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引き出しの中身(前)

 

 剣術大会決勝戦。カードは去年と一緒だった。


 つばぜり合いも終盤に差し掛かって、地鳴りの歓声の中、声がやけにはっきり聞こえた。

「行け!レオン様!」

 弾き飛ばされた自分の剣が、ガシャンと地面に落ち、勝負がついた。




 最近ようやくすっきりしてきた頭で、昔のことを思い出した。


 初めてモニカに会った時、バージェス公爵に抱えられ、ピンクの可愛らしいワンピースを着ていた。緊張でこわばった顔をしていたが、丁寧なあいさつをしていたように思う。

 正直リチャードは彼女に興味がなかった。どうせ一度会ったらもう会わないのだ。一度だけ遊ぶ、その日だけの友達なのだから、大事にしようとか、丁寧に扱おうとか、そういうことは思わなかった。木登りに誘って、スカートを破いて帰って行ったが、全く気にならなかった。来週は誰が来るのだろう?今度来る子にはどんな遊びに誘ってやろうか。そんな事を考えていたが、予想に反してモニカはまたやって来た。今度は丈夫そうな綿の濃紺のスカートに、黒髪を結い上げて、動きやすい服装になっていた。テーブルには小さなバスケットが置かれ、応接室のソファにちょこんと座っていた。


「今日は何をなさるんですか。」


 また来ると思っていなかったので、少し驚いたのを覚えている。ニコリともしない真面目な表情のモニカに、どうしたら彼女は来なくなるんだろうと興味がわいてきた。女の子が嫌いそうなことを片っ端から試してみた。馬小屋の飼い葉桶にダイブしたり、アミをもってトカゲを追いかけた。しかしモニカはその次も、その次もやって来た。いつ音を上げるのか。真面目な表情も見慣れてきたころ、手の中にカエルを隠して持っていき、モニカの手に乗せてやった。初めてモニカが悲鳴を上げた。盛大に椅子から転げ落ち、腰を抜かしていた。初めて見た表情が新鮮で、それが面白くてモニカに様々ないたずらをしかけた。


「そんなことを繰り返していたら、いつか愛想をつかされますよ。」

 ロイは困り顔でそう言っていた。

「モニカが嫌なら、はっきり言うだろうから大丈夫だ。」

 現に、モニカは何かをするというと最初必ず文句を言うのだ。危ないとか、怪我をするとか。大抵はその辺のことを言うが、走り出してしまえばいつもついて来てくれた。


「女の子って普段どんなことをして遊んでいるんでしょうね?アリアドネ様に聞いてみましょうか?」

 珍しくレオンが提案してきたが、その必要は全く感じなかった。モニカはいつもついて来てくれるのだ。その時はなぜか自信があった。

「いや、いい。モニカにしてもいつもと違うことのほうが面白いだろ。」


 今までタイムスケジュール通り淡々と日々を消費していた自分が、初めて何かが楽しいと思い、月に一、二度モニカに会うのが待ち遠しくて仕方なかった。

「リチャード、モニカ嬢と婚約しようか。」

 父上がそう言った時、遠い未来の話だと思っていた婚約が、実は目の前にあった事に気が付いた。そうか、婚約すればお茶会が2週間に一度に増えるのか。もともと兄上の邪魔にならない人なら誰でもよかった。モニカに出会って4カ月ほどたっていた。その頃にはすんなりそれを受け入れられるほど、心を開いていたんだと思う。



 そんな心境に変化が現れたのは、モニカがシエナを連れて来た時だった。今まで見たことない楽しげな顔のモニカに、胸の内は複雑だった。モニカの笑った顔、というのを初めて見た。いろいろな顔を引き出してくれるシエナを、好ましく思うが、面白くないような。向けられる笑顔が自分へではなかったのが惜しいような。そんなモニカを見ているといつも、胸がぎゅと苦しくなった。ダンスの練習を始めてからはそれはレオンにも向けられた。今まで二人が話しているところなんて、見たことが無かったのに意外にも、レオンとモニカは話が合うようで、二人で何やらこそこそ内緒話をしていた。

「大した話はしていませんよ。城下町で流行っている本についてお聞きしていました。」

 本とは、盲点だった。確かにレオンは暇があれば図書館に行く本の虫だ。速読もできるが、気に入った本を何度も目を通すのが好きらしい。一緒に行った蚤の市で、しおりを買っていたのも見たことがあった。モニカも本に詳しかったなんて知らなかった。


