夏休みの予定
後半はおまけ的なやつです。
「ミランダちゃん、大丈夫?」
ダンスの曲と曲の合間、第三王子殿下にエスコートされたシエナ様が一区切りをつけてやってきた。ダンス中にもめているのが分かったんだろう。レオン様とロイ卿も殿下を追いかけてきた。目立つ顔ぶれにセガール様は押し黙り、野次馬が遠巻きにこちらを見ているのが分かる。ミランダさんが盛大な溜息をついた。
「はあ~。大丈夫、問題ないわ。・・・噂の件でレオン様はモニカ先輩にちゃんと謝罪したのに。もういいわ。」
心配顔にニコリと微笑んで、私の腕を引きシエナ様と合流した。いきなり自分の名前を出されて、レオン様は小首を傾げてライオルト様のほうを見た。彼のほうはため息をついていたようだった。やっと一区切りという空気になったので、少しだけ固まっていた体をほぐした。
「何かあったのか?」
真正面からじっとこちらを見ている第三王子殿下に、久しぶりに冷や汗がぶわっと出てきた。見据えられているのが分かった。何か用でもあるのだろうか?最近はこうやって観察するような眼で観られることはなかったのに。ミランダさんの腕にそっと力を込めた。
「いいえ、もう終わりました。」
かたい声で答えたのはミランダさんだった。少しだけ前に出て、私と殿下の間に入ってくれていた。
「そうですか。じゃあモニカ嬢にちょっと用があるんですが、いいでしょうか?」
のんきな声で歩み出てきてくれたのはロイ様だった。懐から手紙を出して微笑んでいた。
「はい、なんでしょう?」
ほっと息をついて、ロイ様のほうに向いた。手紙はアリアドネ様からだ。
「ああ、ミランダさん、アリアドネ様がご参加いただけるって!」
「え、ほんと!?やったあ。」
「ふふふ、アリアドネが招待をものすごく喜んでいましたよ。本当に呼んでくれるなんてって。」
「え、何かするの?ミランダ。」
セガール様をなだめていたライオルト様が、振り向いた。
「夏休みにバージェス公爵家にお泊りするのよ。メンバーはモニカ先輩にマゼンダ様に、シエナちゃんに、アリアドネ様!なんて豪華な女子会!ちなみに第三王子殿下とレオン様とロイ様も来るわよ。」
もともとはレオン様が今年はローファス領に帰らなくてもよさそうだ、と話していた所から、始まった。
毎年夏になるとローファス領内に侵入する魔物が増える。冬の間雪のために越えられなかった山を、夏に越えてやってくるのだ。だから夏の魔物はあまり強くはないが数が多い。人出を集めて山狩りをして、魔物が集まって来ないように定期的に間引いていた。その山狩りにレオン様は毎年参加しているらしい。本当に猫の手も借りたいほど忙しく、10日間帰省しても全く休めず、帰りの馬車で眠りこけるのが通常だった。
しかし今年は何か様子がおかしいらしい。去年一昨年と数が多く、てんてこ舞いだったが、今年はリゾル公国から、侵入してきた魔物が少ないと情報共有があった。魔物はローファス領とリゾル公国に西側の国境を接している魔王国からやってくるが、その魔王国のほうで何やらごたごたがあったらしい。魔王国の情報は一般人には風の噂程度にしか入って来ないので詳細は全く分からないが、今年の魔物は少なそうだという話だった。
じゃあ今年の夏休みは一緒に遊べますね、ということになった。最初はお泊りではなく集まって3人で遊ぶつもりだったが、計画がシエナ様にバレ、第三王子殿下にバレた。そこからどうせならお泊りにしよう、日程も1週間にしよう、参加者もマゼンダさんを誘い、ロイ様が来るならアリアドネ様もダメもとで誘ってみようと今に至る。
「ライオルト君も来ますか?バージェス公爵は何人でもいいよ、と言っていましたよ。」
「じゃあ、行こうかな、一応両親に話してみます。」
「それがいいですわ。お泊りがダメでもお出かけは一緒に行けますわよね?」
私がライオルト様を見上げると、はいと笑顔で答えてくれた。公爵閣下は第三王子殿下とレオン様に話したいことがあるそうだし、外出時にロイ様とライオルト様に来てもらえれば心強い。
「楽しみですわ。」
そう言って女子たちと笑いあっていた。
「そうか、ところで、モニカはダンスは踊ったのか?」
先ほどからチラチラと第三王子殿下のほうから視線が来ていて怖かったのだが、とうとう殿下が声をあげた。私はいまだミランダさんの陰に隠れつつ、何と言うのが正解か視線をさ迷わせた。もしや先ほどミランダさんが何でもない、といった出来事の詳細がお聞きしたいのか?そのための人払いだろうか?私にダンスでも踊って席をはずせということかもしれない。それともほかに何か言いたいことでもあるのだろうか?殿下の言葉の裏を読まなければ。久しぶりの感覚に胃がキリキリしだした。こういうところで第三王子殿下の意図を読み違うと、とたんに機嫌が悪くなり、手に負えなくなるのだ。私はビクビクしながら正直に答えることにした。
「これからレオン様と行ってくる予定です。」
「ああ、はい。さっさと踊ってきましょうか。御前、失礼いたします。」
