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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第九話 クローン
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9−3 初秋の放課後

 抜け切らぬ残暑にいい加減額の汗を拭くのに飽きつつも、時折吹く枯れた涼しい風が心地よい。刺すような日差しも今では随分柔らかくなり、夜が来るのも早くなった。蝉の鳴き声はいつの間にか鈴虫に取って代わっていた。

 九月も、既に下旬に差し掛かっている。

 二学期最初の学校新聞は色んな意味で物議を醸し出すだろうと、新聞部所属の友人である相川が俯き加減で不穏な予言を残していた理由が、雲海にはようやくわかった。今日発行された杵柄高校新聞の一面には、カラーで刷られた夜空と、その中央に写る緑色の光の塊の写真が掲載されている。

 尾を引いて空を駆け抜けていくその光は、流れ星と言い切るには少々近過ぎた。


「『憂山上空を飛来する蛍色の彗星、北の空に消える』……か」


 見出しを口にしつつ、放課後の教室で相川から受け取った新聞を広げていた雲海と薫は顔を見合わせた。写真の撮影日は八月二十八日の午後九時過ぎ。激動の肝試し大会当日の事である。

 夜恵が死んだと思ったら生き返ったり、天心が酒に酔ったり、薫が超能力を酷使し過ぎて倒れたり、雲海が血塗れで死にかけたり小森にキスされたり、大変濃密な一日だった。

 そんな肝試しの会場は憂山。そして、空を駆ける緑色の光。肝試し中に生じた不慮の事態に、薫は自らの念動力で憂山上空の空を駆けた。超能力を発揮する度に発せられる燐光を伴いながら。


「……香田さん」

「うわあぁ、すごぉい。これがU.F.O.って奴なのかなぁ? 私、初めて見たよぉ」


 ぎこちない笑みを雲海に向ける薫。そもそも薫はU.F.O.を生涯で既に二つ、目撃している。


「君だよなぁ、コレ」


 写真の緑色の彗星を指差しつつ薫の眼前に新聞を突き出す雲海の顔は険しい。薫は肝試し当日、利休によってコースを外れてしまった友人の相川と神部を救う為に、念動力で自分の身体を浮かし、空を飛んで救出に向かった。その後、未知の怪物と交戦した雲海と小森を迎えに、これまた同じ方法で駆けつけている。

 この写真を撮影するチャンスは二回もあったのだ。

 全てが無事に終わった今だからこそ、誰かに目撃される懸念をしていなかった浅はかさを後悔する。


「さぁ? ホタル、とかじゃない?」

「こんなに馬鹿でけぇホタルがいてたまるかってんだぃ」

「……仕方ないじゃん。あの時はこうするしかなかったよ!」

「もう少し低く飛べよ……」

どこのしょ(だれ)のお陰で死なねで済んだと思ってんだてぇ!」

「それ言うのは反則だろ」


 呆れ顔の雲海だが、薫は一つ咳払いを零し、反論を絞り出す。


「逆に考えるんのよ、クーちゃん。低く飛び過ぎたら私の姿がバッチリ見えちゃうじゃん? 敢えて高度を上げたのさ。そうすれば、ほら、写真に写ってるみたいにただの彗星に見えるよ」

「うっすらと姿も見えてるぞ。大体、彗星の尾が下……地面の方に向いているじゃないか。記事じゃ触れてないがね、どっからどう見てもこれ、地面から飛び立ってる」


 新聞の下方にある二枚目の写真を指差す雲海。薫が森の中から飛び出してきた瞬間を的確に捉えている。尾を森側に引いている様を空から飛来する彗星と言い切れるものなのだろうか。

 しかも良く視ると、雲海も薫も事実を知っているからだろうか、何となく人型をしているように見えなくもない。


「まぁ、ほら。『凝った』肝試しだったんだし、これもこういう演出の一貫だった……って事で一つ、どうかな」


 薫の言葉に雲海は言いくるめられてしまったようで、静かな唸りを返すだけだった。

 数多の妖怪を従えていた木鉤夜恵の協力もあって、肝試しのコースは本物の妖怪が跳梁跋扈する魔窟と化していたのだ。妖怪達の飼い主である夜恵が『一度死んだ』せいで妖怪が制御を失い、事態の収拾は非常に手間であったが。しかし肝試し中は本物の人魂が森を徘徊し、本物の鬼が子供を追いかけ回し、本物の河童が女の子にセクハラしたりしていたのだ。これら全ては、表向きは『天才造形師木鉤夜恵による良く出来た贋作』と言う事になっている。

