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王都にジスがやって来た

 

 白の聖堂にはこの度オーズ領にある大聖堂に向かう年若い聖職者たちが集まっていた。

 数年に一度開かれる聖女のための祭典に出るのだ。この祭典に出て初めて一人前となれる大事なものだった。オーズ領に行くにはクラブ山脈を抜けなければならないので、ほとんどの領地の教会にいる聖職者見習いたちは、一度王都にやって来た。白の聖堂で今一度準備を整えてから行くのだ。ここには第一陣の、貴族子女が多く、王族が出席する決起集会のような式典が行われていた。研修で行くと軽い気持ちで言っていたジスは、この式典を見てどう思うのか。前回王太子殿下の結婚式で来たときは華やかな飾りがしてあったが、今回は教会の式典のため、厳かな装飾だ。威厳と神聖な雰囲気が漂っている。バージェス夫妻と馬車で白の聖堂につき扉を開けると、奥から近づいてくる人がいた。


「モニカさん。バージェス公爵閣下。御夫人も。いらっしゃいませ。」

 クラレンス先生が、いつもの黒い服ではなく、白い司祭服に身を包み柔和な笑みを浮かべて出迎えてくれた。少し眩しそうな顔をしたのは気のせいではないだろう。最後に私の手を取って、馬車から降ろしてくれた。

「いやあ、モニカさんは今度はどんな刺繍を入れたのかな?」

 興味津々という顔で聞かれれば、答えないわけにはいかなかった。

「弟のジスに、旅路の安全を願って。・・・ラッピングしてありますのでお見せするのはご容赦くださいまし。」

「それは残念、後で弟君に見せてもらうよ。」

 どうしても見る気なのか。


「クラレンス先生…じゃなかった、司祭。モニカさんの案内はわたくしがしますので、あちらでお出迎えをしていてくださいまし。」

 この声は。マゼンダさんが聖職者の格好で出迎えてくれた。

「マゼンダさん!御用があるとおっしゃっていたのは・・・。」

「ふふふ、内緒にしていてごめんなさい。わたくしてっきり弟くんはもっと小さい方だと思っておりましたの。今日の式典にいらっしゃるとは思わなかったですわ。」

 ああ、と夫人が声をあげた。

「ホーク家は聖女様の遠縁でいらっしゃいますものね、小さいころからお手伝いをなさっていたの?」

「はい。聖女の祭典はオーズ家あげての一大イベントですから。親戚一同駆り出されております。王都にいる親戚は式典と、これからの旅路の準備。領地にいる親戚は聖女の祭典と帰路の準備で連日休む暇がありません。・・・本当は王太子妃がいらっしゃるはずでしたが、急遽来られないということで第三王子殿下とシエナ様に来ていただくことになりまして。突然のご依頼大変申し訳ありません。」

 いつもそれこそ聖女のように微笑みをたたえている彼女の、疲れた顔をしている姿は珍しい。それに殿下は急遽だったのか。それなら教えてもらえなくても仕方ないか。それはそうと、クラレンス先生とマゼンダさんは遠い親戚ということになるのか。保健室でも穏やかな空気が似ているなと思っていたが、そのためだったのか。マゼンダさんにしっしと手で払われて、クラレンス先生はじゃあ後程、と手をヒラヒラさせてまた入り口のほうに戻って行った。


 マゼンダさんの先導で、聖職者と家族の入り混じったホールへと案内された。入口に一歩入った時、バージェス夫婦の目立つ容姿に一瞬にして周りが静まり返った。明らかな上位貴族の登場に言葉が詰まったような空気だ。そんなことはまったく気にしたそぶりもない二人は、慣れたように堂々と、なおかつ上品に世間話をしながらマゼンダさんの後について歩いていた。私はその背に隠れながらこそこそついて行く。一角に年頃の男子数名が、盛り上がっているところがあった。全員聖職者見習いだ。その中に見慣れた黒髪を発見して、マゼンダさんはまっすぐそちらに向かって歩いていく。

「ジス!久しぶりだね。ああ、ちょっとまた、背が伸びたかい?」

「私は赤ちゃんの時ぶりだわ!もうこんなに大きくなって!可愛いまんまるほっぺがこんなにシュッとなっちゃって!」

 マゼンダさんが声をかける前にバージェス公爵夫妻がジスに駆け寄って行った。公爵閣下に肩を抱かれ、夫人に頬を両手で包まれて、その場は静まり返っていた。これは、久しぶりに親戚のおじちゃんたちに囲まれておお、大きくなってと言われるあれか。ジスが目線で助けてと言っているが面白いので少し様子を見ていよう。

「マゼンダさん、案内してくれてありがとうございます。今日はまだ忙しいの?」

「そうなの。式典の裏方やら、スケジュール通りに司教様を連れて行ったり・・・なにせお年だから。でもこれが終わったら第二陣まで休めるから、大丈夫。それにしても弟くん、助けなくて平気?」

 私はジスにチラリと視線を戻した。

「大丈夫かと。」

「大丈夫じゃない。」

「お二人とも、もうご容赦願いますか。」

 名残惜しそうにジスを放した。マゼンダさんがじゃあね、と小声で離れて行ったのでまた、と返して弟のほうに向きなおった。

「久しぶりね、ジス。移動大変だった?」

「あんなの毎回やってたのかよ、姉ちゃん。もう二度とご免なんだけど。」

 先ほどからほっぺをいじられてムスッとしていたジスが、私のほうに寄ってきた。後ろでバージェス公爵夫婦がジス君の目ってお父さん似なのね~と朗らかに話している。

「二度とって、帰る時にもう一回でしょ。」

「うげ~。そういえばさっきのピンク色の髪の人って…。」

「私の学園のお友達よ。」

「へえ、赤色だから俺たちよりだいぶ上の司祭だな。」

「司祭様に上とか下とかってあるの?」

「あるに決まってる。首にかけている奴の刺繍の色が違うんだよ。見習いは刺繍が入っていないんだ。」

「あ、そうなんだ。」

「一番上が司教様。」

 そう言ってとステージの壇上に指した。ちょうどその司教様が現れた。式典が始まるようだ。私はポケットに入れていた小箱を取り出して、ジスの胸の中に押し込んだ。

「早めに作っておいてよかった。間に会わないところだったんだから。」

 調度たまたま一週間前に、今度文化祭の準備で時間が無くなるだろうことを見越して作っておいた、道中安全の祈りを込めた刺繍入りのハンカチだ。ジスはふたを開けたが、すぐさま閉めた。

