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怪奇!知らない世界の人々  作者: ずび
第八話 肝試し
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8−9 雲海の恐怖

「ん……」


 今頃肝試しの運営にテンテコマイな雲海を放ったらかしにして、空峰家の縁側で少し休憩していた薫は違和感を覚えた。先程天心を瞬間移動させる際に、相川達を観察していた遠隔透視を一度切ってしまってから、ものの数分。

 恐らくはこの辺りにいるであろうと見当をつけた場所に、彼女らが居ない。ならば何処にいるのだろうと早速検索をかける。発見は容易だった、元々薫の遠隔透視は『目的物』から位置を割り出すものなのだから。

 だが、肝心の相川達が居る位置は、肝試しコースからおよそ二キロも西にズレた、憂山の中腹付近である。しかも相川も神部も、今自分達の歩いている道に大した違和感も抱いていないのか、二人で何かしらの言葉を交わしながら迷いなく山道を進んでいく。

 何かの間違いかと遠隔透視の視点をズラしてみたり、調子の悪いPCに対して処置するかの様に能力の再起動を行なってみても、写らなくなったTVにやるように頭をコンコンと叩いてみても、映し出す視点は変わらない。

 どうやらあの二人は本当に、おかしな所を歩いてしまっているようだ。

 携帯で呼び止めようか、いやしかしそれでは何処から見ていたんだと言及されて、超能力についての弁明をしなければならない。とは言えこのまま放っておいてどんどん見知らぬ山道に進まれても、それはそれで更に困る。いずれにしろ雲海には知らせておくべきだろう。そう思って立ち上がろうとすると、庭の向こう側、肝試し会場の方から、雲海が慌てた様子で駆けてくるのが見えた。


「香田さん!」


 息を切らせる雲海。汗まみれの手に携帯を握っている。呼吸を二、三度の深呼吸で整えた後、額の汗を甚平の袖で軽く拭う。


「夜恵さんの遠隔透視を頼めないか?」

「へ? なんで?」

「電話が切れた、前触れもなしにだ。何度かけ直しても出やしねぇ……。このままじゃまずいぜ。後まだ十組も残っているんだ」

「それもそうだけど……それよりクーちゃん、真見ちゃん達が」


 薫が言いかけた所で、雲海の手の中の携帯電話がなり始める。夜恵かと表示名を見るが、生憎にも天心と表示されている。雲海は露骨に肩を落とした後、一つ溜め息をついてから電話に出る。


「どうした、天心。救出完了の連絡はもう貰ったぞ、早く帰って来てくれ」

「……に……ちゃん……しもし……に…………ん!」


 途切れ途切れに、幽かに天心の声が聞こえてくる。ノイズが酷くて何を言っているのかはまるで分からない。


「もしもし、繋がってるぞ、もしもし?」

「大……まいた……が…………れ……や……逃げ……!」

「もしもし、もしもしー? ……全っ然聞こえないな、電波の調子悪いのか? ……もしもしー?」


 元々山奥であるせいか、電波が悪いことに違和感はない。しかし夜恵との連絡は普通に取れていたのだ。

 実際に、画面に表示される電波状況は非常に良好だ。全てのアンテナが立って見える。唸る雲海は薫を一瞥した。視線で何かを訴えかける雲海の意図を汲み取り、薫はすぐさま天心を対象に遠隔透視を開始する。

 瞼の裏に浮かんだのは、青ざめた表情の天心だった。

 視点を引いて、天心の周りの状況を確認する。天心は暗く曲がりくねった山道を、電話に必死に話しかけながらも、障害物をものともせずに最速で器用に駆け抜けている。

 時折後ろを振り返っているその姿は、まるで何かから逃げ惑っているかのようである。かつて妖怪に寄生されていた影響からか、天心の駆け足の速度はもはや人間の域ではない。薫も視点を追いかけるのがやっとだ。

 と、そんな折。突如天心の背後の樹木が音を立ててへし折れた。


「え……!」


 倒れ込む樹木を飛び退いて交わした天心は、そのまま追いかけてきていた何かに飛び蹴りをかますと、その反動で勢いをつけ再び山道を駆けていく。数秒後、一本の角を生やした三メートル近い巨大な赤い肌の鬼が、顔を押さえながらも恐ろしい形相で駆け抜けていった。

 天心は、鬼から逃げ惑っているのだ。


「クーちゃん!」


 薫の今にも泣きそうな表情にただならぬ気配を感じた雲海は、慌てて薫に駆け寄る。薫は何も言わずに、殆ど頭突きをするかのような勢いで雲海と額をくっ付けた。

 かつて遠隔透視が目覚めた時、小森を救う為に意識を共有した時と同じように。薫は雲海に、自分の脳内の情報を精神感応で送り込む。


「これは……嘘だろ! なんで……これは……」


 必死で逃げ惑う天心を目の当たりにし、呆然とした様子の雲海。


「……夜恵さんの妖怪か?」


 自分の目の数センチ先にある雲海の瞳の色は険しい。


「あの人がちゃんと管理してるんじゃ……?」

「分からない……もしかして、他の地域からの流れ者……いや、誰も気がつかないのは流石に妙だ。県境には土玉家の探知素子が設置されている筈だし……」

「兎に角助けなきゃ!」


 叫ぶ薫の思考が雲海の脳に流れ込む。どうやら薫は今すぐにでも雲海を天心の元に送り込もうとしているようである。

 薫の手が雲海の肩に伸びる。雲海はそれに対して、反射的に背後に飛び退いてしまった。思考の疎通が途切れる。薫は驚いたように目を丸くした。飛び退いた雲海から一瞬だけ感じたのは、恐怖の感情だった。


