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シエナ様のお願い

 ミランダさんのキュレス家が所有する郊外の別荘。ここは12月になると咲く、雪星花(ゆきほしばな)という花の群生地に近く、毎年誕生会はここで行っていた。背丈が30センチほどの白い花が、一斉に咲き誇り、まるで雪が積もったかのように見えるのだ。そのためここは雪星邸と言われていた。

 ここではシエナ様が2年生の12月、攻略対象と好感度が20を超えていた場合プロポーズイベントが発生する。そうして最終学年は主にその婚約者となったその人とのイベントが優先されるようになる。

 シエナ様が入学して9カ月。いくら二年のイベントが前倒しで発生していても、さすがに好感度が20の大台に乗っているのかといえば、疑問が残った。ミランダさんもイベントが起きるか分からないが、一応二人を呼んでおこうと、準備をしていた。


 一緒に馬車に揺られ、窓の外を物憂げに眺めていたシエナ様が、こちらを向いた。第三王子殿下にもらったという赤と金のリボンで、今日は三つ編みを2つ作っていた。相変わらず本当に天使だ。


「ねえ。モニカ、ちょっと相談していい?」

「はいもちろんです。なんでしょう。」

 シエナ様のこういう相談は珍しくない。主に第三王子殿下への贈り物や、デートの行き先などだ。ミランダさんにいいところを紹介してもらっているため、私もなかなか情報通になってきた。

「リチャードってさ…、ちょっと、なんか、違わない?昔と。」

 いつの間にかシエナ様は第三王子殿下を呼び捨てにするようになっていた。本来ならば不敬のため、注意しなければならない案件だが、“呼び名イベント”には心当たりがあったため、おおっぴらに言わないようにとの忠告だけした。

「そう申されますと…?」

「あ…、いえ、うんと、説明が難しいわ。」


 最近の第三王子殿下が前と違う、と。学園に入ってから二人きりでお会いしたのは入学当初だけで、それ以降はシエナ様が一緒だったりとお話しする機会がなかった。というより、いくら幼馴染とはいえ、婚約解消した身で話しかけるのは非常に気まずい。あちらから声をかけられなければ、こちらからの用事はレオン様かロイ様にお願いして伝えてもらえるので困っていない。接触を避けたい身としては、今の第三王子殿下の様子が全く分からないので、評価のしようがなかった。

 傍から見る分には、『ゲーム』の第三王子殿下らしく、腹黒さが透けて見える笑顔でいつも佇んでおり、全く違和感はない。


 そう言えば、初めてお会いした時からすれば、すっかりゲームの王子様のようになった。何でもできるし、あの人に言っておけば何とかしてくれるという頼りになる人。そんな人がゲームに出てくる第三王子殿下だった。私が出会った頃の殿下は、そういう頼りになる王子様だったかというと、全くそんなことはなかった。


 そりゃそうだ、相手は子供だったのだ。強引で、気が短く、活発な子供に散々振り回された身としては、それが成長してああなるとは私には信じられない。今だに、第三王子殿下のことを考えていると、息遣いが荒くなり、冷や汗が出てくるのだ。


「…第三王子殿下が変わったというのなら、それはきっと、シエナ様への愛ゆえですわ。」

 そうなのだ。シエナ様の手を強引につかんであざを作ったり、シエナ様の目の前でいきなり大きいお声を出して驚かせたり、そういうことが無くなったのなら、それはシエナ様が可愛く可憐で、愛らしいからだ。愛しいと思っているものを握りつぶして、驚かせるなど、好いていない証拠。加減ができるようになったのならよかった。シエナ様はまさしく触ってしまえば壊れてしまいそうな美しい人だ。


「そう、なのかしら。でも、私がレオン様と話していても、全くいつも通りなのよ。」

「それって、第三王子殿下に焼きもちを焼いてほしいってことですか?」

 これはコイバナの予感…!

「そうじゃないんだけど…そうかも。だって、モニカの時は…。」

「わたくしですか?」

 じっとシエナ様の金色の瞳に顔を覗かれて、少し居心地が悪い。シエナ様は私を見てどう思うだろう?こんなモブ顔の私を見て。力なく笑ったシエナ様が、儚く消え入りそうに感じ、思わず手を取った。

「わたくしのことはお気になさらずに。きっと第三王子殿下が大人の紳士になったのですわ。感情のコントロールがお上手になっただけのこと。内心はきっと焼きもちを焼いていますわ。」

 そのコントロールをもっと早く身に着けてくれていたら、私の子供時代はもう少し過ごしやすかった。

「そう、かな。ああ、あの、それからね、リチャードが最近、何か悩んでいるらしいの。」

「第三王子殿下が…?」

「そう、だからね、お願い。モニカにちょっとお話ししてきてほしいの。」

「わたくしが、ですか。」

 これは予想外のお願いだ。最近お話しする機会が全くなかった。生徒会でレオン様に頼めば、大体第三王子殿下の耳に入れてくれるので、直接言葉を交わしたのは…ダンジョンの時くらい?だっただろうか。

「しかしロイ様やレオン様もいらっしゃいますから、わたくしの出る幕はなさそうに思いますが。」

 フルフルと首を振ったシエナ様は、困った顔になってしまった。そんな顔も可愛らしいとか美少女凄い。

「お二人にも、何も話していないみたいなの。私は、モニカが適任だと思うの。きっとリチャードも、モニカになら話す気がする。だから、お願い。」

「・・・わかりました、そうおっしゃるのでしたら。微力ながら協力させていただきます。」

「ありがとう、モニカ。」

 控えめににこりと笑った。きっとシエナ様も私なんかに頼りたくないだろう。元婚約者なんかに。しかしシエナ様の愛する第三王子殿下のためを思ってのことだ、何とか力になりたい。

