巻き込まれたヴォルデさん
「は?」
明らかに怒気を含んだ声で、振り返ったジェド・バーンを合図に、ヴォルデさんが屋根に空いた穴から外に出た。しかしそれはきっと目に入ってなかっただろう。彼は私をまっすぐに見据えていたから。
「誰のせいで俺がこんなになったと思ってる?」
「ご自身のせいではないでしょうか。遅かれ早かれ、勤務態度、鍛錬実績、剣の実力、その他もろもろ後で確認させていただきましたが、よいところは一つもありませんでしたから。そのうち東の砦に左遷されていたかと。上も左遷理由ができて都合がよ…。」
そこでジェド・バーンの頭に容赦なく特殊警棒が降り降ろされた。一、二度叩かれ、その次に隣の金髪の男の頭も容赦なく叩いた。混乱のさなかに手綱を引き、予想通り馬車が減速していたのも相まって、降りられるくらいのスピードになった。
「行くよ!」
ミランダさんがマゼンダさんに合図して、二人は同時に扉を開けた。そしてまだ動いている馬車から飛び降りた。
「ヴォルデさん!」
「先に降りてて!」
手綱を引いて減速させていたヴォルデさんは、ジェド・バーンを足蹴にしていたが、金髪の男はうまく抜け出し、ミランダさんの逃げて行った路地に走っていった。私はそれを追いかけるべく左のほうから降りてミランダさんを追いかけた。しかし、だ。金髪の男はミランダさんの頭に魔銃を突き付け、私のほうを向いたのだ。後ろ手に拘束されているミランダさんは、動けなくなっているようだった。
「ちょっと、放しなさいよ!」
「うるさいって言っているだろ。黙らないと撃つぞ。お前もそこで止まれ。」
そう言って私のほうに目線を送って来た。本来なら魔物に向けて撃つようなものを、人に向けるとは。私はその場に止まった。後ろから大丈夫だった?とヴォルデさんが声をかけてくれた。
「お前も動くな。」
そう言ってヴォルデさんの包帯が巻かれた頭に、後ろからジェド・バーンがこちらも魔銃を突き付けていた。
「手を後ろにもってこい。」
ヴォルデさんが素直に後ろに両手を持っていった。
「待ってください、ジェド・バーン。あなたの起こした事故の被害者であるヴォルデさんを、まずは医者へ連れて行くのが筋ではないですか?」
「ふん、一人逃がしたのだから、その代わりがいるだろう。」
一人とは、マゼンダさんのことだろうか。無事に逃れたのならよかったが、ヴォルデさんを巻き込んでしまった。その彼はこちらを見て、にこりとウィンクした。大丈夫だってことかしら?
「ふんふんじゃあ君らは巷で流行りの人さらいだね!?」
ヴォルデさんを拘束し終わった後、ジェド・バーンは私の腕も後ろ手に拘束した。
「頭数がいるんだもんね?一人減ったら大変だ~依頼主に怒られちゃうね。貴族の子弟に手を出すなんて、いったいいくらもらったのかな?いや、ギャンブルで摩ったのかな?」
ニコニコ話しかけるヴォルデさんとは対照的に、二人の間には不気味な沈黙が流れていた。ミランダさんも後ろ手に縛られ、馬車の中にまた押し込まれた。
「とっとと入れ。」
最後に乗せられたヴォルデさんはお尻を金髪の男に蹴られていた。
「いった~、ほんとのことだったから、何の反論もなかったみたいだね。」
「ええ、しかし巷で流行りの、とは、どういう事でしょう?」
「レスト王国では人さらいが増えているって話、本当なの?」
ミランダさんが低い声で囁いた。屋根の残骸を避けて、3人で前方の椅子に座ると、ひそひそと話す。
「ホント。レスト王国も調べているけど、なかなかしっぽが掴めない。でも取り締まりは強化されてて、警戒されているから最近は攫われる人は減ったんだ。だから最近はこっちのクロス王国のほうで人をさらっているんじゃないかな?」
「攫われた人はいったいどこに…。」
「あー、ヒューマンオークションで高値で取引されているよ。多分あそこに出品されるんじゃないかな。」
「ヒューマンオークション…?」
聞きなれない単語だがあまりに不穏な言葉に思わず聞き返してしまった。隣でミランダさんが首を振っていた。きっと聞かないほうがいいと言いたかったんだろう。それに気づかずヴォルデさんが話し始めた。
「うん、ブラッドオークションだよ。あの、丑三つ時に招待状がないと行けないアンダーグラウンドなやつ。一度入札の仕事で入った事あったけど、客は特殊性癖の貴族とか、金持ちの商会長とか、国の重鎮の代理人とか、後は人間に扮した魔物とかがいたかな。とにかくお金を出せば今は違法で『捕獲できない』珍しい魔物とか奴隷、荷運びに便利な奴隷、好みの顔をした奴隷が簡単に手に入るんだ。商品は、犯罪奴隷が次の主人に買われていったり、亜人とかを奴隷として買ったり、まあ奴隷落ちした人間の入札が主だったよ。あとは盗品の出品とか、秘密裏に処理したい物品なんかかな。」
「あの、珍しくない奴隷はどうなるのです?」
この国には今、表向き奴隷はいないことになっていた。しかし借金などで無給に近い形で働かせることはあったし、雇用契約もあいまいなままの場合もあった。その辺はきっちりしておいたほうがいいと思うのだが、その法律の穴をついて、奴隷を下男や下女としてとして囲っている貴族は多いらしい。
