もう二度と会えない
後ろから炎弾が何度か飛んできた。
ヴォルデさんが右に左に切り返し、懐から取り出した魔石で氷の壁を作り、二人を撒くことに成功した。私を地面において、ちょうどいい岩に腰を下ろした彼をじっと見つめた。
「聞きたいことがあるみたいな顔してるね。」
ヘラリと笑ったヴォルデさんは、黄昏時も相まって、私が知っている彼ではない人に見えた。
「はい。お答えいただけるなら。」
「うん、答えられる範囲で答えよう。」
「いったい、貴方は何者ですか。」
「うん。魔石ってどこに出来るかって知ってるよね。」
そう言って先ほど使っていた青い魔石を取り出した。こぶし大のそれはめったにお目にかかれないサイズだ。それだけで屋敷が5つは買えてしまう。
「魔物の、胎内に。」
「そう。ある魔物は頭に、ある魔物は心臓に。年月をかけてゆっくりと出来るから、短命種より長命種の魔物の体内に出来やすい。で、これは俺の母の遺品。」
ヴォルデさんの姿が徐々に変わっていく。
「母は魔人の中でも長命種だった。」
体長は2メートルを優に超え、顔は鼻と口が前にせり出していた。髪色と同じ青い体毛で包まれた、鋭い爪と牙を持つ二足歩行の狼。
「500年越えの人狼、その心臓の近くにあったのがこの水の魔石だ。」
鋭い眼光に睨まれて、ここは縮こまらなければならないところだろう。しかし私は知っているのだ、中身があの親切な冒険者だということを。大きさに圧倒はしても、怖くはなかった。それどころかピコリと立った耳や、ふわふわの毛皮に興味が湧いた。
「あのう、今は真夏ですけれど、暑くはないんですの?」
「人間の時よりは熱いかな。毛皮って熱が籠もるんだよね。でも夏毛になってるから、冬よりはすずしいよ。」
大きな体でじっと私を見下ろしていたヴォルデさんが、私の前にお座りをした。それでも私の身長ほどの高さに顔が来る。その、小首をコテンと傾げた。
「触ってみる?」
「はい。」
食い気味に答えてしまったのは、ヴォルデさんが可愛いから仕方ない。失礼しますと頬を両手で包んだ。
もふもふもふもふ。
「さすがヴォルデさん、ちゃんと手入れされてますね、超サラサラの上もふもふです!ふわっふわです!」
少し目を細めてお褒めに預かり光栄至極、と呟いていた。
「最近、魔王国で魔物の大量殺人があった。喧嘩っ早い国民性だけど、魔王陛下の法は守るくらいは分別があるはずだったのに、どうやら人間の国と組んで、心臓から魔石を取ってうっぱらってたみたいだ。見返りが大きいからそういう事が後を絶たない。で、俺はその魔石の販売ルートを調べに来ていたってわけ。レストの国内は大体調べたから、今度はクロス王国のほうをね。」
「大量殺人…それって北部ですか?」
「へえ、知っているの?」
「いえ。わたくしの友人が北部出身なのですが、毎年山から下りてくる魔物の討伐に駆り出されていまして、今回リゾル王国から少ないって話が…。」
「そう、俺がリゾルの知り合いに言っておいたんだ。」
なるほど?
