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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第九話 クローン
119/123

9−11 動き出す思惑

 昨日から叔父叔母家を訪れている姉の叶は、休養のためにやってきた筈なのにどうにも忙しそうだ。学校から帰ってきた薫がリビングを覗くと、テーブルでコーヒーを啜る自分と同じ顔の女が、渋面でノートPCを覗き込み、時折眼にも留まらぬ速度でなにやらキーボードを叩いている。

 玄関先からただいまと声をかけてみたのだが、姉は聞こえてすらいなかったらしい。二三歩歩み寄った所で漸く薫の存在に気がついたのか、「あら、おかえりなさい」とぎこちなく微笑み、わざわざ眉間の皺を取るかの様に擦って、ノートPCを閉じた。


「ただいま、なんか機嫌悪そうだね」

「あらあら、そんな事はないわよ」


 そう言ってブラックコーヒーを一口啜って一つ大きな溜め息を吐くと、ようやく彼女のいつもの微笑みが帰ってきた。テーブルに座ろうとすると「うがいと手洗いを先に、そうしたらコーヒーを入れてあげるわ」とさりげなく窘められる。

 まるで母親のような言い草だが、元々年の離れた姉妹だ。薫が物心ついた時、叶はもう中学生だった。今年の正月、久しぶりに実家に帰ってきた叶に母親が「おめさん、いい加減、ええ人の一人もおらんねぇの?」と毒づいていたのは良く覚えている。

 もしかして今回休みを貰ったのに実家ではなくこちらに来たのは、母親と顔を合わせるのが面倒だからだろうか。

 何度その手の話を振って、何度はぐらかされてきたかもう覚えていない。むしろその度に「薫ちゃんの方こそ、どうなのよ? 親孝行出来そうなの?」などと半笑いで反撃してくる。

 だから薫は、姉にあまり質問をしない。


「学校どうだったー?」

「普通」


 全く普通であった。

 しつこく寄って来るであろうと考えていた磯村は、どうやらターゲットを雲海に絞ったらしい。雲海がその後どう対処したのかは、連絡をとっていないので分からないが、昨日の彼の様子を見るに何かしら考えがあったらしい。

 ならば後は彼を信用して、自分は安全地帯からのんびり見学を決め込む事にするほかない。


「普通じゃなにも分からないじゃないの」


 返答に叶は不満だったようだ。


「普通は普通だよ。普通に授業受けて、普通に友達と話して、普通に帰ってきた」

「ふーん……じゃ質問を変えるよ。空峰君とはどうだったのかしら?」


 叶は言いながらキッチンに向かう。

 棚を漁っている様子を見るに、ポーションミルクを探しているようだったので、薫はさり気なく電子レンジの上を指差してやる。叶は照れたような笑みを浮かべながら薬缶に水を注ぎ始めたが、薫が続けて電気ポットを指差すと、流石に叶はばつが悪そうな顔をした。


