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4人のダンス練習


「ライオルト君、終わったんで行きましょう。」

「あ、はい、お迎えありがとうございます。」


 今週もまた、ダンスの練習のためにレオン先輩が迎えに来てくれた。これから一緒にバージェス公爵家へ馬で向かうのだ。はじめはかなりガチガチで公爵家の門をくぐったのを覚えている。なにせバージェス家は『始まりの四王侯』王家クラウド家と一緒に、古の国グラディウス国からやって来た、この国で最も古い貴族の一つだからだ。


『始まりの四王侯』とは、その昔、魔王の配下がこの地を支配していた時、勇者に付き従った、パーティメンバーのことだ。勇者のクラウド家、聖女のオーズ家、聖騎士のバージェス家、勇者の親友の狩人のローファス家からなる、この国の建国の歴史に欠かせない家門たちだ。クロス王国の歴史において一番最初に習うのがこの四王侯だ。そのくらい古くて名門のバージェス公爵家に、そのくらい古くて名門のローファス家のレオン先輩と行くということで、はじめのうちは緊張しないわけがなかった。


 王都で王城のつぎに広いとされる名門公爵家の門をくぐり、馬を小走りにしばらく行く。恐ろしいことに門から母屋が見えないほどだ。慣れた様子のレオン先輩について行けば、あれよあれよという間にダンスホールについた。ミランダとモニカ嬢は一緒の馬車に乗り一足先についていた。


 ダンスの練習をここでするようになって早3カ月。途中、ダンス練習ではなくミランダの演技練習をしていたこともあった。その都度何事にも真剣に取り組む3人の姿を見て、当初持っていた心の靄は次第に晴れていった。レオン先輩とちゃんと話し合いができたのが大きかった。今ではすっかり、何でもない話題を話せるくらい仲良くなったと思う。この練習の時間を、ライオルトは気に入っていた。


 それよりも幼馴染二人の関係のほうが頭が痛かった。ミランダは最近、セガールを避けていた。セガール曰く、休日に会いに行っても追い返され、学校でも生徒会室に逃げられたり、保健室に駆け込まれたり、避けられてばかりだと嘆いていた。そして最近の愚痴はもっぱらレオン先輩とモニカ嬢についてだ。ミランダと仲が良すぎる、とか生徒会について行こうとすると追い返される、とか言っていた。そりゃあ部外者は入ってはいけないだろう。ライオルト自身はこの週に一度のダンス練習以外でミランダと話す機会がなく、学校ではほぼ没交渉なのもあって、彼からお目こぼしされていたようだった。昔からミランダとライオルトだけで遊んでいたりすると、セガールの機嫌がすこぶる悪くなった。ライオルトとしては二人とも大切な幼馴染であるので、両方大切にしたいのだが、セガールはそうではない。


 セガールは、ミランダのことが好きなのだ。


それも、他のすべてが見えなくなるほど。いい加減ミランダは気が付くべきだし、セガールは告白すべきだ。もしかしたらミランダは気が付いていて知らんぷりしている可能性もある。この間そう進言したが、セガールが歯切れ悪く放っておいてくれ、と教室に入って行ってしまった。ミランダがセガールを悪しざまにすることなんて絶対ないはずなのに。そう思っていた。



 ダンスの練習の終盤、今までパートナーはミランダだったが、違う相手と踊れたほうがいいということで、モニカ嬢と組むことになった。上背のあるミランダと違い、小柄な彼女とのダンスは新鮮だった。というより、緊張してしまった。ミランダは慣れているというのが大きい。いつもと同じところに置く手に、彼女のお気に入りの柑橘系の香水も、それは普段通りで特段言うことはない。しかしモニカ嬢は手の位置も歩幅も、そして甘い花の香水の香りも違うのだ。そういえば気にしたことはなかったが、自分の体臭は大丈夫だろうか?レオン先輩は、そうだ仄かにいい匂いがした。訓練後に来ていたがそこまで熱くないから汗もかいてないとそのまま来ていた。

 急に嫌な汗が出てきた。

「どうかなさいましたか?ライオルト様。」

 小首を傾げて下から顔を覗かれて、思わずモニカ嬢を直視してしまった。ミランダが前、この動作を無意識でやるなんて天然タラシが、と言っていた。その時はよくわからなかったが、つまりはこれのことか。


 可愛い。


 何というか小動物系で、しかし気位の高い、めったに人に懐かない猫の様な人だ。背中に二人分の視線を痛いほど感じた。

「いえ…ちょっと腕の置く場所が分からなくて。あと歩幅はもう少し小さいほうが?」

 いけない。集中しなければならない。ただでさえ姉やミランダ以外の女性とのかかわりがなく、女性が苦手なのにこんなに意識した状態では彼女の足を踏んでしまう。

「ええ、大丈夫ですわ。そうですね、歩幅は小さめで。じゃあ行きましょう。」

 そう言って彼女はにこりと笑った。その顔に表情と精神を引き締めて、一歩と踏み出した。




 ダンスの練習後、少しお茶を飲みながら談笑するのが恒例だった。

「そう言えば、ミランダの誕生日会の招待状、セガールが届いてないって言ってたよ。うちには届いていたけど。」

 笑っていたミランダの表情がすっと消え失せた。いつからかセガールの話をすると、この表情をするようになってしまった。いったい二人に何があったのか。

「そうね、送ってないからね。・・・今回のパーティは露骨に私の婚約者探しの会だからね。婚約者のいる男性と、婚約者のいない女性は誘ってないわね、父が。」

「あら、わたくしには来ましたわ。」

「お友達は二人までだって。モニカ先輩とシエナちゃんに送ったに決まってるでしょ。あ、それから第三王子殿下にもね。」

「あ、それって2年の終わりにある、プロポーズイベントの?」

「そうそう。なんで私の誕生日パーティなんかに第三王子殿下が来てるのか分からなかったけどね。イベントがあるならその通りにしなきゃと思って呼んでみたら、シエナちゃんが来るせいかあっさり来るって返事が来て、ビビってたわ、父が。」

