表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/119

愚かな男


「はあ、もういいから、とにかく中に入れ。それから何があったか全部話せ。」

先ほどの様子からして、モニカが詰められていたのは明白だった。いつもの無表情ではあるが心細かったに違いない。リチャードはモニカの味方をするべく助けたつもりだった。

「いえ、何かわたくしに、聞きたいことがあるとかで、お呼び出しされたのですが、内容を聞く前に、こちらに来ましたので、本当に報告するような、ことが、ございません。わたくしといたしましても、グリーン侯爵令嬢と、お話しする良い機会であると、思っておりましたので、もう一度、皆様と、お話をしてきたいと、考えます。」

「一人を数人で取り囲んで、『話し合い』か?とてもそうには見えなかった。」

モニカの危機感の無さには呆れてしまう。

「はい。一度の話し合いで、済みますので、グループ全員いらっしゃると、お話が一回で済んで、ようございます。」

まったくリチャードの話を聞いてないようだ。これは早く椅子に座らせて、わかるまで教えなければならない。そう考えまた手を差し出すと、モニカの足は2歩下がった。先ほどから顔を少しもあげないのは、リチャードの足元と影を見ているからだった。手を伸ばせばまた彼女は下がった。なぜそう頑ななのか。

「いいから、さっさと執務室に入れ。」

煮え切らない彼女に語気を強めて言い放った。肩を少しびくりとさせた。

「申し訳、ありません。」

「だまれ。さっさと入れと言っている。」

「はあ・・・はあ・・・」

一向に動かないモニカに、近づけもせず、イライラしながら彼女を観察した。学園に入学してからただの一度も報告の無かった、過呼吸になっていた。ああ確か、急な運動が良くないんだった。モニカは半ば小走りで、自分について来ていたのだ。口元をおさえ、震える肩が頼りなく見えた。忘れていたわけではない。たかがこのくらいで、モニカの呼吸が乱れるとは思わなかっただけだ。

「保険、室に、行きます。」

とぎれとぎれに聞こえてきた。当然付き添うつもりだった。

「御前、失礼します。」

そのまま後ずさって立ち去ろうとしたため、手を伸ばした。

「待て。」


「ひい!」

それは短い悲鳴だった。そして久しぶりに目が合った。脂汗を額にかき、目を大きく開け、モニカはまた距離を取った。

避けられたのだ。

どくんと、急に自分の耳から血液の脈動の音を聞いた。


なぜ?


素朴な疑問だけが、頭にぽっかりと浮かんでいた。先ほどから後退っているのもリチャードから逃れるため。しかしまったく身に覚えがなかった。

なぜ、モニカは自分の手を避けるのだろう。なぜ、手の届かない距離を取るのだろう。なぜ、執務室に入れと言っているのにさっさと入らないのだろう。言うことを何一つ聞かないモニカにイライラが募っていく。相手がモニカで無かったらとっくに見捨てているというのに。

「あの、失礼します。」

なのに頑なにモニカは言うことを聞かない。

「なんでだ、私も行くぞ。」

「結構ですわ。どうぞ執務にお戻りください。」

「私について来てほしくない理由を話せ。本日の執務は終わっている。あとは書類を持って帰るだけだ。公務も入っていない。」

「すぐ、収まるのですが、過呼吸になったら保健室に、報告に行かなければならないのです。それだけ、ですので。」

「それに、私がついて行ってはいけない理由は何だ?」

半ば腹立ちまぎれに吐き捨てれば、モニカはまたびくりとした。

「それは、私が、第三王子殿下のことが、ニガテ、だからです。」

一度言われて頭に内容が入ってこない、そんな経験は初めてだった。

モニカが私のことがニガテ。

そんなこと感じたことは今まで一度もなかった。モニカは何か意見があればはっきり言うほうだ。確かに部屋で本を読むのが好きなのは知っていたが、いつも外での遊びに付き合ってくれていたし、それについて何か言われたことはなかった。モニカが嫌なら、リチャードにはっきり言うはずだ。では、何が・・・。