「魔王国の北部で何かあったのですね。魔石を人間に売りに出さねばならないようなお金に困ることが。」
「急に鋭いことを言うじゃん。」
「それで、事情を正直にわたくしに言ったということは、何か相談があるとみました。」
今までおとなしくモフられていたヴォルデさんが、急に人間の姿になった。私はヴォルデさんの頬を両手で包む格好になり慌てて手を離した。今までほっぺ触ってたのに、とヴォルデさんはカラカラと笑っていた。
「そうなんだ。まだ調査が終わっていないんだけど、俺って調べられたらまずいんだよね。だって魔王国出身だし、人狼だし、こんなでかい魔石は持ってるし、だからモニカさんを安全なところまで送ったら、はぐれたことにしてくれない?」
「ああ、いいですよ。」
「あら、あっさり。」
「当然ですわ。だってあなたはわたくしの命の恩人ですもの。」
少しだけ目を見開いて、しかし短く息を吐いたヴォルデさんは、またニカリと笑った。
「さっきモニカさんは俺のこと落ち着くって言ってくれていたけど、俺も、モニカさんと話すのって落ち着くよ。なぜか。」
そう言ってふっと黄昏時の空を見上げた。
「もうすぐ君の迎えがくるみたい。ここにいれば合流できる。それからミランダさんは街道の砦のほうに向かっているみたい。検問が敷いてあったほうから匂いがする。」
「魔人の方は感覚が鋭いのですね。」
「うん。そう。気を付けないとその差でバレちゃうんだ。」
にへっと笑ったヴォルデさんは私の頭をポンと撫でた。
「ああ、最後に一つだけ。カーソル教の宝珠って知らない?俺、それの調査もしに来たんだ。なんか白い石だって聞いたんだけど。」
「カーソル教?」
聞いたことのない宗教だった。
「うん。300年前クロス王国ができたとき、聖女が持っていたって聞いたんだけどそれ以降行方が分からないみたい。」
「ちょっと心当たりはないです。」
「そうだよね。ありがとう。じゃあ、俺はそろそろ行くから。」
「はい。ヴォルデさんありがとうございました。また、お会いできたらいいですね。」
彼は少し寂しそうに笑った後、そうだね、と言ってから背を向けて森の中に消えて行った。きっともう会うことはないのだろう。それはそうか。私は人間の国に生きて、ヴォルデさんは魔王国で生きる。もう二度と会うことはできないかもしれない。せっかく前世のつながりができそうだったのに。
ガサガサと木々が揺れ、思わず目をつむり、再び開けたとき。
目の前には白い毛並みに角の生えたユニコーンがいた。金色の瞳が無機質にこちらを眺めており、少しばかり息を呑んだ。そして背の人物を見て固まった。
「なぜこんなところにいらっしゃるんですか?第三王子殿下。」
「お前がまた、攫われたからだ。怪我はないかモニカ。」
険しい顔に、棘の含んだ声。一気に冷や汗をかいた私は震える手でどう答えるべきか思案した。何が正解だろう。第三王子殿下の機嫌がめちゃくちゃ悪い。どうしよう、貴族令嬢が3人攫われたのなら二次被害を避けるべく第三王子殿下は後方で、指示を出すのが無難なのではないか?現場まで出てきたというのはきっと無断だ。つまりは護衛を撒いてきた可能性さえある。それはだれが責任を取るのだ?第三王子殿下は絶対に取らない。しわ寄せは巻かれた護衛のほうに行く。
「モニカさん!よかった。」
第三王子殿下の後ろからひょっこりと顔をのぞかせたのはマゼンダさんだった。今までの緊張感が少しだけ和らいだ。
「マゼンダさん、ご無事ですか。良かった。」
第三王子殿下がユニコーンから降りようとしたとき、後ろからもう一頭遅れてやってきた。
「モニカ嬢、ご無事ですか。」
ライオルト様だ。彼はここに着くなりユニコーンからひらりと舞い降りた。彼は私のところまで歩み出でて、怪我の有無を確認していた。
「そういえばミランダはご一緒ではないですか。」
脂汗を掻いているライオルト様は相当焦っているようだ。周りを見回していた。
「彼女はどうやら馬車から検問のある砦のほうに逃げたみたいです。そちらのほうに行ってみましょう。」
それを聞いた第三王子殿下が、マゼンダさんに何やら指示を出していた。その間に私はライオルト様のユニコーンの後ろにサッと乗せられた。馬具からこの馬はあのアンジェリカだということが分かった。ユニコーンに乗るのはもちろん初めてだった。馬からペガサスを魔物化現象によって生み出す過程で、どういうわけかユニコーンやアンデットホースが生まれることが稀にあった。ユニコーンはペガサスほどではないがそこそこの高値で取引された。
ユニコーンは空を飛べないが、ジャンプ力がすさまじい。そして速さも馬と比べ物にならないほど速い。つまりはものすごく怖い。初めは遠慮がちにライオルト様の腰に手を回していたのだが、あまりの恐怖に今はがっちりとホールドし、彼の背中に思いっきり頭をつけて独特の浮遊感に耐えていた。ユニコーンがジャンプするたびに内臓がふわっと浮くのだ。気持ち悪い。その感覚はミランダさんと合流したレオン様と、一緒に砦で待っていたバージェス公爵閣下に再開するまで続いた。




