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冒険者のたしなみ

 しばらく意見を出しつつどうしたものかと話し合っていると、不意に馬車の振動が止まったのだ。一緒に話声が漏れると悪いので、私たちも静かになった。ヴォルデさんがすっと目を細めて耳を澄ます。私たちには聞こえないが、ヴォルデさんには聞こえるらしい。曰く冒険者のたしなみだそうだ。


「これも、冒険者のたしなみ。」


 そう言ってまた、革靴の隙間に、サメの歯を差し込んでいた。周りに冒険者の知り合いがいないのでわからないが、こういう修羅場には何度かあったことがあるらしい。危険であるのには違いないだろうが、冒険者とはどんな職業なのだろう。学園にも冒険者志望の子や、両親が冒険者の生徒も居たから、今度話す機会があったら話を聞いても面白いかもしれない。


「ふーん?なんか馬車が列をなしているらしいよ。王都の境目にある砦で…、騎士団が張ってる?って言ってるね。検問が設けられているからどうしようか、って。」

「検問?」

 いつも実家に里帰りするときは王都から出てザクセン侯爵領を通り、ダイヤ山脈で山越えをしてバージェス領に入るので、砦がある街道を通って行き来することが無かった。ダイヤ山脈が天然の要塞となっているためだ。また王都からザクセン侯爵領にはいるところも砦はない街道なので、検問自体非常に珍しい。

「王都から直接街道につながっている領地には砦はないですけど、王都から王族直轄地を通る街道には砦があるんですよ。そこはもともと魔王軍との前線だったので。でも検問は珍しいですね、最近は全くなかったと思いますよ。うちの領地に行くときに直轄地を通ってキュレス領に行くけど、砦の扉は開けっぱなしだし、行き場のない老騎士とかが定年後に就職する場所ってイメージよ。仕事だって街道の簡単な整備とか、壊れた箇所の申請とか、道案内とか。そういうのだし。」

 ミランダさんが補足してくれた。本当に彼女は博識だ。

「そうなんですね、知りませんでした。」

「うちは地方の小さい領地の伯爵家だからね、管理する砦も少ないし、距離も近いから行った事あるの。モニカ先輩の家はウチの20倍はあるじゃない。」

「キュレスって、あの、交易港のキュレス港のある?」

「そうですよ、ミランダさんはそこの領地のご令嬢です。」

「ええ、まじかよいいとこのお嬢さんじゃん。で、そこの領地の20倍の大きさって、どういう…。」

 今度はミランダさんがああ、と気づいたように言った。

「モニカ先輩だって、クロス王国の食糧庫たるバージェス家のひとり娘よ。」

「いや、バージェスって名前は聞いたことあるよ。他国の国民である自分でさえね。聞き間違えじゃなかったんだ。ちょっと待って予想よりいいとこのお嬢さんたちだね。」

 ひょえ、と声をあげたヴォルデさんだが、また外の声を聴くため静かになったので、私たちも静かにする。

「なんか、街道を外れて砦をやり過ごす、とか言ってる。少し西寄りに行くとか何とか。荷あたらめされたら困るから、森を抜けて隣町の道を通るって。」

 私はその発言に違和感を感じた。確かに明らかに無理やりさらわれて来たであろう私たちが荷台に乗っているのだが、それにしても中を見られたくないからとそこまでするだろうか?

「馬車の列を抜けて、街道沿いの町に戻って、宿をとるフリをするって。そこから森を抜けて隣町に行って、柵を抜けるルートを取るって。森を抜けるならチャンスかも。逃げ出してすぐに周りに身を隠せるから。」

「街道沿いの町以外の砦って大きくないのよね。最近は平和だったし。」

「それにしても手馴れていませんか?なんだか、違和感が。」

 馬車が街道をそれたため、揺れが大きくなった。私たちの話し声もまとも届かない。振動で積み荷がカタカタと鳴っていた。私はおもむろに膝で立ち、ミランダさんが背にしていた積み荷に手をかけた。少し木蓋を開けて中身を覗いてみた。そこそこ暗いので見えにくいが、徐々に目が慣れてきた。それにこの独特のにおいは。


「火薬のにおいがする。」

 意外と耳元でささやかれて、ドキッとした。

「これ、銃だわ。しかも一丁とかじゃない。箱いっぱいに。え、まって・・・。この箱全部銃?」

 布にくるまれているが、相当数入っていた。そして私たちを取り囲む木箱たち。

「銃には輸出の際に高額な関税がかかります。だからクロス王国の銃はレスト王国では出回りにくいですしね。」

 思えばレスト王国の王女殿下がやって来た時、この関税の話が毎回出ていたように思う。

「そうそう、だから俺は直接買いに来たんだよ。直接ここで買って、クロス王国で冒険者登録と銃登録すると、関税分安く手に入るんだよ。品質もクロス王国の銃はいいし、だからわざわさ来たんだけど、これはつまり、密輸だね。あ~ライフルにショットガン、いろんな魔銃があるね。」

 しかしだ。銃を造る工房も登録制だ。その登録工房で作られた銃、一丁一丁に登録商標がつけられ、ナンバリングされる。それが正規の銃取扱店に卸されて、冒険者などの手に渡り、そのときにどこそこの工房で作られたナンバーこれこれの銃は、冒険者登録何番のこの人が買っていきました、と分かるようにしなければならない。国が厳重な管理をしているために、品質が高く、クロスの魔銃は他国に人気が高い高級品だ。精緻な彫り物もして、美術性の高いものもあり、観賞用としても輸出されていた。だから関税も高い。ちなみに剣は保護者の許可があれば未成年でも買えるが、銃は買えない。魔銃を買えるのは学園が許可を下ろした人のみだ。

 無登録の工房で作られた銃は無登録銃と言って、取り締まりの対象となった。登録商標を偽造して造られた銃も法に触れ、武器の密造は罪は反逆罪と同じくらい重く、爵位家が関わっていたらお取りつぶしの重罪だ。

「見たところ、この銃は無登録銃ではありません。ちゃんと工房の登録商標が付いています。このロゴは新緑商会のですね。偽の登録商標か否かまでは分かりませんが、高級品のそれでしょう。そして明らかに正規店のバイヤーではない人たちが運んでいますね。ということはこれは、盗品か何かでしょう。」

 こんな大量の魔銃の盗難事件は聞いたことが無かった。いったいどうやって集めたのか。近かったからだの体勢を元に戻し、ひときわ馬車がガタガタと揺れていた。

 振動が街道ほどではないが落ち着いて来て、周りに市場のようなざわめきが聞こえてきたので、しばらく町の中の道を通っていたと思われた。しかしヴォルデさん曰く、人の気配が消えてきたときから、馬車の揺れが激しくなっていった。もしかしたら森に入ったのか、それでなくても郊外に来たのか。


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