「俺も当日殿下について行きますので、では全員参加ですね。」

 ミランダは小さいころからよくわからない言葉を言うときがあったが、モニカ嬢はそれが分かるらしい。二人の中では通じ合っていた。そしてレオン先輩はそれを全く意に介さず、華麗なるスルーを決めていた。そうやって好きにさせてくれるレオン先輩の隣は、二人にとって居心地がいいらしく、よく3人でいるらしい。

「セガールに婚約者はいないだろ。」

「クレアス様がセガールと婚約するって言ってたわ。」

「あらそうなんですの?おめでたいですわね。」


 姉上が?確かに昔からやたらセガールに絡んでいたが、セガールは全く意に介していない、というかミランダ以外眼中にない。

「聞いていないし、たぶんないと思う。」

「なんで?私はお似合いだと思うよ。昔からセガール以外眼中になかったじゃない。さっさつくっついてくれないかと思ってたけど。そうしたらクレアス様からいろいろ言われないだろうし。…もう面倒臭いんだけど。」

 珍しい投げやりな様子に、レオン先輩とモニカ嬢は首をかしげていた。

「何を言われたんだよ。」

「セガールに、近づくな、話しかけるな、一緒にいるな、招待するな、そのほか諸々。私がセガールの時間を使うから、魔法科のクラスでセガールが孤立しているとか。私のせいにしないでほしいんだけど。なんか私を追いかけ回してクラスに馴染んでないのは本当のことだから、反論も出来ないし。本人に何度言っても聞き入れてくれないから、いいかげんうんざりだし。」

 はあ、と盛大にため息をついて口にメレンゲを放り込んでいた。言いたいことが貯まっているのか普段の二倍口が回っていた。


「ミランダさんはセガール様とご結婚とかは考えられませんの?」

 モニカ嬢が聞きにくかったことをズバッと聞いてくれた。ライオルトはミランダの言葉に、じっと聞き耳を立てた。

「モニカ先輩ならわかると思うけど。さっきも言ったでしょ。私の言ったこと、な~んにも聞いてないって。何度もクラスに友人を作ってもっと社交に力を入れなさいって言ったのよ。将来伯爵になった時に、頼れる人は一人でも多いほうがいいでしょ?そうでなくても平民の多いクラスなんだから顔を広げておいて損はないし、貴族子弟もいるんだから仲良くなって損はないのよ。クラスメイトの方のメンバーを調べたけど、私が仲良くなりたい将来有望な人ばっかりだったわよ。なのになんで全く友達付き合いしないのかしらね、ほんと呆れた!」

 それは自分もあまり人のことを言えないのだが、ミランダにそういう注意をされたことはなかった。クラスメイトと仲が悪いとは思わないし、友人と呼べる人もいるからか。

「何度も何度も忠告したのよ。でも、もう疲れちゃった。」

「忠告は心が疲弊しますものね。どんなに相手のことを考えていても伝わっていないこと、それだけで心が折れてしまいます。それが、一度で分かってくれるであろう優秀な方にされると、よけいに。」

「そうなのよ。あいつ成績はいいのよ。もうちょっと愛想よくしろってのができないわけ?家のこともっと考えなさいって言っているの。もう知らない。めんどくさい。」


「つまり言葉が通じないと?」

 要約したレオン先輩はミランダではなくモニカ嬢を見ていた。ミランダは大きく頷いた。

「そうなんですよ。他のこともま~ったく聞いてないの、私の話。あのまま結婚なんてしたらどうなると思う?絶対いいことにはならないわ。話の通じない人と結婚なんて絶対いやよ私。もっとしっかりした大人の人と結婚したい。自分の継ぐ家のことだってちゃんと考えられる人がいいわ。あんな子供絶対いやよ。」

 ああ、絶対とまで言い切られてしまった。確かにミランダを追いかけるセザールは大人とは程遠い姿ではある。幼子が母親を追いかけるような本能的な感じだ。もしかして告白すれば受け入れてくれると思っていた自分は少し楽観的だっただろうか。セガールの煮え切らない態度も、断られる可能性が高いがための足踏みなら仕方ないことかもしれない。

 ミランダの気持ちは分かった。しかし昔から二人が結婚すればいいのにと思っていて、セガールを応援していた友人としては少々複雑な心境になった。


「こうなったらどこかの後妻でもいいから、さっさと結婚決めようかしら。」

 そうしたら絶対年上だし、社交界に長くいるからしっかりしているかもわかるし。そんな事を言って、レオン先輩とモニカ嬢に止められていた。


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