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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第八話 肝試し
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8−10 急ごしらえの救助隊

「では、よろしく頼む、香田くん」

「はい……じゃ、行きます」


 法衣姿に錫杖を手にした雲海の父、岩武は、薫に瞬間移動させられる直前まで険しい顔をしていた。

 天心はまだ逃走中で、肩以降怪我をしていないが、一刻も早く駆けつけたい父心なのだろう。緑の光に包まれた岩武がその場から消え去って、居間には薫が一人だけ残される。

 やはり熟練者なのか、妖怪が自分の息子を襲っていると言う知らせを受けても、彼は慌てふためく事などなく、冷静だった。

 雲海は今、待機していた肝試し参加者達を寺の本堂に誘導して、お茶と茶菓子を振る舞って、肝試し大会中止の説明をしている頃だ。


「……さて」


 岩武は転送される前に、薫にも一つ指示を出していた。それは『夜恵の行方を探れ』というものである。

 現在肝試しコース内に潜む妖怪達は、そのほぼ全てが夜恵が体内に飼っていた妖怪である。天心が妖怪に襲われているのは、単に夜恵の管理不行き届きに問題があるのか、或いは夜恵が何らかの原因で飼い馴らした筈の妖怪のコントロールを失ったか。

 いずれにせよ、最重要人物である彼女と連絡が取れないのはマズい。一刻も早く連絡を取り、現状の確認をしなければならない。

 そう思って能力を起動させるのだが……夜恵の顔が思い浮かばない。今日はやはり調子が悪いのだろうか。


「うーん……?」


 出来ない。試しに雲海の顔を思い浮かべてみると、肩を落とし、落ち込んだ様子で家の方にやってくるのが見える。能力そのものは、正常に機能している。


「香田さん、ただいま」


 雲海のやつれた顔が居間を覗く。声には先程以上に覇気が無い。


「おかえり。……みんな、どうだった?」

「『アクシデント』の一点張りで説得するのは骨が折れたよ……」

「みんな、帰る手段はあるの?」

「今はダメだ」


 雲海の表情は険しい。切迫した状況だと言うのは薫も知っていたが、もしかしたら事は思っているよりも大きいのかも知れない。


「妖怪は神出鬼没を常とする。今の状況じゃ帰り道の方が危険だ。暴れ出した妖怪はあの鬼だけとは限らない」

「……じゃ、どうするのよ」

「寺の本堂の中は安全だ。あそこには結界を張ってある。問題が解決するまでは、一先ずそこに居てもらうしかない」

「破って入ってくる、なんてのは?」

「そんな奴が居たら参加者全員、それどころか僕も君も父さんも全滅だ」


 さらりと恐ろしい事を言う。いや、むしろ頼もしい言動と言うべきなのだろうか。少し疲れた笑顔を貼付けた雲海の顔を見るに、恐らく後者のつもりで言ったのだろう。薫は胸を撫で下ろす。


「……ねぇ、クーちゃん。夜恵さんなんだけど」


 見つからなかった。そう告げると、雲海の顔は苦悩に歪む。


「訳が分からないぞ……君の能力で見つけられないってのは」

「範囲外に居る……かも」

「それはちがう」


 額を突つき合わせて悩む二人の間に、甲高い幼声が割って入る。二人は驚愕し、声のする方に同時に顔を向けた。そして無様に開いた口を更に大きく開く事になる。


「ここにいる」


 いつの間に侵入してきたのかは分からないが、居間の中心に、おかっぱ頭の五歳くらいの真っ裸の少女が正座していた。雲海も薫もどう反応していいのか分からない。

 しかし、こんな所に。裸の。幼い女の子が。普通、居る訳が無いではないか。

 薫は両手をかざし、緑に光る険しい瞳を少女に向ける。雲海も同様に、苦しそうな顔ではあるが、震える右手に霊符を握りしめて、少女を威嚇した。


「……誰なの、あなた?」

「妖怪……? だが、しかし……」

「安心して、二人とも。半分くらいは妖怪だけど、もう半分くらいは人間」


 聞き覚えのあるフレーズだ、と雲海が気がつくが早いか、少女は丸々とした黒目の大きい瞳を不気味に回してみせた。そんな特徴的な芸を見せる知り合いは、一人しか思い当たらない。