「……クーちゃん?」

「あ……いや……その……」


 雲海は情けなくも眉尻を下げて、口を噤み俯いてしまった。薫が立ち上がって、ゆっくりと雲海に近付いてくる。雲海は困り果てた表情で右手の怪我を左手で撫でながら、肩で息をしている。


「どうしたの? 右手が痛いの?」

「そ、そうじゃないんだ。そうじゃないんだけど……」


 雲海の呼吸はますます早く、深くなっていく。苛立たしげに頭を掻きむしるその姿は、情緒不安定そのものだ。

 何を躊躇しているのか、薫には分からない。夏休み前の、自分の術の公使に自信を持っていたあの勇敢な雲海しか知らないのだから。右手の怪我の裏に何があって、そして今彼が何を恐れているのかを知らないのだから。

 もう一度、強引にでも精神感応を使えば、雲海の心の中を知る事が出来る。だが、そう易々と他人の心に土足で踏み入る訳にもいかない。薫は戸惑うばかりだ。


「……父さんを呼んでくる!」


 叫ぶように言い放って部屋を駆け出す雲海を、止める事は出来なかった。




  *




「父さん!」


 父の岩武は、雲海が父の居室に駆けつけた時には既に普段の浴衣姿ではなく、仕事着である法衣に身を包んでいた。正座で緑茶をすすり、厳然とした佇まいの彼を前に、息子である雲海は否応無しに背筋を伸ばさざるを得なかった。

 鋭く睨みつけるその眼光は、既に事態を察していると言わんばかりだ。


「……あの、父さん」

「妖怪が暴れておるようだが、雲海」

「はい……」

「木鉤の若造は何をしておる」

「それが、その……連絡が途絶えてしまって……」


 岩武は呆れた溜め息を零し、渋々立ち上がると壁に立てかけていた錫杖を、雲海の頭に容赦なく振り下ろした。目の前に星が舞う。雲海は苦悶の呻きを上げる事も出来ず、頭を抱えてうずくまってしまった。


「見た事か、雲海。だから儂は反対したのだ。そもそも、今代の木鉤は歪んどる。妖怪を縛り上げた程度で、己が手足の如く扱おうとするなど、勘違いも甚だしい」


 父の静かに燃える怒りに、雲海は背筋が凍り付いた。元々岩武は、木鉤夜恵に対して良い感情を抱いていない。妖怪は意識ある自然現象の一種だ。それを屈服させて人間に従わせるのは、この世の理に反している。


「愚痴を零しても仕方ない。ひとまず、暴れとる妖怪を叩きにいかねばならぬ。お前も準備せい、雲海」

「……それなんですが」


 雲海が妙な形に口を曲げる。父である岩武は、彼がこういう表情をする時は、非常にばつの悪い隠し事がある時だったと見抜いていた。


「まだ、なにかあるか」

「その……」

「はようせんか。妖怪は待っちゃくれんぞ」


 雲海は「今の自分は術が使えない」と一言、言うことがどうしても出来なかった。もっと早くにこの事を相談しておけば、今になって困る事もなかった筈なのに。その事実から眼を背け続けた結果がこれである。

 雲海は己の浅はかな考えを恥じつつ、恐る恐る口を開く。


「実は、この怪我の事で、一つ」

「……その怪我は確か、変化妖怪との戦いで負ったと言っておったかな」

「はい。それで……その時実は、符の持ち合わせがなくて……」

「常に持ち歩くように日頃から言っておるだろうが!」


 岩武の鋭い指摘に、雲海はますます萎縮していく。これはきっと、隠していた事実を話せば更にこっ酷い雷が落っこちるであろうと、雲海はその意味でも非常に憂鬱になった。


「すみません、油断していました。……それで、その時、術を使わざるを得ぬ状況でして……」

「ふむ?」

「その時は筆も持ち合わせていなかったので、咄嗟に自分の血で霊符に紋を刻んで術を使ったのですが。以来、どうにも式神が言うことを訊かなくなってしまって……」


 恐る恐る、父の顔色を窺う雲海。岩武の眉間には恐らくはマリアナ海溝が如く深い皺が刻まれる事を覚悟していた雲海だったのだが、岩武の表情は予想に反して緩んでいる。

 適切に言うのならば、惚けているようだ。

 父のキョトンとした顔なんでここ数年で一度たりとも見た事のなかった雲海は、その新鮮な表情をまじまじと眺めてしまった。


「血を使って、術を……」

「えぇと……そ、そうです……で、でもその時はもう、そうするしかなくて」

「分かった……もう、いい」


 岩武の表情は俄に岩の如く厳然さを取り戻したかと思うと、雲海の肩を優しく擦るように撫でた。てっきり落雷に打たれると思っていた雲海は、むしろその岩武の行為に鳥肌が立った。


「……雲海、お前はここで大人しくしとれ」

「え、でも……」

「残った参加者の保護を優先せい。妖怪共の方は儂がなんとかする」


 岩武はそれきり口を真一文字に噤んでしまい、硬い表情のまま居室を後にした。雲海はホッとする一方で、父親の謎の労りにかえって胸中の不安がますます膨らむのを感じていた。

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