突然の求婚
「聞いてください!昨日うちの屋敷にセガールが来たんです!しかもドレスト伯爵を連れて!!」
一日早く、半泣きでやって来たミランダさんを、別館に連れてきた。
ミランダさんが氷の入ったアイスティーのストレートを、ストローを使わず一気飲みした。それだけでは赤くなった顔は元には戻らなかった。
ミランダさんが泊まりの準備をしている時、お父様に呼び出しをされたそうだ。行ってみるとセガール様と、セガール様のお父様であるドレスト伯爵がいた。嫌な予感がしたがとりあえず座って話を聞くことにした。
「この度はミランダ嬢とセガールの婚約について話し合いたく来ました。」
ドレスト伯爵がこともなげに言い出したが、その時点でミランダさんの堪忍袋の緒が切れた。
「おじさま、大変お忙しい中いらっしゃって恐縮ですが、わたくしミランダ、セガールとは婚約も婚姻もいたしません。前々からお断りをしておりますので、その返答が代わることはございません。」
「いやしかしミランダ嬢、セガールは君じゃないとだめだと言っているんだ。どうしてもだめかな?」
ミランダさんが、キュレス伯爵に目線をやると、少し溜息をついたように見えた。
「しかし、うちの娘とは最近、喧嘩ばかりしているよね。」
「そうなのか?」
「ああ、そうなんだ、うちに来ては言い争いばかりなんだ。あれを見ると嫁にとは、ちょっとね。」
「そんなことはないです。あれはちょっと話し合いが白熱してしまって。」
焦ったように弁明するが、疑いの目を向けられていた。ミランダさん曰く、こういうことがあった時のために、お父様が見ている時はセガール様が大きい声を出すような内容にしていたらしい。娘と言い争いを頻発している男など、結婚相手には論外だ。その後もミランダさんはお父様に、セガール様だけは嫌だ、と事あるごとに言っていたらしい。根回しは大事だ。
「それにセガールには一途に思い続けてくださる、クレアス様という素晴らしい女性がいます。わたくしの入る隙など全くありませんし、あちらはバーン侯爵家の御令嬢で、由緒も正しい。派閥も一緒でちょうどよいですし。なんで婚約しないか不思議ですわ。」
「バーン公爵令嬢との婚約は、少し条件が合わなくてお断りしました。彼女のことは気にしなくてよいですよ。」
「でしたら、なおさら婚約できませんわ。そこでわたくしと婚約なんかしたら、彼女に何を言われるか分かりませんもの。わたくしはクレアス様と対立する気はありません。むしろ仲良くなりたいのですわ。婚約でその機会をつぶされたくありません。」
もちろん、ライオルト様のお姉さまだからの発言だった。
「へえ、それは意外だね。そんなに仲が良かったっけ?」
セガール様の発言に、ミランダさんは皮肉めいた響きを感じたそうだ。
「クレアス様とはずっと文通をしているのよ。(セガールが)休日にどこに行ったとか、(セガールが)どんなお菓子が好きだとか、夏休みだったら(セガールが)どこの避暑地に行ったとか。ちゃんと報告…いえ、とにかく(セガールの)どんなことでも書ける仲よ。」
「含みを感じるんだけど?」
「あっら~、文句あるんですの?こんなんじゃ婚約なんて無理ではなくて?わたくしは毎回、言い争いしなきゃいけない夫なんて嫌よ。ケンカは数年に一度でいいわ。」
ヒートアップしそうな空気を感じて、キュレス伯爵がなだめに入った。
「まあまあ、この件はもう少し息子さんとよく話し合ったほうがいいのではないですか?バーン侯爵令嬢とのことも交渉の余地があるかもしれませんし、ミランダとセガール君の相性はあんまりよくないようだし、それに一応縁戚ですから。二人の結婚は急がなくてもいいでしょう?」
「そうだな、出直そう。もともとこの婚約もミランダ嬢がうんと言えば、ということで来たから、否ならまた別の人を探そう。」
「いやだ!」
今までで一番大きな声に、その場は静まり返った。このまま何事もなく穏便に帰ろうという父親たちの努力を、軽く踏みにじった。
「前から思っていたんだけど、なんでそんなに私に執着するのよ。貴方ならもっとうまくやれるでしょ?遠縁の親戚筋の、うまみの少ない結婚なんかする意味ある?全くないわよね?私はあなたの要領の良さ知っているのよ。なんで学校でもうまく立ち回らないの?クラスメイトの資料作って渡したわよね?それが何?私の悪口ばっかり饒舌に話して何なの?身持ちの悪い女?周りに男しかいない女?噂の出どころのほとんどが貴方だって知ってるんだから。そういう事言いふらしてるくせに、それで今度は求婚って私のこと馬鹿にしてる?奴隷か何かだと思ってる?見下すのもいい加減にしてよ!」
立ち上がって扉へと向かった。そのあとをセガール様がおってきた。
