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もったいない

 

 聞いた話によると広場はひどいありさまだったらしい。

 突然変わってしまった体に驚いた馬たちが、慣れない魔法を使って人を傷つけ、25人が重軽傷。騎士団が、その場から空に逃げたペガサスや、走り出してしまったアンデットホースを討伐し、広場に残った比較的おとなしい個体はペガサス航空団で保護しているそうだ。3人が乗っていたユニコーンは魔物の乗り物としての許可証を発行して、所有物登録をすることでこのまま乗り続けられることとなった。それと時を同じくして起きた新緑商会襲撃事件は同時多発的に5件の店舗に襲撃があり、相当な被害額が出たそうだ。そちらの犯人は一部捕まったものもいるので、組織の全容は調査中だそうだ。多数の銃火器が盗まれたそうだが、あの時見たものはどう見てもその時盗まれたというよりは、馬車に乗ってスタンバイしていたという様相だった。時系列に違和感がある。近衛騎士団預かりになったのできっと捜査が進むだろう。国王陛下直轄の近衛騎士団が調査するということは、つまり外交問題にもなりかねない案件だということだ。



 あの事件の後変わったことが2つある。

 本当に全く納得のいかない話だが、第三王子殿下の指示に従い御身の側を離れたとして、レオン様が警護上の責任を取らされることになった。具体的には剣の返還だ。レオン様はこうなるだろうと予想していたらしく、あっさりと国王陛下へお返ししていた。私を筆頭にミランダさんもマゼンダさんも抗議していたが、聞き入られることはなかった。

「しょうがないですよ。第三王子殿下には後悔の無いように動いてほしかったので。俺としてはこの結果は受け入れています。どうせ卒業して殿下とともに公爵家にはいる時は近衛の象徴である剣は持っていけないので、返還する予定でしたし。」

 レオン様が納得しているならいいが、私としては納得できなかった。そしてもう一つの変わったことは。


「モニカ。」

 やたら、第三王子殿下が話しかけてくるようになった。

 今までシエナ様のことしか目に入っていなかったはずなのに、急に、声をかけられ、呼び止められた。そして話の内容は急を要するものではなく、世間話の延長のようなものばかりだった。そのたびにいちいち緊張して、怖い思いをする私の身にもなってほしい。シエナ様と一緒にいる時でさえこの呼び止めがあったことに困惑しているし、それを容認しているような空気のシエナ様のことも気がかりだった。人目の多いところでのやり取りのため、強引に話を切り上げて立ち去るわけにもいかず、正直困っていた。

 今も往来は激しくない廊下という場所で話しかけられた。近くには中庭の東屋が見える。第三王子殿下がそちらを向いたので、ついて来いという意味だと理解はした。理解は下が行きたくない。

「なんの御用件でしょう?シエナ様への御伝言なら承ります。」

 言他にそれ以外だったら話は聞かないという意思を示した。

「なんだ。話もまともに出来ないのか?」

 それは、時間がないのか?という意味にも、自分とは話す時間がもったいないという意味か、という皮肉にも聞こえる。私の気持ちとしては後者だが、そんな恐ろしいことを言うわけにはいかない。しかしそんなことを言うということは大した話ではないのだろう。暇だったから声をかけたとかそんな感じかもしれない。顔も知らない生徒たちが、遠巻きにこちらをうかがっていた。第三王子殿下の機嫌が急降下しているのだけは、私にも彼らにもわかっただろう。だからと言って周りの生徒たちに何か実害があるかと言えばないのだが。


「ご用件がなければ一般的には呼び止めないものです。」

「お前はマゼンダ嬢と話す時いちいち用があるのか?」

 友人と話す時など、くだらない内容でも言葉を出すことはある。しかし相手が殿下では、用事もなければ話し掛けはしない。というかどうだろう、マゼンダさんと話す時は用事がなくとも何かしら話題が出てくるものだ。挨拶をした後に昨日の夜マゼンダさんとあのカフェについて話したいな、とかそういうちょっとした話題がおのずと頭に浮かぶ。仲のいい同性の友人と、一国の殿下を一緒になどできないが。

