9−13 仕組まれた毒
「……目標、完全にロスト。既に二十分が経過している」
「包囲網は徐々に狭めている筈なんだが……」
「もう抜けられてしまったのではないか?」
「有り得ん。我々の透明視から逃れられる筈が無い……」
目の前で超能力女達が焦りの表情を浮かべながら、額を突つき合わせている。その目標は今まさに、堂々と目の前を通り過ぎているのに。……とは言え、その姿は透明。磯村と雲海は物音さえ立てずに移動しているのだから、これで見つかる方が不思議である。
「透明視なんて使って木々を透かしても、元から透明になってる僕らを見つけられるわけないってのに。馬鹿だねぇ」
雲海は学校の帰り道の世間話のような軽い口調でそう言って、笑った。
「さっきから俺達、普通に話をしているけれど……コイツらにはなんで聞こえてないんだ?」
「僕と君の周囲に僅かな真空層を作っている。音を伝える媒体を遮っているんだから、奴らには僕らの声も、僕らが立てる物音も聞こえる事はない。余程近付くか、接触した場合は別だがね。一応気を付けてくれよ?」
「……これもさっきの、妙な魔法か?」
「まぁ、魔法みたいなもんだ。詳しく教える時間もつもりもないけど」
残る光球は二つ。いよいよ弾数が少なくなってきたが、雲海はまだ戦うつもりで居るようだ。まさか肉弾戦で一人一人仕留めるつもりだろうか。不可能だとは言わないが、接触すれば位置がバレてしまうのだ。敵はどんな爆弾を隠し持っているか分からない状況ではリスクが高過ぎる。
「毒を仕込むのさ。奴らにしか効かない特別製のね」
「毒……ねぇ?」
雲海の足取りは目には見えないが、足音で判断するに一切の迷いが無い。そこから更に五分程行った所で、「ストップ」と雲海は磯村の肩を掴んで止めた。お互いに姿そのものは確認出来ないのに、何故雲海には見えているのだろうか。磯村には分からないが、そんな事を今更聞いても仕方ない。
「磯村君、ちっと我慢してくれ」
雲海がそんな事を言った。何の事か、と思ったら急に無造作に髪を引っ張られる感覚がする。抗議の声を上げる間もなく、磯村の長めの髪が何本かゴッソリと引き抜かれた。
体から切り離された事で透明でなくなった毛が月明かりに照らされ、宙に浮いているように見えて非常に薄気味悪い。
「……いきなりなんだよ!」
「すまんね。僕の髪は引っこ抜ける程長くないんだ」
「いや、そうじゃなくてだな……」
磯村の言葉を無視して雲海は、地面に木の枝で小さく穴を掘り、そこに引っこ抜いた磯村の髪の毛を埋めた。
雲海の満足げな溜め息が聞こえてきたのだが、一体彼は何をしているんだろうか。そもそも、どうやって磯村の位置を把握したのか。ますます空峰雲海と言う男の人間離れを思い知る。
「ここに何かあるのか……?」
「何かあるのさ。さて、ここから……あっち、だな」
雲海が歩き出す気配にくっ付いていく。彼が当て所なく歩いている訳ではない事は磯村にも容易に想像がつくのだが、足を止める度に彼の奇行に首を傾げた。
次行き着いた場所も、何か周囲に特別な特徴も感じられない場所である。そこでは雲海は「いてっ」と小さく声を上げた。今度は何だと振り返ると、地面に落ちた和紙の端っこが血で濡れているのが見えた。
「……枝か何かで切ったのか?」
「うん。わざとね」
その和紙も地面に埋め込むと、再び来た道とは違う方に歩き始める。同じだけ歩いた辺りで、雲海が立ち止まる。そしてその行き着いた先で自分の爪を噛み切って地面に埋めたり、財布から一円玉を取り出してこれまた地面に埋め込んだり、口の中で溜め込んだ涎を地面に落としたり。
黒魔術の儀式の下準備に似ているが、こんな奇行を要求するものが果たしてあっただろうか。恐らく雲海もそれに類する儀式を行なうつもりなのだろうが。しかし、そんなもので上手くいくのだろうか。相手は超能力者が十数名、下手すれば数十名。残る弾数は二つ。余程自信のある一網打尽の手段がなければ、さっさと逃げる方が得策だろうに。
「……さて、これで僕達の勝ちだ」
雲海がそう満足げに告げたのは、追いかけられ始めてから約三時間ほど経った、午後十時であった。それまでに二人は何度も超能力女とすれ違ったのだが、一切気がつかれる事はなかった。本当にこれで全て終わるのならば、それこそ彼の言う通り楽勝だが。
「……ここは、最初に来た場所か?」
埋め直された真新しい地面。そこには磯村の髪の毛が埋め込まれている。