「どうしたの?」

「ここで開けないほうがよさそうだ。ありがとう。」

 なかなかの出来だから開けてもよかったが、まあいい。壇上の話に視線を戻した。そう短くない話を終えて、拍手の中さって行く司教様と入れ替わりで、壇上の椅子に座っていた第三王子殿下が歩み出てきた。隣に座っていたのはシエナ様だ。第三王子殿下の話はそこそこ短く切り上げたようで、会場が少しほっとしたようだった。この後ここはパーティになるようで、久しぶりに会った家族との交流を楽しめるようだった。壇上からシエナ様をエスコートした第三王子殿下が下りてきた。何だかまっすぐこっちに来ているような。音楽も始まって、やっと和やかな雰囲気になってきた会場とは裏腹に、隣の弟が少し青ざめているのが分かった。

「リチャード、久しぶりねぇ。」

「お久しぶりです伯母上。バージェス公爵も、あの日以来ですね。」

「そうだね、あれから何か進展はあったかな?」


 少し声のトーンを落として何やら話し始めてしまった二人に、夫人がさりげなくエスコートされていたシエナ様の手を取り、こちらにやって来た。

「シエナちゃんは会うの初めてでしょ?こちらジス君。モニカの弟くん。」

「初めまして、シエナと申します。」

 スカートの端を持ち、完璧な礼をしてくれたシエナ様に、戸惑ったようなジスは慌てて頭を下げた。

「ジスです。姉がお世話になっています。」

 シエナ様がパッと顔をあげると、首を振った。

「全然お世話なんかしてないよ!私のほうがお世話になりっぱなしだもの。・・・やっぱり、ジス君ってモニカと同じ色なのね。」

「うちの兄弟はみんなこんな感じですね。」

「そうなんだ。いいな。私小さいころモニカとお揃いの黒髪になりたかったのよ。」

「わたくしはシエナ様の銀髪のほうがいいと思うんですが。」

「だってそっちのほうが妹っぽいでしょ。私はモニカみたいなお姉ちゃんが欲しかったの。だから弟がいるって聞いて本当にうらやましくって。」

「こんな姉でよければ、あげますが。」

 しれっと答えるジスを一睨みすれば、モニカをもらっちゃったと嬉しそうに私の腕を取るシエナ様がかわいらしいので不問に処す。

「モニカ。私たちは先に帰るけど、もう少し居るかい?」

 険しい顔が一瞬にしてパッと明るくなった公爵閣下が、こちらに話しかけてきた。

「はい、残ってもいいんですか?」

 二人が付いてくるなら長居はできないと思っていたので、この申し出はありがたかった。目があった第三王子殿下の腕に公爵夫人がくっついて、リチャードはこっち、と引っ張って行ってしまった。

「じゃあ私も帰るわ。ジス君と何か話すことあるでしょうし。」


 そう言ってシエナ様が公爵閣下と一緒に会場を後にした。ジスはというとなぜか三人が出て行った出口をにらんでいた。

「ジス?」

「アレが噂の殿下か。」

「噂?」

 小首を傾げた。ジスのところにまで何やら第三王子殿下の噂でも伝わっているのだろうか。

「なんでもねーよ。それより帰らなくてよかったのか。」

「これから何か用事でもあるの?」

「・・・ないけど。」

「なら時間はあるわ。」

 ふーん、と気の無い返事をしているが、帰れと言われないのでいてもいいのだろう。この後クラレンス先生が来たりと、そこそこ楽しい時間を過ごせた。私が帰る時間になり、じゃあねと挨拶して、あっさりと別れて馬車のほうに行こうと歩き出した。


 そのとき後ろのほうで、お前田舎の港町の出身だって言ってたよな?!と問い詰められているジスがいた。聖職者は基本的に名前で呼び合うため、家名を名乗らないこともあると聞いた。ちらりと振り向けば肩を掴まれたジスが、困った顔で何やら言っていた。

「いや、うちの司祭様に家名がバージェスって王都では言わないほうがいいんじゃないのって言われて、確かに面倒なことになるかなと思って。おじさんたちが来るなら最初から名乗ってたほうがよかったよな。わりいわりい。姉ちゃんだけかと思っててさ。」

「へらへらしてんじゃねーよ、マジでビビったんだぞ。お前が急に身なりのめちゃくちゃいい人たちに絡まれて。しかも親戚っぽいし。姉ちゃん可愛いし。ていうか今バージェスって言ったか??あの?壇上の王子様もこっちに来るし。司祭三品のクラレンス様も来るし。」

「ごめーん。俺も来ると思わなかった。忘れてたけどおばさんが王家の方だった。王子様は一発ぶん殴ればよかったよ。」

「何言ってんだお前!」

 そのくらいで聞き取れなくなった。ジスが第三王子殿下を殴ればよかった…?なんでそんなことになっているんだろう?二人に接点なんてなかったはずだ。まあ、実際は殴らなかったし、もう会うこともないだろうし、大丈夫だろう。私は帰路についた。


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