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悩ましい席次

 

 控室ではバージェス公爵夫妻と国王陛下が談笑していた。窓際のテーブルセットには第三王子殿下とシエナ様と、シエナ様のお父様が何やら真剣な顔でお話しされていた。めったに会わない娘の婿(予定)には言うことがあるのだろう。

 先ほどまでは意外なほどに穏やかに話しながら、目の前を歩いていた王妃様とローファス伯爵がシンと静まり返った。もともと無口なローファス伯爵は、王妃様が黙ってしまえば口を開かない。


 それにしても驚いた。

 ローファス伯爵は、王妃様の性格をよくご存じなのか、御し方がこの上なくうまい。時々ナチュラルに口説いているのはきっとわざとではなく天然なんだろうと思う。


「やあ、エレン。王妃を連れてきてくれてありがとう。やっぱりエレンは王妃の扱いが慣れているね。」

「お久しぶりです、陛下。」

 すっと礼を取った後に、ローファス伯爵が王妃様の手を国王陛下に向けたのだが、王妃様は彼の腕にしがみついた。

「わたくし、エレンと久しぶりに話すことがありますので。」

 腕を引いてもう一セット用意してあるソファのほうに歩きだした。不自然に背が揺れたので、ローファス伯爵としてはエスコートはここまでのつもりだったらしい。一つにくくった茶色い髪が揺れていた。国王陛下と私の前が空き、陛下は差し出した手を引っ込めていた。隣では公爵夫婦が残念そうに王妃様の背を見送っていた。


「ははは、相変わらずだな。それに久しぶりだな、モニカ嬢。」

「国王陛下。お久しぶりでございます。この度は大変おめでとうございます。アリアドネ殿下の幸せを願っておりますわ。」

 ぺこりと頭を下げつつ最敬礼をした。ああ、とだけ返した陛下の視線は隣のソファセットに行ってしまった王妃陛下へと向いていた。目の前で繰り広げられる国王陛下と王妃様のギスギスは実際に見ると心臓に悪い。

「エレンったらずるいわ。わたくしも王妃様とお話ししたいのに。」

 公爵夫人が声をあげた。そうだね、と公爵閣下も同意していた。


 さて、私にはここでいくつかの選択肢がある。


 ソファセットはもうないし、窓際のテーブルセットは占領されていた。私とミランダさん、マゼンダさんが座れる席は、今この目の前の6人掛けの国王陛下、バージェス公爵夫婦と同席のソファか。それとも隣のもう一セット王妃様とローファス伯爵のほうか。


「では御前失礼いたします。行きましょう、マゼンダさん、ミランダさん。」

 選択肢はない。国王陛下と同席なんて胃が痛い。だったら本日ローファス伯爵のおかげで幾分おとなしい、王妃様とご一緒のほうがましだ。背中からミランダさんのホッとしたらしきため息が聞こえてきた。本来私だけだったらバージェス公爵閣下の隣あたりに座ったかもしれないが、この度は友人が一緒だ。助けられたのは私のほうだった。



「お隣失礼いたしますわ、王妃様。本当にお久しぶりでございます。お話し中でいらっしゃいましたか?」

「なんでわたくしの隣に座るのよ。」

「王妃様のお隣がいいのですわ。」

 ここ以外の席は国王陛下のお隣しか開いていない。そんなの選択は一択だ。小首を傾げてみれば、普段の人形のような瞳ではなく、生き生きとした表情で嫌そうな顔をした。隣にはマゼンダさん、そしてその隣にミランダさん。二人がいるだけで心強い。少しだけ緊張の解けて来たミランダさんが、しかし固い声をあげた。

「あの、王妃様はレオン様のお父様と、ご友人なんですか?」

 公式な場所では身分の差があるときは下の者から話しかけてはいけない。しかし今は控室。私は背に嫌な汗をかいたが、意外と王妃様は気にしていないようだった。

「あなたは?」

「あ、私はキュレス伯爵家のミランダと申しましゅ…。」

 あらまあ。大事なところで咬んだ。

「すいませえん!」

 ここはちゃんと後輩のフォローをしなければ。

「ミランダさんは今回の文化祭で主人公の恋人役をしたのですわ。セリフは咬まずに言えますのに。王妃様はお聞きになりました?今回の劇は学園史上一番の盛り上がりでしたの。」

「素晴らしい出来でしたわね、わたくしも見ていただけですが、学園の外にも評判が行っておりましたわよ。」

 マゼンダさんもすかさず穏やかな声色で一言入れていた。

「・・・ああ聞きました。男性の役をしていたのよね?貴方がレオンが言っていた子ね。」

「レオン様が…!?いったい何を…?いい予感がしません。」

「劇の練習に付き合っているため、帰りが遅くなります、という報告です。」

 ローファス伯爵の隣から、眉間にしわを寄せたレオン様が後ろ手に手を組んで立っていた。なんでそんな席に座ったんですか、という視線を、国王陛下の後ろ頭をそっと指し示すことで察してもらった。


「いまだに学園では、役名で声をかけてもらっています。」

 そう、あれ以来ミランダさんは女子から好意の視線が送られるようになった。噂を帳消しにするすさまじい効果があった。表向きはドレスを仕立てる『被服サークル』の一部の人が所属しているらしい、裏サークルである『男装サークル』から、正式にお声がかかるほどだった。


