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マゼンダの事情

 

 マゼンダは走っていた。


 路地を何度か折れ曲がって、追手がいないことを確認してようやく安どし、それからすぐさま、白地に金糸にリボンを取り出した。クラレンス先生から言われていたのだ。王太子妃の占いで、王都に何らかの混乱が生じると出たと。あの人は昔からトラブルの種にしかなっていないし、今でもあの人と結婚できる人がいるということが信じられない心地ではあるが、あの人の占いの腕は一流である。


 幼いころから知っていた。

 第三王子殿下に異様に執着を見せ、その他の人のことなど家畜以下であるということを隠しもしない。実験動物であるという認識しかしていないような人だが、見目は儚い、守ってあげたくなる、そう騙される人が後を絶たない人だった。最たる例は王太子殿下だろう。しかしあの夫婦はそれでも上手くいっているように見えるのが本当に不思議だった。

 マゼンダ・ホークは幼いころからラペット妃の、ていのいい手下だった。その力関係は母の代からのもので、母は姉であるラペット妃の母に逆らうということを知らない人だった。血縁関係があり、そして見た目もピンク色の髪と似ていたこともあって、年の離れた姉妹のように、小さいころなどは一緒に遊んでいたと周りには認識されていたようだった。しかし現状は、ラペット妃の思い付きを実行するのがマゼンダの任務であった。そうして起こった事象の尻拭いも、またマゼンダの仕事だった。


 幼いころからの力関係は、大人になれば自然と消滅したり逆転したりするものだが、如何せんラペット妃は王太子殿下の婚約者。年相応の権力まで手に入れ、すべてのわがままが難なく通ってしまった。                                                                                                                                                                                                                                                            

 学園に入学する頃には周りに人が増え、やることは過激になっていったが、マゼンダが振り回されることは少なくなっていた。このまま疎遠な親戚づきあいにとどめることができたらと考えていた矢先、第三王子殿下の行動の報告が欲しい、とラペット妃から直接手紙が来たのだった。

 その手紙を持って、マゼンダは学園の執務室に入学当初駆け込んだのだ。そこで手紙のことを第三王子殿下に報告すると、今度は第三王子殿下からモニカを監視するように、と頼まれてしまった。ラペット妃からの執拗な手紙を止めて頂けるのなら、とマゼンダは了承した。

 軽い気持ちで始めたクラスメイトの監察は、見事なボッチ学園生活のモニカを見ていてすぐにいても立っても居られなくなった。モニカは好きて孤立しているのではない。明らかに第三王子殿下に気がある、国内最大手の商会有するグリーン侯爵家の令嬢と、対立を避けるために話しかける人がいなかったのだ。そこでとうとう我慢ができなくなり、モニカに話しかけることにした。あまりにも勝手なのだ、みんな。そうして話しているうちに、本が好きなモニカと気があって、監視対象というより友人となったのだ。


 2年になってから第三王子殿下から報告に来いという呼び出しもなくなった。そうなったことでマゼンダは心からモニカの友人となることができた。むしろ出会いのきっかけだったとさえ思っていた。自分だって人付き合いは得意ではない。こうやって無理やり話し掛けようとしなかったら、勇気が出せず話せなかったかもしれない。自分の意見を考えるのに時間がかかってしまうマゼンダを、モニカはゆっくり待ってくれるのだ。


 そう、大事な初めての友人で、最愛の友なのだ。だから彼女のピンチには、絶対何かしなくてはならない。


「ピッピ、おいで。」

 金糸のリボンを手にもって、青空に向かって手を合わせた。瞬く間に風が寄り集まって、ハヤブサの姿になって表れた。そこだけ酸素の量が濃い。手帳に現状を走り書きし、ハヤブサの足にピンク色のリボンとともに巻き付けた。このリボンは宛名がなくとも私からの手紙だと分かるように第三王子殿下と決めた、暗号だった。

