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レオンの苦手なもの

「いらっしゃいませ、リチャード殿下。」

 本日は初めて第三王子殿下が公爵邸にやってくる日だ。公爵夫人が迎え入れたいと言ったので、シエナ様と私と三人で本邸の玄関ホールに並んでいた。第三王子殿下一行はいつもの三人だ。どうおもてなしするか迷っていたら、公爵夫人が私に任せて、と準備を全部やってくれた。何をなさるのだろう。何も聞いていなかった。ただこの間シエナ様とお揃いのワンピースを買ったときに、試着だけした服をいつの間にか買っていたらしく、それに着替えさせられた。ああこんなお高い服…大丈夫かしら。

「叔母上、出迎え痛み入ります。」

 公爵夫人はもともと王家の出身で、元王女様だ。現国王陛下の実妹に当たるので、叔母と甥の関係になる。第三王子殿下が珍しく丁寧にあいさつしていた。

「ご足労おかけしました。」

 私も一応あいさつした。私に対しては、ん、と返事をした。

「公爵夫人様、皆様をどちらにお招きいたしましょう?」

 私が見上げると公爵夫人はにっこりと笑った。

「じゃあホールに行きましょう。」

 ホールは舞踏会を行うとても広い建物だ。使わないときは手入れだけしてカギをかけておく、使い道の限られる場所だ。私もあまり入ったことはない。が、確かに思いっきり走ってもいいくらいの大きさはあった。第三王子殿下も思う存分体を動かせるかもしれない。相手はしたくないが。公爵夫人に手を引かれ、歩き出した。

 ホールの扉をあけ放ち私とシエナ様、レオン様と第三王子殿下が目線をピアノに向けた。

「紹介するわ。モニカのダンスの授業を担当されているフィオニル子爵夫人よ。」

 ピアノの前に立っていたのは確かに私のダンスの先生だった。自己紹介を終えたタイミングで公爵夫人が話し始めた。

「皆さんあと何年かで学園に通い出すけどそうなると、本格的に社交界に出席することになるわね。そう、デビュタント!社交デビュー!わたくしは初めてケイオスと踊った時、緊張で思いっきり彼の足を踏んでしまったわ。みんなにはそんなことしてほしくないの!ですからリチャード殿下が公爵家にいらっしゃるときは基本ダンス練習をしていただこうと思っておりましたの!」

 お二人にそんなことがあったなんて知らなかった。しかし明日は我が身。なにせ私はまだ第三王子殿下の婚約者なのだ。ファーストダンス、つまりそのパーティの一番初めのダンスは主催者の家族か、爵位順だ。そして大体王室の誰かを招くのならその人とパートナーが踊ることになる。結果的に私は第三王子殿下と大衆の前で踊る可能性が非常に高いのである。

「皆さん準備運動から始めますわよ!その次はブルースです。シャドーでフロアを三周!」

 先生はいつもより気合が入っていた。準備運動を始めて、その間にピアノが鳴り出した。ピアノはいつもパーティの時に来て下さるお抱えのピアニストの方だ。準備運動の後、曲が変わり今度はシャドー…パートナーと組まずに一人で踊る。意外なことにここまでお三方から反対意見は聞こえてこない。シエナ様と第三王子殿下は余裕そう。レオン様は顔色が悪いようだが大丈夫だろうか。シャドー練習の先陣は、私が行ったほうがいいだろう。メトロノームがリズムを刻み、ピアノが鳴り出した。

「いち、に、さん、し、」

 背筋を伸ばし、肩から力を抜く。足をそろえて腕を上げ姿勢を正して、先生の手拍子に合わせて踏み出した。ホール半分まで来たとき後ろでダーン!と大きな音が鳴った。思わず立ちどまって振り向いてしまった。

「いてて…。」

「レオン君、大丈夫?!」

 公爵夫人がレオン様に駆け寄っていた。レオン様は少し赤くなって大丈夫です、といつもより威勢のない声で言った。そして立ち上がり同じ場所からやり直すのだがその後二度大きな音で中断になった。

「うーん、昔からこればっかりは苦手だよな、レオって。」

 困ったように言う第三王子殿下は珍しい。

「笑いたきゃ笑ってください。ダンスだけはだめなんです。」

 耳まで真っ赤で痛々しい。しょんぼりしているレオン様はいつもの生意気な感じがなくちょっと可愛い。

「わかりました。皆さんの実力は大体把握しました。殿下とシエナさんは問題なさそうですが…、モニカさんは、シャドーはできるんですけどね…。」

 そう、かくいう私もダンスは得意ではない。ブルースのシャドーだって怪しいのだ。二人で踊るときだって何度先生の足を踏んだことか。

「そうですわ、先生。わたくしとレオン様はこちらでシャドーを続けますから、シエナ様と第三王子殿下は次のステップをお教えください。さあ、お立ち下さいレオン様。わたくしは本番で第三王子殿下の足を踏むわけにはいかないのです!」

