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すきま時間の短編【涙時計】  作者: 伊藤宏


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3/4

3.

この短編は4話で完結します。

 「じゃあさケン君、思いっきし痛いのはどう。痛くて泣くの。ねえねえ、やったげようか」

 いきなり手の甲をつねってきた。


 「痛! だめだってそれ、そういうの無効だから」


 「じゃあさ、こういうのはどうだぁ!」

 今度は脇腹をくすぐってきた。

 「やめろって」

 だから涙ログってそういうんじゃダメなんだってば。


 「くすぐったいっておい、瑞奈だって危機感ないじゃん」

 バーテンダーの目を気にしながら、ひとしきり楽しくふざけ合ったあと、

 「でもほんと、どうするのよ。助成金はもらえないし就職も無理? プー確定ってこと?」

 声の表情がいきなり、ちょっと冷たくなった。


 「研究室で、助手として雇ってもらおうかな」


 「前も言ってたよね。でもやめた方がいいよ、ほとんど奴隷だって言ってたもん、蟹沢助手が」


 「マジか」


 「でも今の状態じゃほんと、どうすんのよ。無理でしょ」

 瑞奈がハイボールのグラスに目を落とした。 “無理” が助成金の審査のことを指しているのは、言われなくてもわかる。


 「なんとかなるって」


 「何の根拠もないのに、何とかなるって思うのってなんか……、イヤ」

 ん? 今のイヤは本気のイヤだ。


 「ねえ」

 瑞奈がまっすぐに目を見てきた。

 

 「別れよう」


 「え」

 目がマジなんだけど。


 「だってケン君、夢ばっか語ってて、現実が見えてないじゃん」

 だからって……、泣くなよ。てか何でそんな簡単に泣けるんだよ。


 「いや、だからちゃんとするって」


 心がけでどうこうなる問題ではないのはわかっているが。



 長い沈黙になった。

 

 「もうイヤ」

 瑞奈は席を立つと同時に堅人の動きを手で制した。付いてくるな、ということらしい。



 バーにひとり残された堅人はため息を吐いた。

 わかっていた。

 これは泣きを誘う芝居だ。

 堅人が『最低でも半年に一回』という “涙ログ規定” をパスして、情に厚く信頼できる人間に認定されるために、瑞奈はひと芝居打ったのだ。




 でも、ダメだった。

 やっぱり涙は出なかった。

 あと少ししたら、きっと瑞奈からラインがくる。

 『どう、泣いた?』と。

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