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英雄とレオン様のお父様


 王宮で行われる最も盛大な行事は、新年会だ。冬の日、春の足音が聞こえてきた日。王都は祝賀ムードに包まれた。この期間は2週間ほど学園も休みになり、新年を迎え夜会が活発に開かれた。普段領地にいる貴族たちもこの期間だけ来るという人も多い。ローファス家はその筆頭だ。北部の冬はさすがに魔物も鳴りを潜め、雪深い山で静かに過ごす。手が空くこの時期に、新年会に参加していた。それに今回はあの英雄も来るという。シエナ様が朝からずっとそわそわしていた。午後にお父様が来るのだ。シエナ様とは何年ぶりになるのだろう。ようやくひと段落が付いたらしい。


 私はシエナ様と一緒にお肉の入ったパイを作っていた。それが彼女のお父様の好物だ。こんなに可愛らしいシエナ様がみられるのなら毎年帰ってきてもらったってかまわないのに。お父様は大食漢だからたくさん焼くのよ、と張り切っていらっしゃる最高に愛らしいシエナ様には悪いが、私の下手な勘繰りでは、英雄を王都に呼ぶような事態になったと背中に冷や汗をかいていた。

 いったい何があったのだろう。レオン様のお父様、ローファス伯爵も一緒にいらっしゃるから魔物関係ではない。領地は問題ないのだろう。じゃあ、なにが?


「モニカどうしたの?」

 シエナ様がオーブンから顔をあげた。いけない、手が止まっていた。今は公爵閣下の好きなクランベリーパイを作っているところだというのに。刷毛で溶き卵を焼く前のパイ生地に塗る作業を再開した。

「いえ。シエナ様のお父様ってどんな人かしらと思いまして。」

「うんとそうね、クマみたいに大きくて、とっても強いわ!でも優しいのよ。怖くないわ。」

 ゲームにはシルエットだけ出てくる、シエナ様のお父様。しかも英雄と呼ばれるお方だ、会うのは緊張する。本日はバージェス家にお泊りになるので、こうしておもてなしの準備をしていた。ちなみに普段ホテルに泊まるローファス伯爵も今回は一緒に泊まるので、明日はレオン様が少しバージェス家に来る予定だ。何とかそうなんですね、と震える手をごまかした。

 昔からそうだ、緊張すると手が震えてうまく反応できなくなった。特に、中年の男性が苦手だった。公爵閣下はもう慣れたが、初対面の方に会うのは本当に苦手だった。どんな人かわからないから。そういう小心者の自分にも嫌気がさす。



 そうこうしているうちにご一行が到着され、英雄様親子の再開となった。とりあえずお茶の準備に、お部屋への案内と雑務をこなし、公爵夫妻とシエナ様のお父様、それにローファス伯爵、私とお茶会をすることになった。

「まずは無事に来てくれてうれしいよ、義兄さん、それにエレン。」

「長旅お疲れ様ですわ。ゆっくりおくつろぎになって。」

「ああ、久しぶりだな、ケイオス!それに奥方も相変わらず美人だしな!」

 あらまあウフフと公爵夫人が笑ったが、ローファス伯爵が生真面目な様子でぺこりと礼をした。

「ご厚情痛み入る。」

 もうお父さんたら、と上機嫌なシエナ様と一緒に私はパイを配っていた。公爵閣下の瞳がこちらを向いたので、スカートを持ち上げた。

「お初お目にかかります。モニカ・Ⅾ・バージェスです。」

「ジンの娘だな、瞳がおやじにそっくりだ。俺はジョコビッチだ。」

「エレン・Ⅽ・ローファスだ。」

 シエナ様のお父様と、ローファス伯爵の目がこちらに向いたので、にこりと笑ってやり過ごす。さすが魔物の最前線で日夜、国境警備にあたるお二方だ。体格もよいし、声も大きい。それにお二方とも若い時はモテていたであろう容姿をしていた。特に伯爵の狼のような銀灰色の瞳が綺麗だった。


 私がシエナ様の隣の席に着き、公爵閣下が口を開いた。

「さて、この度義兄さんを呼んだのは、ほかでもない。第三王子殿下からシエナ嬢に、婚約の申し込みがあったためなんだ。」

「何?!」

「え?本当に?おじさま。」

「あら、おめでとうごさいます。」

 一斉にこちらに目線が来た。なんでそんなに私に注目が来るのか。とりあえず冷や汗をかきながら笑っておくことにした。

「モニカは、お祝いしてくれるの?」

「?もちろんですわ!」

 おずおず、といったように聞いてきたシエナ様。そりゃあ、シエナ様のお立場なら、そう思うだろう。しかし私はもう婚約解消した身。全く問題ない。なにせ第三王子殿下の背を押したのは他ならぬ私だ。あのミランダさんの誕生会の後、シエナ様はプロポーズをお受けになって心ここにあらずの状態で帰って来たのだ。殿下とお話したことを、報告するのを、そういえば忘れていた。しかしローファス伯爵まで、こちらに注目するなんてどういう事だろう?