この一連の儀式が一体何を意味するものだったのか、磯村は痺れを切らして雲海に尋ねた。
「君もオカルト研究会なんてやってるからには、五行思想くらいは知っているだろう?」
「水剋火、とか金剋木、とかの、五芒星で相性を表しているアレだろう? 陰陽道の基本的な概念だ」
「その通り。火、水、木、金、土の五つの元素が万物を構成している……って考え方だ。例えば髪の毛は水行、血は火行、爪は木行で銀……まぁ、アルミで代替したんだが、銀は金行。んでもって涎が」
「土行、か」
先んじて解答した磯村に、雲海は小さく拍手を送った。
「凄いな、良く知ってるじゃないか」
「……そこまで言われれば、俺だって何をしていたのかは分かる。君はこの山に、巨大な五芒星を描いた……って事なんだろ? そう考えれば君の奇行も説明が出来るし、君の歩みのペースが大体一定で、ものを埋めた間隔が一緒だったのも分かる」
雲海の足取りは、まさに五芒星を描いていた。
先程までの奇行も、それぞれの頂点に五行の性質を有した物を埋め込んでいたのだ。まさに今、全ての儀式の準備が整った。
「……さて、それで、この後はどうするんだ?」
「どうもしないよ。これで全部終わりだ」
「え?」
磯村が首を傾げると共に、山のあちらこちらから、まるで絹を裂くような女の悲鳴が聞こえてきた。その全ての声色が同じである事が殊更に不気味だが、それは同時に、全員が同じ顔同じ声を持っていたあの超能力女達の悲鳴である事を意味している。
「念のため、透明化は解かないでおくとしよう。さて、五芒星の中心に向かうぞ」
雲海は歩き出した。苦痛に叫ぶ少女達の悲鳴の、その中心に向けて、意気揚々と。雲海のやっている事は、恐らく間違っていない。自分を殺そうとした人間らしき何か共に逆襲を仕掛けているだけだ。
しかし何故だろう。磯村には……彼こそが悪魔のように思えていた。
*
山の中は凄惨の一言に尽きた。
磯村達を追っていた超能力女達は、磯村の予想していたよりも遥かに大人数であったらしい。まるで死屍累々。全ての超能力女達が、無造作にあちらこちらで倒れ伏している。
女達は全員が死んでいた。
「おいおい、勝手に殺すな。死んではいないぜ?」
倒れている女の脈を取りながら、雲海がつまらなそうにそう言った。
「一体、何が起きたんだ……」
雲海は「毒を仕込む」と言っていた。その毒とは、先程まで描いていた五芒星に間違いない。だが、あんな儀式の下準備のような何の変哲もない五芒星で、何故彼女達は死んだように気絶しているのだろう。
「確かに僕が仕掛けたのは、君で言う儀式の下準備だけだよ。儀式そのものを行なったのは、そこで寝てる奴らの方さ」
「どう言う意味だ?」
「今更隠す意味もないから言ってしまうが……本物の香田さんも、超能力者だ。使える力もコイツらとほぼ同じ、ね」
磯村はもう驚きはしなかった。薫と同じ顔の女が無数に現れて、その超能力で襲われた今となっては、本当に今更だ。自分の慧眼が間違ってはいなかった、とうぬぼれる間もなく、雲海は続けた。
「だが、ただ一つ、コイツらには使えないけれど香田さんだけは使える力がある」
「……それは?」
「遠隔透視。離れた場所で起きた事を見聞きする能力だ。僕は負担が大きいから常用は避けろって言ってるんだが……馬耳東風で困ってるよ」
「どうしてコイツらにはない、と?」
「もしコイツらにその力が備わっていたら、僕達は透明化する以前に発見されて今頃丸焦げだ。多分父さんも容易に見つかっちまう。不幸中の幸いだ」
時折、風が吹いている訳でもないのに、死体が被っているパーカーのフードが捲れる。雲海がわざわざ、丁寧に顔を検分しているようだ。
「……今の話が『毒』にどう繋がるんだ?」
「香田さんがその能力に目覚めたのはつい数ヶ月前……学校の屋上で、その場に僕は立ち合った。方向音痴が悩みだ、なんて言うから僕が家で埃を被っていた呪具を貸してやったんだ。……事は、その時に起きた。彼女が呪具を使った途端、苦しみ始めてね。コイツらみたいに瞳孔開きっぱなしで気絶してたから、本当に死んだのかと思って相当焦ったよ、あの時は。ま、そんな事もあって、僕は一つの結論を得た」
雲海の声色は得意げだった。磯村は、姿の見えない雲海の方を睨んでやろうかと思ったが、雲海はそれを見透かすように忍び笑いで返してきた。
