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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第九話 クローン
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9−4 磯村の激昂

「話が違うじゃないか!」


 鼓膜を引き裂く為に放たれたのかと思う程の怒声が狭い新聞部部室にこだまする。

 机の上に折り重なる漫画雑誌と今日発行されたばかりの杵柄高校新聞の束に震える握り拳を叩き付けて叫んだ少年は、名を磯村晴彦と言った。フケの残るボサボサの頭を掻きむしり、野犬の様に牙を剥いて、目の前で済ました表情の男、新聞部部長の加瀬真之介に食ってかかる。牛乳瓶の底のように分厚いく重いレンズの眼鏡は、興奮のあまり鼻の辺りまでずり落ちていた。


「俺、ちゃんと言いましたよね!? この写真を渡す時に『人型ってのを強調して下さい』って!」


 磯村は新聞の一面、夜空に緑色の光が飛び立っている写真を指差して口角から飛沫を飛ばしながら怒鳴った。

 目と鼻の先に新聞を突きつけられた加瀬は眉一つ動かさぬまま、秒速五ミリメートルで顔を近づけてくる磯村の額を人差し指で強く押し戻す。磯村はそれを払いのけ、眉間の皺を更に深く刻みながら般若の表情を作る。


「それに俺の証言は!? 『光に包まれた浴衣姿の女の子が空に舞い上がった』んだって! もっと近いアングルでは撮れなかったけど……でもこの目でしっかり見たんだ! しかも調べはついてる! この写真に写ってんのは、五月の末にこの高校に転入してきた一年五組の香田薫だ!」


 磯村が懐から取り出した写真には、楽しそうにクラスメイトと談笑している小柄なポニーテールの少女の姿が納められていた。本人の了承を得て撮られたものではないのだろう、アングルはかなり引き気味だ。加瀬は眉一つ動かさずにそれを手に取った。


「君、盗撮とは良い趣味をしているじゃあないか。こういうのはね、君、良くないなぁ」

「兎に角聞いて下さい! コイツは山田村の出身! 山田村と言えば、二ヶ月前に超大型のU.F.O.が目撃された今日本で最も熱いパワースポットじゃないですか!?」

「まぁ、知らないけどね、うん」


 磯村の興奮に対して加瀬は冷め切っているが、しかし磯村は強引に話を続ける。


「更にですよ! 十二年前の199X年の五月にも山田村でU.F.O.が目撃されてるんです! しかも! 調べてみたら、まるでそれに合わせるかのようにその当時行方不明になった女の子がいたんです! 誰だと思いますか!?」

「知らないねぇ、うん」

「他ならぬ香田薫ですよ! それぐらい察して下さいよもう、加瀬さんは鈍いなぁ! いいですか加瀬さん、僕の見解はこうです! 彼女は宇宙人に誘拐され改造手術を受けた結果、現在は宇宙人の手先としてこの地球を侵略する計画の尖兵として活動しているんですよ! この間開催された肝試しでも、彼女は主催者側だった。きっと集団催眠を仕掛け、参加者達全員を自分と同じく地球侵略計画の兵隊にするつもりだったに違いない! 実際肝試しの最中にも、この写真に移ったように空中を浮遊する能力の他にも発火能力を使ったんですよ! かなり危険な存在なんです! だから一刻も早くこの事実を世間に知らしめて、彼女を捕縛し地球を救わねばならないんです!」


 調子づいてきた磯村の言葉を遮るようにして、加瀬はゆっくりと手を伸ばしてその巨大な掌で頭を掴んだ。

 そして躊躇無く、全力でアイアンクローをかます。万力のような握力でこめかみを押し潰されていく磯村は、痛みに悲鳴を上げながら加瀬の腕をタップした。


「いたいいたいいたい!」

「そりゃあ君、痛くなければ意味がないからねぇ」

「ごめんなさいごめんなさいマジ調子乗りました謝りますすんませんっしたー!」


 泣きべそをかく磯村を憐れんだのか、加瀬は溜め息と共に手を離してやった。そして立ち上がり、その場で崩れ落ちる磯村を見下ろす。

 まるで巨人の様に立ちはだかる加瀬から、磯村は背筋を冷たくさせる何かを感じた。


「で、君は一体何をしにここに来たんだい? この香田薫さんをストーキングし、監禁するつもりだったと自首しにきたのなら、ここじゃなくて警察に行くといいと思うんだがねぇ」