「どこがニガテなんだ?」

本当に心当たりがない。考えを巡らせて昔を思い返してみても、モニカに何か不満があるようには見えなかった。モニカはいうなれば、はっきり物事を言う、母上と同じタイプだ。だから二人がぶつからないように気を付けていた。母上から不興を買ったってなにもいいことはない。

「怖い、ところ、です。」

言いにくそうなモニカに、また心当たりがなかった。怖い。そんなに恐怖を与えただろうか?怖がらせることをした覚えも全くなかった。むしろモニカには意識して優しく接していた記憶しかない。

「どこが怖いんだ?」

「今です。」

ますます意味が分からなかった。

「身に覚えがない。はっきり言え。」

モニカは今まで胸に抱いていた腕の裾を少しまくった。先ほどリチャードが握ったために赤くなった手首があった。あんな跡になるとは、思わなかった。小さいころ同じ事案で、姉に怒られたときのことが記憶から呼び覚まされた。

「暴力をふるっています。無自覚に。シエナ様には、手を取っていいかと聞いてからになさってくださいまし。」

「すまない。気が付かなかった。」

これはリチャードが悪い。力加減は子供の頃に出来るようになったと思っていたのに。モニカを前にするとつい強く握ってしまっていたようだった。

「今までも無自覚に、私に、怪我をさせていたことが、あります。」

「なんで言わなかった?」

「その都度言いましたが、よくお分かりで無かったようです。」

そんな頻度で怪我をさせていた?全く覚えがない。痛そうなそぶりをしていたか、必死に思い出そうとしていた。

「ダンスの練習の時でしょうか。足を捻ってしまって、座り込んでしまい、手を離してほしいと言ったのですが、聞き入れてもらえませんでした。」

4年前のことだろうか。あの時は毎日が楽しくて、大切な思い出だった。懐かしさに胸を締め付けられ、手をそっと胸に乗せた。

「私に怪我をさせたのは、この際、良いのです。シエナ様にそのようになさらないとお約束してくださるのなら。」

何が良いのか。怪我をした本人が何を言っているのか。良いわけがない。

「力加減がうまくいかなかった、すまなかった。」

「もういいのです。わたくしの話を聞いておりました?」

「聞いているから、謝っているんだろう。」

「いえ、わたくしは、お約束して、ほしかったのですが。」

約束?いったいそれが何になるというんだ。怪我をさせた過去は変わらないというのに。

「シエナに、怪我をさせないことをか?」

「はい。」

「わかった。モニカとシエナにもう怪我はさせない。」

「わたくしはいいのですが。・・・まあ、いいです。それで。」

シエナに怪我などさせたことはないはずだ。彼女は何かあったら大声で言うはずだし、ずっと根に持つタイプだ。絶対うるさく言ってくるはず。

「お詫びに何かプレゼントでも送りたいのだが。」

「結構ですわ。わたくしは失礼いたします。」

いつの間にか整っていた呼吸で、モニカはまたここを去ろうとしていた。小さいころのモニカはもう少し素直について来てくれたのに、そして思い出そうとして、あることに気が付いた。モニカと視線を合わせたことが、あまりにも少ないことに。

「まだ、怒っているのか?」

そう吐き出すように問えば、感情の起伏の無い声が返ってきた。

「いえ、わたくしは怒ってなどおりません。恐怖しか、感じておりませんわ。ご容赦くださいまし。」

髪の隙間から除く瞳は、リチャードが二の句を告げずにいる間に逸らされて、階段を下りる音とともに去って行った。私はいったい、どこで、何を、間違ったのだろう。シエナの言っていたことは的を得ていたということだ。

『モニカは、リチャードのこと、なんとも思ってないわ。好きか嫌いかで言えば、たぶん嫌いなほうに入っていると思う。』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
的は射ましょう 得るのは「当」です
 リチャードの本質がまさにモニカ前世の父親と一緒で、一体全体なんで転生してまでこんな地獄を味合わなきゃならないんだと憤りを感じるレベル。  例のクッキー毎日食べることを義務化すべきですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