「僕達の使う力……陰陽師の術と、彼女の超能力は、干渉して増幅し合う。それも……使用者のキャパシティを遥かに上回るレベルで、だ」
「……それが、毒?」
「その通り。その特質を利用させてもらった。僕らが描いた五芒星は陰陽道の基本概念。その内部で起きる森羅万象に必ず陰陽道の概念が干渉する。山一つ覆うくらいにデカい五芒星を描いたんだ。下手すれば僕にだって力の制御が難しい程の結界……そんな中で超能力を使えば、当然のように暴走を引き起こす。コイツらはずっと透明視を利用して、僕らを探し出そうとしていた。だから五芒星が完成した途端に、奴らはこの有様って訳だ」
髪を掴み上げた雲海は、白目を剥いて口端から泡を零す超能力女の顔を磯村に向けた。雲海はそれを無造作に投げ捨てて溜め息まで吐きながら、その女の頭を踏みつけてタバコを揉み消すように靴底を擦り付けた。無駄に残酷な行いをして何故、尚も退屈そうな顔をしているのか。磯村は背筋が冷たくなる思いだった。
「けっ……薄気味悪ぃ。全員、香田さんと同じ顔だ」
「まるでSFアニメのクローン兵士みたいだな……本当にそっくりだ」
「それ、さっきも言ってたけど。クローン、てのは何だ?」
雲海は不思議そうに聞き返す。聞き慣れない単語だったのだろうか。磯村は渋々解説してやった。
「同一の遺伝子を持った、その人間のコピー……とでも言えばいいのかな? クローン牛って聞いた事ないか? 一昔前に肉の安全性を巡ってちょっとしたニュースになっていた筈だが」
「……んー。分からんな」
「まぁ要するに、同じ遺伝子の生命体をポンポン大量に生み出す技術があるのさ。とは言え、遺伝子が同じでも成長過程によって姿形は大分変わる筈なんだがな……。第一、人間での成功例はまだ報告されていない。実際は成功しているが、政府によって隠匿されてるなんて噂があるが……」
磯村はもう一度、超能力者の顔を見下ろす。
もしかしてその噂は真実なのだろうか? 妙な好奇心が沸き出すが、首を振って追い出す。今はそれを考えるのはよそう。
「なぁ……コイツら……死んでないよな?」
「いっそ殺してもいいぜ? これだけ大量だと、閉じ込めておく場所を探すのも大変だ」
「なんで……そんな事が平気で言えるんだ?」
「おいおい、冗談だろ。コイツらは僕らを殺そうとしてたんだぜ? 殺らなきゃ殺られる」
「だとしても、君の彼女と同じ顔なんだぞ?」
知り合いと同じ顔。ましてや恋人だ。手をかけるのを躊躇うには、それだけでも十分な理由たるだろうに。雲海は、何故か磯村を薄気味悪い者を見るような目で見つめていた。
「彼女って……。別に、香田さんの顔をしていたところで、コイツらは香田さんじゃないんだぞ」
「そんな事は勿論分かってるが……何とも思わないのか?」
「何度も言わせるな。僕達は『そう言う者』なんだ。……親の顔した妖怪退治の訓練は七つの時にやってらぁ」
一通りの検分を終わらせたらしい雲海はそう吐き捨てた。
磯村はまさしく、グゥの音も出なかった。やはり自分とは住む世界が違う。あまりにも違い過ぎる。倫理観と価値観に決定的なズレがある。
命の重さに対する、その考え方が、まるで別物だ。
「今日はもうこのまま帰っちまいてぇが、こいつらを野放しにする訳にもいかん。……と、言う訳で」
雲海はポケットの中から光球を取り出すと、それを足元に叩き付けた。光球は吸い込まれるように地面に溶けていく。雲海はその地面に手を当てて、「集え」と小さく呟き、飛び退いた。
「屈んどきな、磯村君。怪我するぜ」
「へ?」
呟いた磯村の脇を、何かが猛スピードで掠めた。
黒い塊の正体を確認する間もなく、それは次々と飛来し、一点に集まっていく。
遠目に見ればすぐに分かった。超能力女達だ。それらが地面の中に吸い込まれ、瞬く間に消えていく。まるでブラックホールに吸い込まれるようにして。
「ひゃぁ、すげぇ数だな」
感嘆の声を上げる雲海。いつの間にか、その姿は既に露になっている。額に浮かんだ珠の汗が月夜に照らされている。彼は、功労者である事に間違いない。もしこの男が居なければ、自分はどうなっていた事か。……いや、しかし。そもそも自分はあの超能力女の殺害対象ではなかったんじゃなかろうか。一度見逃されているし、超能力女達の会話の中でも、自分の事は一度も触れられていなかった。
雲海が咄嗟に自分を引っ掴んでいなければ、今頃自分はとっくにベッドの中で眠っていたんじゃないか?
