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劇中劇

 

「さっきまでとってもいい気分だったのに。何よ、あの子ったらあんな地味な子にデレデレしちゃって。婚約者である私の前でみっともないわ!」


 見覚えのある金髪に、目線だけ映すとそこには真面目眼鏡のレオン君の不真面目婚約者がいた。その隣はいつものように彼の兄が、腰に手を回していた。

「そうだよな、幼馴染かなんか知らないが、レオンもレオンだ。俺が今度言っといてやる。」

「キャーウォルタ、頼りになる。素敵!」

 頬にキスをされ、デレデレになっているのは君のほうでは?そう思いながら目線を外した。しかしきっと彼はレオン君に何か物申すことはないのだろう。学園の中、一つ年下のレオン君とすれ違っても、目線をくれたことさえない、あの冴えないお兄さんは、弟の婚約者の前で格好をつけたかっただけのようだ。離れて暮らして10年、その間一年に一度しか会えない弟なんて、他人のようなものなのだろう。学園では何かとできのいい弟と比べられ、肩身の狭い思いをしているのだろうことは想像できた。


「シエナが主人公だと聞いたが、なんで教えてくれなかったんだろう。昨日も一緒に昼食をとったのに。」

 こちらの金髪に目線を戻し、ロイはその独り言を拾うべきか少し考えた。ただ単に恥ずかしかっただけのような気もするが、もしかしたら驚かせようとした可能性もあった。最近、というより夏の長期休み前から、シエナ嬢は学園内にある、王族が使う執務室にて昼食をとっていた。最初モニカ嬢とあれだけもめて隣の部屋を貸すということで落ち着いたのに、結局その部屋は今、カギがかけっぱなしで放置されていた。所かまわずリチャード様に声をかけ、いささか奔放に接しすぎるシエナ嬢には、実は胃を痛めていた。


 リチャード殿下のことを逐一報告するのは自分だ。


 愛するアリアドネに、弟の恋を応援していた王太子殿下兼親友に、そして第一子を無事生み落としさらにたくましくなったラペット妃に。

 一年次はまだよかった。アリーもクリスも自分だって、モニカ嬢とどうにかなると信じていたから。ラペット妃だけはシエナ嬢を推薦していた。


 そして二年次、報告は阿鼻叫喚となった。簡単に言うと地獄だった。

「なんで?あんなに小さいころからモニカのことが好きだったじゃない?どうして急にシエナ嬢に乗り換えたの?そのタイミングは死ぬほどあったわ。でもいやだと…モニカがいいって言ったのはリチャードなのに…。」

「昔は茶会のたびにモニカ嬢の話をずっとしていたのに、どうして…。」

「お二人とも、初恋なんてそんなものですわ。リチャード君も振り向いてくれない初恋相手より、セカンドラブを選んだのですわ。わたくし、その気持ちわかりますもの。占いでもリチャード君にやっと幸せが来そうな気配ですから。やっぱり最終的には、シエナちゃんなのよ。相性いいと思うわ。」

「他に報告は?」

 溜息と一緒にクリスが吐き出した。瑠璃の宮の庭に、溶けて消えて行ってしまった。

「そうですね、監視対象は不審な動きをしていませんね。やはり婚約解消をしてからモニカ嬢へ圧力は減っていっています。しかし最近の流れでまたちょっと雲行きが怪しいです。リチャード殿下がモニカ嬢の安全保障から手を引いてしまいそうなので、レオン君に頼んでなるべくフォローを入れるようにしています。」

「はあ、まあ、リチャードがいいならいいけどさ。シエナ嬢と婚姻を結ぶにしても結局婿入り先はバージェス家だし、シエナ嬢の卒業まで一年間余裕があるからゆっくり結婚式の準備をすればいいし、公爵がどう考えるかはわからないけど、モニカちゃんを家令とかにして、子爵になったレオンといつものメンバーでバージェス家を支えて行けば正直安泰だし…って、あれ?」

「そうね、モニカはシエナ嬢を支えることに抵抗なさそうだし、というかだれよりも大事にしそうだし。…公爵家の養子であるから絶対に婿を取る、嫁に行く、とかでもないしね。モニカは好きな方と結婚すれば…。」

「あれれ~ちょっと出来過ぎではないですか?シエナちゃんとリチャード君が結婚するとみんなうまくいくんですが。」

「「「・・・」」」

 確かにうまくいきすぎだった。婚約解消したはずなのに、バージェス家に全く損害が出ていない。それどころか英雄の娘まで内に取り込んでしまっていた。


「リチャードと婚約解消したいと言い出したのは、確かモニカが10歳の頃ではない?シエナ嬢をバージェス公爵家で預かりだした時よね。」

「…王妃様が接触したのもその時期ですね。」

「でも、母上ではないと思う。母上は確かにシエナ嬢との婚姻を望んでいたけど、今のままではバージェス家ががっちり固まり過ぎていて、とてもリチャードに王になれとは言えない状況だよ。これでモニカ嬢がどこかに嫁にでも行ったら、とうとうバージェス家の血縁はシエナ嬢だけ。」

「いいえ、モニカには弟がいたはずよ。でも、お母様が知っているとは…。」

 王妃様は基本的に他人に興味がない。シエナ嬢を気に入っているのは、親友ローズの娘だからだ。


「…昔から、モニカは…リチャードのことが苦手だった。わたくしも、ロイも、気が付いていたの。でも、わたくしはモニカより、リチャードを優先したの。モニカは、わたくしの気持ちを優先してくれたのに。…ああ違うわ。わたくしはわたくしの気持ちを優先したんだわ。わたくしはモニカに、義妹になってほしかったの。」