「……夜恵さん、か?」

「ピンポーン、雲海君」


 楽しそうに微笑むその少女は、しかし夜恵とは似ても似つかない。夜恵は雲海よりも年上だし、もっとか細くて聞き取り辛い喋り方をする。少女は利発そうで、朗らかな微笑みで顔を彩っている。たとえ夜恵が幼かったとしても、同一人物には思えないのだ。


「ジロジロ見ないで、えっち」


 そう言ってのける少女は、にやにやと嫌らしく笑いながら雲海を指差した。

 この幼い少女が実は二十歳そこそこのいい歳の女だと思うと、急にその裸を見るのが恥ずかしい事の様に思えて、雲海はいたたまれずに目を背けた。視線の先に居た薫は、雲海を冷めた目で見つめている。誤解されているとしか思えなかった。


「……夜恵さん、なんでこんなカッコになっちゃったの?」


 薫の質問を待ってましたとばかりに手を叩く少女。


「さっき死んじゃった」


 ついさっき雨に降られちゃったの、とでも言っているかの様な気軽な声で、少女はそう言った。


「は?」

「死ん……へ?」

「死んだよ。死んじゃった」


 少女は口を尖らせて、悲しそうと言うよりはつまらなそうにそう言い放つ。退屈そうに、首を左右に振ると、関節の鳴る軽快な音が響いた。


「飼い馴らしてた妖怪の大半を放出してたのがマズかった。不死身の夜恵姉さんも、妖怪を吐き出し切っちゃえばタダの人間と変わらない。そして、その隙を狙われた」

「……それで、死んだ、と」

「そう。一度死んで、ついさっき生まれ変わったばかり」

「だから見つけられなかったのか……」


 薫は捜索する人間の顔を思い浮かべてからその居場所を割り出そうとしていた。顔も変わっている夜恵の探索が出来ないのは当然であった。


「便利なもんよね、妖怪って。例え死んじゃっても肉体と霊魂を切り離して、他に依り代さえ見つけられれば簡単に転生できる」


 邪悪に笑い声を上げる夜恵。一片の深刻ささえ感じ取れないその様に、雲海は眉が引く付くのを感じた。


「……その、依り代ってのは?」

「念のため、スケープゴートは前々から用意していた。この体は、随分昔に捕まえた座敷童ちゃんのもの。案外馴染むから、このまま使わせてもらう」

「その座敷童は……」


 その座敷童は、ただスケープゴートにされるためだけに、アンタに捕まえられていたのか。

 雲海は口から飛び出そうになったその言葉を無理矢理飲み込んだ。

 尋ねれば、恐らく夜恵は首を縦に振る。きっと捕まえた経緯を嬉々として語るだろう。座敷童は総じて大人しい妖怪だ。人間がみだりに刺激しない限り、暴れ出す事はない。

 ならば夜恵は、能動的に妖怪を襲い、自分の身代わりに使っている事になる。

 雲海は、そんな話を聞いて自分を抑え切れる自信がなかった。

 陰陽師は、妖怪から人間を守る。だが、妖怪を殺害する存在ではない。自然現象の一部である妖怪を、矯正する存在なのだと雲海は信じていた。故に、己の為に妖怪の力を利用する夜恵は……妖怪に仇を成す者として退治しなければならなくなる。

 今聞くべき事は、それではない。

 それに目を背け優先すべき事が山積みなのだ。妖怪だらけの危険な憂山には、まだ肝試しに参加中の若者が多数居る。


「……兎に角、現状が知りたい。夜恵さん、アンタの妖怪がウチの弟を襲っていたんだが?」

「それについては……本当にごめんなさい」


 意外にも、夜恵は素直に頭を下げた。


「今言った通り、私は一度死んでしまった。私が私の体内で飼っていた妖怪達は、私の肉体によって自由意志を封印されていたの。いわば、妖怪達がワンちゃんだとしたら、私の体は犬小屋と鎖みたいなもの。鎖が一度壊れてしまった以上、放たれた妖怪達は自我を取り戻し、人間を襲い始める……」