「待てよ!そう怒るなよ!聞け。いいか俺は、お、前のことが、好きなの!だから、結婚してほしい。」
父親二人は見守る体勢でミランダさんの返答を待っていた。しかしそれを彼女は鼻で笑った。
「嘘おっしゃい。だったらなんで私が言うこと全部マルっと無視するのかしらね?クラスメイトとの交流もやれって言ったし、私に使う時間があったら、領地運営の他のことを学ぶのに使えって何度も言ったわ。つまりそれって、私の言うことなんてその程度ってことよね?伯爵位を継ぐあんたの領地の為を思って言ったんだけど、そんなのどうでもよかったってことよね?本当に頭に来るわ。その状態で結婚しても話し合って立派な夫婦に、とかそれ以前の問題じゃない。私あんたの人の話を聞かないところと、社交と人間関係を軽視しているところがホント受け付けないの。大っ嫌いよ。」
バッサリと切り付けて、二の句が継げないところで扉を開いた。
「お父様!勝手に結婚だの婚約だのしないで頂戴ね!私は、絶対、この人と結婚はしません!モニカ先輩のところに行ってきます。もう帰りません!」
息を整う間もなく、準備したばかりの荷物をひっつかみ、馬車に乗った。
「ということがありまして!」
別館の庭に面した渡り廊下にあるベンチに座り、ミランダさんは私の腕を掴んで溜息を盛大に吐いた。強い日差しを遮って、木のざわめきが小さい池の涼しい風を運んできていた。彼女の腕は少しばかり、震えていた。触れ合った腕がじっとりと汗をかいていたが、ミランダさんが落ち着くのなら構わない。きっと今顔は見られたくないだろう。少したって、はあ、と体のこわばりが取れたミランダさんが、背もたれにぐったりと寄り掛かった。
「落ち着かれましたか?わたくしといたしましてはね?一日早くミランダさんにお会いできてうれしいわ。ミランダさんのお父様は、賢明な方だから、セガール様のいう事をちゃんと聞いてから、ミランダさんの気持ちを汲んで、お断りしてくださるでしょう?ではもう心配ないですわ。」
「そうね、心配してないわ。そのへんは。どちらかというとセガールが諦めてくれるかってことのほうかしら。・・・今まではっきり言えなかった私が、悪いんだし。」
「セガール様に対して、でしょうか?」
「今までね、文句は一杯言ったし、こうしろああしろは言ったのよ、でも、嫌いだって本心だけは言わなかったの。結婚はイヤだとは言っていたし、そう言うのは察してほしかったというか、それに直接言うのは、その。」
「そうですね、言いずらいですし、傷つけてしまいますものね。」
あー、と私の肩に頭を乗せて、唸っていた。
「あんなこと言いたくなかった。傷つけたくなかったのよ、一応昔は仲のいい幼馴染だったの。領地も隣だし、遠縁だし、これからも顔を合わせるから、気まずくなりたくないじゃない。友人としては悪くないと思っているわよ。でも、セガールが納める領地に住みたいかって言われたら嫌だとしか・・・。適当運営だし、治安はウチより悪いし、それにセガール本人の性格とも合わないし。頭に来て、言っちゃった。」
今まで、ミランダさんがやさしかったから、結婚『は』嫌だ、と言ってくれていたのに。彼も彼で今までよりもちゃんとした告白をして振られたのだから、これで諦めてくれたらいいのに。
「ああ、もう嫌。なんであんな風に言っちゃったんだろう。もっと言い方があったと思うのに。ああ。私がお淑やかだったら、もっといい断り方があったんじゃないかしら。あーもう。」
すっかり自己嫌悪に陥ってしまっていた。しかしミランダさんはちゃんと落とし前をつけた。私のように没交渉で良しとしないのだ。その分偉いとさえ思う。
「いえ、なんとなくですが、ちゃんと言わなければ、何時まで経っても変わらなかったと思いますよ。」
「そうかしら。」
「はい。しかしもっといい方法があったのでは、と考え続けることはいいことです。たとえ冷静な対応ができなくても、ミランダさんはずっとセガール様に気持ちを伝えていましたでしょう。もっとお友達を作って、顔を広げて、伯爵位を継いだ時困らぬように。結婚前からこんなにちゃんと考えてくれる女性を、彼は自ら手放したのですから。わたくしとしましては、ミランダさんがこんなに尽くしていますのに、それを無碍にして話も聞かない方に輿入れなど、許しがたいですわ。こうなったら何が何でもライオルト様には頑張っていただかなければなりません。」
「なんでそこでライが、出て、来るのよ。」
後半しりすぼみになった可愛らしいミランダさんの頭に頬を寄せた。
「幸せになりましょう。わたくしも頑張りますから、ミランダさんも頑張りましょう。いっしょに、ね。」
「…はい。」