「……言っておくけれど、クーちゃんもう彼女居るからね?」


 小森の顔を思い浮かべながらそうやって返してやる。

 厳密にはまだ、彼氏彼女の間柄ではないが、時間の問題だろう。雲海が何を迷っているのかは知らないが、少なくとも小森に悪感情を抱いている訳ではないのだし。


「あら! あの子相当純情っぽく見えたけれど、案外やるのねぇ」

「クーちゃんは純情だけど、相手がね……」


 色々と進みまくっているから、とは言わなかったが叶は察したようで「私が学生の時にも居たなぁ、そう言う娘」と呟いた。


「って、事は……貴方、何? あんだけ近い所にいる男の子かっぱらわれたの?」

「元々そんな気無い……ってば」

「おや、ちょっと詰まったよ?」

「……あーもう、うっさい行き遅れ」

「こらこら、そんな怖い顔しないの」


 叶は怒る薫を窘めながら、コーヒーを粛々と淹れている。

 ミルクは始めから入れられていた。「砂糖は自分で入れてね」とコーヒーシュガーのスティックを添えてある。叶は薫の好みを覚えているようだった。

 薫はそれを啜りながら疑問をぶつけた。


「……お姉ちゃんはさ、ほら。ずっと家に居たんでしょ?」

「あら、一度出掛けたわよ。お昼を食べに」

「でも午後からクーラーの効いたこの部屋にずっと居た訳じゃん。だから別に暑さとか感じてない訳じゃん」

「まぁ、そうね」

「一方の私はさ、残暑厳しい中、アスファルトの照り返しがキツい帰宅路を歩いてきた訳じゃん」

「えぇ、汗ばんでいるしね。シャワーでも浴びてきた方がいいんじゃない?」

「どっちかって言えばアイスコーヒーの方が飲みたかったんだけどなー……なんて」

「そうね、気がつかないでごめんなさい」


 そう言って叶は冷凍庫から氷を二つ程取ってくると、コーヒーカップの中に無遠慮に放り込んだ。


「味が薄かったら、インスタント足してね」


 雑な姉である。

 とは言え、入れてもらった身分で文句を言う筋合いも無い。

 叶は優雅にコーヒーを啜り、香りを楽しみながら薄く微笑んでいる。その様が妙に様になっているのが少し癪に思えた。先程までPCとにらめっこしていたのを察するに、休暇中にも関わらずやはり仕事には携わっているのだろう。

 社会人が大変なのか、姉が大変なのか……。のんびり共働きの叔父叔母夫妻を見ていると、どうも後者の気がしてくる。

 そう言えば、姉は今一体どんな仕事をしているのだろうか。今まで何度か聞いた事はあったと思うが、印象に残っていないのだ。どうも変にぼやかされてきた気がする。


「お姉ちゃんって……お仕事、何やってるの?」

「んー? ……んー」


 叶は少し言い淀み、代わりに一口コーヒーを啜った。

 窓の外から差し込む西日を眩しそうに見つめるその表情は、先程よりも少し固い。考えが纏まったのか、叶は恭しく口を開く。


「薫ちゃん、100m走の世界記録って何秒か知ってる?」

「え? ……9秒半、だっけ?」

「9秒58。2009年8月にジャマイカ出身のウサイン・ボルトが成し遂げた。前記録を0.11秒も更新すると言う偉業だったんだけど……ところで薫ちゃん、人類が初めて100m走で10秒を切ったのはいつか、知ってる?」

「……分かんない」

「1968年10月、アメリカ合衆国のジム・ハインズがメキシコオリンピックにて9秒95を記録。それまで人類は100m走を9秒台で走るのは不可能、と言われていたの。そして、二人目の9秒台が現れるまでおよそ9年の歳月を要し、以降多くの選手がこの『十秒の壁』を超えていった。ここで考えてほしいんだけど……1968年から2009年まで、およそ40年経って、人類は0.32秒早くなった。その理屈で考えれば……今から40年後、人類は9秒2台に到達できるはずよね。もっと言えば……例えば100年後、8秒台の記録が生まれるはずよね? でもね……500年後、人類は100mを5秒足らずで走ったりできると思う?」

「……無理、だと思う」


 もしも100mを5秒で走る人間がいたとして、それは最早、人間と呼べるのだろうか。少なくとも、そんな人間が居たとして、今現代の人類とは肉体の構造が大きく変わっているに違いない。


「理論的には9秒45で頭打ち、と言われているけれどね。そもそも10秒を切る事も無理だろう、と言われていた時代もあったのよ? 人間はもっと速く走れるって、そう思わない? 自然界にはそれに特化しているとはいえ、瞬間時速100キロメートルを超える生物も存在するんだもの。巨視的に見れば同じような肉と骨と血の塊なのだから、人間にだってそれに近いパフォーマンスが発揮出来ると思わない?  だから、限界はまだ見えていない、と言うのが私……私達の結論。ならば人間は、一体どこまで出来るのか……みたいな感じかな? 軽ぅく説明すると、そんな研究をしているの。それが、私のお仕事。……理解出来た?」

「……良く分からない」


 妙なたとえ話で誤魔化されているような気がする。

 もし彼女の言葉を馬鹿正直に解釈するのであればスポーツドクターでもやっている事になるが、ナイター中継とみるや「延長でドラマの録画ずれるなー」とぼやきながらチャンネルを変えていたあの姉に務まるのだろうか。

