さよならを言うには近すぎる
こんにちは。
今回は、「好き」と「離れる」が同じ場所にある百合を書きたくて、この作品を書きました。
誰かを大切に思うほど、失う未来を想像してしまうことってあると思います。
でも、それでも隣にいたいと思ってしまう瞬間がある。
そんな、やわらかい痛みを楽しんでもらえたら嬉しいです。
四月の風は、まだ少しだけ冬を引きずっている。
屋上のフェンスに背中を預けながら、白瀬凛は缶の炭酸を揺らした。
しゅわ、と泡が鳴る。
教室には行っていない。
いや、正確には「行けていない」に近かった。
理由を聞かれるのが嫌いだった。
みんな理由を欲しがる。
ちゃんとした理由があれば、安心できるから。
けれど凛自身にも、説明できるほど綺麗な理由なんてなかった。
ただ、人の声が遠雷みたいに頭に響く日があるだけ。
「またここいた」
背後から声がして、凛は振り返らなかった。
「……鍵、閉まってたはずだけど」
「先生から借りましたー」
間延びした声。
すぐ隣に座った気配。
朝比奈透だった。
太陽みたいな子、という表現はありきたりだけど、透には妙に似合っていた。
笑うと周りの空気まで明るくなる。
凛が苦手なタイプ。
「今日、いちごミルクと炭酸、どっちがいいですか」
「なんで二本あるの」
「先輩がいると思ったから」
意味が分からない。
凛は眉をひそめたけれど、透は気にせず炭酸を差し出した。
「はい」
「……ありがと」
缶が触れ合って、小さく鳴る。
風が髪を揺らした。
透は制服のスカートを押さえながら空を見上げる。
「先輩って、空見るの好きですよね」
「別に」
「嘘だ。好きな人の顔してる」
「空に?」
「うん」
変な人。
でも、その変さは少し心地よかった。
沈黙が苦しくないから。
普通、人といる沈黙は“埋めなきゃいけないもの”なのに、透といると違う。
ただ風が吹いているだけになる。
「……なんで毎日来るの」
凛が聞くと、透は少しだけ目を丸くした。
「来ちゃダメでした?」
「いや」
「なら来ます」
即答だった。
その迷いのなさに、胸がざわつく。
凛は誰かに必要とされる感覚に慣れていなかった。
だから、怖い。
「先輩」
「なに」
「わたし、多分先輩のこと好きですよ」
炭酸が喉に変なふうに入った。
凛は激しく咳き込む。
「っ、は!? な、なに言って」
「でも恋かはまだ分かんないです」
「最悪……」
「なんでですか」
透が笑う。
その笑い方は冗談みたいなのに、目だけ少し本気だった。
凛は視線を逸らした。
フェンスの向こうで、桜が揺れている。
こんなの、だめだと思った。
自分みたいな人間に近づくと、きっと透まで沈む。
だから離れなきゃいけない。
なのに。
「先輩、手冷たいですね」
触れられた指先が熱かった。
振り払えない。
心臓がうるさい。
透は凛の手を少しだけ握ったまま、小さく笑った。
「さよならって、遠い人に言う言葉じゃないですか」
「……急に何」
「だから先輩には、まだ言いたくないなって」
夕暮れがゆっくり落ちていく。
空がオレンジから群青に変わる途中、世界は少しだけ曖昧になる。
凛は、その時間が好きだった。
何者でもなくていい色だから。
「透」
「はい」
「……近すぎ」
「じゃあ離れます?」
その問いに、凛は答えられなかった。
答えられないまま、繋がれた手だけが残る。
ぬるくて、春みたいな温度だった。
最後まで読んでくださってありがとうございました!
「好き」と「別れの予感」って、実はかなり近い感情だと思っています。
大切だからこそ、失うのが怖い。
でも、怖くても隣にいたい人っている。
このふたりが読んでくださった方の心に少し残ってくれたら嬉しいです。