「どうしてそんな事に……と言うか……夜恵さん。隙を狙われたって……一体、何にだ?」


 木鉤夜恵は、聞く者が聞けば震え上がる程、妖怪達の間でも噂になる強者である。体内に潜ませた妖怪を放出し切った、木鉤夜恵個人の能力とて、決して低い物ではない筈である。それを容易くくびり殺すとは、一体何者なのか。


「妖怪だったようだけど……」


腕を組んで首を傾げる夜恵。


「全然見覚えのない妖怪だった」

「……古参の夜恵さんでも?」

「古参と言わないで。……でも、本当に、初めて見る妖怪だった。黒くて大きい泥団子みたいな奴で……沢山足の生えてる……」

「沢山、足の……」


 黒くて大きな泥団子。沢山足の生えた妖怪。

 薫はつい先日、そんな妖怪を見た。いや、直接見た訳じゃない。

 それは、くだんの夢の中で。その妖怪は、冬の雪降る季節に。雲海を追いかけ、そして追いつかれた雲海は……。

 薫の脳内に、雪原に浮かぶ灰の山がフラッシュバックした。


「その妖怪は!」


 気がついた時、薫は夜恵の細い肩を掴んでいた。手に握力が篭る。薫は、見るからに平常ではなかった。


「その妖怪は、今何処にいるんですか! まだこの山の中にいるんですか!?」

「ちょっと? 薫ちゃん、落ち着いて」

「落ち着けって!? そんな場合じゃないよ! 早くその妖怪をぶっ飛ばさなきゃ」

「お、おいおい香田さん、そんなに取り乱してどうしたんだよ……」


 後ろから少々強めに肩を引いた雲海。その場で尻餅をついた薫は、不思議そうに覗き込む雲海を見上げた。薫の目には何故か涙が浮いている。雲海は本当に訳が分からず困惑に頭を掻いた。


「ま、良くは分からんけど……とりあえず、深呼吸……な? あ、喉乾いてる? 麦茶でも持って来ようか?」

「……要らない」

「ん……そっか」


 もう少し気の効いた事が言えないのか、と雲海は勿論、傍目で見ていた夜恵も同様に思う。やがて雲海が薫の視線に耐えかねたのか、夜恵の方に向き直った。


「とにかく、まずはその危なっかしい妖怪を追っ払わないと……」

「ダメっ!」


 叫ぶ薫は体の向きを変えて、雲海の両手を強く握りしめた。突然過ぎて雲海は全く訳が分からないのだが、薫の力は頑なであった。両手が震えを伴っている。理由は分からないが、薫の必死さだけは伝わってくる。


「御願いだから……それは、ダメ……」

「えーっと……あー……その……えぇー……夜恵さん、分かる? 香田さんの……言ってる事」

「半分くらい。実際あの妖怪は強い、雲海君。見習いの君じゃ、逆立ちしたって敵いっこない。犬死にが嫌なら、彼女の言われた通りにして」

「……むぅ」

「今最優先で考えなきゃいけないのは、その妖怪の退治じゃない」


 夜恵の言う通りである。

 天心は、実際に妖怪に襲われているのだ。彼の尋常ならざる身体能力のお陰でなんとか難を逃れたが、これが一般人だったら。夜恵を殺害した危険な妖怪と、もしも出くわしてしまったら。