「どうなさいました皆様?…だって学校でもご一緒で仲がいいですし、そうなったら素敵だなと思っておりましたし、婚約の発表は早いほうがいいでしょうから、そろそろかと。新年会での公式発表ということでしょうか?」

「あ、ああ。新年会の夜会で公式にね。」

「ではドレスの準備は…第三王子殿下がご用意してくださいますでしょうか?一度ケイト卿にお手紙で確認いたしましょう。」

「モニカ、そういうのは私がやるわ。」

「さようですが、了解しました。」

 ここにきてようやく肩の力を抜いたローファス伯爵が、隣のシエナ様のお父様を見た後、低い声を出した。


「モニカ嬢は、なぜ第三王子殿下との婚約を解消したのか…聞いていいか?」


 ここに来るまで、最低限の返事しかなさらなかった、ローファス伯爵のある意味下世話な言葉に意外だな、という印象を受けた。隣を気にしているということは、シエナ様のお父様の言いたいことを、代弁したのだろう。それだけでお二人の間に長い時間をかけた信頼関係を見た気がした。


「はい。わたくしは、部屋で本を読むのが好きな、インドア派。対して第三王子殿下は外にいることがお好きな、アウトドア派なのですわ。要は、そりが合わなかったのです。でもシエナ様なら、きっと第三王子殿下とお合いになるかと。前々からお似合いだと思っておりましたから!ダンスでもパートナーを務めていらっしゃいますが、本当に息ぴったりで素晴らしいのですわ。」

 ここからどれだけシエナ様と第三王子殿下の相性が良いかを力説しようとしたとき、公爵夫人に座りなさいと止められた。いつの間にか席を立ちあがっていたらしい。


「失礼いたしました。」

 その後、やっとお祝いのムードになり、焼いたパイを食べながらシエナ様の養子入りについての話になった。

「しかし、卒業後1年は第三王子殿下はどうなさるんでしょうか?」

「そうだね、うちで早速働いてもらおうか。レオン君も一緒にどうだろう。」

「そうだな…まだどうなるかは、わからない。」

 歯切れの悪いローファス伯爵に、公爵閣下が首をかしげた。

「後で話す。」

「そうかい分かった。」

 レオン様の進路と言えば、あの方との婚姻だ。このことに口を出すのはさすがに違うだろうか。私の見たことをそのまま伝えてもいいだろうか。でもおせっかいの気もする。

 そう悶々と考えていたら、もうお開きの時間になってしまった。



 その夜、歓迎会という名の夕食後、少しお時間いただけるか?とシエナ様のお父様に声を掛けられた。隣には先ほどワインをあおっていたローファス伯爵もいた。

「王子様の人となりを教えてほしい。うちの娘が嫁いでも大丈夫か、少し心配でな。」

「それは気になりますわよね、わたくしでよろしければ。」

「それから、少し、レオンについて教えてもらえたらいい。」

 レオン様?と思いながら、シエナ様のお父様の隣を見ると、先ほどから一言も発さないローファス伯爵がこくりと頷いた。

「わたくしも、父について聞きたかったんですわ。」

「ジン…。」

「ああ、どんな最後だったか、聞かせてくれるか?」

 二人を先導して、応接室にいき、お茶を頼んだ。


「何から、お話ししましょうか。」


 私が小首を傾げると、二人ともうっと詰まった顔になった。両者となりを気にしていた。観念したのか、シエナ様のお父様が、口を開いた。

「じゃあ、第三王子殿下について。」

「はい。シエナ様がおっしゃるには、優しくて気づかいができて、素敵な方だそうです。」

「モニカ嬢はそう思わないと?」

「わたくしの第三王子殿下の印象は、限りなく王族であるということですわ。人の上に立つのが当たり前の方なので、優しいだけではなく、苛烈な面もお持ちです。公爵夫人もそうですが、そこにいるだけで人を従わせる方ですわ。…ご心配されなくともシエナ様を大切にしてくださると思っております。一度やると決めたことはやり遂げられる信念をお持ちです。」