「……はぁ」
溜め息が漏れるばかりだ。
経緯はどうあれ、知ってしまった闇の世界。その闇は磯村が考えているよりもずっと深く、暗く、黒かった。自分が開けたのは希望さえ詰まっていないパンドラの箱。舌切り雀の大きなつづら。もう一回、全て巻き戻して蓋をしてしまえるのなら、そうしてしまいたいと磯村は願った。
「もう懲り懲りって顔、してるな?」
雲海はシニカルに笑いながら、磯村を真っ直ぐに見つめていた。いつの間にか、自分の透明化も解かれている。
「……これでもまだ、この世界を見続ける勇気が君にあるかい?」
磯村は何も言えない。
自分にはコレしかない。そう思っていたのに。実際に目にしてみて、どうだ。ここには夢がない。自分を惹き付けて止まない太古のロマンも、宇宙の神秘も、怪奇現象の不気味さも、何もない。
暴力で埋め尽くされた、血生臭い世界。自分が憧れていたのは、そんな物だったと言うのだろうか。未だに、信じられない。……実際は、信じたくないだけなんだ、と自分でも分かってはいたのだが。
「もし望むなら、今夜の君の記憶を消しちまう事も出来るんだけど」
最後に残った光球を見せながら、雲海はそう告げた。
わざわざ教えてくれる、と言う事は、雲海は強制するつもりはないらしい。覚えていたかったら、覚えておけ。覚悟がないなら忘れちまえ。言外にそう言っていた。何も見なかった事にして、また虚しくロマンを追うべきか。闇を見据えて、それでも研究を続けるか。
……磯村は、決断した。
「……俺は」
答えを告げようと口を開いたその時、突如雲海の顔色が変わる。
理由はすぐに分かった。今まで彼の手の中で淡く輝いていた光球が、消えていた。まるで漫画のコマ送りでもしたかのように、前触れさえなく本当に一瞬で、だ。
「馬鹿なっ! もうそんな気配は……」
雲海の顔から、俄に余裕が消える。辺りを見回す。敵が居る。間違いなく。
「……空峰、後ろだ!」
雲海の体を挟んで、数メートル先。黒いパーカーのフードを目深に被った……今までの超能力女と同じく、薫と同じ顔をした女が、光の珠を握っていた。挑発するように光球に小さくキスをして、こちらを見てニヤついている。
「舐めやがって!」
雲海が飛びかかる。相手は超能力が使えない。この結界内で能力を使えば暴走必至、傷つくのは自分の方だ。雲海の身体能力は、人間の域を超えている。肉弾戦で負ける事はまず有り得ない。
……磯村はそう思っていた。
だが。
「……あれ」
前方に飛びかかった筈の雲海の姿が掻き消え、彼の声が磯村の背後から聞こえていた。振り返ると、雲海の体が樹に叩き付けられていた。吹き飛んだ雲海本人さえ、ポカンとした表情をしている。
何が起きているのか、まるで理解出来ない。二人は呆然としていると、女は小さく手を振ってウィンクを一つする。そして。
「バイバイ」
と無邪気に言い放って、女は背を向けて、その場を走り去る。
「ちくしょ、待ちやがれ!」
すぐさま駆け出した雲海だったが、最早女の姿はどこにもない。森の闇に吸い込まれてしまったかのように、影も形も見えやしない。
生き残りが居た。油断していた。透明化を解くべきではなかった。磯村は、膝をついて肩で息をする雲海が頭を抱えているその後ろ姿を見つめる事しか出来なかった。
「逃げられた、な」
「あぁ、言われなくても分かってる。クソ、式神が一柱持っていかれた……」
「超能力は、暴走する筈じゃなかったのか?」
