妄執。朝。課題。食堂。花柄のカップ。
「いや」
アルマは物憂げに右側の髪をかき上げた。耳飾りの黒曜石が鈍く光った。
「少しでも考えてみて、君の思いの強さや何らかの妄執の様なものが影響したかもと……、有り得ない様な話だけど今の様な事が起こっている以上一旦仮定してみて」
突拍子もない発想をアルマはしてきた。
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体の疲労はないはずなのにベッドから中々起き上がれない。神経は摩耗しているのだろう。
横になっている事自体は心地いい。『今日』の直前に新しくなっていた枕。その感触や香りが劣化しない事は気に入っている。
何とか立ち上がって動き出したが、いつの間にかまた習慣を繰り返していた。課題の絵を描き込む事に意味は見いだせないが体に馴染んでしまっている。
未だにテレピン油の調整がうまくいかない。
描きながら思い出すのはアルマが机の上に無造作に広げらていた民間伝承の怪談についての課題。全く進んでいなかった。
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朝食を取りに食堂へ。
アルマが研究課題に向けていた熱量がこちらに対する空想となったのか、それとも一定の理がある説なのか――。
気を取られて例の諍いから距離を十分に取れていなかった。体勢を崩したチェスターにぶつかってしまう。
かなり前の記憶通りに食器がなぎ倒されていくが、その時チェスターが落ちる花柄のカップに手を伸ばそうとしていた。