作って食べよ
「ごめん、アヤ。お待たせー……って、それもしかしてジーノンの今月号?」
「うん」
「珍しくない?アヤがそういうの買うって」
「んー。や、普段なら買わないけど、なんか表紙につられてつい買っちゃったよね」
「え、今月号の表紙って誰だったっけ?」
「四宮ハルト」
「嘘っ!! 見たい。えー……やば、何コレ。マジ格好いいじゃん。私も欲しい。まだ売ってるかな」
「どうだろ。ほとんど売り切れらしいけど」
目の前の席で繰り広げられる、“平成レトロ”な女子高生のやり取りを、見るともなしに眺めながら、結夏はアイスティーを口に含んだ。
まだ4月も半ばだというのに、日中は半袖でも良いのではと思ってしまうくらいに暑い。
会社勤めをしながら料理系の動画配信者をしている結夏は、休みの今日、盛り付けや味付けの勉強を兼ねて友人とランチをして。
ついでに、ストレス発散のためヒトカラで歌いまくってきた帰りである。
ヒトカラの一番の利点は、自分しかいないため、何を歌っても良いところだと結夏は思う。
洋楽の場合、そうと知らずに曲調やMVだけで好きになった歌が、翻訳したら実は卑猥な内容だったり、それ以上になんか色々アウトな歌詞のものも多い。
ネイティブじゃないから発音だって曖昧だけど、それでも好きな曲だし、練習にはなる。
そんなこんなで、存分にストレスを発散した結夏は、最後に歌った【Numb】のMVを脳内に過らせつつ、カフェで次の動画について考えを巡らせていた。
(次の企画、コッテリ系の肉味噌で春キャベツのステーキにしたかったけど、こんな暑いんだったら、もう少しさっぱりしたのにした方がいいかなぁ……)
愛用のシャーペンを左手でくるくると回しながら、二冊重なっているうちの上のノートをぺらぺらと捲りつつ、ピンときたものを下のノートに書き込んでいく。
高校二年生の夏頃から書き始めて、もう何冊目になるだろう。
おかげで旬のものが出回る時期や、近所のスーパーで調味料が安くなるタイミングまで予想出来るようになってしまった。
冷蔵庫、冷凍庫、食器棚の一番下のストックスペースにある食材と調味料を思い浮かべ、献立ノートに記入していく。
先に書き込んだレシピとすりあわせて買い出しメモを作り、ノートやペンケースを鞄に仕舞うと、残りのアイスティーを一気に飲み干して店を出た。
(暑ぅ……)
夕方になっても、外は蒸し暑かった。
まだ春なのに、真夏とも言えるような気温の中、買い物を済ませて帰路につく。
玄関を開けると、男物のスニーカーが目に入った。
脱いだパンプスをシューズボックスに入れ、スリッパに履き替えていると、足音がした。
「おかえり、従姉さん」
「ただいま。来てたんだ、おかえり」
「ん。ただいま。……これ、持ってくね」
そう言って従弟―春音―は、結夏の荷物を持ってリビングへと向かう。
カウンターには、春音が貰ってきたのであろう、大きな花束と有名どころの焼き菓子や和菓子の店の紙袋がいくつか。それから――。
「あ。この雑誌、軒並み売り切れなんだってね」
結夏が手に取ったのは、先程カフェで話題になっていたジーノンの今月号。
袖を捲ったオーバーサイズのシャツは、鎖骨が見えるまでボタンと襟ぐりが開けられていて。
春音の濡れた黒髪から滴る雫が、唇に落ちそうで落ちないギリギリの一瞬が切り取られている。
謎シチュエーションではあるが、なるほどこれは確かに綺麗だ。子犬っぽい可愛さながら色気がある。
「うわわわわ。ちょ、止めて。恥ずかしいから見ないで」
真っ赤になりながら雑誌を取り上げた春音の様子に、確かに身内には見られたくなかったかと結夏は素直に反省する。
「ごめん。綺麗だなと思って。からかうつもりとかはなかったんだけど」
「……や、いいけど」
「晩ごはん食べてくでしょ? お詫びに好きなの作るからさ、許して」
「……じゃあ、ハンバーグ食べたい」
「りょ」
「チーズ入れて、目玉焼きも乗っけたやつ」
「ん。わかった。待ってて」
* * * * *
合挽き肉と玉ねぎ・人参・じゃがいもは常にストックしてあるが、生憎ブロッコリーは切らしている。
(付け合わせの緑は何がいいかな……。んー……。あ、これにしよ)
いつもはおっとりぽやぽやしている結夏だが、やるべきことが明確になれば行動は速い。
まずは、みじん切りにした玉ねぎをオリーブオイルで飴色になるまで炒め、赤ワインを注いで煮詰めて冷ます。
その間に、付け合わせを仕込んでいく。
最近ハマっているベイクドポテトは、よく洗って芽を取ったじゃがいもを皮つきのまま茹でて、水気を切ったら天板に敷いたオーブンシートに並べ、コップの底を押し付けて、軽く潰してオーブンで焼くだけだ。
こんなに簡単なのにめちゃくちゃ美味しい。
単品で食べるなら焼く前にオリーブオイルを回しかけるけれど、カロリー的に今回は我慢。
人参は適当な大きさに切って角を取り、小鍋に人参が浸るくらいの水とバターと少量の砂糖を入れ、汁気がなくなるまで煮込む。
ミニアスパラガスは根元を落とし、2センチほどピーラーで皮を剥いて素揚げにし、キッチンペーパーに乗せて油を切る。
付け合わせを作るのと平行して、氷水を張ったボウルに一回り小さいボウルをセットし、軽く塩を振っておいた合挽き肉を、なんとなく抵抗がなくなったような感じになるまでひたすら捏ねる。
感触が変わったら、冷ました玉ねぎ、卵、ナツメグ、パン粉、牛乳を入れて、全体に馴染ませるように捏ねる。
適量を手に取り、ミックスチーズを入れて成型し、ぺちぺち打ち合わせて空気を抜いたらバットに並べ、冷凍庫で10分くらい冷やして。
ハンバーグのたねをフライパンに入れたら、満を持して点火。
強めの中火で両面に焼き色を付けたら、弱火にして作り置きのトマトソースを入れ、蓋をして8分。ひっくり返したら7分。
じっくり煮込む。
ひっくり返した時点で、別のフライパンで目玉焼きを作る。
フチがカリカリになるように、最初だけやや強火にして、後は蓋をせずに弱火でじっくり。
こうすると、よくファミレスでみるような黄身の目玉焼きが出来る。
最後に爪楊枝を刺して、ハンバーグに火が通っているか確認。
透明な肉汁が出たら、しっかり焼けている証拠だ。
ハンバーグはお皿に避難させ、味を見て必要なら塩こしょうで整えて、ソースを煮詰める。
スープマグに温めておいた作り置きの具だくさん野菜スープを注ぎ、お皿にソースと付け合わせを盛り付け、目玉焼きを乗せたら完成。
「春音ー、お待たせ。食べよ」
* * * * *
ジーノンの表紙しか見れなかった結夏は知らない。
春音が主演をつとめた映画の番宣として、数ページにおける写真付きインタビュー記事が掲載されていることも。
春音がその記事の一問一答のうちの一つ、“最近ハマっていること”に料理と答えたことも。
インタビューでは濁して語らなかったが、春音が料理をしようと思ったきっかけは、これまでの恩返し的な意味で『いつか結夏に自分が作った料理を食べて欲しいから』であることも。
チャンスがあれば、結夏のチャンネルに出たいと思っていることも。
――それらすべてを結夏は知らないが、まぁ知らぬが花というやつである。