いつの間にか盗まれていた光球といい、雲海自身も気づかぬ間に吹き飛ばされた時といい、あれはどう考えても超能力によるものだろうに。あの女の力は、何故暴走しなかったのだろう。
「……結界が破壊されたのか?」
「それは無い。張ったのは僕だ、破れた時の感知くらいは出来るよ」
「なら、一体どうやって……」
「あの女に聞いてくれ。僕には分からん」
すっかり意気消沈してしまったらしい雲海は、服が土で汚れるのも構わず、その場で身を投げ出して大の字で寝転んだ。気の抜けたその表情は、普通の男子高校生のそれだ。幾つもの殺意を去なした歴戦の勇者は、もうその場に居なかった。
「父さんの容態も心配だ。すぐに帰りたいけど、流石にちょいと疲れちゃったよ。少し休憩させてくれ」
「危なくないか? まだ生き残りが居るんじゃないか?」
「あの女、丸腰の僕らを放置して逃げたんだぜ。今日はもうやり合う気はないって事だろ」
「……なんで、僕らにトドメを刺さなかったんだ? アイツらにとって僕ら……いや、少なくとも君は、邪魔な存在の筈だ」
「さぁな」
「さぁなって君……」
「考えるに……奴らが狙っていたのは、隣町のお稲荷様……要するに神様だ。もし仮になんでも良いから神を捕まえる事が目的だったんなら、式神でも良かったのかもしれない。……だから、盗るもん盗って満足したんだろ。それか僕を脅威と見なさなかったか、もしくはその両方。どっちにしろ、腹の立つ話だが、こっちとしちゃありがたい。命あっての物種だからな」
「……そんなもんなの?」
「そんなもんなの」
急に毒気を抜かれた気分だった。
自分だけ立っているのもアホらしく感じたので、磯村は雲海の隣に同じように寝転んでみた。今の今まで、自分達は少しでも運命を違えていたら死んでいたかも知れない世界に身を置いていた。
隣の男は顔色一つ変えずに、何十の女をぶちのめした。
そして今、自分の頭の先数メートルには昏倒した数十人の女が埋まっている。身の毛もよだつような状況だと、改めて思う。しかし、こうして自分と同い年の男と死線を乗り越えたと思うと、妙に青春を感じてしまった。
本当に、自分の思考回路に呆れ果てるばかりだ。……たとえ光球が盗まれていなくても、自分はこの記憶を残す事を選んでいたのだから。
「……なぁ、空峰。君たちの世界を見たいなんてもう言わない。君が宇宙人だとか侵略者だとかも、もう言わない。……だからさ」
俺と友達になってくれないか。
それを口にしようとすると、どうも照れて言えない。口が動かないで、止まってしまう。自分の社交性の乏しさに本当に嫌気が差す。しかしそこまで言えば雲海も察したようで、横目で磯村を眺めやって鼻から息を抜いた。
「……香田さんが許してくれれば、な」
「……あぁ……あぁ、そうだな。香田薫……香田さんには、酷いことを言った。明日、ちゃんと謝るよ」
「そうしておきな。彼女、キレると怖いぜ。目がキュッって釣り上がってさ、聞いた事無い方言で捲し立ててくるんだ」
「お前ら本当に仲良いよな……付き合ってどれくらい?」
「付き合ってないよ。……そう見える?」
「そうとしか見えないんだが」
「……まぁ、僕にも色々あるのだよ、磯村君」
「同じクラスの小森美紀と二股かけてるって噂を聞いた事があるが……まさか本当なのか?」
「おいちょっ、待て、誰だそんな噂立てたのは」
まるで、普通の男子高校生のような会話だ。
磯村にとってはそんな経験は初めてで、自然と頬が緩んでしまっていた。こういうのも結構良いもんだなぁと、木漏れ日ならぬ木漏れ月のぼんやりとした光を眺めながら、心の底でそんな事を考えていた。