 息を止めていた二人が、同時に吐き出したのには、なんだかほっこりしてしまう。

「次期国王にと、名の上るだけはあると…。」

「はい。王妃様はいまだ、諦めておりませんから、警戒は必要ですわ。…今だから白状いたしますと、わたくしは『それ』が怖かったのですわ。」

 ローファス伯爵がじっと、シエナ様のお父様は勢い良く、こちらを見た。

「王妃様はシエナ様なら、殺さないでしょう。」

「そんなのわからないだろう、シエナがいくらローズの子だからって。」

 感情を殺した声が、苦しそうに吐き出された。


「大丈夫ですわ。その王妃様に要請されましたの。第三王子殿下との婚約を解消した暁には、シエナ様を婚約者にしろと。」


 要請という単語に、目の前の二人は身を固くしていた。

「第三王子殿下がお生まれになった時、司教様に神託があったそうです。『この子は黄金の輝きを持つものと、王国始まって以来一番の繁栄を築くだろう』と。王妃様はその黄金の輝きを持つものとは、ローズ様と同じ瞳をお持ちの、シエナ様だと思っているんですわ。ですから、王妃様が一番シエナ様を守ってくださいます。むしろ警戒すべきは王太子殿下です。」

「しかしそれはもう警戒しているだろう。王太子は昔から王妃と折り合いがわりいんだろ?」

「はい。それに王妃様としてはここまで思い通りになっておりますしね。あとは第三王子殿下に任せておけば、シエナ様もバージェス家も大丈夫でしょう。…そのくらい頼りになる方なのですよ。」


 そう、王妃様への対応は今後一切を殿下に任せよう。なにせ私はもう婚約を解消して、無関係になってしまったのだ。あーざんねんだわー。


「…シエナと同じくらいの子に、あの王妃陛下が要請したのかよ。」

 呆れたようにつぶやいたシエナ様のお父様が、ギシリとソファに寄りかかった。それと同時に、ローファス伯爵が何かに気が付いてというようにパッと顔をあげた。

「いや、待て、婚約解消前の話だろう?いったいいくつの時だ?」

「ええっと、確か12くらいの時ですわね。」

 シエナ様が来てからわりとすぐだったから、そのくらいだったと思う。しかしあの時の話し合いは王妃様にひたすら有利だった。もう少し、慰謝料の話とかも吹っ掛ければよかった。今ならもっと図々しいことを言えただろう。

「12の子に、王命の婚約解消を約束させ、次の婚約者まで約束させたのか?どう考えても頭がおかしいな。」

「シエナ様のお父様、それ以上は…。」

 ここには私たち3人だけで、メイドもいないが、気を付けるに越したことはない。

「それに今ならもっとうまくやって見せますわ。」

「いや、もう関わらないほうがいい。」

「はい。冗談ですわ。」

 笑って見せたが、ローファス伯爵は疑いの目線でこちらを見ていた。シエナ様のお父様はガハハ、面白いお嬢ちゃんだな、とやっと肩の力が抜けたらしい。


「次はレオン様のことですわね、とても剣の腕の立つ、立派な騎士ですわ。今は学園のほうで生徒会を一緒にやっておりますが、大変助かっております。とてもまじめで来年からは生徒会長ですから、もっとお忙しいと思います。」

 そう言っただけで、ローファス伯爵は満足げに口の端だけ少し上げた。

「あの、大変、おせっかいだと思うのですが、この間の文化祭に、ご婚約者の方がいらっしゃったのですが…。」

 今度はワインのせいで仄かに赤かった顔が一気に真っ白になった。シエナ様のお父様もあちゃーという顔をしていた。

「あの娘がまた何か…?」

 またとは…何かほかでもやらがしてるのかあの人。

「レオン様のお兄様の腕から離れず…衆人の前で二人の世界にはいってらっしゃって…あの、本当にあの方とご結婚させる気ですか?あんまりだと思うのですか…いえ、わたくしが言いすぎでしたね、でもどうしても幼馴染として、黙っておくには腹に据えかねまして…。」

「あ、ああ、レオンとはこの滞在中に話す機会を設けようと思っていた。」

「是非、お話し合いをしてくださいまし。」

 ああよかった、ちゃんと聞いてくれるようだ。レオン様の望むように行きますように。その後も私たちの小さなころ、かくれんぼをしたことなどを話した。お二人からは父の若いころの話を聞いていたら、そこそこいい時間まで話してしまった。


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