 実家から離れていた大学生時代に何かに目覚めたのならば、それから先の事は知らないが。


「ごめんね、あんまり細かい事は部外秘だから話せないのよ。今のは例えば……そうね。自己紹介する時に『私は人間です』って言ってるようなもんだから」

「すんごいふんわりとした説明って事は分かった」


 薫は水っぽいインスタントコーヒーを啜った。生温さが気持ち悪い上に味が無いので、砂糖を足す。

 姉の仕事について、特別知りたかったと言う訳でもない。昨日雲海に聞かれて、何となく気にかかっただけだ。人間の限界を探る。どことなく哲学めいた命題だが、そんな研究でも金になるのだろうか。


「さてと……一息ついたし、ちょっと出掛けてくるわ」


 叶はいつの間にかコーヒーを飲み干し、ノートPCの電源プラグを纏め始めていた。現在時刻は午後五時前。日が傾いてきたこの時刻、共働きの叔父と叔母がそろそろ返ってくる筈だが、こんな時間に何処に行くつもりなのだろうか。


「こっちの仕事仲間に挨拶に行ってくるのよ」

「またお仕事? 折角休み取ったんだから、また今度にしたら?」

「社会人ってのはそう言うもんなの。形式上は休みでもお仕事しなきゃ……はぁ、こんなんだから出会いもないのかなぁ」


 溜め息を吐く叶は、本気で落ち込んでいるように見えて、薫は先程行き遅れと罵った事を少し後悔した。


「ご飯は食べてくるから要らないって叔母さん達に伝えておいて?」

「ん、分かった」


 叶は部屋の隅っこに佇む帽子掛けから自分のカンカン帽を取って斜めに頭に被せて、部屋の姿見を見ながら軽く服の皺を整えると、PCを抱えたまま玄関に向かっていった。仕事仲間に会いに行く割には随分とラフな格好である。そしてその表情は、鼻唄でも歌い出しそうに浮かれて見えたのは気のせいか。

 口ではあんな事を言いながら、実はこの近辺に彼氏でも住んでるんじゃなかろうか。と、そんな邪推が脳裏をよぎる。玄関の扉が閉まる音が聞こえる。時計の秒針が動く音を、蝉の鳴き声が上書きする。遠隔透視で後を着けるのは容易だが、流石に下衆かと思い直す。

 コーヒーカップの中身を煽るように飲みきると、薫は改めて冷蔵庫からアイスコーヒーのボトルを取り出した。



  *



 薫の家からほど近い所、神有無公園のベンチで雲海は、近所の小学生達がサッカーボールを手に帰宅し始めた所をぼんやりと眺めていた。

 携帯電話の時計を確認すると、時刻は丁度六時を回った所である。青い空もいつの間にか紫に変わり、程なくして黒く染まるだろう。待ち合わせ時刻は午後六時丁度だった筈だが、車を止める場所に手間取っているのだろうと見当をつけていると、程なくして肩を叩かれた。

 首を後ろにもたげると、黒い袈裟を身に纏った厳つい丸坊主の男が険しい顔をして立っていた。眼を凝らさずとも分かる。空峰岩武だ。


「……さて、行こうか」

「迷惑をかけて申し訳ないです。狐一匹程度、すぐ見つかると侮っていたようで……」

「まぁ、致し方あるまい。お前には荷が重かったようだ」


 岩武は事務的な堅い口調でそう言うと、顎でしゃくって雲海に背を向けた。雲海は一つ溜め息を零すと、黙って岩武について行く。車は公園の入り口に停車していた。近場に丁度良い駐車場が無いので岩武は一度雲海を拾いにきたのだ。


「市内は粗方調べ尽くした、と聞いているが……」

「えぇ。人外が寄り集まりそうな人気の無い所はおよそ全て。いずれにも、そこに狐が居たと言う痕跡さえ見つかりませんでした」

「それで、お前はどう考えている?」

「何者かが狐の痕跡を消し、捜索を難航させている以外には考えられません。問題は何者か、が一体何か、ですが……」


 雲海は岩武を一瞥した。岩武は無言で先を促すので、雲海は言葉を繋ぐ。


「考えられるのは二者。一つは、狐の探索をする我々を妨害するものの存在。単に我々に悪戯を仕掛ける妖怪の仕業か、何らかの目的があって狐を探す、我々とは別の存在か……。ですが、これは少々現実的でない。妖怪の仕業だとして、我々に悪戯を仕掛けているにしちゃまどろっこしすぎる。狐を探す別の存在がいたとして、我々と平行して探しているのだから、どこかしらに痕跡の消し忘れがある筈。僕の行く先全てに既に先回りしていた……とは少々考えにくいし、あまり考えたくはありませんね」