「悩み事ですか…。」

 そう独り言ちて、窓の外を見た。



 忙しいミランダさんに一言挨拶をして、第三王子殿下を探した。シエナ様はミランダさんのお手伝いを申し出て、受付近くにいた。私やシエナ様の誕生パーティよりはだいぶ肩の力が抜けた、アットホームな会だった。温かみがあって、それがミランダさんの一族らしく好感が持てたし、過ごしやすかった。この気安い会に第三王子殿下が来たとなると、お父上はさぞかし胃が痛かったことだろう。心中お察しします。


 廊下を進み、藤色が視界に入った。ロイ様とレオン様が中庭の入り口に、待機していた。私はこの光景を見たことがあった。もちろん、前世で、だ。


【あのゲーム】の一番心に残っているシーンがあった。


 愛しいシエナ様は、本当に自分の婚約者になってくれるか、自分のプロポーズは迷惑ではないだろうかと、第三王子殿下はこの雪星邸の中庭で、ロイ様にそんな内心を吐露するのだ。いつも笑顔で二人をやさしく見守ってくれていたロイ様が、その日この中庭で第三王子殿下の背中を押すのだ。結果はどうあれ、伝えることが大事なことだと。

 そしてプレイヤーには、今までロイ様が第三王子殿下を諫めるときに、冗談交じりに出していた“アリアドネ”という名の女性が、第三王子殿下の姉であること、そしてすでに亡くなってしまっていることが、この時初めて語られるのだ。

『俺は、アリアドネを失ってしまってから、気持ちを伝えられなかったことを死ぬほど後悔しました。殿下ならお分かりでしょう?失ってからでは遅いのです。ですから、殿下はあとから後悔なさいませんように。婚約者となった暁には、シエナ嬢をしっかりと守るのです。』

 そうして第三王子殿下の背を見送ったロイ様は、一人中庭に残り、つぶやくのだ。

『アリアドネ、愛しています。…なんで、言えなかったんでしょうね。』

 一枚絵の藤棚に、その近くのテーブルでお茶を飲んでいる、深紅の髪の女性。その隣にたたずむロイ様の背中が、途方もなく寂しかった。


 しかし、今は違う。アリアドネ様は来月、ロイ様とご結婚なさるのだ。初恋を実らせて、二人で困難を越えて行く。


 胸がぎゅっと締め付けられて、息をするのが苦しかった。人の気も知らないで、私と目が合ったロイ様が笑って手を振っていた。

「モニカ嬢には招待状が届いているんですね。まあ、ミランダ嬢と仲がよろしいですもんね。おや、どうしたんです?浮かない顔をして。」

「いいえ。来月の結婚式の準備は進んでいらっしゃいますか?」

「聞いてください!モニカ嬢!ウエディングドレスが!似合い過ぎて一つに絞れなかったんです!」

 呆れ顔のレオン様と幸せいっぱいのロイ様。多分レオン様と二人きりの時はずっとこんな調子なんだろう。なんでこんなにデレデレしているのにイケメンなんだ。

「ロイ様。今、しあわせですか?」

 私の問いかけにロイ様は今度はふんわり笑った。

「ええ、しあわせですよ。当たり前です。」

「よかったです。」

 互いに微笑みあった。【あのゲーム】で、第三王子殿下の背中を押すのは、ロイ様の役目だった。年下の主に後悔してほしくなくて、心に傷を負いながらあの言葉を言ったのだ。あれを見たから、私は二人の幸せを心から願ったし、そのことについて後悔は何一つない。しかし、そのせいで背中を押してくれる人を失った、第三王子殿下を放っておくのは違うだろう。これは私が何とかすべき事象だ。私が未来を変えたのだから、私が責任を取るべきだ。


「ところで、モニカ嬢は何か用ですか?」

「ええ、シエナ様が最近の第三王子殿下は、何やら悩んでいるようだと言っていまして。話を聞きだしてほしいと言われたのですわ。お二人は最近の殿下のご様子で、変わったこと、気が付いたことなどございますか?」

 顔を見合わせた二人は、今度は二人ともあらぬ方向を向いた。

「ええっと、様子がおかしいのはずいぶん前からだったので、最近と言っていいのかわかりません。悩んでいたというのは、どうなんでしょうね。」

 ロイ様がうーんと言いつつ答えれくれた。レオン様はそれに肯定の意を示した。

「ここ最近は仕事に根を詰め過ぎの感は否めませんでした。そのくらいでしょうか。」

「もしや、シエナ様へのプロポーズのこととかでしょうか?」

 私がそう言うとロイ様が息を呑んだ。レオン様は口に手を当てた。

「そういう事は外で言わないでいただけますか。」

 やはりそうか。ではもしかして今日、プロポーズする気なのか?まだシエナ様が1年生なのに。いや、早いほうがいいか変な虫が付く前に。

「そのことでお悩みなのですか?」

「いえ、そのことについては全くお悩みではない様子でした。…まあとにかくモニカ嬢に、話を聞いてもらうのはいいかもしれません。」

 ロイ様が言った事に、レオン様は渋い顔をしていた。

「モニカ嬢は大丈夫ですか?その、殿下と二人きりは…?」

 きっとバレているだろうと思っていたが、レオン様は気が付いていらっしゃった。私が第三王子殿下と話すのが苦手なこと。しかし今回は二人きりでと、シエナ様にご指定が入っているため、どうしても行かねばならない。

「ダイジョウブデス。」

「はあ、ここから見ていますから、ダメそうだったら合図を下さい。ここまで話声は…大声を出さない限り聞こえませんから。」

「レオン様!ありがとうございます。なんだか頑張れそうですわ。」


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