表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/117

モニカの夢

 

 大学で倒れて気が付けば病院だった。あの人と母が病室にいて、祖父母たちが心配して、かわるがわるお見舞いに来てくれた。中でもあの人は会社帰りにわざわざ私の枕元により、さっさと迎えが来るといいな、病院費がかさむから1年も持つのは迷惑だ、と毎回そのようなことを言っていた。ベッドの上で苦しむ私の耳元で、そうささやくあの人はいらないものを見る目でこちらを見ていたのだ。しかし私ももう子供ではなかった。高校まで持たせてもらえていなかったスマホを、自分でバイトをして買ったのだ。闘病中の1年、死ぬまでの1年。その暴言をスマホに録音した。大学生にもなったのだ、そのくらいの仕返しはできる。外面のいいあの人のことだ、少しの証拠では捏造を疑われかねない。さっさと消えてしまえ、早くいなくなれと言われた言葉を、何も感じなくなった耳で聞きながら、淡々と証拠として貯めていった。それらの証拠をコピーして母の職場に、あの人の父と母に、母の父と母に送った。そして私はその日の夜に容体が急変して、看取られることなく逝ったのだ。私からの最後の贈り物だ、きっと母も祖父母も見てくれるはず。


 その後はどうなったのだろう。目覚めればこちらに来ていたのだ。いや、シエナ様の顔を見るまで、忘れていたのだ。あの記憶を。覚えていてもいいことは何もない。ただのつらい記憶だ。

 涙の球が枕にこぼれて、目をこすりながら起き上がった。いつもの、王都の別館だ。嫌な夢だった。あの贈り物は結局どうなったのか。考えても分からないことだ。ただ、私はあの人を、怨んで死んでいったのは間違いない。空しい感覚だった。誰かを恨んで死ぬなんて、途方もなく惨めだった。どうせなら、愛を感じて終わりたかった。そう、人生いつ何が起こるか分からない。前のように、もしかしたら二十歳そこそこで病気になるかもしれない。それならば、後悔しない選択をしなければ。私は思いを新たにした。





「本日の昼食と、聖堂への訪問を、夫妻が御一緒したいとのことです。」

 フィナがいつも通り淡々と私の身支度を手伝ってくれた時に、また抑揚のない声でそう言った。

 本日は学園は休みで、白の聖堂に来る弟を見送りに行かねばならない。昨日の夕方に王都入りしたと連絡があった時は、なんで事前に手紙に書かないのかと不満に思ったが、魔力もちの貴族子女でさえ攫われる世界では、祈力もちの成人していない子供など、格好の餌食であるわけで。警備の観点から家族にもついてその日の連絡しか来ないものだよと閣下に言われて、なるほど確かにと納得してしまった。本当に治安が終わっている。私ももう少し気を付けよう。

「わかりました。ご一緒いたしましょう。シエナ様はどうなさるのでしょうか。」

「シエナ様は本日午前中から王城に上がる日でございます。昼食は殿下ととられ、午後から聖堂の式典に出られるそうです。」

「なるほど。」

 だったら、第三王子殿下はその予定を知ってたんだな。昨日も学園で中身のない世間話しかしなかったのに。教えてくれたらよかったのに、という気持ちと、きっと極秘であっただろうから教えられなかったんだろうな、という気持ちが混在していた。モヤモヤを胸にしまって支度を整えた。公爵夫人がよく連れて行ってくれる服屋で、一緒にそろえた普段着だ。シンプルで動きやすい、余計な装飾の無いもので、実用的な服たちだ。公爵城で働くのなら、こういう服がいいだろう。