「ふむ……では、もう一つは?」

「狐自身です。そして僕は、こちらが濃厚であると考えています」

「理由は?」

「そもそもこの案件は、何百年も引き蘢っていた狐が町に出たのが発端です」


 外に出たがらない狐が急に町に出てきた理由は、そう多くは考えられない。狐が自分から外に出たのではなく、外に出ざるを得ない理由があったのだ。

 例えば、何者かに襲われて。そうして隣町まで逃げ延び、襲撃者から自分の身を守る為に、自分の痕跡を消して逃げ回っているのだと考えれば辻褄も合う。

 雲海は岩武にその考えを告げると、岩武は感心したように顎を撫でた。


「なるほど……上出来、だな。まるで……」


 岩武は軽く咳払いをし、視線を前に戻す。


「……襲撃者、と言ったな。心当たりはあるのか?」

「一つ。薮を突つけば蛇が出る事も知らぬ新参かと」


 それを告げる雲海と岩武は、どちらも同じモノを思い浮かべている。無数の手足を生やした黒々とした、ヘドロの塊。つい一月程前に姿を現したその『妖怪らしき何かしら』は、他の妖怪や力ある者を無差別に食らおうとする無知な怪物だ。

 そしてその行方は未だに不明である。だが、その化物が狐を襲うのは不可能だ、と岩武は考えていた。


「土玉の陰陽師が言うには、アレが妖山市を出た痕跡はないとの事だが。狐が来たのは市外からだぞ」

「その言い方は正確ではありません。土玉は、妖怪の出入りそのものを感知している訳ではない。簡易的で弱い結界を張り巡らせ、その結界が破れた痕跡から妖怪の出入りを認識している。つまり、鍵が壊されたり窓が割れているのを見て空き巣が侵入したのを知るのと同じです。空き巣が実際に家の中に入ってく様を見ている訳じゃない」

「……結界を破らずに通り抜けたと、そう言いたいのか? 奴らの結界は空を飛ぼうが地に潜ろうが、確実にぶつかるぞ」

「勿論、容易ではない事は重々承知です。土玉の術を疑っている訳ではありませんが……アレは、それぐらいの事をやってのけてもおかしくはない。一体アレが何匹の妖怪を喰らったと思っているんですか。畏れるつもりはありませんが、警戒のし過ぎだとは思いませんが」

「今の話……土玉には聞かせられんな」


 そうは言いつつも、岩武もその懸念は前々から抱いていた事だった。

 一晩で山中の妖怪を喰い尽くすような暴れん坊が、一箇所に留まる筈がない。雌伏しているのでなければ、何かしら結界を抜ける手段を確立しているだろう、と。


「仮に奴だとして、出くわしたらどうする気だ?」

「……無茶はしません」


 雲海の一言に岩武は言葉を返さない。無言の車内は少し気まずい。

 今日から岩武が狐の捜索に加わる。岩武が操る式神はおよそ十にも上り、今日はその全てを駆使して捜索を行なう予定になっている。そろそろ依頼してきた隣町の神主も痺れを切らしているので、早々にケリを着けなければ、今後の信用にも関わってくる。

 息子の心配ばかりもしていられない現状に、ハンドルを握る手が汗ばんだ。雲海も落ち着かない様子で手を揉んでいる。落ち着かないのはこっちだ、と岩武は心の中でごちた。



  *



「……村! おい、磯村!」


 野太い声と共に、何かが肩を揺する。

 薄ぼんやりと目を覚ますと、学年主任で体育教師の花村の脂ぎった濃い顔がすぐ目の前にあり、また気絶しそうになった。目を覚ました旨を告げ、ゆっくりと花村の体を押し返すと、花村は呆れた表情で磯村を見下ろした。