 そのあたりからイライラモヤモヤすることが多くなり、周りに当たることもあったと思う。


 ダンスの練習のために、毎回違う髪型を、服装をしていたのに気が付いていたのに、似合っているの一言がいえなかった。その言えなかったことを、ロイが可愛いワンピースですねと褒めてモヤモヤしていた。レオンがモニカの髪飾りを見て、小説に出てきた花ですか、と言って盛り上がっていたのにイライラしていた。


 そんな中婚約解消の話が出て、腹をくくった。モニカとちゃんと話をしよう。今まで上手くいかなかったすべてのことを、きちんと清算しよう。7月にモニカが見たいと言っていたインディゴ蝶が来るときに。そう思って準備をしていた。準備は思いのほか難航した。モニカに無関心だと思われても仕方のない理解度だった。少しづつ歩み寄ろう、そうしていた矢先彼女は攫われてしまった。もちろんモニカのせいじゃない。



「なんでもっと早く、婚約破棄しなかったの~?そうすれば彼女は攫われなかったのに。少なくともあちらのお国は彼女に手出ししなかったわ。」

 王太子妃の、世間話のようなのんきな声色がすべて癇に障った。確かに何度か言われたことはあった。占いだって強引な手法でモニカを王宮に誘っていた。しかし婚約解消は論外だ。そんなことをしたら本当に、モニカがここに来なくなってしまう、会えなくなってしまう。そのくらい希薄な関係だと自覚があった。王太子殿のネモフィラを眺めていた横顔を思い出しては、出せない手紙が溜まっていって、渡せない誕生日プレゼントが棚に並べられていった。


 久しぶりに王城に来たモニカは、いつも通りの生真面目な顔で、事件の話を父上から聞いていた。犯人は捕まらず、手掛かりもないと頭を下げた国王陛下に恐縮したモニカは、もういいのですと口にした。

「婚約解消いただければ、それで。」

 言いたいことはたくさんあった。この一年の様子や、当時の話、モニカの父の話。しかしその一言で何も言えなかった。わかっていたのだ、つまり、婚約解消をしてくれたら泣き寝入りをしますよ、と。モニカの視線をたどれば後宮のほうに向いていた。あそこには母上がいる。穏やかな顔でそちらを見ていたモニカが、しかしリチャードと目線を合わせることはついに無かった。

「肩の荷が下りた気持ちです。今までお世話になりました。」

 バージェス公爵と父上の間で手続きが済んで、晴れやかな顔で去っていく背を見送った。引き留める口実はもうなかった。少しお茶をしようと気楽に誘える友人では、無かった。いや、誘えば来てくれるだろうが、盛り上がる話題も、好きな茶菓子も、何一つ知らない婚約者だった。そんなこと気にしたことが無かった。

「モニカの結婚相手については、急いでおりません。後継者教育は順調ですし、婿入りしてくれて、モニカが気に入って、大事にしてくれそうな人なら、身分だって問いません。見極めに時間をかけるつもりです。」

 もう、バージェス公爵のその言葉に縋るしかなかった。


 身分を問わないなら、元婚約者でもいいはずだ。モニカが選んでくれるような人になればいいんだ。学園に入ったら毎日会えるのだし。そう、明るく考えるようにしていた。モニカに、学園では話しかけれくれるなと、言われるとは思わなかった。そう言われてしまえば、用がある時しか話せない。その用も姉上はロイを通じて話を通せばよいし、生徒会に一緒に入っているレオンに言づければそれで済んでしまった。手をこまねいているうちに1年が過ぎ、【恋が叶うクッキー】を渡されたのだ。


 あの、モニカから。


 実に一年ぶりに話しかけられたのがシエナについての相談だったが、その際に、貰ってしまったのだ。祈力検査やらなんやらなど、どうでもよくなった。口に運んで高熱が出たが、後悔はしなかった。不思議だった。不思議と口角が上がっていた。モニカから手渡されたものを独り占めしてやったのだ。


 しかしその日から思考が鈍っていった。


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― 新着の感想 ―
 思った以上に「手遅れ」な印象ですねこの人。  まあこんな人間だとは予想していたけど想像以上に葛藤や懊悩といった所が感じられなくて本当婚約解消になって良かった。  ただ間接的にこいつのせいで父親が亡く…
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