功労者
舞踏会の会場を作るため、いったんホールの人を外の屋外会場に誘導しなければならなかった。
どうしたものかと思っていたが、レオン様がミランダさんにシエナ様をエスコートさせ、屋外会場に行けと指示を出したため、大した混乱もなく二人について行く人が続出し、その間に設営をすることにした。生徒会長とレオン様が一緒にリーダーシップをとり、会場に余裕で間に合った。その結果ミランダさんは着替える余裕がなく、舞踏会もそのまま舞台衣装にて過ごすことになった。
「レオン様に撒き餌にされました!酷いと思いませんかモニカ先輩!」
半泣きのミランダ様には悪いが、いつも設営までの時間がかかってそれで押すのだ。人手よりもありがたかった。
「いいえ、ミランダさん、グッジョブでした。」
「ああああ、モニカ先輩までレオン様に篭絡された!会場でなんかしろと言われてシエナちゃんとワルツを踊ったんですよ!大変だったんですから!足、パンパンですよ!」
会場の隅に並べられた椅子にぐったりと座っているミランダさんは、慣れないブーツに慣れない動き、きっと大変だったに違いない。私はわざとらしくハンカチを取り出し目元にあてた。
「ごめんなさいミランダ様。わたくし貴方に何にもできなくて。どうしたら許して下さるの?」
「ああ、いいんだよモニカ嬢、それに何にもできてなんていないよ。」
ミランダさんは隣に座った私の両手を握った。
「あなたがいてくれるだけで、私の心は晴れ渡るんだ。」
私たちの様子をチラチラ見守っていたご令嬢がきゃあ!と声をあげた。舞台の一幕を再現したのだが見ている人がたくさんいるようだ。練習に付き合っていたおかげでスラスラセリフが出てきた。
がしと、ミランダさんの頭を鷲掴みにしたレオン様が、何しているんですかと冷たく言い放った。私たちが手を離すと、レオン様も手を離した。
「ああなんで私と一緒に踊っていたのに、シエナちゃんはあんなにピンピンしているのかしら…。」
今会場の中を第三王子殿下と縦横無尽に踊っているのは、我らがヒロイン、シエナ様だ。ああ、ノンストップで踊っているから話しかけたい空気を出している貴族たちが、しかし声をかけられずけん制しあっていた。うわ、コワ。
「シエナ嬢は昔からダンスが得意ですから。」
「ところでレオン様は殿下のほうにいなくてよいのですか?」
「ダンスの邪魔になりますし、席はロイ卿が確保しています。」
ミランダさんの近くに立って待機の様相だ。これでも先ほどから令嬢に声をかけられ、うんざりしているミランダさんのことを心配して側にいるのだろう。今ミランダさんが持っている飲み物も、ついでに私が飲んでいるものも、レオン様が持ってきてくれたものだ。目の前をレオン様のお兄さんと婚約者がダンスで通り過ぎた。思わずため息をついた。
ミランダさんがレオン様を見上げながら聞いた。
「しかし、レオン様はこの日のためにダンスの練習をなさっていたのに、踊って来ないですか?」
そう、文化祭の前からバージェス家のホールにてダンスの練習をしていたのだ。メンバーはミランダさん、ライオルト様、レオン様、そして私と、時々シエナ様、を招いて2時間ほど練習していた。金曜放課後の定番になっていた。公爵夫人と公爵閣下が顔を出した時はさすがに、ミランダさんとライオルト様が固まっていた。そんなに緊張しなくてもいいのに。レオン様はちょくちょく幼少期よりうちに来ていただけあって難なく対応していた。そのレオン様と目が合った。その後ミランダさんのほうに向きなおった。
「…貴女を信頼できる後輩に託してから、一曲だけ踊ってきます。ダンスのノルマがありますから。」
特に生徒会の生徒たちは仕事にかまけて踊らない人が多く、それを危惧した先生によってノルマが課されていた。ミランダさんは生徒会の先生に足がパンパンで無理だと申告したので、今回はお休みだ。しかもその先生もミランダさんの撒き餌を評価していたので、二つ返事だったようだ。
「ミランダ!僕と踊ってよ!」
先ほどそう言ってセガール様がやってきていたが、足が痛くて無理、と断られていた。とぼとぼと帰っていく背中にはなぜか哀愁を感じた。なんで彼はタイミングが悪いのだろう。
「レオン先輩、お待たせしました。」
数人の騎士科の男子を引き連れてライオルト様がやって来た。なるほど。信頼できる後輩というのは彼のことか。
「ああ、お待ちしておりました。今回の功労者である彼女の護衛、よろしくお願いします。」
ピシリと背を伸ばし、彼らを迎え入れた。はいと礼を取ったライオルト様は、今までレオン様がいたところに立った。ダンスの練習をしてからどうやら仲良くなったらしい。話が終わるとレオン様はまっすぐ私の前に立った。