「やっと起きたか、全く! こんな時間まで何やっとるんだ! 完全下校時刻はとっくに過ぎとるんだぞ!」


 オカルト研究会の壁掛け時計に目を向けると、時刻は夜の七時を回っている。雲海と会っていたのは午後四時頃なので、そこから磯村は三時間近く気絶していた事になる。まだぼんやりとした頭で、磯村は状況の確認を始める。

 昨日、香田薫と接触したが、どうにも嫌われてしまいそこで今日は空峰雲海を捕まえた。話しているうちに彼と口論になり、窓ガラスが割れ、スタンガンで特攻して、失敗して。それから雲海が……普通の人間じゃない事をカミングアウトして、『こっち側』を見せると言って……。


「うわああああぁぁ!」


 部屋中を埋め尽くす虫。虫の山からゾンビの様に這い出てくる無数の雲海。囁くように磯村に詰め寄って……そして気を失った。


「せ、先生! 空峰は!? 空峰雲海はどこに居ますか!?」

「どうしたいきなり。空峰なら五時前にはもう帰ったぞ」

「そ、それは本当なんですか!? 坊主頭なんて野球部とか一杯居るんですよ!?」

「二三話をしたから、まぁ、間違いないが……それより大丈夫か、凄い汗だぞ」


 花村のポロシャツの胸ポケットから可愛い花柄のハンカチが出て来た。磯村はそれをやんわりと断り、制服の袖で額の汗を拭うとさっさと立ち上がった。これ以上花村に世話を焼かれるのは、何と言うか、彼には申し訳ないのだが……なにかが違う。


「だ、大丈夫ですよほら」

「脚がフラフラじゃないか。顔色も酷い。何か、悪い夢でも見てたのか?」

「悪い夢……」


 そうだ、閃いた。あれは、実際の所、ただの悪い夢だったのではないか?


「……この部屋随分散らかってるな磯村。ちゃんと掃除をしろよ」


 もしかしたら自分の意識はしっかりしていたと思っていただけで、雲海と話している最中に眠ってしまったのではないか? 窓ガラスが割れたのだって、虫が湧いたのだって、そうだ、きっと夢で見た光景に違いない。


「ったく、何だこれ……?」


 だとしたら頷ける。あんな生理的に受け付けない光景が、自分の望む世界だなんて、そんな馬鹿な話が……


「うわ! 虫の羽か? 何だってこんなに一杯……」


 …………きっと寝ている間にゴキブリでも出たに違いない。違いない違いない違いない違いな……


「あー! 良く見たらお前! これ、窓ガラス! しかも内側から割れてるじゃねえか!」

「……そんな、馬鹿な……」

「馬鹿はお前だろうが! あーあー、こんなに粉々にしちまって……何で割ったんだよこれ」

「じ、神通力……?」

「はぁ!? 何を訳の分からん事を言っとるか!」

「で、でも本当なんです! 空峰雲海が、手を振りかざすとひとりでにガラスが」

「なんで空峰が出て来るんだ!」

「脅されたんですよ! 俺がアイツに『宇宙からの侵略者だ』って事実を突きつけただけなのに逆切れして! 謎の力でガラスを割って『次はお前をこうしてやる』なんて言い出して!」

「……どうやら、大分錯乱しているようだな。詳しくは聞かないでおいてやるから、今日の所はもう帰りなさい」


 花村の言う事にも一理あった。

 磯村は自身が興奮状態にある事を理解している。今のままでは正常な思考等出来ない。そして、一体空峰雲海が何者なのかを正確に把握しなければならない。それに固い床の上で眠っていたせいで、体の節々が悲鳴を上げている。体力の回復が必要だろう。

 つまり、今日の所は心を落ち着けてゆっくりと休み、明日空峰雲海を問い詰める。窓ガラスの件もあり、花村が味方についてくれるのであれば心強い。


「……わかりました。今日は、大人しくしています」

「今日と言わず、毎日大人しくしておけよ磯村。ただでさえお前はいつもいつも突拍子の無い事を」


 これ以上は聞き慣れた説教が続くと察した磯村はさっさと部屋を後にした。暗い廊下をかける背中に花村の声がかかったが、磯村は聞く耳を最早持たなかった。

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