを広げてみる。それは赤い折り紙で作られた紙人形だった。中心に呪法が描かれているのを見るに、恐らく狐を探すのに使っていた呪具だろう。

 落とし物、と叶は言っていたが……狐を探す為の大事な呪具を、どこかに落としたりするものなのだろうか。

 あの責任感の強そうな雲海が?


「あの、お姉ちゃん! これ、一体どこで……」


 玄関を飛び出した薫は辺りを見回したが、叶の姿は既にどこにも見えなかった。まだ家を出てから十秒も経っていない筈なのに。不意に、強い風が薫の髪をかき上げる。少し風は冷たく感じられた。秋は、もうすぐそこまで迫っていた。

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