きっとよくなる
「ミランダちゃん、一緒に帰ろう。」
夏季休みが私たちの事件と、広場での騒動によってグダグダで終わり、また学園が始り、1カ月がたった。振り向けは可愛いヒロインシエナちゃんがいたのだ。
「んーリチャード殿下は?またモニカ先輩にちょっかいかけに行ってんの?」
「…そう。だから一緒に帰ろ。」
少しだけ肩を落とした親友を前に、最近の殿下の様子を思い返した。やたら。やたらモニカ先輩と『世間話』をしたがるのだ。初めは事件についてのことだったりしたので、モニカ先輩も応じていたが、だんだん内容が雑談となっていったため、最近は切り上げているらしい。
「どうなの、最近冷たいとかそういうのは…。」
「うんん、いつも通りよ。」
そう言われて最近の記憶を引っ張り出すと、2年になってからのイベントがちょいちょいあるので、それでもリチャードの攻略はうまくいっているようだ。じゃあなんでいきなりモニカ先輩に声をかけ出したのだろう。
「初めはね、リチャードが私に話しかけてくれるだけでよかったのに、でもやっぱり違和感があるのよね、一言目に、『モニカは?』って言わないリチャードって。」
シエナちゃんと並んで歩きだした。
「前はそうだったの?」
「私が入学するまで…してからも最初に会った時は言われた気がする。私の顔を見たら絶対そう言ったのよ。学年が違うから、前みたいにいつも一緒じゃないのにね。」
懐かしそうに目を細めるシエナちゃんに、なんだか胸が締め付けられた。モニカ先輩曰く、昔からリチャードのことが好きだったと言っていた。それならモニカ先輩に好意を抱いていたその時を、この子はしっかり知っているのだ。
「まったくどうしたのかしらね。モニカ先輩のことなんて、2年になってからは全く気にするそぶりがなかったのに。」
「でも違和感はないわ。昔からそうだったもの。」
「でも・・・。」
ミランダは納得いかなかった。入学当初こそシエナちゃんとリチャード殿下がうまくいくのを喜んでいたが、何というか、リチャード殿下の好感度が、ゲームの強制力によって上がったものだったら、それはシエナがちゃんを幸せにしてもらえるのか。もしや私たちがクッキーだとか、シエナちゃんに発生するイベントの選択肢のヒントやら、おせっかいを焼いたせいでおかしなことになっているのかもしれない。
「いいのよ、ミランダちゃん。むしろリチャードってば、モニカにさっさと告白すればいいのにって思ってるの。」
「え、そうなの?」
ニコッと笑ったシエナちゃんが、胸を張った。
「そう。そしてフラれちゃえばいいんだわ。はっきりと。」
「確かにモニカ先輩は全くその気はないから、きっとはっきりと断るでしょうね。」
モニカ先輩の態度を見ていれば一目瞭然だ。それで一度しっかりフラれれば、落ち着くのだろうか。
「それにもう、婚約してしまったのだから、私以外と結婚なんてできないのにね。」
確かにそうだ。一度解消した身なのだから、もう一度再婚約など、本人たちの強い希望でもなければ叶うことはない。バージェス公爵にしても、モニカ先輩が不幸になるような結婚は強要なさらないだろう。リチャード殿下との結婚は、ひいき目に見てもうまくいしそうにない。それこそシエナちゃんくらいリチャード殿下と一緒にいることを楽しんでいけるような、芯の強い女性でないと無理そうだ。そういう点で言えば、話をするだけで緊張のあまり、過呼吸を起こすような小心者で、慎重なモニカ先輩は本当に、合っていないと感じる。それにモニカ先輩は貴族の次男三男にとってはいい婿入り先候補なのだ。もっとモニカ先輩と同じ価値観で、似たようなペースで歩いてくれる生真面目ないい男性くらい、いそうなものだ。
「そういえば、ミランダちゃんのほうはどうなったの?セガール君との婚約話って、無くなったんでしょ?」
「それはもう全くなくなったよ。この間ドレスト伯爵が謝罪に来てくれたんだけど、やっぱり私たちが目をつけられたきっかけって、セガールがお兄さんに私が泊りがけで遊びに行くこと言ったせいらしい。本人に学校で謝罪させると言ってたけど、学校が始まってから気まずいのか一度も話しかけに来ないし、本人から謝罪もないから、やっぱりあんな奴と婚約なんて無理ね。」
そう、目があっても逸らされるし、かといってずっと無視しているのかと思えば、クラスの出入り口に陣取ってこちらを見ているそぶりを見せている。要は話しかけてくれるのを待っているのだ。セガールは昔からそうだ。私が話しかけに行かなければ、あっちから来ようとしない。どうしても我慢ができなくなった時だけ自分でやってくる。学園に入学する前、クレアス様から学園ではセガールに近づくなとの手紙が来たとき、そうか自分から話しかけなくてもいいのか、と思い至ったのだ。それまで一応、親戚だからと季節の手紙など送っていたが、それもすべてやめた。そうしたらどうだろう、すっと気持ちが軽くなった。今まで関わることがこんなにも心の負担になっていたなんて思わなかった。
没交渉になった学園生活は、シエナちゃん、モニカ先輩と出会って、非常に楽しいものになった。ライとの関係の発展は、正直できていないが、最近少し態度が変わってきたような気がする。少しだけ、気にかけてくれているような、気のせいのような。でも幼馴染として何年も停滞していたのだから、少し進むだけでも進展と言っていいだろう。この調子で少しづつ、意識してもらえたらいいと思う。
「今ライオルト君のこと考えてた?」
珍しいにんまり顔のシエナちゃんが、ミランダの顔を覗き込んだ。
「え、な、ちょっと、なんでっ。」
そう言ってから、しまったと思いかえした。これではライのことを考えていたと自白したに等しい。
「やっぱり~分かりやすくて可愛いなぁミランダちゃんは。」
「もう、今のはちょっとちがうの!」
否定すればするほど説得力が無くなっていくループにはまった気がする。
「お互い頑張ろうね。」
ニカリと笑ったシエナちゃんが夕日に染まってキラキラしていた。これでこそ我らがヒロイン。なんて可愛いんだろう。
「うん。頑張ろう。」
肩を寄せ合って歩けるのも、卒業までの一年半だけだ。