 す、と差し出した手を全く無視してレオン様は立ち上がった。

「殿下の足を踏んだら許さない。」

 さすが第三王子殿下の忠臣!あっぱれな睨みっぷり。

「それはやはり、時間と反復です。」

「剣と一緒だな…。」

 レオン様は遠い目でつぶやいた。私が先導してフロアを回り、レオン様を公爵夫人がみることになった。何とかフロアを1周できるようになったころ、第三王子殿下とシエナさまは一緒にワルツを踊っていた。お二人とも家庭教師が付いているだろうけれどもそれにしても覚えがいい。先生はこんな振付にしてみましょう、と見本を見せればすぐにそれを二人はやって見せた。先生の顔がいつもより楽しそうに輝いていた。しかも踊る二人は絵になるのだ。レオン様と一緒につい見とれて足が止まった。

「レオン様、今の殿下の足運び、参考になりますわ。」

「おお、さすが殿下。」

「じゃあ今度はレオン君とモニカが組んで練習よ。二人はブルースをとりあえずフロア一周できるところまでやるんだから。」

 公爵夫人様の掛け声で、はい、と渋々位置についた。

「最初に言っておきますが、絶対足を踏みますからね。」

「おや、奇遇ですね、わたくしもです。どうぞご容赦ください。」

「んもう、二人とも、大丈夫よ!もげるわけじゃないんだから。じゃあ挨拶からやってちょうだい。わかるわよね。」

 私たちはこくりと頷くと、私は両手でスカートを少し持ち上げ、レオン様は左手を胸に、右手は後ろに回して挨拶した。そしてレオン様が腕をあげて姿勢を正したのを確認して私が手をまわした。

「二人ともきれいな姿勢だわ。その姿勢をキープしたまま踊るのよ。じゃあ行くわよ、いち、に、さん、し、」

 一歩目を踏み出し、歩幅が違い過ぎていきなりつんのめった。

「レオン君一歩が大きすぎるわ。もう一回最初からね。」

「はい、すみません…。」

 なんとなくわかってきたのだが、レオン様はきっとリズム感がないのだろう。運動神経はいいはずなのだ。いつも第三王子殿下の剣の相手はレオン様だし、馬にだって乗れていた。木にだって難なく上っていたし、第三王子殿下の突拍子ない動きにいつも付き合わされていた。それでも毎回涼しい顔でついていくのだから、私より体力も筋力も確実にあるはずなのだ。でもダンスになると体が動いていないということは、体ではなく、リズムが取れていないのだろう。

「レオン様、馬に乗っているときって、どのように乗っていますか?」

「馬…?今は関係ないでしょう。」

「いいえ、乗馬中は馬のリズムに合わせて走らせているでしょう?馬の足運びに合わせて手綱を動かすはずですわ。ダンスもきっとそれと一緒なのですわ。」

 彼が分かりやすいように身近であろう馬にたとえたが、かえって分かりにくかっただろうか。黙ってこちらを見ていた。

「つまり、モニカ嬢が馬ってことですか?」

 そのたとえは非常に嫌だが、そういうことにしておこう。

「リードする方はそういう気持ちで行くといいかもしれません。」

「馬か…。」

「じゃあもう一度やってみましょう。」

 うまくいくかはわからないが、やるだけやってみよう。

 その後なんとなくリズムがつかめてきたようで、お互い何度も足を踏んだが、ブルースをフロア一周何とか踊り切った。その間隣では美男美女が美しいワルツを踊っていてこちらとの温度差とレベル差がヒドイことになっていた。それに気づいたときはレオン様と顔を見合わせ乾いた笑いが出た。何度足を踏み、踏まれしたことか。しかしこのダンス練習のおかげで、レオン様と少しだけ仲良くなれた気がした。ダンスのできない者同士、変な連帯感まで生まれてきた。今まで話しかけにくかったが、話してみればなんてことない普通の12歳だ。可愛らしささえ感じた。その日はそこまでで婚約者との交流会は終わった。第三王子殿下と話した記憶は全くないが、そのほうが気楽だ。


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