 髪の毛だけはフィナが綺麗に編み込んでくれて、そこに夫人が選んでくれた髪飾りをつけた。

 午前中は本を読んだり、学園の課題をやったり予習をしたりとまったり過ごした。昼食はフィナに案内されて食堂へ向かった。席には夫婦が先に待っていた。

「お待たせいたしました。」

「いいえ。ささ、座って。」

 ニコニコと笑っている公爵夫人はモニカと一緒に昼食は久しぶりだわ、と嬉しそうにしていた。夏休み中、王都にいる間はなるべく一緒に食事をとっていたが、それ以外は週末の休み以外、夜も帰りがまばらで一緒に食事をとることは少なくなっていた。私との食事などそんなに特別なものでもないのに、この夫婦は本当に嬉しそうに毎回食事に招いてくれた。

 他愛のない話をニコニコと聞いてくれる二人に、私も自然と笑顔になって、食事をしていた。デザートが運ばれてきたときに、公爵閣下が切り出した。

「ところでモニカ、卒業後はどうしようか?」

 きっとこの話がしたくて、今日呼び出したのだろう。

「そうですね、バージェス領の本城でお仕えできればうれしいですが。」

「そうね、私たちもね、王都邸を殿下とシエナに任せて、本城でモニカと一緒に過ごせたら素敵ねって話していたの。」

 相変わらず美しい容姿と所作で、優雅にデザートを口に運んでいく公爵夫人は、またにこりと笑った。そうなったらどんなにいいだろう。今までの恩をやっとお返しできる。胸がじんわり温かくなった。

「でも、私たちはモニカの一番かわいい期間を、モニカのお母さんがら頂いてしまった。時間というものは取り戻すのが困難だから。だから、モニカが実家に帰りたいと言えば、僕らに拒むことはできないよ。」

 実家。

 その言葉で、昔の夢を思い出した。婚約を解消した暁には、実家に帰ってお父さんとお母さんと、弟と、一緒に暮らそうと思っていた。その時の想いが鮮やかによみがえった。もうお父さんはいない。弟も家を出ていて、母一人があの家にいるのだ。夏が色鮮やかな港町。

「殿下の後継者教育もしなくちゃいけないから数年はまだ王都暮らしだしね。モニカにそれをつき合わせるのも悪いし。」

 そこで公爵閣下は言葉を濁した。

「元婚約者が同じ屋敷にいるのも、外聞が悪いですからね。」

 それにシエナ様にしても、気分のいい話ではないだろう。

「私はリチャードのほうが心配だわ。最近またモニカに話しかけているんですって?いまさら遅いわ。話し合いが必要な段階はもうとっくに終わったのよ。モニカにはもっといい人を探すの。」

 ぷくりとほほを膨らませ、眉間にしわを寄せた公爵夫人は、フォークを片手にタルトをつついていた。

「だから、その数年間、モニカは実家に行ってはどうだろうと思ってね。もちろん、他にも王都の王宮の官吏を目指して試験を受けてもいい。モニカの成績なら推薦でも受かるからね。とにかく、モニカには無限の可能性と未来があるんだよ。婚約が無くなったことを好機として、悔いのない選択をしてほしいし、たくさん選択肢があることを覚えていてほしい。」

「私たちはどんな未来がモニカを待っているのか楽しみにしているの。どんなことでも応援するわ。だってあなたはね、一生、私たちの愛娘だからね。」


 急に視界がにじんで涙がこぼれた。ぽろぽろと流れ出るそれに、心の重荷がすっと消えたようだった。今朝、嫌な夢を見たせいもあって、落差に幸せをかみしめていた。

「よく、考えてみます。」

 前世になかった無限の可能性と未来。何だかワクワクしてきた。この世界で、何をしよう?やっとここの住人の一人になれた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 ああこの人達が養父母で本当に良かった。  ただヤツが公爵家に来ることになるならやっぱり物理的に距離をとった方がいいな。  蛇⋯⋯というより熊並みの執着心だからアレ。
やっぱりマジでアレ最悪だ!!!!!!! 普通に失礼すぎるだろ!!!!!!! てか、ちょっと思うのだけど モニカは公爵家から離れた方がいい 絶対にいつか無理やり手籠にするとかやりかねない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