「たいていの場合は、わたくしは用があって声を掛けます。」

「そうか、そういうものか。」

 そう言って黙ってしまった第三王子殿下に、そういえば一つだけ、聞きたいことがあったのだ。

「つかぬことをお伺いいたしますが。」

「なんだ?あっちに座らないか?」

 サッと手を出した第三王子殿下には悪いが、その手を取る気は毛頭ない。気が付かないふりで、視線を東屋にもっていった。

「いえ、大したことではありません。…此度(こたび)のレオン様の処遇について。なぜ、レオン様が『護衛を下りるような』命令を、出されたのです?」

 ずっと疑問だった。レオン様は第三王子殿下至上主義だ。当人の命令が出なかったら、私がさらわれようが何があろうが、殿下のお側を離れるなど言語道断なのだ。だからそういう命令が下って、レオン様が第三王子殿下の側を離れることになった場合、責任の所在はレオン様が取ることになるのも、殿下ならわかっていたはずだ。それでも命令を出し、多分レオン様は責任を取らされることを承知のうえで、側を離れた。そこにいたのがロイ様だったら、第三王子殿下のことを幼少の頃より知っている兄貴分であるあの人だったなら、たぶん自分は離れず、ライオルト様に伝令を頼んだんじゃないかと思う。


「モニカはレオンが、もったいないとは思わないか?」

 その時初めて、私は第三王子殿下の顔を見た。相変わらずの秀麗な顔に、何でも見通されそうな緑の瞳がこちらを凝視していた。視線がいたたまれなくて下を向いた。やはり、第三王子殿下に見られるのは苦手だ。自分が醜く、みじめな生き物になった気がする。

「もったいないとは?」

「私の護衛として学園で過ごし、私の従僕として、生きて行くことがだ。」

 鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。なるほど。やはり私は醜い生き物だ。

 本人の希望と言っても、学園で殿下に次いで剣も学力も高い人間を、従僕として自分に仕えさせてもいいものかと、そういう事か。確かにもったいないことではある。第三王子殿下は後々バージェス公爵を継ぐお方だが、それまでだ。バージェス公爵は財政もよく、土地もある、名門貴族ではあるが、地方を治める一貴族でしかない。レオン様が独立して、国に役人として勤めるとなったら、きっと大臣にまでは上り詰められそうなポテンシャルはある。従僕という立場での発言権に比べれば圧倒的に影響力があった。

「いい機会だと思ったんだ。レオンの道は一つじゃない。私と離れることになったとしても、もっと自由に、やっていける道があるんじゃないかと思っていたんだ。ちょうど、ローファス伯爵にも話していた。嫡男があれでは伯爵も頭が痛いだろうしな。」

 確かにアリアドネ様の結婚式の時、伯爵が第三王子殿下につかまっているのを見た気がする。

「つまり第三王子殿下は、護衛職から外すことで今一度、レオン様に将来を考えてほしい、と。」

「まあな。ああでもしないとレオンは、いち生徒に戻れない。」

 なんと私は浅はかだったのだろう。自分についてくる親友の将来をもったいないと捉えるなんて。どれだけ将来のことを考えていたのだろう。こういう面を見るたびに、ある種の恐れを感じた。私など、卒業後レオン様とバージェス家を支えることができると、少し楽しみにしていたくらいだ。

「わたくしが浅慮でございました。」

 本当に目先のことにしか目に入っていなかった。改めて第三王子殿下の顔を見た。視線が自分から外れていたのをいいことに、じっと見てしまった。やはり、殿下は只者ではない。

「いや、レオンの希望は、そっちだろうから。」

 そう言って少し寂しそうな顔をしていた。


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