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ルミナス・アーカイブ 番外編 祭り  作者: 田舎のおっさん


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26/27

**番外長編:ミレイア外伝

理の裂け目と、約束の消失


 異変が起きたのは、季節がひとつ巡り、

ミレイアとレヴィアンが“理論研究班”として学内でも評価され始めた頃だった。


 授業中、突然、学園の結界に異常が走った。


「魔力圧、急激な低下!? こんな数値、今までに──」

「地下封印層に空間の歪みを確認! 歪み率、規格外です!」


 教員たちが慌ただしく走り回り、生徒は避難誘導のために講義棟に集められる。

 ミレイアも、ほかの生徒と同じように待機命令を受けた。

 しかし、ただ待っていることなどできる性格ではない。


「……“理の断裂反応”……?」


 緊急報告に混じって聞こえた単語が、ミレイアの耳を捉えた。

 理。

 それは彼女とレヴィアンが追い続けてきた、“世界の根っこ”の仮称でもある。


 嫌な予感がした。


 その直後、耳元で聞き慣れた声がした。


「ミレイア」


「レヴィアン!?」


 いつの間にかすぐそばに来ていた彼は、

避難用の魔導陣には目もくれず、逆方向──地の底へ続く階段を見ていた。


「地下封印層に歪みが出てる。……行くぞ」


「行く!? ダメよ、学生が勝手なことを──!」


「君、いつからそんなおとなしい子になったんだ?」


 笑い混じりの声に、ミレイアは言葉を詰まらせる。


「俺たち、こういう時のために勉強してるんじゃないのか?

 “理の変調”をいち早く解析できるのは、きっと今は俺たちだけだ」


「それは、そうかもしれないけど……!」


「大丈夫。俺が前に立つ。君は、隣で式を見ててくれ」


 迷いのない目だった。

 その瞳に、ミレイアは鼓動が早くなるのを感じた。


(怖い。けど……この人は、きっと行ってしまう)


 だったら、自分が隣に立つしかない。


 二人は人目を盗んで避難列を抜け出し、地下へと続く階段を駆け降りた。

 湿った空気。封印層特有の重たい魔力。

 その奥で──確かに何かが“きしんでいる”。


 封印層の最深部に辿り着いたとき、

ミレイアは息を呑んだ。


 そこには、空間そのものが裂けたような“黒い亀裂”が浮かんでいたのだ。


「……これは……」


 光を吸い込み、音を殺し、

近づくだけで肌の内側がざわめくような感覚。


 レヴィアンが小さく息を吐く。


「これが、俺たちが追ってきた“理の断面”かもしれないな」


「冗談を言ってる場合じゃないわ。これは……世界の基盤が、えぐられかけている……!」


 ミレイアは即座に解析魔法を展開した。

 無数の式が空中に並び、亀裂の周囲を取り巻く。


 そこに浮かび上がった値は、どれも見たことのない“不定形”。

 既存の理論では説明できない、名もなき情報の羅列。


「……“未定義”……?」


 すべての数値が、指標から外れている。


「ミレイア」


 隣でレヴィアンが、真剣な声で呼んだ。


「この亀裂、放っておいたら多分……“無”が溢れる」


「無……?」


「存在の外側。世界じゃないもの。

 本来なら、ことわりが境界線になってるはずなんだ。

 でも今は、境界が破れてる。誰かが“塞ぎに行かなきゃ”いけない」


 それは、あまりにも無茶な話だった。


「そんなの、どうやって──」


「さっき、君が見せてくれた式」


 レヴィアンはミレイアの魔導ノートを指さす。


「“自分自身を媒介にして、理に直接干渉する”やつ。

 まだ未完成だけど──“穴を塞ぐ楔”にはなれるかもしれない」


「それを使うっていうの? 自分の身体を、理に捧げるつもりで?」


「身体どころか、魂ごと、な」


 レヴィアンは、いつものように笑った。


 その笑顔が、ひどく脆く見えた。


「馬鹿言わないで! それはまだ机上の仮説よ! 成功率なんて、計算できてない!」


「でも、誰かがやらなきゃ世界が壊れる」


 ミレイアは首を振った。


「世界なんてどうでもいいわ! あなたが消える方が──」


 言いかけて、言葉が喉に貼りついた。


(世界なんてどうでもいい……?)

(本当に、そう?)


 そんなことを本気で思えるほど、彼女は無責任ではなかった。

 それを誰より知っているのは、他ならぬレヴィアンだ。


「ミレイア」


 そっと、彼女の肩に手が置かれる。


「君は、“誰かの未来を守るために理を学ぶ”って言ってただろ」


「それは……!」


「だったら、今がその時だ。

 俺は、“今ここで世界が壊れる未来”を見たくない。

 君が泣く世界も、見たくない。

 だから──」


 レヴィアンは、ミレイアの手を取った。


 温かくて、少し汗ばんでいて、でも震えてはいない。


「責任、押しつけさせてくれ」


「……レヴィアン……」


「俺は向こう側に行く。

 君はこっち側で、俺が戻ってくる“理由”でいてくれ」


 それは、告白にも似ていた。

 約束の言葉だった。


「……そんなの、ずるい……」


 涙がにじむ視界の向こうで、レヴィアンは笑っていた。


「ずるいのは昔からだろ? 俺は」


 次の瞬間、彼はミレイアの手をそっと離し、

 黒い亀裂へと、一歩──踏み込んだ。


「──レヴィアン!!!」


 叫びは、轟音にかき消された。

 亀裂が一気に開き、闇と光が爆発する。

 魔力の奔流が封印層を吹き飛ばし、ミレイアは吹き飛ばされながらも必死に結界を張った。


 歪む空間の中で、彼の姿が遠ざかっていく。


 その直前、確かに聞こえた。


『ありがとう、ミレイア──』


 次の瞬間、闇は閉じた。


 理の裂け目は、何事もなかったかのように消えていた。

 世界は救われた。


 ただ一人の犠牲の上に。

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