「それはアンダーグラウンドじゃない、もう少し表層向けの違法オークションに出るよ。」
どっちにしたって違法なのか。
「でも俺たちが売られるんだったら、貴族子女と魔法ライセンス持ちだからな~きっとブラッドオークションだと思うよ。何とか逃げ出さないとね。あのピンク髪の女の子が、治安維持隊とかに早く行ってくれるといいんだけどね。」
「そうですね、マゼンダさんは大丈夫かしら。ケガとかしてないかしら。」
左腕にはマゼンダさんにもらった白いリボンの端を少し握った。しっかりと巻き付いている感触があった。取れてしまっていないか心配だったが大丈夫の様だ。
「それにしても巻き込んでしまって申し訳ありません。」
「そうね、本当にごめんなさい。」
ミランダさんは自身の知り合いが銃を突きつけたわけで、本当に恐縮していた。しかも怪我まで負わせてしまった。先ほどから言葉少ないのはそのせいもあるのだろう。
「いや、お嬢ちゃんたちのせいじゃないし、悪いのはあっちでしょ?むしろけがの手当てまでしてくれたのに、ほおっておけるわけないよ。俺でよければ力になるから、頑張って逃げよう。」
にこりと笑った彼は本当にすさまじくいい男だった。先ほどからの緊張感のない声も、きっと私たちを気遣って、わざとそういう声を出しているのだと感じた。現に私は今、とても落ち着いていた。マゼンダさんが保護されれば、後は倉庫地帯に来てもらえることは確定だ。あとは私たちはここにいるのだと、どれだけ目立てるかが勝負だ。
「考えたのですが、このままこのバージェス家の馬車で遠くまで行くとは考えにくいです。ただでさえ目立つのに、今は壊れてもいますから。そしてこの先は倉庫地帯。馬車ごとどこかの倉庫に隠れて、違う目立たない馬車に乗り換え、目的地に行くのではないかと思います。・・・、銃を持ってはいますが、本当にオークションに出す気なのならば、商品にケガはご法度。手荒な真似はしないでしょう。そう考えますがお二人はどう思われますか?」
「私はモニカ先輩の考えにおおむね同意ね。ただ、なんで私たちが狙われたのかに考えが行ってしまって、ちょっとまとまらないのだけど…一つだけ言うなら、南西の倉庫地帯は、主にレスト王国、リゾル公国との取引が活発な商会が倉庫を持っているってことくらいかしらね。一番最大手はもちろん新緑商会ね。国内最大の商会だから当然っちゃ当然だけど。」
「・・・んん~でもさあ、水を差すようで悪いけど、魔力の高い人間って結構その辺にいたりするからさ、変えはきくっちゃきくから、挑発とかはしないほうがいいかもね。いざとなったら俺が囮とかやるから、無理しないでね。」
「それはそうですね、気を付けつつ暴れて…」
小高い丘の馬車の窓から、ここは王都が一望できる。遠景には王城があり、ひときわ大きな広場が先ほどまで我々がいたところだった。もう大分来てしまった。その時だった。広場からほど近い建物から、黒い煙が上がった。その後ドン、という轟音が響いた。私たちは唖然とそれを眺めていた。
「な・・・。」
声も上げられずただ黙ってその様子を眺めていた私とミランダさんだったが、すぐに隣のヴォルデさんの様子が変わっていることに気が付いた。彼は耳を澄まして御者台の会話を聞いていた。前からは二人がぼそぼそと何やら言っているのが聞こえてきたが、内容までは馬車の軋み音にかき消され聞き取れなかった。ヴォルデさんの目線がこちらに戻って来たので、じっと目を見ると、心得たというようにうなずいてくれた。
「あいつら、まさか本当にやるとは。みたいなことを言ってるな。」
今までこの壊れた馬車でも先を急いでいたのは、あの爆発が起こることを知っていたということだろう。倉庫地帯に差し掛かって、道幅は広く、建物は一棟あたりが大きいものが多い。倉庫の前の壁にはどこの所属か分かるように旗が掲げてあった。しかしその旗だけ見てどこの所属か見当がつくのは、この倉庫関係者くらいなもので、私たちが乗せられた馬車が入れられた倉庫の入り口には、丸に波のマークの書かれた見たことのないものだった。
今一度ドアが開いたら逃げ出そうか。そんな話をしている時だった。そこそこ近くからドン、と再び轟音が響いたのだ。今度は頬に衝撃波を感じて思わず身を固くした。
「近い、騎士団が来ると厄介だ、さっさと荷物を乗せちまおう。」
無遠慮に扉が開き、中年の男が手前にいたヴォルデさんの腕を無遠慮に引いた。
「降りろ。」
黒縁の眼鏡に緑色の髪だ。横に広いのは年齢的に仕方のないことなのだろう。ヴォルデさんが素直に馬車から降りると、それについて私も降りた。そこで赤い髪を見かけ、その人をじっと見つめていた時だった。
「ファーブル!あんたまで何してるのよ!」
またまたミランダさんの知り合いだったようだ。赤い髪の男がうげっという顔をしていた。
「うるさい黙れ。」
その顔に見覚えがあった。お父さんの血が付いた手をずっと眺めていた時に目の前にあったのだ。
「ああ、あなたはまだ生きていたのね。」