 この謎の発光体も、雰囲気作りの一貫として用意していたアトラクションの一つと言い切ってしまえば、後はどんな追求が来ても真実は闇の中に葬られる。


「しっかし、こんな写真一体どこの輩が撮りやがったんだ?」

「『撮影者:磯村晴彦』って書いてあるね。ほら、編集者欄のトコ。この距離からの撮影ってことは、参加者の中に居たのかな?」

「さてね。全員の名前なんて把握してないぜ。飛び入り参加って可能性もあるしな」


 新聞を折り畳んで鞄に無造作に突っ込んだ雲海は、伸びをしながら立ち上がって、顎が外れんばかりの大欠伸をした。なんとも間抜けな表情で首を回すと、関節が鳴る音が痛々しく薫の耳にまで届く。


「凝ってるねぇ」

「最近忙しいんだよ。夏休みの宿題に手をつけなかったペナルティをようやく片付けたと思ったら、今度は神様探しに駆り出されてる」

「大丈夫なの? 術、使えないんでしょ?」

「使う必要もねえさ」


 鞄を肩に引っ掛けながら、雲海は薫に振り返る。


「追っているのは善狐……お稲荷様だ。隣町の神社に住み着いていたんだが、最近になってこの町に迷い込んできたらしい」

「理由を聞いても?」

「こっちが聞きたいね。まぁ何、君の心配しているような事は起こらんよ。穏やかな性分の善狐なんだとさ。穏やかを通り越して、これまで自発的に外に出た事はなかった生粋の引き蘢りらしい。神無月になっても出雲に出向に行かない困った狐様だったそうだ。頼み込んできた神社の神主さんも、ニコニコしながら『これで来月は安心だ』と言ってた。ったく、呑気なもんだよな」

「でも、そんな事やってて本当に大丈夫なの? あの妖怪がまだ町に……」

「あぁ……」


 実際今、町は危険で溢れている。肝試しの最中に発見された謎の妖怪は未だに妖山市のどこかに潜んでいるらしいし、雲海は一度その妖怪に襲われている。今の雲海は術を使う度に、大量出血と言う形で体に大きな負担を強いるため、迂闊な反撃も出来ない。


「大丈夫だよ。兵法三十六計、逃げるに如かず」

「……」


 不安そうに眉尻を下げる薫を如何にして安心させれば良いのだろうか、雲海には今そのような手段を持ち合わせていない。


「……私も暇だし、手伝おっか?」

「おいおい、人ん家の仕事を取り上げないでくれ」


 薫の本気のトーンに雲海は苦笑いしながら「また明日」と言い残して、また一つ欠伸をしながら、早足に教室を去っていった。

 残された薫は教室内を見回した。放課後になって教室に残っているのは精々あと数名。あまり薫と関わりのない女子の一団が談笑に耽っていた。神部は生徒会の仕事ではやくも十月の体育祭の準備に追われており、相川は新聞部、小森は他の学校の友人達と遊ぶ約束をしていたそうだ。

 小森には特に、雲海との事を聞きたかったのだが、それを尋ねると小森ははぐらかしてしまうので、下手な追求も出来ない状態だった。

 他に大して仲の良いクラスメイトも居ないので、早々に帰る事にする。

 薫は、もう一度新聞を読み返した。夜空に浮かぶ薫の緑光の色合いは、彼女が肝試しの開始時に参加者に配った緑の炎と同じである。はたして、それを関連づける輩が現れたりして薫に詳細を問いつめる者が居たりするのだろうか。

 もっとも、それも全て含めて演出と言い逃れれ続ければ、そのうち相手も諦めてくれるだろうとは思うが。それに一番肝心な部分、薫が飛び立つその瞬間を目撃していた人物が居る訳ではないようである。新聞記事を見ても、突如高校生が光に包まれて空に舞い上がった等と言う突拍子もない文章はない。

 と、言うか……有ったとして、そんな記事を信じる人間が居るとは到底思えない。実際今回の新聞は、一面をムー的な怪しさ大爆発の記事で飾ったためか、いつもだったら発行日にはそれなりに読み込むし話題にだってなるのに、今日は新聞をそのまま鞄あるいは机の中に直行させる生徒が続出した。

 そして近い将来、読まれる事もなくゴミ箱に押し込まれる運命を思うと、新聞部の相川が不憫でならない。


「……なんでこんな記事にしたんだか」


 今後の新聞部は一体ドコに向かっていくつもりなのか。

 そんな他人事の懸念を抱きつつ、雲海から移った欠伸を噛み殺しつつ、薫は鞄を手に取って足早に家路に着く。

 今朝、家を出てくる時に叔母から今日発売の料理雑誌である『おふくろ手帖』を買ってくれるように言づてを承っていたのだ。様々な家庭料理を紹介するのではなく、いかにローコストかつ楽なレシピで良い物を作るかを追求している雑誌らしく、叔母さん曰く「玄人主婦のバイブル」なのだそうだ。

 そんな大層な雑誌の割にマイナーである点は否定出来ないようで、妖山市では少し遠出して駅前の大型書店まで行かないと置いていないのだとか。

 面倒ではあるのだが、親戚の家とは言えど居候の身である薫は叔母孝行をすべく、既に遠隔透視で書店の位置の検索を開始していた。

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