 泣きそうなか細い声に、思わず側に立ち肩を抱いた。少し震えていた。

「そうですね。私もです。リチャード殿下と結婚してほしかった。殿下のことです、きっと幸せにしてくれたでしょう。でも、モニカ嬢の気持ちは、ないがしろにしていました。」

 想えば、いつも城に来て馬車から降りるとき、彼女の手は震えていた。ラペット妃が口を開き何かを言いかけ、また閉じた。

「大丈夫ですわ。リチャード君は幸せになります。バージェス家で穏やかに過ごすと出ておりましたから。モニカ嬢は占っていませんが、前のような悲惨な結果にはなりませんでしょう。」

「ああ、どうしてこうなっちゃったのかしらね。」

 アリーは目の前の古代文字の刻まれた滑らかな石を、手持ち無沙汰に撫でていた。

「…昔占った占いでよければ覚えていますわ。リチャード君が小さいころに、モニカ嬢との相性を占ってくれって。…思えばあの頃はまだ仲が良かったのですわね、わたくしたち。」

 今ではすっかり冷たい視線を送られているラペット嬢だが、モニカ嬢と同じく、7,8歳の頃からクリスとのお茶会に、定期的に王城に登城していた。あの頃、リチャード殿下は歩いたばかりだったが、よく会っていたのだ。

「どんな結果だったんだ?まあ、よくないんだろうけどね…。」

「はい。全くよくなかったですわ。あまりの結果にそのまま伝えられず、オブラートに包みまくってお伝えしました。性格的にも、相性的にも、全く合いませんでした。まあ見ていてわかりますわよね、リチャード君は社交的で、外で動くほうがお好きで、彼女は物静かで、家の中がお好き。どう見てもリチャード君に振り回されているモニカ嬢って感じでしたしね。しかも過去世では何やら因縁もある様子。最悪すぎてこれから伸び白しかないですわ、としか言えませんでした。」


 もしやその占い結果のせいで、ラペット妃は嫌われているのでは?いや、占い結果が悪かったと言って気にする方ではないか。

 結局自分たちが思った通りになることを、信じていただけだったということか。結婚式の招待状を渡した時の、うれしそうな満面の笑みを思い出した。




 視界の端にチラリとその黒髪がいた気がしたので、ホールを一通り見回した。最近よく一緒にいるレオン君とモニカ嬢、それにモニカ嬢の友人のマゼンダ嬢が連れ立って席についていた。あちらは3人で何やら話して楽しそうだった。リチャード殿下に目をやれば、それに気が付いたが全く意に返さずまたパンフレットに視線を下げた。本当に全くモニカ嬢に興味を失ってしまったのだろう。一昔前ならモニカ嬢が、レオン君や自分と話すだけで機嫌が急降下していた。今は…。


 いや、今は?


 リチャード殿下のすました横顔を凝視した。この間レオン君がシエナ嬢と話していたが、その輪の中に自然と入り込んでいた。そこに嫉妬だとかの感情はなかったように思う。殿下も大人になったということなのだろうか。

 いやしかし、王宮にある殿下の執務室の机の上には、ときどき、今だにティアラの入った箱が置いてあることがあった。ラペット嬢が言ったように初恋なんてそんなもの、なのかもしれないが、殿下も思い悩んでいるのかもしれない。大事なものを入れておく引き出しには、あの日モニカ嬢から貰ったクッキーを包んでいた紙と、ピンクのリボンが追加されていた。あの時リチャード殿下はミランダ嬢に何と言われたのだろう。耳元で何かをささやかれ、殿下が呆然自失となるほどのことだ。


 劇が始まり、主人公の商家の娘が現れた。もちろんシエナ嬢だ。バージェス家独特の銀の髪に、何より社交界の花と名高かった母親の面影のある彼女は確かに、群を抜く美しさだった。学生に交じって見に来ていた貴族の中には、ああと気が付いた者もいたのだろう。感嘆の息がそこかしこから洩れていた。

 しかしそのあとすべては女子生徒の歓声にかき消された。いつもと違って、ポニーテールではなく、低い位置に結び、前髪で片眼を隠しキリリとしたメイクをしたミランダ嬢。きびきびとした動きで、騎士団式のエスコートをスマートにこなす彼女が、もう一人の主人公、シエナ嬢の相手役だった。レオン君がミランダ嬢にせがまれ、エスコートの仕方を徹底的に教えたと言っていたが…なるほど成果があったらしい。剣での立ち回りも舞台用に派手になっていたが、剣のおさめ方や、手の返しなどちゃんとしていた。劇中から彼女が女性であることを忘れていたので、演技もお上手だった。


「ああ、ティエロン様、わたくしと一緒に海を越えてくださるのね。」

「もちろん、もちろんだよカリーナ。私と一緒に来ておくれ。父にも、君のお父上にも、だれの手も届かない海の向こう。そこで一緒になろう。」

「ティエロン様!」


 抱き合った二人が見つめあって、そこでスポットライトが消えた。盛大な拍手に包まれ、稀に見ぬ大成功だった。自分が在学中の時の劇はもう少しグダグダだった気がする。そこかしこからティエロン様わたくしも連れてって!という女子生徒の叫びがあがった。壇上で最後のあいさつをしていたミランダ嬢が、にこりと笑って手を振れば、黄色い叫びが一斉に上がった。


「うん、よい演技だったな。」

「すごいモテようですね。」

「これでまたミランダ嬢のうわさが独り歩きするな。」

「それは…。」

「ま、それは織り込み済みだろうから、心配はしていないけど。」

 その噂の渦中には、もしやモニカ嬢がいるのではないのだろうか。リチャード殿下はさっさと舞台袖に行ってしまった。


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