3.
この短編は4話で完結します。
「じゃあさケン君、思いっきし痛いのはどう。痛くて泣くの。ねえねえ、やったげようか」
いきなり手の甲をつねってきた。
「痛! だめだってそれ、そういうの無効だから」
「じゃあさ、こういうのはどうだぁ!」
今度は脇腹をくすぐってきた。
「やめろって」
だから涙ログってそういうんじゃダメなんだってば。
「くすぐったいっておい、瑞奈だって危機感ないじゃん」
バーテンダーの目を気にしながら、ひとしきり楽しくふざけ合ったあと、
「でもほんと、どうするのよ。助成金はもらえないし就職も無理? プー確定ってこと?」
声の表情がいきなり、ちょっと冷たくなった。
「研究室で、助手として雇ってもらおうかな」
「前も言ってたよね。でもやめた方がいいよ、ほとんど奴隷だって言ってたもん、蟹沢助手が」
「マジか」
「でも今の状態じゃほんと、どうすんのよ。無理でしょ」
瑞奈がハイボールのグラスに目を落とした。 “無理” が助成金の審査のことを指しているのは、言われなくてもわかる。
「なんとかなるって」
「何の根拠もないのに、何とかなるって思うのってなんか……、イヤ」
ん? 今のイヤは本気のイヤだ。
「ねえ」
瑞奈がまっすぐに目を見てきた。
「別れよう」
「え」
目がマジなんだけど。
「だってケン君、夢ばっか語ってて、現実が見えてないじゃん」
だからって……、泣くなよ。てか何でそんな簡単に泣けるんだよ。
「いや、だからちゃんとするって」
心がけでどうこうなる問題ではないのはわかっているが。
長い沈黙になった。
「もうイヤ」
瑞奈は席を立つと同時に堅人の動きを手で制した。付いてくるな、ということらしい。
バーにひとり残された堅人はため息を吐いた。
わかっていた。
これは泣きを誘う芝居だ。
堅人が『最低でも半年に一回』という “涙ログ規定” をパスして、情に厚く信頼できる人間に認定されるために、瑞奈はひと芝居打ったのだ。
でも、ダメだった。
やっぱり涙は出なかった。
あと少ししたら、きっと瑞奈からラインがくる。
『どう、泣いた?』と。