「レオン様の帰宅時間は、王妃様の管轄なんですか?」

「お預かりしている子ですからね。」

 なるほど。レオン様にローファス伯爵が隣の席を勧めていたが、レオン様は固辞していた。

「わたくしとエレン、ローファス伯爵は幼馴染ですわ。」

 ああそうか。ローファス伯爵家のお子は、嫡男以外は幼い時から王都で過ごす。今ローファス伯爵が、ご実家で家を継いでいるということは、嫡男の方は…。


「あの、先ほど、第三王子殿下が何か様子がおかしいと、言っていましたよね…。」

「そうよ!何をしたの?リチャードに。」

 ああ、話が戻ってしまった。ミランダさんが深刻な顔で切り出したので、横やりは入れないほうがいいだろう。

「あの、剣技大会の前に、殿下が熱を出しましたよね?その日に私とモニカ先輩が買ったクッキーを食べた後に…。」

「やっぱり何かしたの?!」

「いいえ、あの日は殿下に差し上げるクッキーを店で買って、その後、店から出てすぐ第三王子殿下をたまたま見かけたので、お渡ししたんです。本当にすぐでした。祈力検査と、ケイト卿への報告をしてからお召し上がりくださいと言ったんですが…。」

 ミランダさんは頷きながら王妃様を見た。

「モニカ先輩は再三検査してから、と言っていましたが、そのまま食べてしまったんですよね。客観的にはあのクッキーが一番怪しいと思いますよね。」

「あなたがクッキーに何かしたの?しかも馬車の中で食べるなんて。そんな躾していないわ。」

 トーンダウンしてきた。確かに王妃様からしたら私は、クッキーに毒でも盛ったと思われていてもおかしくない。多分ミランダさんはそれを払しょくしたかったんだろう。

「どんなクッキーなんですか?」

 マゼンダさんの当然の質問に、ミランダさんが答えた。


「ピンクのパッケージに、ハート形で抜いた、可愛らしいものですよ。あの、【恋が叶うクッキー】の、何がいけなかったんでしょうかね。」

「・・・」

「・・・」

「可愛らしい名前のクッキーね。」

 クスリと笑ったマゼンダさんとは対照的に、レオン様と王妃様が同時に微妙な顔をして押し黙った。確かに呆れるような名前のクッキーではあるが。ミランダさんがなぜか二人に視線を送っていた。


「とりあえず、リチャード殿下が馬車の中で食べてしまった理由は分かりました。そうですね、なるほど。」

「その店はどうなったの。」

「潰れました。この間見に行ったら無くなってたんですよ。びっくりです。」

「その店、怪しいわね。」

 レオン様が頷いた。

「はい。その後の調査をしたんですが、オーズ家の御縁戚の方がやっていたそうです。その…ラペット妃と相談して、商品を作っていたらしく…当時の売れ残りを検査しましたが、毒類、祈力検査どちらも問題なかったので…。」

 ということは、店のせいならラペット妃の、私のせいならバージェス家の過失となってしまう可能性があったのか。どおりで第三王子殿下が高熱を出したのに、あまり追及の手が来なかったわけだ。


「またあの子なの!?ああ~~もう!」

 頭を抱えてしまった王妃様ははあ、とため息をついていた。ラペット王太子妃にはあの時以来あっていないが、相変わらずお元気のようだ。

「なんで、あの子、トラブルばっかり起こすの?!」

「落ち着いてください。お子さんも生まれたんでしょう?可愛いですか?」

「…ああ、ええ、隔世遺伝なのか、緑の瞳の、ピンク色の髪の、女の子よ…。」

 背中をローファス伯爵にポンポンされて落ち着いてきたらしい。


(もしかしたらあの子が何かクッキーに混ぜた?不特定多数を狙って変な効果のあるクッキーを…ありうる。どんな効果か分からないクッキーを、あの子なら絶対に作るわ…市民で実験してみたとかそういう頭のおかしいことを平気でいう娘だもの…そうに違いないわ…ああなんてこと。だからあの娘が王太子妃は嫌だって言ったのよ!もっと頭がまともな娘がいいって何度も言ったのに!だったらこの黒いののほうが千倍マシよ。マシ。話が通じる分絶対マシ!)

 ブツブツと小声で呪詛のように唱えていた。黒いの、と聞こえた気がしたから私のことも何やら言っていたようだが、よく聞こえなかった。コトリと水の入ったコップを目の前のテーブルに置いたレオン様は、少し気の毒そうな顔をしていた。心中お察しします、と顔に書いてあった。はじめの頃に会った王妃様への苦手意識は、今日の出来事で少し軽減されたように思う。昔は只々怖かった。しかし王妃様とのお約束は守ったのだし、もう命を取られることはないだろう。



 その後アリアドネ様とロイ様の結婚式には、予定されていた時間通りご出席されていた。

 王族の結婚式にしては小規模ではあったが、メンツは国の重鎮やら、高位貴族が締めていた。お二人は本当にいい席をご用意してくださっていて、最前列の、国王陛下夫婦と、王太子殿下夫婦のお隣だった。なんとあの王弟殿下や、バージェス公爵夫妻よりも前の席に、第三王子殿下、シエナ様、私、マゼンダさん、ミランダさんだった。

 いい席すぎるが、その分ロイ様とアリアドネ様の幸せそうなお顔がよく見えた。ミランダさんと私はずっと感動で涙ぐんでいた。【あのゲーム】をやっていればこの結婚式は何度も夢見た光景であるので、仕方のないことだった。


 その後無事に式が終了し、その夜、王宮では舞踏会が開かれた。昨日の夜から女子会でしゃべりっぱなしの私たちは少々ぐったりとして、ソファセットで休んでいた。シエナ様は元気だったのでまた、第三王子殿下と踊るのかと思ったら、殿下のほうが地方貴族たちとあいさつ回りに行ってしまったらしい。ちらりと見かけたのはローファス伯爵を連れ立って、その場を離れていく後ろ姿だった。


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