9−1 悪魔の影
20XX/09/03──妖山市、某ビジネスホテルの一室の会話録。某機関の盗聴器による。
「ハナコ。Kシリーズのテスト状況の報告が随分と遅れているようだが」
「コスト最優先の粗悪品のテストなんて、やる前から知れたもんだよ」
「随分な物言いじゃないか。思考形態のプログラミングから細胞のクローニングまで、全部君が引き受けたんだろ? 手塩にかけて育てた、娘のようなもんだ」
「娘だなんて止してくれ。まだ嫁入り前の生娘を捕まえて」
「……冗談を言っている場合じゃないのは、君も知っているだろう?」
「おっと? 拳銃とは穏やかじゃない」
「俺も忙しい身でね。急かされているのさ」
「そんなもので私が死なないよ。だから安心してくれ」
「……そうしてもらえると助かるよ。それで、テスト延期の理由は?」
「貴方も知ってるだろ、例の『肝試し』」
「あの原住民共の乱痴気騒ぎかな。『+α』の試運転もあったそうだな。……結果は散々だったようだが」
「そうでもない。おかげで『恐怖』のインプットが完了した。戦略兵器としての性能は向上したと見ていいだろうさ」
「……ふむ、君がそう言うのならばそうなのだろう。話が逸れてしまったな、で、延期の理由だが」
「肝試し以来、最近やたらと元気に鼻を利かせているワンコがちらほらと……」
「……テストの内容は『狐狩り』だったな」
「上の自業自得なんだ。反省しながらのんびり待ってろ」
「ここじゃなくても出来るだろう。君は随分とこの地に拘っているようだが」
「……プロトタイプの回収計画をそろそろ動かしたい」
「おい、いくらなんでも早過ぎるだろう? 予定では後二年は必要だった筈だ」
「もう十分だ。これ以上変な知恵を付けられても困る。それに、ワンコ共が事の外目障りだ」
「本隊が必要かね? なんなら、その……チワワ狩りに本腰を入れるが」
「聞いてみたら? 多分答えはNOだろう」
「何故だ?」
「居なくなったらそれはそれで困る。アレはそう言うシステムなんだ」
「君がそう言うならそうなんだろうな。……ところで、プロトタイプの調子はどうなんだ?」
「すこぶる順調。最近はもう、眼も当てられないくらい元気で」
「全く……君はアレに甘いな、流石は君の」
「おっと、失礼。拳銃を拝借しますよ」
「おいおい、止めてくれよ……って、あ、あれ?」
「ほうほう、使い込んでいる割には傷も少ない。手入れも行き届いている。まさしく愛銃ですな」
「……返してくれよ。と言うか、いつの間に盗ったんだ? こちとらソイツをずっと握っていたってぇのに」
「強いて言うなら手品。もっと言えば科学、かな」
「ははは、こいつは参った。せめて冥土の土産に教えてくれよ、俺の何が気に入らなかったってんだ?」
「いや、貴方ではなく。どうもさっきからネズミがうるさくてね」
「……鼻の良いネズミもいたもんだ。俺の色気が強過ぎたかな? それとも君か?」
「どっちにしろ……害獣は見つけ次第駆除するようにしてるのよね。こんな風に」
直後発砲音二発が録音されており、音声記録はそこで途絶えている。このテープを持ち込んだ某氏は後日、消息を絶っている。
当局はこの記録を最高機密として取り扱い──