第2話 冒険者のレビュー
リラ・ザ・ブレイブが、俺のパンを一口かじった。
俺は彼女の表情を観察する。何を期待していたんだろう? 疑い? 恐怖? 自分が魔王のダンジョンにいて、天敵の作った食べ物を口にしているという突然の気づき?
違った。
彼女の目が大きく見開かれた。
「なんてこった……」パンを頬張りながら彼女が呟く。「なんてこった……」
彼女は俺の手からパンをひったくると、まるで飢えた狼のようにまた一口かじりついた。
「これは……」もぐもぐ。「今まで食べた……」もぐもぐ。「パンの中で一番……」ごくり。「美味い!!!」
俺は瞬いた。
「マジで? ただの基本のサワードウだよ? 時間もなくてさ――」
「基本?」彼女はパンを俺に向けて突きつけた。「あんた、私は三つの王国を旅してきたんだ。最高の酒場でも、最も質素な宿屋でも食べてきた。こんなに美味いパンは食べたことがない! 何が秘密なんだ?」
秘密はな、俺が魔王で、魔法の製パン能力と実存的な危機を抱えてるってことだ。
「……家庭のレシピだ」
彼女は目を細めた。疑っている。いや、疑いすぎだ。
「あんた、この辺の者じゃないだろ?」
きたか。
「どこでわかった?」
「耳だよ」彼女はパンを持った手で俺の尖った耳を指さす。「人間の王国じゃ、魔族はそうそう見かけないからな。でも……」彼女は肩をすくめた。「まあいいさ。俺の商売じゃない。あんたが美味いパンを焼く、それで十分だ」
俺は彼女を凝視した。
「待て。それだけか? 襲わないのか? 叫んで逃げたりしないのか?」
リラは笑った。本当に笑ったんだ。
「相棒、私は冒険者であって、聖戦士じゃない。人を殺そうとする魔物を倒すんだよ。あんたはただそこに立って……パンを焼いてるだけだ」また一口かじる。「それに、いざとなったらあんたに勝てる自信はあるしな」
たぶん彼女は正しい。
一時間後、リラはまだそこにいた。
彼女は壁にもたれて床に座り込み、二本目のパンをかじりながら、俺は薪窯の近くで緊張しながらうろついている。
「つまり、こういうことか?」彼女は指を折りながら言った。「あんたは地下迷宮で目覚めた。戦闘技術はゼロ。魔法の力は全部パン関係。自分がどうやってここに来たのかもわからない」
「それは……だいたい正しい」
「すげえな」彼女は首を振った。「完全にすげえよ。私が知ってる魔王って、みんな『闇と絶望』とか『世界を影で覆ってやる』とかだぞ。あんたはただ……パンを焼いてる」
「俺だって焼きたくて焼いてるわけじゃ……」呟く。「他にできることがないだけだ」
リラはしばらく黙った。そして急に背筋を伸ばし、目を輝かせた。
「待てよ」
「何だ?」
「待て待て待て待て」彼女は立ち上がった。「あんたには地下迷宮がある。薪窯がある。今まで食べた中で一番美味いパンが焼ける。これが何を意味するかわかるか?」
「永遠に邪悪な魔王じゃなくて、魔法のパン屋として生きる運命だってこと?」
「違う!」彼女は俺の肩を掴んだ。「パン屋を開けるってことだ!」
俺は彼女を凝視した。
「パン……屋?」
「そうだ! 考えてみろよ!」彼女は両腕を広げ、空中に絵を描くように。「冒険者ってのはいつも地下迷宮を行き来してるんだ。腹は減る。疲れる。故郷を恋しく思う。もし地下迷宮の中で、焼きたてのパンや豆から淹れた飲み物、菓子類が手に入る場所があったら――」彼女は再び俺の肩を掴んだ。「どれだけ儲かるか想像できるか!?」
「俺は魔王だ。世界征服をするんであって、小商売をするんじゃ――」
リラは手をひらりと振った。「征服には金がかかるんだよ。軍隊がいくらすると思ってる? 装備は? 手下の給料は? 信じろ、まずは元手が必要だ」
俺は口を開けた。閉じた。もう一度開けた。
「手下に……給料って必要か?」
「あるべきだ。公正な労働には公正な賃金を」彼女は腕を組んだ。「いいか、邪悪な計画を永遠に忘れろって言ってるんじゃない。小さく始めろって言ってるんだ。商売上の名声を築け。常連客を作れ。それから世界征服だ」
<システム通知>
新規依頼:開店
地下迷宮内で機能するパン屋を設立せよ。
報酬:100 経験値、称号「小規模事業主」
追加目標:殺されずに10人の客に接客せよ。
「……マジで世界の理が検討してる」俺は弱々しく言った。
「見ろ! 世界の理だって私に同意してる!」リラは輝くような笑顔を見せた。「よし、まずは名前だ。覚えやすいやつ。『美味い菓子あります』って意味もありつつ、『入場は自己責任で』って雰囲気も必要だ」
「魔王のパン屋」俺は皮肉を込めて言った。
リラが指を鳴らした。「完璧だ」
「待て、それ冗談――」
「完璧だ! 正直な客寄せだ! 人は正直さを愛する!」彼女はもう部屋を歩き回りながら計画を練っている。「よし、町に広めてくる。他の冒険者に下層に新しい店ができたって伝える。あんたはただ……もっとこれを作ることに集中してくれ」彼女はパンを指さした。
「冒険者を魔王の地下迷宮に行かせるのか? パンを買うために?」
「その通り」
「そこで俺が。パンを焼いてる」
「うん」
「誰も俺を殺そうとしない?」
リラは考え込んだ。「たぶんパンが美味けりゃ大丈夫だろ。冒険者ってのは大概、話のわかるやつらなんだ。俺たちはただ探索して、魔物倒して、宝物を探して、美味いものを食いたいだけだ。あんたは魔物じゃない、小規模事業主だ」
俺は自分の粉まみれの長衣を見下ろした。召喚した発酵素の包み。温かく金色に輝くパンが石の床で冷めている。
魔王。パン屋。客としての冒険者。
完全に狂ってる。
「わかった」いつの間にか自分の声が出ていた。「わかった。やってみよう」
リラは拳を突き上げた。「よっしゃ! 明日客を連れてくる。準備しとけよ!」
そして彼女は、残りのパンを抱えて去っていった。
俺は一人、地下迷宮に立っていた。焼きたてのパンの香りに包まれながら、どうして俺の邪悪な支配者の道がこんな急カーブを描いたのか考えていた。
<システム通知>
成果達成:初めての接触
冒険者と死なずに交流することに成功した。
報酬:+5 実存的な恐怖
「……ありがとう」俺は呟いた。




