新婦控室
広い控室に通されて、純白のアリアドネ様と、ロイ様にお目通りした。幸せそうなお二人に目頭が熱くなる。普段からお綺麗なアリアドネ様は、本日は冬の空に力づよく燃える松明の様に光り輝いて見えた。
「皆様いらしてくれてありがとう。」
「アリアドネちゃん、ああ、綺麗だわ~ほんとに!」
感無量の公爵夫人はハンカチを握りしめて少し声が震えていた。一通り挨拶と自己紹介をした後、目が合った。
「モニカ…!」
まっすぐアリアドネ様のところに歩み出た。もう我慢できなかった。
「アリアドネ様。お綺麗です。…よかった。」
泣くまいと思って化粧をしてきたが、無駄だった。だってずっと見たかった、アリアドネ様の姿がここにあった。生きて、この日を迎えられた。花嫁姿だ。
「もう、泣かないでよモニカ。私が涙もろいの知ってるでしょ?」
「だってアリアドネ様が、しあわせそうなんだもん。私がどんなにこの日を待ち望んだか。」
周りの視線なぞお構いなしだ。今日は言いたいことを言ってやる。とめどなく流れる涙など些末なことだ。
「おわかりでしょう。わたくしは、ロイさまと、アリアドネさまが、しあわせなら何でもいいって。」
声まで震え出した。せっかくの婚姻衣装を汚してはいけないから、私はここから動かなかった。ただこうやって手を握ってくださればよかった。
「モニカ、ありがと。ああだめね、私もお化粧したのに。」
「モニガじょう…。」
先ほどから静かだったロイ様の声が、思いのほか近くからした。ぎゅっと抱きしめられて、涙の雨が降ってきた。騎士であるロイ様が泣くなんて、思わなかった。私はとっさに胸板に手を当てて、純白の新郎衣装に頬紅が付かないようにガードした。
「ありがとう、ございます…。」
少し苦言を呈そうかと思ったが、ぽろぽろ涙を流す顔を間近に見てしまっては怒る気にもなれない。きっとだが、この日まで、心無い言葉を浴び続けたに違いない。アリアドネ様は他国に出せば次期王妃、国内でも高位貴族にしか嫁がないと思われていた。国王陛下が探したのなら、間違っても田舎の伯爵夫人なんて選ばない。アリアドネ様が選んだから、国王陛下は祝福したのだ。
だからロイ様は躊躇なさっていた。自分なんかが、と。私はそんな人の背を無遠慮にも押したのだ。アリアドネ様の命のために。だったら私は祝福しなければならない。彼の勇気を讃えなければならない。この国の誰もが喜ばなくても、私は喜ばなければならないし、祝福しなければならない。それも、全力で。
「ふふふ、苦しいですわ、ロイ様。」
私だったら絶対不細工な顔になるのに、ロイ様は泣いていてもイケメンのままだった。この差はいったい何なのかしら。
「もう放してくださいまし、わたくしお二人にお渡ししたいものがありますの。」
そう言って胸を叩いてみるが、涙が降ってくるだけだった。そこに衣擦れの音が響いて、背中から声がした。
「とりあえず、座ったらいかがですか。」
静まり返った広い控室に、レオン様のおちついた声が響いた。ようやく緩んだ腕から、ゆっくりと抜け出すと、ソファに背中をそっと押された。レオン様がメイドに指示を出し、アリアドネ様にはコットンで、化粧直しだ。その時初めて、そこそこの人数がいるのにもかかわらず、静かだったと思いかえした。
ロイ様の腕を引き、ソファに座らせた。泣くまいと思って化粧をしてきたが、泣かない自信はなかったので、予備に持ってきていた絹のハンカチで、新郎の目元をやさしくぬぐっていた。
「もう、ロイったら、またモニカに甘えて。」
少し呆れた口調のアリアドネ様が、ソファまで来た。その頃には周りは少しざわつきを取り戻していた。
「水分補給をしてください。式は長丁場なんですから。」
サイドテーブルにレオン様が水を用意してくれた。私がソファに座ってそれを一口飲んでいると、いつの間にか持ってきていた氷嚢を、私の隣のロイ様の目元に乱暴に押し付けていた。
「冷たい!レオン君!もう少し優しくしてよ!今日くらい!」
