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第7話 初めての戦い

リラが言った。


「東の平原にメドウビーがいる。お前のパンに合う蜂蜜が取れる。ただし、あいつらは縄張り意識が強い。一匹や二匹なら俺でも倒せるが、群れで来られたら無理だ」


「つまり?」


「つまり、お前も来い。そろそろ戦い方ってやつを覚えろ」


「俺はパン屋だ」


「パン屋のくせに、もう外に出ただろ。釣りもした。次は戦闘だ。お前のスキルも戦い方次第でどうにでもなる」


彼女の目は冗談を言っていなかった。


翌朝、俺はリラとともに東の平原へ向かった。腰にはバゲット。ポケットには小麦粉の小袋。何の準備だこれ。


「本当にこれで戦うのか?」


「お前の武器はパンだ。パンでどう戦うか、自分で考えろ」


平原に着くと、花畑が広がっていた。その中心に、拳ほどの大きさの蜂が数匹、羽を休めている。メドウビーだ。金色の縞模様が美しい。あの蜂蜜が取れれば、パンに新たな風味が加わる。


「まずは一匹だ。俺が引き付けるから、お前は隙を見て何とかしろ」


「何とかって…」


リラが駆け出す。剣を抜き、一匹の蜂の注意を引く。蜂がブンブンと唸りをあげて彼女に飛びかかる。


俺はただ突っ立っていた。


何もできない。攻撃スキルはゼロだ。唯一の武器はバゲット。


<システム通知>


戦闘支援:パン関連スキルを使用できます

提案:相手の特徴を観察し、状況を有利に運んでください。


観察、か。


蜂は速いが、動きは直線的だ。花から花へ飛ぶように、ターンが大きい。目は複眼で広範囲を見ているが、真後ろは弱点かもしれない。


それに――。


俺はポケットから小麦粉の小袋を取り出した。


リラが蜂の注意を引いている隙に、俺は背後に回る。バゲットを地面に突き刺し、そこを軸に跳ぶ。体は軽い。魔王の身体能力は、戦闘向きじゃなくても、動くことくらいはできる。


空中で小麦粉の袋を開き、蜂に向かって振り撒いた。


白い粉が花畑に広がる。蜂の複眼が粉で覆われる。


蜂の動きが鈍った。


リラが剣を振るう。一閃。蜂は地面に落ちた。


「悪くない」リラが振り返る。「粉で目を潰すか。まさにパン屋の戦い方だ」


「こんなのでいいのか…」


「勝てば正義だ。それに、お前にはまだバゲットが残ってる」


彼女の言葉に、俺は腰のバゲットを見下ろした。武器としては微妙だが、何かに使えるかもしれない。


次の一匹は、俺たちに気づいて飛びかかってきた。単独じゃない。三匹同時だ。


「まずい」


リラが二匹を引き受ける。一匹は俺に向かってくる。


バゲットを構える。逃げることはできるが、それでは何も変わらない。


蜂が一直線に飛んでくる。


<システム通知>


『完璧な捏ね上げ技術』発動可能

捏ねるように動け、とシステムは言うのか?


蜂が迫る。俺はバゲットを振り抜いた――捏ねるように、しなやかに。


バゲットが蜂を捉えた。硬いはずのパンが、なぜか粘りのある動きで蜂の体を絡め取る。蜂はバゲットに巻きつかれ、もがくが離れられない。


リラが残り二匹を倒し終え、こちらを見て口を開けた。


「今の…なんだ?」


「わからん…捏ねた」


「捏ねた?」


「捏ねた」


俺たちはしばらく、バゲットに絡め取られた蜂を見つめていた。蜂はブンブンと唸るが、パンから離れられない。


「つまり、お前は蜂を捏ねたのか」


「そうなるな」


「パン屋、恐ろしい…」


群れを撃退した後、俺たちはメドウビーの巣から蜂蜜を分けてもらった。蜂たちはなぜか、俺のバゲットを見るとおとなしくなった。粉を撒かれた一匹が、仲間に何かを伝えたらしい。


「お前、もう蜂に恐れられてるぞ」


「パン屋としてそれはどうなんだ…」


帰り道、リラが言った。


「これでお前も戦えるな」


「戦えてない。サポートしただけだ」


「それでいいんだよ。お前はお前のやり方でやればいい。無理に剣を振るう必要はない」


彼女の言葉に、少しだけ気が楽になった。


パン屋に戻ると、早速新しいパンを焼いた。蜂蜜入りの甘いパンだ。メドウビーの蜂蜜は花のような香りで、これまでにない風味をパンに加えた。


ブロガーが食べて叫んだ。


「これだ! これが求めていたものだ!」


セレナは無言で二個目に手を伸ばした。レンは黙って銀貨をカウンターに置き、三つ持って帰った。


リラは満足そうに蜂蜜パンをかじりながら言った。


「今日は初めての戦いだな。感想は?」


「思ったより怖くなかった」


「それはお前が馬鹿だからだ」


「うるさい」


でも、確かに怖くなかった。一人じゃなかったから。自分のやり方で役に立てたから。


<システム通知>


新規実績解除:初陣

初めての戦闘をサポートで乗り切りました。

報酬:+50 EXP、称号「後方支援」

解説:「戦場の第一列に立つ者だけが英雄ではない。お前のパンが戦士を支える」


称号を見て、少し笑えた。英雄にはなれない。でも、支えることはできる。


夜、誰もいなくなったパン屋で、蜂蜜パンを一つ、机の上に置いた。


明日の朝一番に、誰かが食べるだろう。その誰かが、今日より少しだけ元気になりますように。


それでいい。それが俺の戦い方だ。

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