誰もがうらやむ結婚
『えっ?』
背中にグッと引っ張られるような違和感を感じた。どうやら肩甲骨辺りにそれはあるようだ
試しに力を入れてみた
『動いた!』彼女の表情に喜びの色が垣間見えたのも束の間、調整するかのように少しづつ力の入れ具合を変えながら、重なった巨大な羽は優雅に広げられていった。窓から差し込む光で、その羽は目ばゆく光り耀いていた。
(また、この夢だ。)
この鳥の夢をよく見るようになったのは、1年前ぐらいからだった気がする。
最初は、雛鳥からだった。ピーピーと、餌をねだるように口を開けて忙しなく泣いていた。
夢に出てくるのは、いつも一羽の鳥だけだった。
早く、起きなくちゃ。健人様が朝食を持ってきてくれる。
時計がないこの部屋では、小さな窓から差し込む日の光だけが頼りだ。
健人様は私が起きていないと機嫌が悪くなってしまう‥‥。
◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
私は誰もがうらやむ理想の結婚をした。
松田 健人様ー26歳にして、我社で営業トップ、高学歴、高身長、イケメンと非の打ち所がない。
彼の妻の座を、社内中の独身女性が狙っていたといっても過言ではなかった。
私こと天然の25歳ダメダメ派遣社員の私―林野 愛莉が、なぜ彼と結婚できたのか?
ある時、社内の重要書類を間違って削除してしまった。
普通なら原本のメモリがあるはずなのに、その時に限って社内のパソコンがバグってしまい1日後の会議に間にあいそうになかった。
近くにいた健人が「その件については、大体は把握してるんで」と、家に持ち帰って徹夜で仕上げてきた。
社内での健人の株は、ますます上がった。
私といえば、3年いても未だに新人がやらかすようなミスが多い。
派遣元会社からは、即刻明日からは派遣先に行かなくてもいいと言われた。
◆◇◇◇
朝早く皆がなるべく来ない時間帯を選んで、会社に来ていた。
ここでは派遣先が同じ斎藤 良一や先輩の中原 里美に迷惑かけながらも、3年間仕事を続けて来れた。おっとりした良一と、テキパキとした性格の里美と天然の私の3人はいつも昼食を一緒に食べたり、仕事のミスをほろうしてくれたり、プライベートでも誕生日を祝いあったりしている仲だった。
だからこそ2人の顔を見るのも忍びなく、このまま合わないで辞めることにする。スマホのメールや着信もスルーしていた。
2人の顔を思い出し涙が零れ落ちる。
それは備品の筆記用具や、付箋などにポトリと落ちシミになった。見慣れた自分のデスクでの備品も一つ残らず整理して、ロッカーの中も空にした。帰りは、持って来た大きな袋がパンパンになっていた。
これからは、あたりまえのように通ったこの建物も、会社の人にも会えない。
管理人さんに頭を下げて、ひっそりと裏口から出た途端に頭上から声がした。
「おはよう愛莉さん、なんだか幽霊みたいだよ」見上げると長身の 健人様だった。
「・・・」
「なんだか、すごく早くない?。ああ。そうかごめん。会社辞めるんだったね。結構な荷物になったね。
結局書類は間に合ったのに、随分と酷い仕打ちだよね‥‥そのお。良かったら君に、次の就職先お世話したいんだけど、僕の仕事終わってから話だけでも聞いてくれない?」
「・・・それは、ありがたいかも」