 背筋が凍り付く。

 もう、猶予はあまり残されていない。雲海のポケットの携帯電話が震える。父の岩武からだった。


「……もしもし、父さん?」

「雲海か? 天心は無事、助けた。それから……近くにおった六人連れの兄弟達も一緒におる。彼らは天心に任せて、儂はこのまま他の参加者の救助に向かう」

「あ、ありがとうございます!」

「……言っておくが、全部終わったら説教だ。覚悟しておくがいい」


 てっきり雷警報は解除されたと思っていたのに。雲海は急激に憂鬱になる自分を感じた。


「う……わ、わかってます……」

「……木鉤の娘は見つかったか?」

「はい。無事……ではありませんでしたが、動ける状態です」

「ならば早く、木鉤にも加勢させんか。手が足りぬわい」

「じゃ、じゃぁやっぱり僕も……」


 雲海は控えめに提案したつもりだったのだが、受話器の向こう側の気配が変わった事に焦りを覚える。息を吸い込む音が聞こえる程なのだ。これは雷が落ちる。


「だから、ならんと言っただろうが! お前はそこで大人しくしとれ、この大うつけ者め! それより早く木鉤の阿呆を寄越せぃ! 奴にも説教をくれてやらねば気が済まんわっ!」


 電話口から鼓膜が破れんばかりの怒号を喰らった雲海は、せめてもの抵抗としてそのまま電話を切った。


「……夜恵さん」

「岩武の説教は長くて嫌なんだけど……元々は私の油断が招いた事態。諦める」

「行けるかい? 本調子じゃない事は百も承知だけど」

「あまり舐めないで。真面目に術を使うのは久しぶりだけど、修行をサボってた訳じゃない」


 立ち上がった夜恵の髪の毛が瞬く間に伸びていき、全身に巻き付いたかと思うと、そのまま彼女の衣服へと変貌を遂げていく。いつも彼女が着ている黒い付け下げ姿も、五歳くらいの女の子が身に着けいてると違和感しか生まない。首を回して、おぞましい音を立てながら指を鳴らす彼女は、味方だと考えると非常に頼もしい限りだ。

 一方の自分は、術も使えずに大人しくせざるをえない凡人。本当ならばここで真っ先に動き始めていた筈なのに。雲海は静かに歯軋りをした。


「ごめんな。……僕も行かなきゃならないんだろうけど」

「……込み入った事情なら、後で聞く。今は岩武に従った方が利口。今の貴方は、危険」


 知ったような口の利き方に、雲海は違和感を覚えた。


「夜恵さん……」

「安心して。みんな、無事に助けるから」


 夜恵の顔に浮かぶ頼もしい微笑みに、雲海は安堵の溜め息を吐き出した。きっと、本当に、なんとかしてくれるだろう。夜恵個人の事はあまり好かないが、彼女の実力は確かなのだから。


「さて、じゃクーちゃん、行ってくるよ!」


 弾かれるようにして勢いよく立ち上がった薫は、大きく息を吐いて気合いを込めた。その様を、雲海と夜恵は冷めた視線で眺めている。薫はそれが不服なのか、小さく頬を膨らませた。


「……なによぅ」

「いや、君もここで待機してて欲しいんだが……」

「なんで……? 私も一緒に」

「君の力じゃ、妖怪を調伏するのは無理だろ。それよりも、遠隔透視を頼む。まだ四組の参加者が残っているんだ」


 雲海の最もな言葉に、返す言葉が見つからない。

 渋々、薫は遠隔透視で肝試しのコース内を辿りはじめる。

 一組目の四人兄弟、現在、人魂に取り囲まれて身動きが取れないでいるが、間もなく岩武が到着する。

 二組目の女二人組……相川と神部は、コースを大きく外れ、現在山の中を遭難中。

 三組目の男女カップル、巨大な入道に追いかけ回されている。

 四組目の六人兄弟、現在天心とともに肝試しコースを逆走中。

 相川達も気にはなるが、今まさに危機に瀕している組の救出が先決だろう。


「男女カップル、これが一番ヤバイよ! 夜恵さん、急いで御願い!」

「了解……よろしく」


 夜恵の小さな体が、緑色の光に包まれて、その場に突風を残しながら消滅する。無事見送った薫は、呼吸を一つ整えて、額に浮かぶ汗を浴衣の袖で拭った。少し頭が重くなってきた。超能力の酷使は、自分が思っている以上に体力を奪っているらしい。

 己の頬を軽く叩いて、薫は気合いを入れ直す。


「……大丈夫かい、香田さん」

「ん……平気平気、こんくらい。それよりクーちゃん、真見ちゃん達に連絡出来ない?」


 雲海の顔が、更に懸念の色に曇り始めた。

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