レオン様は第三王子殿下の何らかの意図をくみ取ったのか、サッと私の前に歩み出て、手を出してくれた。はあ、助かった。あからさまにほっとして、レオン様の手を取った。ミランダさんがホッとした顔でレオン様を見ていたので、やはり殿下がいるとみんな緊張するんだな、と余計なことを考えていた。第三王子殿下をちらりと見れば、つまらなそうに口を一文字に引き結んでいたので、いまいち感情が見えなかった。先ほどの私の答えはきっとお気に召すものではなかったらしい。ちょっと機嫌が悪いかもしれない。いや待て、婚約は解消したんだから私が機嫌を取らなくても、隣にシエナ様がいればすぐに良くなるだろうから大丈夫なのでは?シエナ様が隣で練習したものね、頑張って!と天使のお言葉を言ってくれたので、私ははい頑張りますと元気にフロアに向かって行った。
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3年、学生時代最後の夏休みの前半はやはり実家で過ごした。弟と一緒に少し小高い丘の上にあるお父さんの墓標に花を手向けて、木の陰で少し休んだ。輪郭のはっきりとした影と、海からの少し冷たい風が、前世の日本を思い出した。全く違う場所であるのに、母方の実家に帰って、お盆に祖父の墓参りに行ったときに少し似ているのだ。あの人に干渉されない数少ない夏の思い出。母と二人坂道を登って、お寺の横から手入れされた松の木の下をくぐり、セミの鳴き声と一緒に水を汲んで、線香の中を歩いた。今はセミは鳴いていないし、線香も無かった。しかし花束は一緒なんだな、と父の墓の前で思った。帰ったら、祖母がいつも麦茶ときゅうりの漬物を用意してくれていて、それが何より好きだった。今はきっと母が、昼食を用意して待っていてくれている。
私は何のためにこの世界に来たんだろう。途中で死んだキャラだとしたら、この世界に全くいなくていい存在なのではないだろうか。しかし、父はそんな私のために命を懸けてしまった。それが本当に申し訳なくて仕方ない。今私が学園で楽しくしているのも、弟と母の寂しさと引き換えだと思うと、より胸が痛んだ。
「ねえ、ジスの教会はどう?」
「うーん、いつも通り。あ、でも、もうすぐ研修でオーズ領の大聖堂に行くから、それは楽しみかな。」
聖女の子孫であるオーズ家の領地には国きっての聖堂があった。白の聖堂と並んで格式高いところだそうだ。私は行った事が無い。ジスはそこで2カ月ほど研修を受けるそうだ。
「祈力に溢れた素晴らしい場所だって、司祭様に耳にタコができるほど言われたよ。行き道に王都の白の聖堂にもよるから…もしかしたら会えるかも。」
「あ、そうなんだ。日程決まったら教えてね、絶対行くから。」
水筒の水をグイっと飲んだ。王都からオーズ領までは王領を抜け、山を越えなければならないから、かなりハードな道のりだ。長旅をしたことが無いのに大丈夫かしら。
「道中危険な道とかないの?クラブ山脈も超えるんでしょ?」
「魔物の出る山の一部とはいえ、今年は少ないって聞いたから大丈夫だろ。」
「そう、そうなの。今年はなんかガクッと出現率が下がったんだって。」
「ああ、教会のほうでは去年のリゾル公国の結界張り直しがよかったんじゃないかって言われているな。」
リゾル公国には魔物が嫌がる神聖な泉があり、公国全土に魔物除けの結界が貼ってあって、1年に一度張り直しをしている。
「結界の出来に良い、悪いがあるってこと?」
「そんな話は聞いたことないけどな。ただ、手順を変えたり、より強力な結界になるように改良したりはしているって。他国のことだからあんまりよく知らんけど。」
結界が強いに越したことはない。リゾル公国の努力が垣間見えた。
「姉ちゃんがハンカチくれたら大丈夫だと思う。」
最近祈力が強くなったジスには、私が無意識で刺繍に込めてしまった祈りが見えるようになったそうだ。私があげたハンカチが、少し光って見えて、初めは何か見間違いだと思ったが、どうも見間違いではないらしいと、司祭様に相談して発覚した。目が慣れてくると今まで全く気にならなかった日用品のあらゆるものに祈りが込められており、驚いたそうだ。中でも光が強いのが、どうやら私が刺繍を入れたものだったそうで、まだ祈りの内容までは分からないが、なんとなく健康について込められているのが分かるそうだ。体が弱かった弟に渡したハンカチだ、そういう祈りを込めてしまったのだろう。
「そんなに祈力を込めて疲れたりしないの?」
「刺繍は刺したら疲れるものだわ。」
「そう言うんじゃないんだけど。ま、体調が悪くなったりしないんならいいか。」
「王都で会うときに渡すわ。えっと厄除けがいい?」
それか無病息災とか、家内安全とか、病気平癒とか幸福開運、学業成就??どんな願いを込めようかしら。私の顔をじっと見た後、眉間にしわを寄せた。
「変な願い込めるなよ。普通でいい普通で。同期のみんなも見えるんだから。」
「じゃあ安産はやめとく。」
「一番いらないな、それ。」
ジスが立ち上がったので、私も続いて立ち上がった。私の弟だけあってモブ顔だけれども、前世一人っ子だった私にとっては、世界で一番かわいいただ一人の弟だ。すっかり背を追いこされてしまったがそれでも、怪我など言語道断だ。よし、旅路が安全になるようにしよう。道中安全?とにかく無事に行って帰ってきますように、これにしよう。