「ストーキングなんてしてません! ここに言いに来たのは、この記事の文句だ! 彗星ってのを訂正してください! こっちの条件をちゃんと汲むのなら写真を提供するって話だったじゃねえか! 契約違反っすよ加瀬さん!」


 詰め寄って来る磯村の額に向けて掌を伸ばすと、磯村はそれだけで三歩も後ずさる。その滑稽な様を見てさえも、加瀬は未だに仏頂面を崩しはしない。


「磯村……だっけ、君」


 所作と同じく鈍く優しい色の声で、しかし加瀬は威圧的に磯村を見下ろしている。


「……ご存知の筈ですが」

「あぁ、ごめんな。忘れっぽいんだ……あと、覚えも苦手でね……うん」

「忘れたってんですか!」

「いや、約束事はしっかり覚えているんだ、いつもメモを取るようにしている。こう見えて僕はね、君、義理堅い方だよ。だから、約束を破るなんてそんな酷い事はしないんだ……」


 加瀬は制服のポケットから、『大事』と書かれた古びたポケットノートを取り出して見せ、一枚一枚ページを丁寧に捲っていく。そののんびりした所作は、まるで動物園のパンダみたいにぐうたらとしており、一層磯村を苛つかせた。

 そして、やがて磯村との約束を記したページを発見した加瀬は磯村にそれを見せつけた。


「うん、約束はしたよ。この写真を載せるって事と、君の話を取材するって事」

「だったら……」

「写真は載せただろう。そして、君の話も取材させてもらった。ええと……うん、内容は覚えていないが……取材はしたね、九月の上旬に。約束はね、ほら。果たしているじゃないか」


 加瀬は話は終わったとばかりに微笑みながら、手で磯村を追い払おうとしている。磯村は未だに、加瀬が何を言っているのかわからないようで、間抜けな顔のまま硬直していた。


「は……? いや、それじゃ条件を呑んだとは」

「約束は二つだったよ、君。写真は載せた、取材はした。でもね、取材をしたとて、それを馬鹿正直に載せるんだったらね、君。編集者なんてものは必要ないんだ。少なくとも君の話はねぇ、僕は信じられなかった訳だ。ユウホゥだかホウホケキョウだかは知らないがねぇ、そんな胡散臭い記事を新聞に載せたらこれは問題じゃぁないのかい。嘘を載せるのは、ジャーナリストとしちゃぁ失格なのさ。……ま、だからねぇ、君。良く聞きたまえよ、要するに君の話はボツなんだ」


 加瀬はのらりくらりとした平坦な口調で、ただただ淡々と告げた。磯村が嬉々として提供した人型発光体空中浮遊の写真は、ただの彗星として処理された事になる。磯村はさっき千切れたばかりの堪忍袋の緒を、今度は粉微塵に砕かんばかりに激昂した。


「ふっざけんな! 人の事嘘つき扱いするなんて信じられない! 言論の統制だ! あんたみたいな薄汚いゴロツキが腐り切ったマスコミを助長させているんだ!  これは陰謀だ! 日本政府がアメリカからの命令でコズミックビーイングに関する情報の弾圧を行なっているってのは事実だったんだ! マズい、マズいかもしれない! 俺、知ってしまった! 空に飛び立った彼女はきっと、未だ秘密裏に活動を続けているスターゲイト計画の被験者なんだ! アメリカは超能力者の開発に成功している! しかもわざわざ日系人を選別している……あぁ! やはりアメリカは水面下でじわじわと日本政府へ侵略を開始している! やがてその毒牙は中国、ロシアへと広がってゆくゆくはEU諸国までも……もう世界はおしまいだあぁ!」


 もはやヒステリーと揶揄されてもおかしくない程に喚く磯村を、加瀬は未だに無表情で見下ろしている。

 しかし顔には出ないだけで、首を少し俯けて後頭部を掻く彼は内心では少々困っているようであった。


「あのねぇ、君。残念だけど、今ので確信したよ。君の話をボツにして正解だった」


 加瀬は溜め息を零しながら、今だに訳の分からない事を喚き散らす磯村の首根っこを掴んで、そのまま部室から文字通り放り出した。数秒の間を置いてようやく我に返った磯村は、目の前で締められる部室の扉を眺めて呆然とし、悔しさに歯噛みした。

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