すっかりいつもの調子を取り戻したようなロイ様だが、普段の余裕が感じられなかった。
「…アリアドネ殿下、モニカ嬢の化粧直しもお願いしてよろしいですか?」
「崩れております…!?」
「いいえ、でもご自身で鏡を見てください。」
明らかに護衛の仕事を逸脱しているレオン様の指示により、私は鏡の前に座っていた。後ろからは、公爵閣下が距離感が近すぎではないか、というクレームをロイ様におっしゃっていた。
「いつもこの距離ですよ。モニカ嬢に関しては。」
「レオン君の裏切り者!」
「詳しく話してくれるかな?」
その後私の隣にひっそりと泣いていたミランダさんが化粧直しにやって来た。
「ねえ、気になっていたのだけれど、もしかしてミランダ嬢とモニカのドレスってお揃いなの?色違いの…」
ティアラをきらりと光らせながら、アリアドネ様が小首を傾げていた。化粧直しのミランダさんの手を取り、マゼンダさんを手招きした。第三王子殿下と、ロイ様と歓談中のシエナ様はそっとしておいて、一列に並んだ。
「ご覧くださいまし、一度、やってみたかったのですわ。お友達と、合わせたコーデ…。」
綺麗な礼を執ったマゼンダさんを中央に、私とミランダさんが両脇を固め、片方だけスカートを持ち上げ、左右対称になるようにポーズをとった。そう、まるで戦隊もののよう。気持ちだけ爆発炎上を背負っていた。
「昨日の夜4人のポーズを考えたんですけどいいのが浮かばず!結局こうなりました!」
ポーズが決まって鼻高々のミランダさんが堂々と胸を張った。このポーズは主に私とミランダさんがノリノリで考えていた。巻き込んでごめんねマゼンダさん。さっきからずっと困り顔で笑っていた。
「ふふふ、あ、あはははは!もうモニカったら、学校を満喫しているわね。」
「はい、それはもう!楽しんでおりますよ。」
ひとしきり笑いあって、アリアドネ様が仕切りの隙間からシエナ様と、お父様と談笑なさっている、第三王子殿下を見つめていた。
「…リチャードなら、あなたを幸せにしてくれるって、信じていたわ。」
ポロリとこぼした本音に、なぜかミランダさんが動揺してうへっと変な声をあげていた。
「そうしたらモニカと姉妹になれるのに。」
「わたくしも、アリアドネ様をお姉さまとお呼びしたかったですわ。ですが、ですが…。お友達にはなれますの…。」
今日という日、前々からずっと言いたかったこと。そう、今日は全部言う日なのだ。心臓の音が大きい。
「ですから、アリアドネ様。わたくしとお友達に、なってくださいませんか。」
「モニカ。」
アリアドネ様と目がかち合って、また胸がドキリと鳴った。少し手が震えていた。
「季節のお手紙だけでなく、なんてことないお手紙を、お送りしたかったんです。それからこの間、マゼンダさんといった雑貨屋さんに、一緒に行きたかったんです。それから…、それから…。」
前の王女殿下と第三王子殿下の婚約者では気安い交流などとてもできなかった。手紙はすべてお側付きに見られるし、町へ行くにも護衛が付く。しかしアリアドネ様が、伯爵夫人になったら。
「それから、何をする?このメンバーでおすすめのカフェにでも行っちゃおうかしら?」
いたずらっぽく笑うアリアドネ様に、全力で同意した。手を握り合って頷いた。思いのほか強く握り返された。
「私、迷惑も考えずにお手紙をいっぱい書くわよ、いいのモニカ?…王宮から出るからと、疎遠になった方のほうが多いのよ。それなのに、貴方はこれからお友達になってくれるの?」
んな!とミランダさんが思わずといった様子で声をあげた。
「そんな人のことなんて気にする必要ないですよ!こんなに、素敵なアリアドネ殿下のお友達なんて、私だったら立候補するってのに!」
隣で目を丸くしていたマゼンダさんが、クスリと笑った。
「でしたらわたくしも。」
「あらあら…こんなにお友達が増えちゃったわ。」
晴れやかに笑うアリアドネ様に、私も思わずうれしくなりミランダさん、マゼンダさんと一緒に笑いあった。
一応新郎控室もありますが、ロイ様は使っていません。