「モニカ嬢、次の一曲踊っていただけませんか?」
「あら、わたくしでいいのですか?」
先ほど婚約者の方がいたのだからそちらと踊ればいいのに。モヤモヤするがそのほうが丸いだろう。しかし彼はきっぱりと言い放った。
「もちろんです。」
レオン様の顔はいつもの無表情だ。何を考えているか分からない。わかりやすい時は分かりやすいのに、こういう時はさっぱりだ。彼の手を取って立ち上がった。
「では、一曲お願いしますわ。」
ミランダさんたちに挨拶をしてからレオン様の隣に立った。そういえばあと何回こうやって踊ることができるのだろう。卒業後に彼が婚姻なさったら。きっともうこうやって気軽に踊ったりはできなくなるのだ。それは、少し寂しい。曲の終わりにフロアの端に向かって行き、いつものように手を乗せた。最近ダンスの練習を始めて、今ではすっかり慣れたホールドだ。曲が始まってみんなが動き出したころ、視界にまた金髪がよぎった。
「…モニカ嬢、これからの生徒会の予定は何ですか?」
「はい、ミランダさんと花火の打ち上げの合図をしに屋上へ行く予定でした。しかし…。」
「あの足で階段は辛いでしょうね、俺が一緒に行きます。あそこは暗いですから。」
「保健室に連れて行きましょうか。」
「今日は開いているんですか?」
「はい、急患を見ているはずですわ。クラレンス先生がいらっしゃいました。」
「ではミランダ嬢を保健室に連れて行って…これは、ライオルト君に任せるべきですか?」
いつの間にやらレオン様も、ミランダさんの想い人に気が付いたらしい。あからさまだものね。私は思わず少し噴き出してからそうですね、もちろんそれがいいですわ、といった。
「いつからお気づきに?」
「わりとすぐに。ライオルト君が気が付いていないのが、信じられないのですが。」
「ん、ふふふ、可愛いですわよね、真っ赤になるミランダさん。」
「そのためにダンスの練習相手に、ミランダ嬢とライオルト君を指名したんでしょう?」
「だって全然進展しませんの。こっちがやきもき致します。あ、じゃあレオン様ちょっと当て馬やってくださいませんか?」
「は?」
「ミランダさんを抱いて保健室に行くっていうんですよ。そうしたらどちらかから抗議が来ますから。そうしたらライオルト様を指名いただけばいいのですよ。」
「そう上手くいきますかね。」
「行きますわ。それにしてもすっかりダンスがお上手になりましたね。」
「先ほど足先を踏んだのにですか?」
確かにちょっと靴の先が当たった。あれは踏んだうちに入らない。しかし真面目なレオン様はそれが気に入らなかったらしい。
「もう少し練習が必要ですね。」
確かに喫緊の3週間はダンスの練習ではなく、ミランダさんとシエナ様の舞台練習に付き合っていた。ライオルト様とレオン様にみっちり教え込まれていたミランダさんは、本日それで大成功したのだ。
「最近はもっぱら舞台練習でしたからね、今週からまたダンスにしましょう。」
そこで一曲がもう終わった。ありがとうございましたと頭を下げ、さっさとミランダさんのところに下がっていった。
「護衛ありがとうございます。」
ライオルト様がいえ、と短く返事をした。
「モニカ先輩、ダンス素敵だったわ。」
「練習いたしましたからね。ミランダさんの足はどうかしら。」
「まだ~動けないわ。」
ぷらぴら足を動かすが、やはり辛そうだ。
「これはもう保健室ですね。立てないなら、俺が抱えて行きますが。」
「え、抱えるって、あの、肩に米俵みたいに…?いやです!」
「じゃあどんなのがいいんですか。おぶっていきましょうか?あ、足が下はよくありませんか?今からモニカ嬢と屋上に行かなければならないので、急いでいるんですけど。」
本当はもう少し時間に余裕はあるのだがナイスレオン様。
「あ、花火の打ち上げですか。うう…わかりました。」
その時焦ったようにライオルト様が遮った。
「あの、レオン先輩がお急ぎなら、私がミランダを保健室に連れて行きます。」
おお、ライオルト様からのご提案とは。ミランダさんがレオン様いや!っていうかと思ったのに。当の本人は驚いて口を開けていた。
「じゃあお願いします。助かります。」
「ミランダさんをお願いしますね。」
そう言って邪魔者はさっさと捌けることにした。文化祭も後、打ち上げ花火だけだ。今年も忙しかったが楽しかった。この文化祭が終わったらとうとう残る行事は卒業式。そこで生徒会長の引継ぎがある。時期生徒会長はレオン様で、副会長は私だ。きっと来年も目が回るほど忙しいんだろう。でも楽しいに違いない。みんながいるのだから。




