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引き出しの中身(後)


「【あのクッキー】食べちゃったのね。ぼんやりしているの?ああ、大丈夫よ、毒とか入っていないから。その代わりたっぷり願いがこもってるの。好感度が【10】になりますようにってね!あの店を嗅ぎまわっているって情報があったから、【原作】再現のクッキー作って売ってたのよ。やっぱり買ってくれたわね。使い方を察してくれて助かったわ。効果はいつまでかしらね~ラットの実験では10カ月だったけど。」


王太子妃が変なことを言っていたが、それを考えられないくらいぼんやりとしていた。


あのクッキー?モニカにもらったあれのことか?毒?好感度が10とは?あの店を嗅ぎまわる?新緑商会ではなく?原作とは?使い方?ラット?王太子妃が言うなら子飼いの奴隷か?

点と点が散らばって、線につながらない。思考がまとまらない今までにない感覚だった。

しかも、シエナに会うと、それが顕著だった。本当におかしかった。シエナ以外の人間は、レオンやロイを除いて顔が認識しずらくなった。モニカでさえも。



シエナのことがかわいらしく愛しくてたまらなかった。胸の奥が燃えるように熱かった。これが恋だというのなら、あまりにも情熱的だった。

「君の隣は落ち着くね、ほっとするよ。ずっと一緒にいたい。離れているのがつらいんだ。」

モニカに言いたかったが言えなかったことがするすると口から零れ落ちて行った。昔からモニカとのお茶会だけが、気の抜ける時間だったせいだろう。あの黒髪を見るとホッとするのだ。

「私も、リチャードと一緒にいたいわ。離れたくない。」


モニカが、シエナと一緒にいるところを見た、と言っていた。笑顔で楽しそうだったと。その時は本当に恥ずかしかった。いつ見ていたのか、何を口走っていたのか、シエナに優しくしていて好感が持てたと。モニカにだけはおかしくなった自分を見られたくなかった。シエナに愛を…ささやいているところなんて見られたくなかった。


もういい加減、認めたらいいんだろう。モニカが好きなこと。どこかで意地を張って、素直にそれを認められなかった。


ミランダ嬢が隣にいるのだって許容できないのに、レオンや、他の男子生徒と楽しそうに話しているのなんて、もってのほかだ。胸が痛みを増して居ても立っても居られなくなる。婚約どころか結婚さえモニカ以外となんて考えていないのに、こんなことをしていたらモニカに勘違いされてしまう、というより現在進行形で勘違いされている。

シエナと婚約だってしてしまった。体が勝手に動いたとは言えないほどあまりにも明確に、自分はシエナを婚約者にしてしまった。


どうしてこんなことになったのか、やはりあのクッキーが原因なのか。ラペット妃の実験のせいなら、まだ言い訳のしようがあると考えていた。でも、もしモニカのせいだったら?モニカは昔からシエナのことを手紙によく書いていた。どんな意図かなんてすぐにわかった。婚約者の交代だ。それに自分は答えなければいいだけのことだと思って無視していた。しかし自分はシエナを選んでしまった。シエナに指輪を渡して結婚してほしいとプロポーズまでしてしまった。その行動はクッキーを食べたせいというにはあまりにも、自分の意志で行動していた。それにそれがモニカの意図だったとしたら、シエナとの仲を取り持つことは、私と再婚約はしないという意思表示にも思えた。


ここからどう挽回したらいいのか。出来るのか?





剣の打ち合う音の合間、間合いを取ってレオンと対峙していた。毎年恒例の剣術大会。一切手心なしの真剣勝負。そんな時リチャードは大会が始まる前の会話を思い出していた。

「ライ!今年こそ優勝よ!頑張ってね!」

「うん、ありがとうミランダ。」

「お怪我の無いようにしてくださいまし。」

「はい、モニカ嬢もありがとうございます。」

聞こえてきた声に思わず顔をあげた。柱の向こう側にいるのが分かった。

「まあわたくしは今年もレオン様を応援しますが。」

「モニカはレオを応援しているのか?」

聞き捨てならない言葉に、思わず割って入ってしまった。三人がなぜか固まって動かなくなってしまった。


「どうせ今年もオッズがよかったんでしょう。」

席を外していたレオンが、呆れ口調で戻ってきた。


「今年は3倍ですわ。去年準優勝ですのに、おかしいと思いません?新聞部に抗議を検討していますわ。」

「へえ、オッズって新聞部の管理なんですか?」

「新聞部の管理している掲示板に張ってあるのよ。事前アンケートで順位付けして、決めるの。お小遣い程度だったら賭けても先生が見逃してくれるわ。ちなみに私はライのを買ったから、頑張ってね。」

「あ、そういう・・・。」

生真面目なモニカが、ギャンブルの話をするとは思わなかった。じゃあ生徒会の仕事がありますので、と去っていった令嬢二人を見送った。

「応援しているのは本当だと思うので、ライオルト君は落ち込まないように。」

「・・・はい。」

「優勝したら何かおごってもらえばいいんですよ。稼いだんですから、当然でしょう。」

彼は苦笑いしながらそうですね、言った後、頬を叩いて、気合を入れていた。


優勝したら、何かおごってもらうということは、放課後に、一緒に出掛けるということか。それはレオンとモニカも該当するということだろうか?つまりは二人で出かけたりするのだろうか。いや、レオンはほとんどリチャードと一緒に行動していた。行き帰りレオンは馬車の外で馬に乗って護衛任務をこなしながら付いて来ていたし、王城でも執務室で一緒に仕事を片付けていた。たまに週末にシエナと出かけたときなども、離れたところからロイと護衛任務についていたし、側にいない記憶がない。レオンが側にいないときなど、夏休みにローファス領に10日ほど帰るその時くらいだった。


「行け!レオン様!」


取り留めのないことを思考して、気がつけばリチャードの剣がレオンによって弾き飛ばされていた。地鳴りの歓声が巻き起こっていたがその中で、レオンはどこか一点を刹那、見つめていた。先ほど歓声の中で聞こえた、モニカの声。きっとレオンにも届いていたのだろう。すぐにこちらに戻ってきた視線に、差し出された律義な手。お怪我は?と歓声にかき消されていたので、首を振って、手を握った。



いつものようにシエナと馬車に乗り帰路に就く。いつから一緒に帰るようになったのか、よく思い出せなかった。バージェス家について、いつもならお茶の一杯もごちそうになるのだが、今日は早く帰ることにした。ふと、レオンがいないことに気が付いた。


「そう言えば、レオは?」


ロイに目線をやれば、いつもの穏やかな笑みで生徒会で、片付けに残るそうですよ、そう言った。

「まあいつもより遅くなるみたいです。モニカ嬢とミランダ嬢にカフェに誘われていましたから。」

そう言えばおごってもらうとか何とか言っていた。いつからそんなに仲良くなったのか。気のない相槌を何とか返して、そうか二人きりではないのか。そう思って納得しようとしたが、胸の奥に爪を立てられ掴まれてしまった。息苦しさを無視して王城の門を見た。


そこには見覚えある金髪の長い髪が見えた。挨拶を交わしたことが少しある程度の人物だが、今はローファス領にいるはずだった。親しい間柄ではない。そのまま門を潜り抜けて王宮の中に入っていった。


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