 ラペット妃の得意なことが占いならば、マゼンダの得意なことは精霊との契約だった。クラレンス先生曰くホーク家に伝わる稀有な魔術とのことだが、精霊と契約できる人間が生まれなくなってずいぶんと経った、失われてしまった力だった。だから家のものも詳細は知らなかった。同派閥で魔術を研究しているクラレンス先生に出会うまで、この力はいったい何なのか見当もついていなかったのだ。そして週に一度、保健室で話す際に少しづつ力について教わっていった。もちろんこの力について知っているのは両親と婚約者、クラレンス先生だけだ。希少魔術は秘匿が基本だった。しかしそうも言っていられない。


「ピッピ、第三王子殿下の元へお願い。ガイドはするわ。」

 そう言ってハヤブサを空に放った。また手を合わせて今度はハヤブサの視界を借りる。王都を俯瞰してみるのは何度目だろうか。先ほどまでいた広場を視界の端にとらえ、三頭連れのユニコーンの集団を見つけた。第三王子殿下だ。

 彼らはユニコーンを巧みに操り、馬とはかけ離れた速度で猛然と走っていた。ユニコーンは飛べない。撥ねるだけだ。しかしその一歩が途方もなく大きい。4階建ての建物の天井まで一飛びで登れる身体能力を持っている。小回りを利かせるためにそう高くは飛んでいなかったが、それでもユニコーンの足は速かった。そのユニコーンに乗った第三王子殿下の肩に、ハヤブサがスイっと並走した。彼はそのハヤブサのリボンに気が付いた。


「止まれ。」

「手紙が付いているわ。」

 第三王子殿下の後ろに乗っていたシエナ嬢が、近場に止まったハヤブサを指示した。並走していたレオン様とライオルト様が、慣れないながらも相棒と息を合わせていた。

「マゼンダ嬢からだ。」

 ハヤブサの手紙に気が付いて、足を止めた。

「倉庫地帯に向かっている、ジェド・バーン、他一名金髪の男。目的は不明。途中事故で一人レストから来た男も人質として合流。私の居場所はハヤブサに案内させる。だそうだ。」

「兄さん?なぜ王都に?」

 唖然としたライオルト様のつぶやきに、少しばかり口に手を当てた第三王子殿下が、眉間にしわを寄せていた。

「面倒なことになったかもしれない。魔物化現象のことといい、三人が攫われたことといい、これはただの人さらいじゃないな。・・・レオ、一応砦に検問の準備をさせる。王城に早馬をしてくれ。」

「…っ承知しました。」

 レオン様は一瞬詰まったが、了承した。その時だった。ドン、と大きな音が鳴り響いたのは。背中側、今まで走って来た方向から黒煙が上がっていた。あのあたりには、新緑商会の王都にいくつかある支店の一つから火が出ていた。

「レオ、一つ追加だ。検問で不審な荷を改めさせろ。特に銃火器だ。王都から不審な荷物は出すな。それからバージェス家に行って騎士団を借りてとりあえず倉庫地帯の南から西の砦だけ取り急ぎ検問を設置しろ。」

「はい。」

「シエナ、そういう事だからレオと王城に行った後にバージェス家に送り届けてもらってくれ。」

 振り向きもしないで第三王子殿下に言われたのにもかかわらず、シエナ嬢はうなずいた。

「モニカとミランダちゃんを絶対、よろしくね。」

 ひらりと後ろから降りると、今度はレオン様の後ろに乗った。そして第三王子殿下は消火栓に止まっているハヤブサに声をかけた。

「マゼンダ嬢の元に案内してくれ。」

 するとハヤブサはひと鳴きして空に飛び立った。レオン様はシエナ嬢と王城へと走り出し、第三王子殿下はライオルト様と一緒に今度はハヤブサの追跡を始めることになった。


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マジで王子出しゃばらないで欲しい お前行ったらモニカちゃん半狂乱になるんよ… 最悪 お願いだからレオン様に行かせてあげて!!
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