**番外長編:ミレイア外伝
学生時代──出会い
あの日、隣の席だったひと
ミレイア・クレストフィアが、まだ「学園長」ではなく、一人の生徒にすぎなかった頃。
ルミナス・アカデミーは、今より少しだけ古くて、少しだけ無防備で、そして少しだけ──眩しかった。
入学当初、彼女はすでに「神童」と呼ばれていた。
どの講義でも最前列、教授の問いには正確に答え、魔導式の展開速度は上級生をも凌ぐ。
教員たちは期待を向け、同級生たちは一歩引いて見る。
尊敬と嫉妬と距離感が混ざった視線。
その全部が、ミレイアには少し、息苦しかった。
(どうせみんな、「天才のミレイア」に話しかけてるつもりなんでしょ)
(わたし個人なんて、誰も見ていない……)
だから彼女は、自分から誰かに話しかけることをほとんどしなかった。
教科書とノートと魔導式。それさえあればよかった。
少なくとも、そう思おうとしていた。
──出会いは、そんなある日のことだった。
「ねえ、ここ、いい?」
いつものように一番前の席に座り、講義開始を待っていたミレイアの隣。
そこへ当然のように荷物を置いた少年がいた。
黒に近いダークブラウンの髪、少し眠たげな瞳。
制服はきっちり着ているのに、どこか力が抜けていて、でも笑ったときだけ柔らかい光が宿る。
「……勝手に座ればいいじゃない。ここ、誰の席でもないわ」
「そっか。じゃあ“ミレイアの隣の席”ってことで、今日からは俺の特等席だ」
「な……何それ?」
あまりにも自然に名前を呼ばれ、ミレイアは思わず眉をひそめた。
「名前、知ってるの?」
「そりゃあ。入学式の最初の模擬試験で、教授より早く式を完成させた子なんて、忘れようがないだろ?」
少年は悪びれもせず笑った。
「俺はレヴィアン。レヴィアン・アークライト。今日から同じ班だから、よろしくな」
「……班?」
そのタイミングで教室に入ってきた教授が、「今日から二人一組での研究班を作る」と宣言した。
配られた名簿には、確かにミレイアとレヴィアンの名前が並んでいる。
(同じ班……)
周囲がざわつき、「うわ、ミレイアと組まされるとかプレッシャーやば」と囁く声が聞こえた。
それでもレヴィアンは気にした様子もなく、隣で肩をすくめる。
「運がいいな、俺」
「……プレッシャーとか、感じないの?」
「え? なんで?」
「だって、みんな噂してるでしょう。“天才ミレイア様と組まされるのは罰ゲームだ”とか」
少しだけ、棘を混ぜて言ってみる。
するとレヴィアンは首を傾げ、本気で不思議そうに訊き返した。
「罰ゲームどころか、ボーナスじゃないか? 優秀な相棒が隣にいるってことだろ?」
「……っ」
あまりにも真顔だったので、ミレイアは言葉を失った。
茶化しでも皮肉でもない。
ただ、ごく当たり前のように「相棒」と呼ばれたことが、胸の奥をざわつかせる。
それからの日々は、少しずつ色を変え始めた。
二人で研究塔の上階を借りて、古代魔導式の解析を進める。
ミレイアが理論を組み立て、レヴィアンが直感的な補足や実験案を出す。
二人の思考は不思議なほど噛み合った。
「ここ、理論上は正しいんだけど、実際にやると不安定だよな」
「そうね……ここに“理そのものに関わる変数”があるはずなんだけど……既存の式じゃ表現できない」
「だったら、“まだ名前のない変数”として扱えばいいんじゃないか?」
「名前の、ない……?」
「うん。今は正体が分からなくても、“ある”って認めてあげれば、いつかその正体にたどり着けるかもしれないだろ?」
レヴィアンはチョークを走らせ、黒板に小さく“λ”と書いた。
「仮の名前。いつか本当の名前を知るその日までの、約束みたいなもんだ」
(名前のないものに、仮の名を与える……)
ミレイアはその発想に、なぜか胸がきゅっと締め付けられた。
理論上はただの変数の話なのに。
レヴィアンの言葉は、ときどき人の心の“奥”にまで届いてしまう。
気づけば、彼と過ごす時間が当たり前になっていた。
難解な理論を語り合う夜。
コーヒーの入れ方で軽口を叩き合う朝。
魔力暴走を起こして笑い合った実験の日。
そして、ある帰り道。
三つの太陽が沈みかけた空を見上げながら、レヴィアンがふと呟いた。
「なあ、ミレイア」
「なに?」
「もしさ、“世界の理”に触れてしまったら──人はどうなると思う?」
「……突然、何の話?」
「いや、最近ずっと考えててさ。
この世界が成り立ってる根っこ。魔力より、もっと奥にある何か。
それをちゃんと理解できたら、俺たち、きっと“誰かの未来”を救えるんじゃないかなって」
そう言って笑った彼の横顔が、
後になってミレイアの悪夢に何度も出てくることになるとは、その時まだ知らなかった。
(この人は、きっといつか“理”の向こう側に届いてしまう)
理由は分からない。
けれど、なぜか強くそう感じた。
その予感は──残酷なほど当たってしまう。




