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記憶のあるヒト

 

「ああ、あなたはまだ生きていたのね。」


 思ったことがするっと言葉になった。苦虫を嚙み潰したような顔をしている彼から視線を外さずに目を見て言い切った。どうやら私は全く、お父さんの死を受け入れてなどいないし、気持ちの整理などついていないし、あの時のことはいまだ鮮明に覚えているし、この人のことは許すつもりは全くないようだ。


「は、俺は命令に従っただけだ。悪くないね。」

「ええ、でも時間に余裕があったとか、一緒に行っていた人が看取るくらいしたっていいと進言していましたからね、それを無視したのはあなたですから。私は全く、許すつもりはないわ。」

 今だに、胸の奥にモヤモヤとあの時の気持ちが押し寄せてくる。

「モニカ先輩、お父さんの最期を看取らせなかった航空団員って、こいつなの?」

 眉間にしわを寄せ、顎を引けば納得した顔をした。

「あんたって本当に昔からそうよね、自分のお母さんが亡くなった時は小さかったにしろ、弟のお母さんが亡くなったのに、悲しんでいる弟と一緒にいるどころかお葬式にも出ないで遊びに行っちゃったものね。ほんと人には心があるってわかってないのね、呆れた。」

「うるさいって言っているだろ!」 

「んん~そういう人なの?ああ、じゃあ軍ではやっていけないね。一番いらない人材だわ。人の命を軽んじるのはね、戦場ではしてはいけないんだよ。一番、命の軽い場所だからね。」

 ヴォルデさんの素直な感想に、一瞬だけうっと詰まった。どうやら航空団もやめて、順調に不幸になっているらしい。その後は何も言わずに私たちを荷馬車に乗せ換えていた。

 天井からつるされた滑車に、それ専用のフックの付いた木箱が括り付けられ、男ふたり掛かりでその滑車を引いて、荷馬車に移動させていた。中身は相当重いらしい。私たちは箱と箱の間に布が敷かれ、その上に座らされた。ちょうど木箱二つ分の隙間だ。三人座るとぎゅうぎゅうで、隣の人との足が触れる。ジェド・バーンと金髪の男が緑色の髪の男の指示に従って、私たちが外から見えないように、また箱を積んでいた。


「これ、静かの海商会だわ。満月に波模様。」

 ミランダさんが顔を寄せ、小声でささやいた。静かの海商会…?私は聞いたことが無かった。

「ああ、聞いたことあるような気がする。レストで。有名な商会じゃないけど、クロス王国からの輸入品の銃を探してたから、その時調べたな。この国から来る商会は限られているから、一応名前は知ってるよ。」

 反応したのは意外にもヴォルデさんだった。

「この箱の中身、何かしらね。」

 眉間にしわを寄せ、けげんな顔をしているミランダさんの頭上に、何かが投げられ箱に橋をかけた。

「人形、というか案山子ですわね、これ。」

 つくりの甘い案山子が、何体も投げ入れられて私たちの頭上に覆いかぶさられた。なるほどこれならここに人がいるなんて思わないだろう。


「案山子をこんなにたくさん、何にするんだ?」

「あ、ヴォルデさんは、リーフラグの案山子祭りって聞いたことないですか?」

 グリーン侯爵領南の港町リーフラグで、毎年行われる案山子祭りは、夏の一大イベントだ。港町の大通りを、3,4人のチームで一体の大きな案山子を、腕や胴についた棒を使って操ってねり歩かせ、パレードを行う。ちょうど一週間後の今日からがこの祭りのスタートだ。この日のために思い思いの案山子を作り、また参加者も色とりどりの衣装を用意し大いに楽しむ。パレードは見物客も、参加者も多いので宿屋は1年前からとっていないと予約は取れない。そしてこの時は祭りのために各商会が港町に集結し、出店を出したり、宣伝を兼ねてパレードに出たりした。

 いわれは諸説あるが、昔、リーフラグ近海で勢力を伸ばしていた海賊がいたときに、魔物との戦いで男手がいなくなった街を、夜な夜な襲撃から守るため案山子を作って、練り歩き撃退したという話が伝わっていた。リーフラグの案山子祭りとして定着したそうだ。


「へえ、そういえばレストの北側のほうは綿花の栽培が盛んだな。秋に収穫した真綿を冬に干して、春から真夏にかけて綿花を輸出してたから、冬支度用かと思ってた。」

「案山子は毎年作り替えるから、最後に広場で山になった案山子を燃やすって聞いたわ。」

「火をつけるのもイベントになっているのよね。その火を利用して魚の干物を焼いたりするって聞いたわ。」

 何だかそれって、日本の風習のようだ、と頭の片隅で考えていた時だった。


「へえ、塞ノさいのかみみたいだね。」


 なんてことの無い言葉だった。ヴォルデさんも思わず口をついて出たといった感じだった。しかし明らかに違和感のある言葉だった。塞ノ神というのは聞き覚えがあった。主に前世の隣県ニュースで、夕方に取り上げられていたのを覚えていた。

「私のほうでは左義長さぎちょうって言ってたわ。」

 ミランダさんがつぶやいた言葉に、そこで初めて、ヴォルデさんは何かに気づいた顔になった。こちらの世界では神様はバレル教の一神教だ。

「わたくしのほうは、道祖神際どうそしんさいに当たると思われますわ。最も冬の行事でしたけど。」


 そう言って3人で顔を見合わせた。

「あ、お二人も、日本の記憶をお持ちで?」


 恐る恐るといった様子で、ヴォルデさんが顔を見てきたので、私はこくりと頷いた。

「春はあけぼの。ようよう白くなり行く、山際すこしあかりて・・・。あれの冬がどうしても思い出せないのですが。」

「冬はつとめて。雪の降りたるはゆうべきにもあらず、じゃなかった?嘘、まじかよ、ミランダさんも?」

 ああそうだ、つとめてだ。

「はい。私もそうです。ヴォルデさんの出身ってどこなんですか?塞ノ神ってあんまり言う地域無かったですよね。」

「あ、新潟・・・。」

 その時馬車が動き出し、一気に現実が戻ってきた。ガタン、とお尻に振動がやって来た。両側の箱の中身が固い何かのようで、ガタガタと音が鳴っていた。

「へえ、日本の記憶を持っているヒトなんて、俺が知る限り4人目だ。」

「他にもいらっしゃるんですか?ミランダさんとわたくしの二人だけだと思っていました。」

「うん、あー、リゾル王国に一人と、後、魔王国に一人。」

「え、ええ!魔王国にもいるの?!でも思ったより少ないわね、もっといるのかと思った。」


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